35 騎士と重ねる消耗戦
「落ち着け……これは挟み撃ちじゃない」
(こいつらは連携が取れない。重騎士の注意をうまく女騎士に逸せば……)
「魔王様、来ます!」
「……ッ!! うおおお!!」
俺は部下を抱えたまま横に飛んだ。
ドゴンッ!!
爆撃のような音と共に、地面が傾く。
重騎士の拳が今いた場所に振り下ろされ、床が大きく凹んだのだ。
(遠ざかりたい……けど!)
時間がない。
重騎士のもう一方の腕が、俺に向かって振り下ろされ、女騎士は聖剣を振りかぶって近づいてくる。
ドンッ!!
足を動かし、重騎士の懐に潜りこむ。
ここなら距離近すぎて、攻撃しづらい。
だが敵は1人じゃない。
「甘いぞ……!」
女騎士の剣は、激しき炎を吹き出す。
まさか、と俺は咄嗟にしゃがみ込んだ。
ズサッッ!!!
聖剣の斬撃は、重騎士の腕ごと後ろまで切り飛ばした。
伏せていた俺の肩口を痛みが走る。
あと少し屈むのが遅ければ、腰を落としてなければ、重騎士と共に俺の腕も吹き飛んでいた。
「ーーーーーッ!!」
痛みを知らぬ鉄鋼の狂戦士は、ガバッと身を広げると、前方に倒れ、そのまま俺をその分厚い胸ぐらで押し潰そうとしてきた。
一か八か、俺はその股ぐら目掛けてスライディングする。
頭の後ろで、通路が壊れるかと思うほどの地響き。
ドォォン!!!
「ハァ……ハァッ!!」
「よく逃げる」
「鬼役がしつこいからな! 行くぞ部下!」
振り向いては間に合わない。
俺は右手を背後に向け、呪文を唱えた。
「アガ…」
その時、視界に影が掠めた。
今のは……まずい!
「拒絶聖域(8アガタ)・重曹!」
「魔王様……!?』
俺は手の向きを、前方に構え直した。
前方には何もいない。
ギャリィィィィン!!!
……今の一瞬までは。
発動と同時に斬撃のぶつかる音がする。
くそ、女騎士め、頭上を飛び越えて来るとは。
こちらの動きが読み、その一手先狙ってくる。
「よく見える眼だな。やはり魔族の眼と似ている」
魔術壁を前に、女騎士は無理に破ろうとせず、すぐさま下がる。
攻撃を凌いだはいいが、それも彼女の計算のうちなのだろう。
前後の敵が入れ替わっただけで、再び挟まれてしまった。
(こんな攻防続けていたら、俺の方が先に読み違えて負ける!)
背後の重騎士は、切られた腕を取ると、切断面を押し付ける。
バチバチと火花が散り、そして溶接跡を残して腕がくっついた。
部下が俺の服をぎゅっと掴む。
「このままでは……なら、私が奥の手を!」
「いいや、まだだ!」
俺は、部下の精神が子供に戻ったことで不安定な状態なのを知っている。
その状態で魔術を使えば、暴走するかもしれないと危険性を孕んでいることも。
(何か、逆転の手は……くっ!)
考える時間を与えぬよう、騎士は政権を振り出す。
俺も瞬間的に魔術壁を出して防ぐも、後方で再び動き出す重騎士の気配に焦流しかない。
(次来るのは突進か!? それとも殴りかかりか!?)
ギシリと地面が沈み込む音。
突進が来る。
「逃亡は許さない」
だが、女騎士は攻撃を緩めない。
「お前も巻き込まれるぞ!」
「許容している」
なぜだ? いや、女騎士もまた、
先ほどの重騎士のように、手足が吹き飛んでも再生できるのだろう。
だから自分ごと、あの重騎士に突進させようとしているのだ。
2対2と、人数なら負けないのに、こうも一方的に嬲られるとは。
それでもまだ、連携という点では、俺たちが勝っている。
それだけが、次の1秒を生き延びる可能性を紡いでいる。
(……わかった!!)
俺は大きく跳びのき、あえて重騎士の側による。
アイツの突進は凶悪だが、その動きは何度も見ている。
だから、後どれくらいで勢いよく走り出すのかの目安もついている。
下に手を向け俺は叫んだ。
「部下、飛ぶぞ! 全力だ」
「はい!?」
疑問と肯定が入り混じった返事だが、説明する時間はない。
俺は地面に手をつく。
「『拒絶聖域・重奏』……!』」
舌打ち混じりに放たれた聖剣を交わし、急速に膨張した魔術壁によって、俺は部下共々頭上へ吹き飛ぶ。
防御魔法と言いながら、以前部下を跳ね飛ばしたこの魔法の威力、やはり正解だった。
天井近くまで放り出された俺が見下ろしたのは
高速で突進する重騎士に跳ね飛ばされる女騎士。
人形と間違うくらいあっさると、ぐるぐると回転しながら壁に激突し、全身をひしゃげながらゴロゴロと床に真っ赤な跡をつけた。
(俺が死んだときも、ああなってたのか……ゾッとする)
しかし今は着地のほうが生死に関わる。
幸いにして、壁際まで奔った重騎士は俺たちの方を見ていない。
このまま着地と同時に魔術で衝撃を和らげれば、ダメージを防げるはずだ。
(そのまま気づかないでくれ……!)
チカリ
真っ赤な肉塊と鎧の残骸から。
炎の揺らめきが、視界の端で明るく輝いた。
「……ッ!! まだかッ」
ガキィィィンッ!!
投げ付けられたのは燃える鋭き両刃。
着地のタイミングより少しずらされて投擲したのは、再生し始めた女騎士の腕だった。
ドサッ!!
「ぐぅうっ!!」
俺は部下を抱えて、地面に打ち付けらる。
衝撃を和らげきれず、全身の骨がボキボキと割れると嫌な音がした。
「ハァ……ハァ……大丈夫か……部下」
「す、すぐ治療、します!簡単な魔法なら、今の私でも……」
「いや……後回しだ」
半壊した骨格から骨が浮かび上がり、肉が張り付き、鎧が覆う。
割れた頭蓋が破片一つ残さずぴたりと復元され、顔の皮膚が張り付く。
後方から金髪が伸び、冷ややかな目を顔の窪みにはめ込んだ女騎士は、まるで死んで生き返ったかのように、元の姿で俺たちの前に立ち上がった。
(迷宮の一部になったって……そんな回復能力まであるのかよ)
「即刻による捕縛失敗。魔王とその配下を騙る者らよ、その足掻きを私は賞賛する」
彼女が右腕を伸ばすと、転がっていた聖剣が飛び、その握り手の中に収まった。
「故に、この私は徹底的に叩き潰す。魔族悲願の巨城、崇高なる地下迷宮に挑むその意味を、改めて弁えよ」
「ハァ……ハハ、お前こそ、魔王を前に武器を構える無礼を弁えろ。何が起きても知らないからな」
「そのまま笑っていろ。対象が騒がしいほど、首を刎ねやすい」
「絶対にそんなことさせない……ですから……!!」
「ーー、ーーーーッ!!」
重騎士も吠え、四者が睨み合う。
(きっつぃなぁ……)
疲労は、ただ戦闘によるものだけではない。
確かに俺は魔力を無尽蔵にあるかもしれないが、こんなに連続で魔法を使って消費するのは初めてだった。
まさか、魔力の総量と、一回で使える魔力の限度量があることが、別だって知らなかった。
(お陰で……右腕の感覚がもうないんだよな)
部下を抱きしめ続けるのも、もう難しい。
だから、次の戦いが最後になる。
その前に一つ、俺は忠告しておく。
「なあ、女騎士。それに重騎士。お前たちさ、そんな無暗に突っ込んできて、肉体をボロボロにしてたが……自分の身体を、いや命を粗末にしてるだろ」
「……なんだ、命乞いの前置きか」
「違うよ。俺も似たような経験があるから言っておくが、何度死んでもやり直せるから大丈夫っていうのは、実は大事なものを見失っているんだ。だから今手を引いてくれるなら、忠告だけで済ませてやるが、どうする?」
「……完全否定。私は、成す事を成している。そのために、この身を何度捧げることとなろうと、厭うことはない」
「そうか……じゃあ」
一つ息を吐く。
俺の方も、本気で戦うって覚悟が決まった。
「今から教えてやるよ。死んでも取り返しのつかないことを」
終盤戦っぽい雰囲気になってきました。
次回も間を置かずに投稿できればと思います。
また、ちょっと過去の話も読みやすくなるよう改稿していきたい……




