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31 導士の導く攻略法

 

「部下……」


 俺は、少女を見てそう呼んだ。

 渦を巻いた艶のある角と、長く伸びた紫色の髪から覗く幼い顔。

 長い睫毛で飾られた丸い瞳は不安混じりに俺を捉える。

 自分の見たものと、今目の前にいる彼女の姿が重なる。

 なんて声をかければいい。


 どうして今まで黙っていた?

 何故なぜ俺をなん度も死なせた?


 そう問いかけてしまいたい。

 だが口から溢れた言葉は、違った。

 言いたい言葉はただ一つだけだった。



「ありがとう……」



 少女の目にじわりと涙が溢れ出した。


「魔王様……!」



 □□□


 俺は手の傷を撫でる。

 これは魔力を注ぎながら作った遺言の文字だ。


 魔力の迷宮において時間が撒き戻っていると分かったとき、俺の受けた傷などは戻るが、壁に埋め尽くされた魔法陣や落書きはなぜ消えないのかを考えた。

 スライムが壁を修復しているにもかかわらず、落書きという明らかに余計なものは残り続けている。


 違いがあるとすれば、文字を刻むときに魔力が込められたかどうかではないか。


 俺は一縷の望みにかけて自分の腕に、魔力を溢れさせながら文字を刻んだが、それが成功したらしい。


 どうやら何度も死んでは時間が巻き戻り……いや、部下が時間を巻き戻したことで記憶を失っていた俺は、改めて全てを取り戻すことができた。


「……」


「……すぅ」


 部下と言えば、突然抱きついたまま意識を失ったかと思うと、嬉しそうな笑顔と涙を浮かべながら眠っている。


(なぜ俺が何度も死に時間が戻していたのを、彼女は黙っていのだろう)


 その疑問は、部下が見せていた何かに怯える態度につながるのだろう。

 少女……いや、もう実際は大人なのか? それとも時間が戻って子供の姿に戻ったから少女でいいのかは分からないが、ともかく彼女は何かを知っている素振りを見せながら、明確に説明はしなかった。



 俺が宝玉を乱用しようとするのを防いだㇼ、重騎士や女騎士を避けようとしていたのは、彼女が記憶を持っていたからに違いない。


 では、説明なく俺を殺そうとしたのはなぜだ?

 何かに取り憑かれたかのように、怪我して動けなくなった俺を襲ったが、時間を巻き戻せるなら、すぐに怪我する以前まで戻せばよかったのに……


(多分、時間を巻き戻す魔法には、条件があるんだ。その条件の一つに、俺の死が含まれている)


 魔術に詳しくない俺でも、時間を戻すなんて行為が難しく、厳しい条件がなければ難しいことが分かる。

 どういう理屈かはともかく、そこに俺の死亡が含まれてしまったのだろう。



(そして恐らく……もう一つの条件が)



 俺は床に転がる赤色の宝玉を手に取った。

 この宝玉は、魔導士と名乗る声がして、俺に迷宮の道案内をしたり魔術を使えるようにしてくれた。

 その正体は、迷宮で一年前に捕らえられた生贄の魔族だったが、では今どこにいるのだろうか。

 俺は宝玉に向かって話しかけてみる。




「魔導士、聞こえているのか?」



『……』



 反応はない。

 少し考えて、もう一度話しかける。




「君にも感謝を言いたい。ありがとう」


『うんうん、どういたしまして!』




 はしゃぐような敵意のない声に、俺は少し安心する。



「魔導士、お前は一体……!」


『要件は手短にね。ここではまだ、電波が遠いからさ』


「なら、魔導士がどこにいるのか。そして俺たちはこれからどうすべきかを教えてくれ」


『僕はねぇ、時間が戻ったからまた奥の間にある水槽の中だよー。魔力を吸う装置を通じて宝玉と回路(パス)を繋げてあるから、念話はできるけど、他は何もできない囚われの身さ』


 さらりと、とんでもないことを言う。

 ということは、魔導士はあのギリギリ体を保った状態なわけで、早く助けなくてはいけなくなる。


『それで魔王くんにはね、もう一度奥の間に来て、宝玉を台座にはめて欲しいんだ。その宝玉は多機能装置(マルチデバイス)。この迷宮で戦うための武器でもあり、(ルート)案内もできて、制御権を管理する(キーも兼ねてるんだ。だから、正しい方法を知っていれば迷宮を支配できちゃうのさ。以前は時間がなくて解析できなかったけど、今回は何十年も時間をかけて迷宮に戻ってきたらね、楽勝でいけるはずだよ」


 ちょいちょい、俺の元いた世界の横文字を使っているように聞こえるのが気になるけども、ともかく魔導士は魔術師として優秀らしい。


「でも、俺は奥の間に近づけないぞ? 扉から溢れる濃い魔力が俺には毒になってるみたいで」


『あぁ、それは僕がやったんじゃないかな。君が不味い条件のまま入ってくるのを防ぐために」


「不味い条件?」


 そういえば、あの時の俺は部下と離れたうえに死にかけで、女騎士と重騎士が側にいた。

 もし俺があのまま扉に入れば、また女騎士に脅されて水槽に閉じ込められる羽目になっていただろう。

 そんな回りくどい真似をしなくても、部下にも言えることだが、直接俺に話してくれれば良いのにと思うのだが。


「直接俺に言えなかった理由はなんだ?」


『一つは女騎士や重騎士にも聞かれちゃうと、対策されて面倒になること。もう一つは……乙女の想いだよ』


「魔導士、お前女だったのか? 声だけだと分かりにくいな」


『僕じゃなーい、部下ちゃんのこと! でも、今は時間が惜しいから後回しにしてね。話を戻して、脱出方法について教えるから』



 部下たちは、俺を助けるために戻ってくれた。

 そしてもう一度、あの奥の間に戻り、宝玉を用いて迷宮の管理権限を奪えばいいのは分かった。


『けど、女騎士を相手にどう立ち向かえばいいのか。君は防御魔法『拒絶聖域(アガタ)』を既に宝玉の力で獲得してるよね。その魔法を上手く使えるのなら、本来は女騎士の炎剣も、重騎士の突進も防げる絶対障壁になるはずなんだ』



 拒絶聖域(アガタ)、か。

 そういえば俺にそんな魔法が入っていたな。

 確かに何度か使ったけど、魔法が暴走して部下を殺しそうになった苦い思い出もある。


『君は魔術師ではないから、君が魔法を出すとき、横で魔力調整を部下ちゃんが担当する。外で修行をしてきた部下ちゃんは、一流の魔術師だから、今度は負けることなく防げるよ』


「部下が直接魔法を使って騎士を倒せば良いんじゃないか?」


『彼らは迷宮から魔力供給と加護を受けているからね、この迷宮の中で彼らを倒すことはほぼ不可能だよ。それに、今の彼女は精神が不安定だ。そんな状態で自分の魔法を使えばどうなるのか、君が一番知っているだろ?』


「……俺の魔力操作をする分には大丈夫なのか?」


『うん、だって彼女は君のことが大好きじゃないか。だから精一杯やってくれると思うよ!」



 理屈は分からないが、なるほど? と相槌を打っておく。

 とにかく目的もやり方もハッキリして、俺はようやく迷宮を出れるわけだ。

 一息ついたところで、宝玉の音声に雑音が入りはじめた。


『……通話はこれまでだね。じゃあまた会おう、魔王くん。今度は奥の間で、ね』



 魔導士は軽い口調で振舞っているが、それはかなり強がっているはずだ。

 一年間1人で水槽に閉じ込められる絶望を味わっている。その苦しみを、少なくとも俺だけは分かる。

 本当は、一度部下と一緒に外へ抜け出した時、そのまま帰ってこなくとも良かったはずなんだ。

 だというのに、なぜ再び水槽に入ることになろうとも、俺を助けようとしてくれたのか。



「魔導士! 最後に聞きたい! お前はどうして、ここに戻ってきてくれたんだ!」


『……フフ、なんだい、それは最初に言ったじゃないかー!』




 魔導士は、笑いながら答えた。





『僕は魔導士。魔王を導くもの。魔族の一人として、魔王を応援したくなっただけさ。もしかしたら本当に世界を変える魔族の王になってくれるかもしれないってね』






 通信は終了した。




数日待たせた割には説明会になってしまいました……


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