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29 魔王と最初の回顧録

書き溜めていた分を、毎日更新で投稿していきたいと思います。


「ついてこい、少年少女!」

「はい!」

「了解、しました……!」


 俺は女騎士の協力によって迷宮を進んでいた。

 先陣に立ち、スライムを切り伏せる女騎士。


「……横の通路からもう一体だ!」


「分かって、ます……『波動(パンタ・レイ)』!」


 小さな衝撃波が部下の指先から放たれ、押し寄せていたスライムを後退させる。

 威力は低いものの魔法を使える少女は、角の生えた魔族。

 そして少女をおぶり自慢の脚で走る盗賊の俺。

 なんだか、あと一人加わればバランスの良い冒険者パーティーでも組めそうな面子だ。


「よし、走れ!」


 狭い通路を抜けた先に広がる大通り。

 その先にある門こそ、この地下迷宮の出口だと女騎士は行った。

 俺たちにそれが真実かは分からないけど、何回も助けてくれた女騎士の言葉を一旦は信じることとした。


「来たぞ……重騎士だ」


 ガンッ ガンッ ガンッ


 重厚な金属が擦れ、地面を蹴る音が近づく。

 現れたのは、牛のように巨大な二本角を頭部に生やした、全身装甲の巨躯。

 言葉は通じず、何度も俺たちを見つけては追いまわし、女騎士の助けを借りてなんとか巻き続けていた。



「騎士、さん……私たちも戦い、ます!」


「勇敢だな、きっと将来は良い魔族の魔術師になれる……だが今は先に進め! 私もすぐに追いつく」


 女騎士は俺に目で合図し、俺は少女の手を抱きかかえると走り出し、その横で聖剣から放たれた炎の斬撃が重騎士に向かって飛ぶ。

 全力で走れば1分と関わらずに辿り着ける距離だ。

 鋼と炎のぶつかり合う閃光と熱気が通路の端から端まで飛び散り、白壁に黒い巨大な重騎士の影が映りこむ


「はぁっ!! はあっ!!」


「あの、私ならもう自分で走れ、ますから……!」


「いや、俺の方が速い! 君よりもっと重い財宝を担いで3日間逃げ回ったこともあるんだ、これくらい!」


 根性を出して遂に壁まで走りきると、俺は少女を降ろして扉に触れた。

 背丈を上回る分厚い戸ではあるけど鍵はなく、力を込めれば固い蝶番ながらゆっくりと開いていく。


「……よし、隙間ができた。君が先に中に入れ!」


「わかり、ました!」


 俺が苦戦している間に、少女は中へ入り込み、そして声を溢した。


「……これ、は?」


 俺もようやく自分の入れる分の隙間を作ると、中へ飛び込んだ。

 バタンと扉は締まり、外側から聞こえた戦闘の音は遮断された。


「はぁ、はぁ……ふぅ。よし、後はこの出口から外へ……」


 立ち上がった時、俺はそこに外の世界か、あるいは地上へとつながる階段があると思っていた。


「……なんだここは」


 あったのは、白い立方体のような部屋。

 扉から中央に向けて赤い絨毯が敷かれている。

 その横に並んでいるのは、何か液体の詰まった柱だった。

 スライムの色と似ているが、違う。中に何かが浮かんでいる。

 丁度大人が一人入れそうな大きさであり、その中にあるのは装飾品と、骨の一部だと気付いたとき、嫌な予感がした。


「……君は、部屋の隅でじっとして何もミルナ。出口を見つけ次第、すぐ出るぞ」


 何も考えるな。そういったことは後回しだ。

 部屋の中央には、何かの窪みがある台座と、柱から伸びる紐が集まっていた。

 丁度、地上の港町で盗んだそれと同じくらいのサイズだ。

 そして台座の奥には一際大きな柱が、中に辛うじて人型を留めている遺体を収容しながら、聳え立っていた。


(ここが何か……の解釈は後だ)


 魔族の間で何があったのかは、後回しだ。

 ここが最奥である以上、なにか脱出の手がかりがあるはずだ。

 しかし、俺には何も見えない。


(なら、魔族である少女の瞳を借りれば、何かが分かるか?)



 ぎぃぃ



 扉が開き、女騎士が入り込む。

 無事だったのか、と安堵の声を上げかけて、様子がおかしいことに気付いた。




「よく辿り着いた、彷徨える者たちよ。ここが迷宮の最奥地である」




「出口はどこにある? 見当たらないが」


「否、お前たちは成し遂げた。ここが終着点で間違いない」


「……なんだ、裏があると思っていたが、やっぱり騙していたのか」


「不適。最奥に来なければ、出口は開かれなかった。迷宮は、ここで管理され、出口もまた、最奥で操作されねば姿を見せぬ。それが魔族の城塞、追手に追わせぬための策だ」


「そうか、だったら早くその操作をして、出口から出よう」


 俺は、少女をそっと制する。

 丁度、女騎士からの死角に隠れた少女は、隙をついて魔法を撃てないか狙っている。

 だが厳しいだろう。女騎士は聖剣を抜いたまま、俺たちの前に立っている。

 あの美しいと感じた金髪も、鋭い眼も、今はすべてが機械のように冷たく感じる。


「同意だ。迷宮の操作管理は私の望むこと。ただしそのためには、魔力が足りない。以前の生贄は、もう燃料切れが近くなった」



「……は?」



 以前の生贄?

 こいつは、年に一度、魔族が迷宮に捧げられるあの儀式の、その生贄のことを言ってるのか?


「迷宮の維持には、膨大な魔力が必要だ。それこそ年に一人、魔族成人1人分ほどの」


「そうか、ならこの迷宮はもう終わりだな。そんな魔力をあの幼い子は持ってるわけないだろう」


「そうだ、だから今年は、お前が来てくれて僥倖だった。無限の魔力を持つ者よ」


 女騎士は聖剣を俺に向けた。

 ……なぜ、俺を助けてくれたのか、ようやく理由が分かった。


「お前は、そこの水槽に入り、迷宮維持の魔力源となれ」


「誰が、なるか。大体こんな壊れかけの迷宮を、何故維持しようとする!?」


「ここに残る者たちは、魔族の城を護る者。お前たちがスライムと呼ぶものは、迷宮の修理回復機構。その水槽にいた者たちは、自ら志願し迷宮城塞の魔力源となったもの。そして重騎士と、軽騎士の私もまた、迷宮の維持機構である」


「機構って……」


「私たちは1000年前から機構として迷宮の魔術式に組み込まれ、迷宮を維持し続けてきた。これから先も、この業務を辞することはない」


 女騎士は頭の装具を外し、金髪の中から二本の角が現れた。

 それは、彼女もまた魔族だという証である。


「組み込まれって……なら、あの重騎士と戦ってたのはなんでだ?」


「彼は300年前に故障した。回復は困難、しかし敵排除の業務は行えるためああやって迷宮を巡回させている」


 さっきから女騎士の言っている時間の感覚がおかしい。

 なんだ、お前らは1000年も生きていたとでもいうのか? 

 魔族は長命と聞くけれど、それも大概すぎる。

 それとも、自らを迷宮の機構だとか言っていたが、そのせいで身体構造まで変わってしまったということだろうか。


「なら、お前も狂っている可能性があるって自覚はあるのか、女騎士。ここにいた魔族はもういない、1000年も迷宮を維持しながら、魔族たちは戻ってこなかったんだろう。だったら、地下迷宮の未来はとっくに袋小路だって分からないのか!」


 俺は女騎士の気を引きながら、どうにかして逃げ出す手段を考えている。

 鉄面皮のまま聖剣を構えているが、この狭い部屋で振り回せば、奴の言う水槽が割れて向こうも困るはずだ。

 例え戦闘になっても、うまく少女だけでも逃がしてやりたい。

 問題は、重騎士が部屋の外、大通りに残っている可能性も高いということだが、まずはこの窮地を切り抜けなくては。


「辿り着きし者よ。お前の闘志は無駄だ。私はお前に強制しているのではない」


「……なんだって?」


「水槽は自らの意思で入れ。そうすれば少女を助けよう。だがお前が従わぬ場合、魔族の少女を殺す。取引だ」


「『波動(パンタ・レイ)』!」


 飛び出した少女の魔法が、女騎士に当たる。

 だが女騎士は避けもせず、そして衝撃をくらっても髪の毛一つ動かなかった。

 絶句する少女と、俺を見つめ続ける女騎士。


「どうする、お前が取引に応じさえすれば、彼女は出口から外へ抜け出せる」


「……お前が少女を助けるという保証は? 魔力源が少しでも欲しいなら、この子も水槽に入れようとする気だってあるだろう」


「否定だ。お前の魔力量のみで百年は足りる。そこの少女の魔力量は維持費の一カ月程度。捉える意味はない。お前が抵抗なく水槽に入ることが最優先だ」


「……分かった。なら時間をくれ」


「待とう、こちらに敵意はないのだから」


 ゆっくりと後ずさりながら、俺は少女に近づく。

 彼女の顔は真っ青で、涙も出せないほど絶望に堕ちていた。

 長い紫の髪が乱れるほど首を横に振り、俺に抱き着いた。


「嫌、です……離れるのは、私だけ助かるのは……一人だけになるのはもう嫌、です。貴方と一緒にいるために、私はどうしたらいいの、ですか……」


 少女は、今から死ぬまで水槽に閉じ込められろと言われている俺なんかより怯えていてた。

 俺はその背中をさすると、少しずつ緊張が解けていく。


「あったかい、です……私、一人になるくらいなら、ここでずっと貴方と」


「まだだ」


 そう少女の耳元で囁くと、触れ合うほどの距離で彼女の眼と眼が合う。

 見開かれた丸い瞳を前に、俺はどこも諦める意思なんて瞳のどこにも映ってないことを見せつける。



「諦める理由がどこにある。お前も、騎士を出し抜く手伝いをしてもらうぞ」


 


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