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26  魔王の瞬く大開眼

 

「はぁ……はぁ……」


 空気を吸いたいだけ吸える。

 胸や喉元が痛んでいても、それだけで随分と楽になる。


(でもまあ……そう長くはないんだろうな)


 吸い込んでしまった濃い魔力という毒は体に残ったままだし、回復するには休める場所も、体力をつける食事も、血を抑える薬すらない。

 ジワジワと弱っていく時間を少し伸ばしただけで、やれることは限られている。


「……どこにいる、部下」


 壁に手をつきながら、なんとか歩く。

 追手となる騎士と鉄牛はまだ互いに交戦しているだろう。

 けれど何時俺を追って片方が現れるかなんてわからないし、逃げる足ももうない。

 だから早く、部下を見つけなくては。

 彼女の狂った原因を取り除き、この迷宮から出さなくては。


(しかし、この迷宮でどうやって?)


 部下の案内なしに、どうやって。


(違う。部下ができたことを、俺がやれればいいんだ)


 彼女は認識阻害のかかった模様を見る力があった。

 魔族の言葉で書かれ、行先を示す文字がこの迷宮には張り巡らされている。


(部下は、模様が見える、と言っていた)


 目を見開け。

 そこにあるというのなら、俺に見えないだけというのなら。


(俺と魔族との違いはなんだ)


 一番はツノだろう。だがあれは魔力の感知器官。

 その次は、目だ。部下の金色の吸い込まれるような眼は、人間にはない。

 それに文字とは、目で見て認識するためにある。

 だったらもし、俺にも魔族のような目があれば、少なくとも人間の眼でなくなれば、魔族が敵に見られないよう隠した文字を読めるのではないか。



(魔力を目に流す。そうすれば少しでも魔族と同じ視界が手に入るかもしれない……!)


 そう思ったとき、汗が全身から噴き出した。


 もちろんそれは全く関係なく、ただ失明する可能性だってある。

 いやそれ以上に、魔力の流す量を俺は調節できるだろうか。

 右腕を始め全身を一度崩壊しかけた俺が、繊細な視覚器に魔力を丁度よく流せるのか。

 チャンスは左右の目を犠牲にするとしても2度しかない。

 破裂した目を、果たして騎士は治癒できるのだろか。俺はその痛みに耐え切れるのか。

 右腕なんかより脳に近い場所で魔力を暴発させた時、頭が吹き飛ばずに済むのか。


 息を吸う。


 全身は、目に魔力を通すという考えを思いついた時から、熱と汗が溢れていた。

 希望を掴むために、絶望が敷き詰められた前の見えない道を歩かされる気分だ。

 その道がどこにも繋がっていない可能性の方が高いし、入り込めば戻ることもできない。


 息を吐く。


 だからどうした。

 このまま後悔を引きずって、ただ誰かに縋り歩くだけの人生を俺は生きれるのか。

 少女を前に魔王と名乗った覚悟も、少女を救えず置き去りにした無念も、その償いをする最後の機会も捨てて、元の盗人生活に戻れるというのなら。


 そんな俺なら、俺の中の強欲が、自分を食い殺す。


 折れた心で生きるのを許すほど、俺も、俺の強欲も、自分の弱さを許さない。

 簡単に手に入るものが欲しいなら、盗賊などはやっていなかった。

 希望に縋れるのなら、横にある絶望に目をくれる暇なんてない。

 ここで命を賭けなければ、欲しいもの全て手に入れるなど不可能だ。



「やるぞ……いいか、従えよ俺の魔力」


 目に針を指すかのような繊細な技。

 ただの魔力であれば、確かに素人が使えば暴走するだろう。

 けれど俺の魔力は、ただの魔力じゃない。

 その身に宿せば理性をむしり取る、欲望の塊だ。だから


「お前に俺の右目をくれてやる。だからお前も、協力しろ」


 脱力し、頭の内側で、心臓の裏で蠢くドロドロとした魔力に声をかける。

 言葉を理解しているかは怪しい。だから俺は明確にイメージを描き、ソイツに伝える。

 他の魔術師がやるような魔術操作なんて、俺にはできないし、ソイツが聞くはずもない。

 もし反応するとすれば、それは




『お前も、目の前にある見えないものを、見てみたいだろ?』




 原始的な欲望を呼び込むような、囁きだけだ。




 ドクン




 体内が焼ける感覚がした。

 成功したか、と思ったとき目がぐるりと裏返った。



「ーーーーーーっ!!」


 右目の裏側が熱湯を被ったように痛む。

 俺の視覚が魔力に奪われ、剥ぎ取られていくのだ。

 頭蓋の裏を見つめてる瞳は、その網膜から硝子体のに至るまで、魔力により別物へ塗り替えられていく。

 虹色の円環、黒の幾何学模様、白光、どこまでも続く螺旋階段。平面、立体、4次元の球体。

 みてはいけない、感じてはいけない、

 普段は脳が処理していた余分な視覚情報全てを無理やり見せられ、目を瞑ることもできない。

 頭の後ろが痛い。俺は仰け反りながら喉が乾くほどに叫ぶことしかできない。吐きながら、涙を流しながら、痙攣しながら、膨れ上がる眼球が回り続ける苦痛と狂感覚から逃げられない。


「ーーーッ!!!」


 赤き毛細血管が視界に絡みつき、解け、また別の形に絡みつく。痛い。

 震える目は上下左右の平衡感覚を失い、床を見てるのか天井を見てるのかもわからない。涙が流れてむき出しとなった神経を痛めつける。

 白き光が点滅し続ける。それは三色に分光し、青き空、赤き夕焼け、黄色に染まる世界を行き来する。痛い。痛い。痛い。

 視覚が細分化され、目が百に増えたと錯覚し、その百の目が更に百の目に分裂する。細かい筋が目を切り裂くように、亀裂を作り続ける。痛い痛い痛い。喉から何かを吐き続けている。

 頭の割れそうな幻視。1つの線が折れ曲がり、分岐し、消えていく。その先で、何重もの図形が生まれていく。痛い。痛い。

 並んだ図形の中に、更に亀裂が走り、一つ一つが異なる形になっていく。痛い。終わってくれ。痛い。痛い。痛い。

 光は収束し、色は黒へと戻っていく。黒。黒。黒。

 黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒

 黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒

 黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒…


 黒黒黒黒黒黒黒黒


  黒黒黒黒黒黒黒黒


 黒黒黒黒黒黒黒黒


 黒黒黒黒黒黒黒黒


 黒黒黒黒黒黒黒黒


 ……黒ばかりだ。


 見えなくなった。 黒黒黒黒黒黒黒黒

 片目に何も見えな 黒黒黒黒黒黒黒黒

 くなった。    黒黒黒黒黒黒黒黒

 視界が半分だけに 黒黒黒黒黒黒黒黒

 なって、痛みが弱 黒黒黒黒黒黒黒黒

 まっていく。   黒黒黒黒黒黒黒黒

 失敗か……?    黒黒黒黒黒黒黒黒

 手を前に出してみ 黒黒黒黒黒黒黒黒

 ても、半分しか映 黒黒黒黒黒黒黒黒

 らない。失明、し 黒黒黒黒黒黒黒黒

 たんだろうか。  黒黒黒黒黒黒黒黒

 なら次は、もう一 黒黒黒黒黒黒黒黒

 つの目を使って今 黒黒黒黒黒黒黒黒

 と同じことをやる 黒黒黒黒黒黒黒黒

 だけ。


(……もう一度?)    黒黒黒黒黒黒黒黒


 今の苦痛を、俺は 黒黒黒黒黒黒黒黒

 耐えなくてはなら 黒黒黒黒黒黒黒黒

 ないのか?    黒黒黒黒黒黒黒黒

 その結果、視覚が 黒黒黒黒黒黒黒黒

 完全に失われ、後 黒黒黒黒黒黒黒黒

 には苦痛と幻視で 黒黒黒黒黒黒黒黒

 壊れた心身しか残 黒黒黒黒黒黒黒黒

 らない可能性があ 黒黒黒黒黒黒黒黒

 るというのに。  黒黒黒黒黒黒黒黒

 その可能性のほう 黒黒黒黒黒黒黒黒

 が高いのに。   黒黒黒黒黒黒黒黒


(……それ、でも)


 喉を、手を、全身 黒黒黒黒黒黒黒黒

 を恐怖で震えなが 黒黒黒黒黒黒黒黒

 ら。       黒黒黒黒黒黒黒黒

 顔を涙や鼻水や目 黒黒黒黒黒黒黒黒

 元にまで流れた脳 黒黒黒黒黒黒黒黒

 髄液でぐしゃぐし 黒黒黒黒黒黒黒黒

 ゃに濡らして。  黒黒黒黒黒黒黒黒

 俺は、決断した。 黒黒黒黒黒黒黒黒


 そして      黒黒黒黒黒黒黒黒

 

          黒黒黒黒 黒黒黒


          黒黒黒黒黒黒黒黒



 (……亀裂?)    黒黒黒黒黒 黒黒



 その亀裂が    黒黒  黒黒 黒

 文字の区切りだと 黒黒 黒黒黒 黒

 視界の区切りだと 黒  黒 黒 黒

 白き光の一筋だと 黒 黒   黒

 俺が気づいたとき     黒

             黒


 図形は魔法陣であり

 黒い空間は文字の塊であり

 隙間から漏れた白光は壁や天井であり

 黒で埋め尽くされた、俺の右目が見ているものは、正面の通路だと気づく。


「――」


 己が叫んでいるのか分からない。

 だが俺は言葉を失っていた。

 全身から吹き出した汗が弾ける中で、顔面が針を刺されたように疲れて動かせない中で。



 俺の右眼は、通路に隙間なく埋め尽くされた魔法陣を見つめていた。





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