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番外編 賢者の惚れ薬【バレンタイン記念】

一旦本編とは離れて。

バレンタイン回に、しばらく出番がなかった賢者回です。

 


 いつも通りの朝。

 目覚めると、俺の枕元にメモが置いてあった。



【何かあったら、私の部屋まで】



「……?」



 賢者の文字だが、なんのことだろう。



(昨晩は遅くまで作業していたようだけど……)


 とりあえず、身支度をして、朝の食事や植物の世話をするべく居間へと向かう。

 すると、既に着替えを終えた賢者がソファに座っていて、庭を眺めていた。

 虹色の髪は今日もよく整えられた絹のようで、落ち着いた表情の横顔は今日も凛とした美少女だ。



(丁度良い、メモのことを尋ねよう)



「おはよう、賢者」


「あら……おはよう、()()()


(……アナタ? まあいいか)


「効きたいことがあるんだけど、俺の枕元に」


「まずは……こちらに座ってからにしたらどうかしら……」


 そう言って賢者は自分の横をポンポンと叩いた。

 違和感はありつつ、俺はそのまま座る。


「今日は朝早いんだな。夜遅かったみたいだけど、大丈夫か?」


「まあ、心配してくれるだなんて……嬉しい」


 そう言って賢者はソファに置かれた俺の手に自分の手を重ね、頬を赤らめながら俺を見つめた。



 ……



 ……



 ……




「……!?」



(なんだなんだなんなんだ!?)


「どうしたの、貴方のほうこそ顔色が悪そうだけれど……」


「そんなことはないんだ。ないんだけど、あるのかもしれなかったりするのかも」


 動揺して、自分でも何を言ってるか分からなくなる。

 一体、今何が起きた? 賢者が? 手を重ねてきて、照れている?


(落ち着け、賢者をよく観察しろ)


「どうしたのかしら……?」


「い、いやぁ、今日の賢者はいつもと違うなって」


「やっぱり、分かってくれるのね……実は朝早く起きたから、とっておきの化粧をしてみたの。目覚めたばかりのアナタに見て欲しくて」


「そんなことしなくても、賢者は何時だって綺麗じゃないか。そういう見た目の話じゃなくて……」


「もう、内面も綺麗だなんて……朝から褒めすぎよ。私をどうしたいのかしら」


(誤解が重なって会話にならない!)


 そのとき、メモ書きの事を思い出す。

 もしや、あそこに書かれた「何か」とは今の状況なのか?


「ちょっと賢者、一旦待っててくれ! 俺も身だしなみを整えてくるから!」


 そう叫びながら立ち上がると、俺は一目散にその場から逃げ出した。





 □□□




「なるほど、惚れ薬……」



 賢者の部屋に入った俺は、飲み薬を調合した後の器材と、その机に置かれた実験記録を見る。

 やけに甘い匂いのする部屋で、置かれたメモ書きには


『作用不明。好意を増強するものと思われるが、実験が不可欠』

『実験として薬を飲み、その後記憶消去。助手に被験者である私の行動を観察させる』

『貴族夫婦が円満のために依頼』

『というわけで、これを読んだあなたへ。私の観察記録を取りなさい。それとここに書かれたことを、薬の効いてる私にバラさないように』



 などと詳細に書いてある。

 強制的に協力させられるのは半ば諦めるとして、だったら事前に内容を教えてほしかった。

 俺はそっと部屋を出て、居間に座ったままの賢者の前に座る。


「……どうしたのかしら?」


「いや、その……賢者が今日はいつにも増して可愛いなって」


「もう、そんなに褒めてくれなくていいのに……」


 頬赤らめ、照れっとしなら俺に微笑む美少女。

 髪くるくると指で弄ぶと、七色の髪がより鮮やかにみえる。

 誰だろう、これ。


「うーん、ひとまず効き目が切れるまで、今日は室内でゆっくりしよう。こんな状態じゃ何もできないだろうし」


「室内で2人きりって……何をするつもりなのかしら……?」


「何もできないって言っただろ……」


 俺は茶を淹れながら、対応を考える。


 薬が切れるのは何時なんだ。

 俺は正直もう耐えきれないぞ。

 なんで、さっきから賢者は俺をじっと見つめてきているんだ。

 彼女の分のカップに茶を注いだだけで、そんなに目を輝かす理由がわからないぞ。


「美味しい……」


(おかしい。目が覚めるようにと賢者が苦くて嫌いと言った茶葉を選んだはずだが)


 とりあえず観察記録として「味覚に著しい変化あり」と書いておく。

 しかし、この空間にいると頭がおかしくなりそうだ。


 確かに今の賢者はかわいい。かわいいのだが……

 よく知っている相手が、言わない言葉や表情を見せてくると、悪寒が立ちっぱなしだ。

 何より俺の胸がモヤモヤするというか、照れくさすぎて耐え切れない。


「賢者、俺は今から家事をするから、じっとしていてくれ」


「分かりました……頑張ってね」



(よし、これで冷静になる時間を確保できた!)


 一旦距離を置き、心を整えてから向き合えば対応できずはず。

 そうこのときの俺は、思っていた。



 □□□



 ビシャッ!!



「きゃっ! ……もう、突然私を濡らすなんて……」


「いや、なんで俺が水撒きしている先にいるんだ!?」


「だってじっとしてなさいと言ったから……避けないほうがいいのかしらって……」


「あの椅子で座ったままでいろって意味なんだけど!?」


「でも、私に貴方から離れろって言うの……? そんなの、できるわけないでしょう……」


 このままだと明後日の解釈ばかりするので、タオルで拭きながら部屋に戻す。



「ところで、どの服が濡れてしまったから着替えたいのだけれど……貴方は何色が好き?」


「濡れたのは殆ど髪の毛だし、天気が良いからすぐ乾くよ……もう、庭にいていいから邪魔しないでくれ……」


「でも寒いわ……貴方で温まっても良いかしら……?」



 俺は自分の部屋に戻り、枕に顔をうずめて一通り叫んでから賢者の下へ戻った。


「じゃあ俺の代わりに、温かいお茶と昼食を作ってて待っててくれないか」


「まあ、私の手料理を食べたいだなんて……そんな贅沢なこと、今回だけ特別よ?」


「……」


 □□□



 庭仕事を終えて戻ると、二人分以上の愛情料理が並んでいた。

 さらには賢者は、あーんとフォークで食べさせてこようとする。


「賢者、ごめんな。それはまだ俺たちには早いんだ。今はゆっくり食べさせてくれ」


「……あぁ、そういうことかしら。私の手料理を、じっくり自分のペースで味わいたいのね」


「そうじゃないが、そういうことだよ。代わりに俺が食べさせてあげるから」


「わ、嬉しい……ただ気を付けてね? この料理は食べるペースを間違えると、色々と効きすぎてしまうから」


 何が入っているのか、聞いたほうがいいのか。

 いや、知ったらまた絶句するだけだと俺は料理を食べ進め、その間交わされる賢者の甘言を、苦い茶を飲むことで何とか耐え忍び……




 □□□



「もう耐えられない……!!」


 俺は急ぎ立ち上がった。

 身体中が悶えている。理性はもう消えかけている。

 汗をふきこぼしながら、このおかしな状況の解決策を探す。

 賢者は薬でおかしくなっている。効果時間は不明。


(おかしくなる……俺はどうしたらいいんだ!? あの状態の賢者に合わせて、一緒に惚気ろっていうのか!?)


 しかしそれは、正気の戻った賢者に蔑まれる可能性だってある。

 こうなったら、俺に遺された手段はただ一つ。



 俺は、賢者の部屋に入ると、容器に残っていた薬をグイッと飲み干した。

 そしてメモ書きに、「観察者は耐え切れず薬を飲みほした」と書いた。


(酔った相手には、同じく酔って対応してやる……)


 もう何が起きても薬のせいだ。

 そう思い、俺は賢者の待つ居間へ戻った。

 そして相変わらず熱烈に愛おしそうな視線を向ける賢者の横へ座る。


「……あら、どうしたのかしら?」


「さあ、どうなるんだろうな」


 そうして俺は、しばらく賢者の相手をした。

 10分、20分……1時間……




(何も変化がない)




 おかしいな、量が少なかったのか?

 賢者の熱っぽさは変わらないのに、俺はずっと変わらないままだ。

 真正面から彼女を眺めるものの、いつものように可愛いとは思うけれど、熱に浮かされて変なことを言い出しはしない。 


(いや、もしかして……)


 俺は賢者を抱きしめた。


「あっ……ん、ふぅ……」


 甘える子供のように身を委ねる賢者。

 だが俺は、彼女が一瞬身を怯ませたのを見逃さなかった。



「なあ、賢者」


「どうしたのかしら、アナタ……」






「賢者は、もう正気に戻ってるだろ」






「……あら、気づいた?」


 耳元の息遣いが、変わった。

 やっぱりか。



「いや、というか多分……朝からずっと正気だったんだな」


「そうね」



 違和感はあった。


 まず、賢者は自分が異常な状態であると認識していない素振りであったこと。

 それはいくら惚れ薬を飲んだとしても、冷静な分析が特技である賢者らしくない。


 次に、惚れ薬の作用だ。

 惚れ薬といえば、好きな相手を自分に惚れさせる薬を思い浮かべる。

 事実、賢者が俺に見せたのは、過度な愛情表現。

 しかしそれが依頼者である貴族夫婦の円満につながるのか。

 そもそも賢者が、そんな悪用されそうな薬を作るだろうか。


「多分、逆なんだ」


 普通、惚れ薬といえば相手に飲ませるものと思っていた。

 だがもしこの内容が、「口下手な貴族が、結婚相手に日ごろの気持ちを伝えたい」として依頼したものならどうか。


「薬はきっと、自分で飲むことで、相手へうまく言葉を伝えるよう心の障壁を下げる程度の作用。それなら、きっと賢者は作るだろうし、自分で実験をする。そして本当に障壁が下がったかを自分で行動してみて試す」


「つまり、今までの私はずっと、わざと変な行動をしていた……できるか試していたってことかしら?」


「そうだ。だけど、相手からの行為に耐性はない。だから俺が今こうやって抱きしめたとき、喜びより驚きが入っているし」


 何より、愛に溺れるような態度をしていたにしては、抱きしめた途端に彼女の心臓の音が一気に速くなりすぎだ。

 というのは、あえて言わなかった。別に賢者を辱めるのが目的じゃないし。


「はぁ……」


 吐息がかかる。

 そして賢者が俺に頬ずりをしてきた。

 柔らかく少し冷たくくぐったい感触に、俺は耐える。


「我ながら、すごいわ……ねえ、貴方も分かるでしょう? 普段の私なら、絶対にこんなことはできないもの……」


「なんで俺を騙した? 記憶がないふりをして、実験の観察者なんて役割を押し付けて」


「あら、それは本当よ……だって研究は、自分だけじゃ意味がない……ちゃんと客観的に見てくれる人がいないと。恥ずかしいから、貴方以外には頼めないのだけれど……」


「因みに効き目の時間は…?」


「予想だと、長くて1時間かしら……長く効いても扱いにくいし、悪用されやすいから…」


「ということは……賢者の部屋に置いてあった薬はニセモノか。本物は」


 あぁ、そういえば賢者が朝からずっと飲んでいるお茶があった。

 あの中に仕込んでいたのだろう。

 でも、そうなると俺も随分と摂取していることになる。


「そうよ、だから今日の貴方、結構大胆なことをしていたのに、気づかなかったのかしら……?」


 賢者は数える。

 普段なら恥ずかしがって触れない賢者の身体をタオル越しとはいえ拭いたこと。

 賢者にあーんと料理を食べさせたこと。

 突然抱きしめてきたこと。


「惚れ薬を無自覚に飲まされたときの反応もみないと、悪用されたときに気付けず困るでしょう……? だから貴方でも試したかったの……」


「……結果はどうだった?」


「上々かしら……この薬は、『惚れ薬を飲むほど相手に何かしてあげたい』という認識がないと作用も弱いの。だから無自覚の場合、いつもより世話好きになる程度かしら……」


「どうだろうな」


 俺は賢者を強く抱きしめる。

 きゃっ!? と今度は確かに悲鳴が聞こえた。


「そんな薬の効果が意味ないくらい、俺が賢者にいれこんでるだけかもしれないさ」


「……フフ、薬が切れた後、貴方がどういう反応をするのか楽しみだわ」




 □□□



 そして、互いに相手へ甘い言葉を送り合ったた一時間後。

 俺は顔を真っ赤にして今日という日を反省した。


 賢者のほうは、素知らぬ顔をしていた。

 あの行動は自ら行ったことだし、恥も後悔もないと言った。というか


「本当は、実験が終れば私と貴方の記憶を消そうとしたのよ……だから、何をしても大丈夫だと思っていたのだけど……貴方のほうが大胆なことをしてくれたし、忘れるのは勿体ない……そう思わないかしら?」


「思わないよ……!!」



 後日談ではあるが。

 結局気持ちさえあれば行動はついてくるということで、貴族夫婦には、殆ど効き目がないほど作用を薄めた惚れ薬を送った。

 それでも感謝の言葉が届いたので、一件落着ということにしよう。

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