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27 魔王と誓う生流転

 

 全く厄介なことだ。

 俺だって別に、死にたいわけじゃない。


 こうやって背中を押し付け、血も汗も分からないままに全身から何かを噴き出して、硬く強張った脚を横へ横へと動かす無様な死にかけの姿になってしまっても。

 財宝を見ると身体が勝手に動いてしまう衝動を抑えれるのならば、どこかで安定した暮らしを送ってみたくもある。

 人里離れた場所に家を建てて、親しい人と偶に会うくらいの波乱とは遠い生活は、きっと俺からは一番程遠い場所に合って、だから憧れてしまう。


「ハハハ……いつも俺は、こんなはずじゃなかったって愚痴を溢してるな」


 笑うと、口角から血が零れた。

 自分はもう助からないなんて気持ちは、諦めて絶望に負けると、俺の魔力が暴れ出すから、なるべくそういうことを考えないようにしていた。


 でも今は、とうとう助からないと思っている癖に、絶望どころか希望に溢れている。

 俺でも最後に部下を救えるんじゃないかって、目を輝かせている。

 だってそうだろう。俺の眼を通してみる迷宮は、こんなにも。


「綺麗だったんだな……」


 迷宮で敵を妨害し見方を導くためだけの、機械的で無機質な模様や魔法陣と思っていたが、それは違った。

 壁や天井に書かれていたのは、絵や文字だった。

 物語の一場面みたいな壁画、詩の一節、明らか落書きや、いくつもの日付と文字の刻まれた交流の跡。


(そうか……この迷宮は、活気のある街だったんだな……)


 古代魔族の文字なんて読めないくせに。街に遺された息遣いを聞くことができる。

 人々が生きた証が、見えていなかっただけでこんなにも広がっている。

 俺は、遠い昔鮮やかな星々を線で紡ぎ、星座という物語が視界の端から端にまで広がっていることを知って感動した日を思い出す。

 迷宮で、俺は一人なんじゃない。ここに大勢の人がいる。


「鉄牛とか、スライムとか、魔力とか……危険なものがいっぱいあったけどさ……きっと、ここにいた人は、ここが住居だったんだろうな」


 壁に書かれた扉の絵に触れると、壁が動いた。

 その中には、箱や布が散乱している部屋があった。

 遺された机には、一通の手紙。読めはしないけど、察することはできる。


「……なあ。迷宮。今だけでいいからさ」


 俺は壁に触れて、願いを言う。

 呪文なんて知らない。古代語なんて分からない。

 けれどきっとこの迷宮なら。これだけ人々に愛された街ならきっと答えてくれると、俺は確信していた。


「……あの子のところまで、俺を導いてくれ」



 魔法陣が光り輝いた。


 □□□


「……魔王様?」


 小さな声が通路に響いた。

 そこにいたのか、部下。

 彼女は数ある隠し部屋のうちの一つで、隅に座っていた。

 小柄な身体を更に縮こまらせ、涙で腫れた目は、それでも黄金に輝いていて美しい。


「……私は、一体……」


 側に近づき、紫色の髪をそっと撫でる。

 ごめん、それは俺にも分からない。

 なんとかここまでたどり着いたけど、それが精いっぱいだった。


「……魔王、様……? その目は一体? いえ、それより体が……!」


 ああ、今の俺はどうなっているんだろうな。

 あの出口付近の魔力が毒だとしたら、俺の身体は変色したり腐ったり、ひどいことになってるのかも。


「あぁぁぁぁぁ……私が、私があのとき魔王様に何もできなかったせいで、魔王様をもっと苦しめた、のですね!!私が、もっと上手く動けていたら、あぁぁああああ!!」


 部下、俺の手を握ってくれ。

 多分今の俺なら、できるんだ。


「魔王様……一体何を?」


 それは説明するから……そう、しっかり握っててくれ。

 俺は今から。


「俺とお前を救う」



 俺は自分の左手の指に力を込め、右腕に突き刺した。

 皮膚を破り、血が溢れたのがわかる。


「魔王様……!」

「お前は、俺の魔力が暴れないか見ていて欲しい……」


 指先に魔力を流しながら、刺した指を横にずらす。

 直線を書いたあとで一度引き抜き、もう一度、今度は別の場所へ。


「これはもしかして……魔法陣を彫ってる、のですか?」


「……魔法じゃないけど、似たようなもの、かな」


 しかし、こんなに苦痛を伴うはずの作業だというのに、痛みはないし息も乱れない。

 多分、それを感じるべき神経が鈍くなっているのだろう。

 だから書きかけだというのに、突然全身の力が抜けて、そのまま床に倒れ込んでしまった。


「魔王様……!!」


「あぁ、部下がいる……幻覚じゃないよな」


「本物です……貴方様の部下はここにいます……」


「そうか……だったら、伝えたいことがあるんだ。聞いて欲しい……」


 部下の泣いた顔。少女の不安そうな瞳。角の輝き。零れる涙に映る髪色の紫。彼女に映り込んだ俺の眼は、彼女と同じ色。燃える炎の先に見える女騎士。骨の砕ける振動と共に聞こえる鉄牛の鼻息。薄暗い入口。魔力立ち込める出口。これが幻でも、別の時間でもなく、すべてが、一つの道に繋がっているとすれば。


「俺はもうすぐ死ぬ。でも、きっと……はぁ、これまでもそうなんだろう。何度も死んで生き返って、全てを忘れた俺の姿が見える……馬鹿なことを言ってると思うかもしれないけど」


「魔王様ッ……! 記憶が……!?」


 記憶か幻想か。きっとどちらもが混ざっているのだろう。

 何となくわかるのは、俺が思い出せないだけで、何度も部下と共に戦ったこと。

 そして、俺は何度も彼女を出口に導こうとしていた。

 そのために犠牲になってもいいと。

 けれど……それは間違いだったんだろう。


「ようやく気付いたんだ……俺たちにとってのゴールとは、2人で一緒に外へ出るということなんだって。ごめんな……全然気づけなくって……」


「いいえ……私、が……私が駄目だから……私が魔王様を、救うことができないから……」



 白かったはずの空間が真っ暗に見えているのは、俺が目を瞑っているせいなのか。

 ああ、俺の人生が終わる。でも諦めではない。絶望もない。


「大丈夫だ……今度こそ、俺は君を助けるから……君と一緒に、俺は歩んで見せるから……」


 声が出ているかも分からない。

 なら、声を出さなければ良い。腹の底から音を響かせる。


「フ.フフ……フハハハハハハハハハハハ……!!」


 まだ大丈夫、この程度で絶望に落ちる魔王ではないと、部下に伝える。

 顔も、喉も、肺も、血だらけで、傷だらけで、今すぐにでも崩壊するとしても。

 俺のために、どんな時間の中でも必死に助けようとしてくれた彼女へ。

 まだ、希望があるということを、伝えなくては。


「ハハ、ハハハ、あぁ、俺は、お前のことを……」


「分かってる、ので……私も、魔王様をもう一度」


 部下が俺の手を握りながら、何かを唱える。


 彼女の体温は、こんなに温かかっただろうか。


 青白い光がのぼり、俺の身体を、少女を、迷宮を包みながら広がっていく。

 身体が浮き上がるような感覚。少女の角が内側から光る。

 通路が大きく揺れる、壁が膨れ上がり、俺はどこかへ少女に手を握られながら飛ばされていく。

 見たことのある壊れされた壁が戻り、女騎士が後ろ歩きで横を通り過ぎ、鋼牛の声が逆再生され、スライムが遠ざかり、すべての悲劇が押し戻されていく。それは俺の身体もそうだった。


 そうして意識は泥沼の中へ沈み、深く深くまで落ち

 やがて形を保てなくなると

 バラバラになって


 消えた。






 □□□




「……読みにくいし何が言いたいかも分からない文章ね。魔王らしい」


 読み終えた後の、賢者の第一声は手厳しかった。

 ある意味で俺の書いた文章でもあるので、ちょっと胸に来た。


「勘違いしないでほしいのだけれど……言葉の上手さの話しではないの。多分これは、思考の問題。この話を書いた誰かの意図が掴めない、ということよ」


 この魔王がただ死ぬだけの話は、確かに前後のページにある英雄譚的な話とは繋がらない。

 だけれど日本語の文章は何度も書き変わり、その度にどうやらちょっとずつ事態が進展している……ように思う。

 ただし、どうしてそんな手の込んだことをするのか、その目的が分からないのが不気味だと、賢者は語った。


「……どうするのかしら? 読み進めるかどうかは、貴方次第よ」


「え、俺?」


「私が分析できないだけで、魔術的な罠が待っているかもしれない。何度も読む中で、知らなければよかった内容を読んでしまうかもしれない。それでも貴方が読みたいというのなら……」


「うーん……ちょっと考えさせて」


 確かに魔王アイツの作った文章を読んでいるのだから、警戒はすべきだ。

 同時に自分と同じ存在が何度も死を繰り返し、しかもいつ終わるかも分からない物語を読むというのは、読んでいると胸が苦しくなる。


(けれど……)


 これだけ足掻いている文字の中の俺が、全てただの創作とは思えない。

 というかそう、この本の結末も、目的も


「……大体、全部察しはついているんだけどさ」


 俺が笑うと、賢者の表情も和らいだ。


「それでも、読み進めたいということなのかしら?」


 流石は賢者だ、分かってくれている。

 俺が本を閉じると、淡い紫の光が紙の隙間から漏れ出した。

 記述が書き変わる。時間が撒き戻る。

 そもそもおかしな話だ。

 魔王の自伝があって、そこには元いた世界の言語訳が載っていて、ただし日本語だけが読み返すたびに内容が変わる迷宮の話がある?

 それを世界中に発行したとして、何人もが本を読み、誰かに譲り渡して、賢者のもとにまで来たとしよう。

 なら、そこに書かれた話は、何度目の死の後だ?

 しかし賢者は、以前確認したがこの本には魔術がなく、記述が書き変わることもないと言っていた。

 この一冊のみが特殊ならともかく、魔王の自伝は世界に数多く刷られているから、確認すればその言葉が正しいと分かるだろう。


 なら、何故この本の内容だけが変わっている?

 賢者が読んだときには変わらず、俺が読んだ時だけ反応した。

 そして本の記述が書き変わるとき、俺の魔力が吸われていると、賢者が言っていた。

 もし、それが魔力による違いだとすれば。


「この本は、魔王の魔力に反応するように作られているとしたら」


 では、世界に数ある自伝の全てに、俺の魔力にだけ反応するよう魔術が組み込まれているのか?

 多分、そうじゃない。

 答えはこの物語にずっと書かれている人物だ。


 ……以前、この賢者の屋敷に忍び込んだ魔族がいる。

 そいつは俺の前に現れ、この本の中に登場する少女と同じ役職を名乗っていた。

 もし彼女が細工をしていたとすれば。

 一度賢者が魔王の自伝を調べて棚に戻した後、侵入した彼女によって本がすり替えられていたとすれば。


「魔王の部下が、本をすり替えた可能性が高い」


 そしてその目的は


「いつの日か、俺に、この本を読ませるためにだ」



 この自伝は過去のものではない。

 今の俺と密接につながる、何かが仕込まれている。


 俺は溜め息をついた。


 全く厄介な話だ。



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