騎士を舞わせる三重奏
俺たちは、この通路が頑丈そうに見えて、実は脆くなっているのを知っている。
ちょっと叩いた程度では壊れないけど、重騎士たちの攻撃や俺の魔術によって白壁は剥がれ落ち、壁奥に隠されていた基盤や土の部分が露わとなっていた。
(それに、この迷宮だって建築から何百年のオンボロで、維持のための魔力だって不足中だ。なら、、突然壁が崩落するくらいには耐久性にガタが来てるはず……!)
それは今俺たちがいる、扉の前の広々とした空間だってそうだ。
現に、天井の方にまで何もしていないのに日々が入っている。
(横にいるスライムたちはただ俺たちの逃げ道を塞いでいるわけじゃない。先頭が終了したら、すぐに壁を修復するために待機してるんだ)
そう、敵はわざわざ教えてくれている。
何をされるのが一番嫌なのか。
それは抵抗されることでも。
逃げられることでもない。
なりふり構わず、大事に守ってきた迷宮を壊されることだ。
「この魔王を、この程度の迷宮で縛っていられると思うな……なぁ? 魔導士?」
「準備完了! いけるよ」
突如聞こえた声に、女騎士は狼狽える。
そう、ここは最奥の間に近い。
だから魔導士との連携も、よく取れる。
左手に魔導士と繋がる宝玉を持つ。
右手に部下の両手を握りしめる。
俺と部下が重奏で魔法を使っていたのなら。
今から繰り出す3人の魔法は。
『拒絶聖域・三重奏!!』
バチチッ!!!!
魔術壁は俺たちを中心に、一気に壁際まで広がった。
重騎士たちは身を噛めて抵抗するが、突破することはできずにゆっくり後退する。
だが、そんなことはどうでもいい。
ピシリ……バキンッ!!
亀裂の入っていた壁が、天井が、膨れ上がる魔術壁に耐え切れず崩壊する。
四角い空間が丸く膨れ上がり、ひしゃげていく。
床は沈没し、壁が奥の通路が見えるほど半壊し、穴の天井には、更に上の階層の迷宮の通路が見えている。
破片はドーム状の魔術壁を滑り落ち、既に俺たちの来た道は塞がった。
女騎士は、初めて血管が浮き、目を見開くほどの怒りを俺に向けた。
「魔王、貴様……良くも迷宮をッ!!」
「俺のせいにしないで欲しいな、ここが魔王を閉じ込めるには狭すぎただけだ!!」
膨らませ、膨らませ、限界が来たと感じたとき
フッと、魔術壁を解除した。
周囲が一瞬無音になる。
そして
ガラガラガラッッ!!!
ドシャン!! ドゴォォン!!
崩れ落ちる通路に響く騒音。
俺たちは魔術を切った途端から走り出していた。
走るのは通路のど真ん中。
周囲の壁は横にいたスライム事巻き込んで崩落していく。
真上から落ちてくる瓦礫を、俺は小刻みに魔術壁を張りながら避けていく。
「――――ッ!!!!」
憤怒の咆哮が聞こえる。
それが重騎士なのか、女騎士なのかは分からない。
けれどその声も、壊れた壁の隙間からなだれ込んだ土石流によってかき消された。
(扉に着いた!)
「うおおおおお!!」
無駄に大きく、重い最奥の扉に手をつくと、全力で押す。
背後の通路はすでに埋まっている。
戻ることはできない。
(全然、開かない……!!)
力がうまく籠められないのは、疲労のせいだけじゃない。
手は汗まみれで滑るし、踏ん張る脚だって、骨折したのか痛くてたまらない。
焦る気持ちばかりが積もる中、目を閉じ、歯を食いしばり、祈り続ける。
(開け、開け!)
俺たちはこんなところ負ける気なんかない。
前へ、もっと前へ進まないといけないんだ。
「んんん~ッ!!」
部下もか弱い力ながら扉を押してくれている。
「開けぇぇぇぇぇッ!!」
そして、扉にようやく隙間ができたとき。
ガララララッ……!!!
俺たちの頭上から、ひときわ大きな瓦礫が降り注いできた。
□□□
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ん……はぁ…」
早い息遣いが2つ、薄暗い部屋の中で響く。
俺と部下は、なんとか間に合って部屋に辿り着けたらしい。
(あと、もう少しでも、扉から遠い場所で魔術を使っていたら間に合わなかったな……)
だから最終手段だったのだ。
自分たちがピンチになることに加えて、扉の向こうは塞がってしまうから、帰るのも困難。
けれど第一の目的にした、最奥の間に辿り着くことが難しいとき、こうするしかないと考えていた。
そしてその最中、ずっと無茶な動きをする俺にしがみついてくれた部下に感謝する。
「はぁ、はぁ……よくやったな……ありがとう、部下」
「あ、今そんなに近くで囁かれながら頭を撫でられると、私……!」
撫でられた部下は疲れからか倒れてしまったので、寝かせた後に俺は中央の台座へと向かう。
肩で息をしながら、顔を上げると
「よう……また会えたな。魔導士」
水槽の中で、ギリギリ人の形を保っている魔族を見る。
俺は宝玉を目の前の台座にある窪みへ置くと、赤い光が流れ出した。
「……なんだか、すごいな」
光は壁へ、水槽の表面へ、幾本もの筋となって広がり、魔法陣を作り出す。
呆気に取られていると、魔導士の声がした。
「その宝玉に触れたままでいて。君の魔力を使って、今からこの迷宮の支配権を女騎士たちから移行する」
言われた通りに手を振れていると、俺の身体も赤く光り輝き始めた。
「おい、本当に大丈夫なのか!? 光ってるし、身体が妙に熱いんだけど!」
「……」
と、水槽に浮かんでいた魔導士の身体が動き出す。
俺はぎょっとして逃げ出したくなるが、こんな体が光っている中途半端な状態で宝玉から手を離して良いのか、分からない。
と、宝玉から機械的な音声が流れてくる。
「……回復機能、付与開始。管理権認証、一部エラー。不具合修正、不可能。再起動、失敗。認証、中断。権利移行、不応答……」
なにかしらの作業が進んでいるっぽいが……なんだか嫌な言葉が続いていないか?
ここに宝玉を置けば迷宮の管理権を手に入れられて、脱出できるって話だったのに。
(それともあれか? 久々に使った精密機器の動作が遅くなったり不具合が出やすいように、迷宮がオンボロすぎるせいで、正常に機能が使えなくなっている?)
ダン……
そんなことを考えていると、背後で音がした。
部下が何かをしているのかと振り向くが、眠ったままだ。
周りを見ても、空の水槽だけしかないし……
ダン
(……嫌な予感がする)
俺は入ってきた扉を見つめた。
あそこの外は今、崩壊して塞がっているはずだが、音は向こう側から聞こえた。
瓦礫が崩れ落ちてきて扉に当たっただけならまだいいが、そうじゃないと俺は勘づいていた。
ダン、ダン、ダン!!
「やばいッ!! アイツらか!?」
騎士のどっちかは分からないが、明らかに中に入ろうとする音だ。
早く宝玉の移行処理が終わらないと、こんな狭い部屋で今度こそ逃げ道もないのに戦う羽目になる。
だが俺が魔力を贈り続けなくてはいけない以上、ここから動くこともできない。
扉の近くで眠る部下を起こすことも、隠れることもできないまま、俺はただただ背後の音がこれ聞こえないことを願うしかない。
「早く……早く、間に合ってくれ……!」
目を瞑ったときだった。
ブクブクブク……!!!!
突然、水槽の中が沸騰したかのように激しく泡立った。
中にいた魔導士の身体が泡に包まれたかと思うと見えなくなる。
俺は依然に見た、そのボロボロの身体が千切れていく光景を思い出してゾッとする。
「おい、魔導士!? 大丈夫か!?」
ダンッ
水槽の内側から、手が伸びて表面を叩く。
俺は仕方なく宝玉から手を離し、水槽の表面を弄った。
「ええと、確かここら辺を弄ったら開くんじゃなかったか!?」
我武者羅にべたべたと触っていると、上手くあたりを引いたらしい。
表面に薄い筋が伸びると、扉の形となり、自然とがちゃりと開いた。
ザバァァと中から濁った液が溢れ帰り、俺は思わず尻もちをついた。
「うわぁ……! はっ、魔導士は……」
その時、俺は見た。
空になった水槽から、ゆっくりと外に出てくる人影を。
すらりとした生足、中世的な肉付きの裸体は、光を纏い神々しかった。
そして金と銀と黒の入り混じった髪が今さに伸びて、腰あたりでふわりと広がった。
爛々と光る青色の眼、その額の上に生えているのは、一角獣のように巻き模様のある角。
すぅっと、その小さな口が息を吸った。
「……久しぶりだね。この空気を吸う感覚も。一年と、数十年と、そしてほんの少しぶりだ」
「その声、お前は……」
どこからか、その体に布が飛んできて巻き付き、服となっていく。
派手な髪色に対して、服は黒いローブを纏ったシンプルな旅装。
指先を包むグローブで、顔にかかった前髪を払うと、穏やかな笑みが現れた。
俺より少し年上の、どこか魔性を漂わせる美貌の人物は、恭しくお辞儀をする。
「僕は……魔導士だよ。そして初めまして、魔王さん」
最近はメッシュや毛先の色を変えるルーツカラーのキャラが多いですが、3色はまだ少ないが印象あります。イメージカラーが定まりにくそう。




