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23 騎士と赤らむ審美眼

 

 この迷宮には死が多い。

 入る者は数多あれど、出る者は1人のみ。

 残る命少なければ、死との秤が取れぬ。

 生をその身より手放し給うな。


(生に縛り付けられるな)


 決して死に穢れるなかれ。


(死んだほうがマシだ)


 生を身に宿す者こそ、王の道は開かれり。


(死を身に宿す者こそ、王に相応しい)




 魔王よ、その命は生/死に捧げよ。

 さすれば————は———で—————……



 ———迷宮に残された文章の一節




 □□□



(また……眠っていたのか)


 何度目かの眠りと目覚めを繰り返す。

 相変わらずの白い空間に、俺は溜め息をついた。


 魔力の暴走でボロボロになった身体は、相変わらず歩き辛い。

 それでも騎士の回復魔法のお陰で、ただ寝ているだけよりは何倍もの速度で損傷が癒えていく。

 この金髪の麗人は、聖剣を軽やかに扱う武術の才能もありながら、魔法にも秀でているらしい。

 だがなにより、血の気がないのか白く無感情な顔は、見る者をゾクリとさせるほど美しい。

 そんな人がなぜこの迷宮にいるのだろう。導き手とか名乗っていたけれど。


「貴方は一体、何者なんですか? なぜこの迷宮にいるのですか?」


「私は、迷宮の監視役を任されてる。お前たちのような、迷宮に挑みし者を導くために」


 彼女は多くを語らない。

 淡々と答えにならない答えを短く返すので、質問がしづらい。

 それでも根気よく、俺は何度も問いを重ねる。

「つまり、貴方は地上にいる憲兵たちの仲間ってことですか?」


「違う。あれは後より来たる者らよ。私はあれら全てより長くこの迷宮を司る務めを与えられた」


「それなら、迷宮について色々知っているということですか? ここは一体何なんです? 奥には何があるんですか」


「全て、お前の視界にある通りだ。私に語るべき言葉はない」


 こういった感じではぐらかされてしまう。

 話す事に消極的なのも、何かルールで決まっているのだろうか。

 しかし一方で、俺をずっと道案内はしてくれている。これはそのルールから許された範囲、ということか?


 (……って、何を考えているんだ。俺は)


 思わず色々と考えたが、それでもし何かがわかったとして何になる?

 俺一人ではこの迷宮で進むことも戻ることもできない。結局は騎士の道案内がなければいけない以上、例え彼女が何かを隠していたとしても、俺には頼るほか道はないんだ。

 なら余計なことを考えず、そのまだ引きずってる足を一歩でも速く動かすことに専念しろ。


(ただ……迷宮の以外なら)


 俺は改めて彼女の横顔を見る。

 美貌に見惚れていた、ということもあるがそれ以外にも気になることはある。

 ヘルムから伸びた金髪の三つ編みが揺れる中、ただ沈黙を続けるのもつらいからと、俺は口を動かす。


「でも、迷宮の監視役というのも大変ですよね。休日とか、特に何もないときはなにされているんですか?」


「剣を磨き、鎧を修理する」


「そうじゃなくて……その、趣味とかはないんですか?」


「……」


 騎士は黙ってしまった。

 しまった、失言だったか。気難し相手に、初対面で聞くには不躾すぎたか?


「……詩を作っている」


 騎士は小さく呟いた。

 俺は


「なるほど……死を作っているんですか。確かにそれだけ強いなら、どんな相手でも殺せるでしょうけど」


「歌の詩だ。私はこの迷宮で監視役となるまで、吟遊詩人をしていた。だから今でも、弾き語るための詩を手癖で作っている」


 詩……

 確かに、彼女の声はこうして話しているだけでも凛として芯があり、それでいて愛嬌もある魅力的な声だ。楽器を弾きながら歌えば、大勢が寄ってくるだろう。

 本当にそんなに多才なのかとも思い騎士を見たが、整った顔の輪郭と堂々とした歩く姿をみると、確かになんでもこなしてしまいそうな完璧さが感じられた。


「そんなに見つめてどうした。まさか今の話を疑っているのか?」


「い、いえ……貴方は本当にすごい人だなって。俺なんかと全然違って羨ましくなってしまって」


 騎士は振り向き、静かに俺をみてから、肩を叩いた。


「お前は、できるぞ」


 ギュッと肩を捕まられ、騎士は顔を近づけてくる。

 赤い瞳に俺の怯んだ顔が映り込み、吐息すら感じるほどに。

 その硬く結ばれていた口から、凛とした声が響いた。


「お前はなそうとすれば、できる。きっとだ。だから進み続けろ」


「わ、わかりました」


「この迷宮に、誰かのために身を捧げようと飛び込んだ者は殆どいない。お前がその一人だ。その勇気があれば、遠き道のりであろうと、須らく進むことができる。絶対にだ」


「わかりましたから! 頑張りますので! ちょっと顔を離してください!」


「……近すぎたか。すまない。誰かと接するのは久しぶりでな」


 突然美女に詰め寄られたせいで、心臓がばくばくとする。

 顔は表情に乏しいのに、身に宿る熱意は人並み以上らしい。

 そして俺を介抱してくれているときから思ったが、距離感がおかしい。


 (あれだな。さっき彼女は元・吟遊詩人といっていたけど、今の感じだと、上手い言葉の表現とか使わずに、熱量で聴衆の心を掴むタイプなのかもしれない。クラシックというよりはロックシンガーというか)



 ……けれど、才能のある人に褒められるというのはそう悪い気持ちではない。

 少しだけ元気はでたかもしれない。 

 しかし俺がゆっくり心臓を落ち着かせている最中でも、顔をまだ覗き込んでくる。

 

「あの……見つめたのは謝りますから。そんなに見られると照れるというか」


「そうか。だが、顔色はまだ悪いのが気になってな。熱でもあるみたいに赤い」


「き、休憩したら治りますから……!」


「そうか、ならもうすぐ休むか」


 そういって騎士が右の道を行こうとするので、俺もそれに従う。

 けれどその道の先を見たとき、俺は口をぽかんと開けた。



「ここは……」


 今までの道幅や天井の高さとは明らかに異なる、開けた大路。

 相変わらずの白い空間ではあるが、大人が2、30人並んでも横幅に届かず、肩車しても天井にtまだ届かない。

 歩いてきた道が裏通りなら、ここは城下町の大通りほどの差がある。

 そして長く広い道の正面、はるか遠くにみえる壁には、壁一面に取り付けられた、巨大な金色の扉があった。

 騎士が囁いた。




「見えるか。あれが、お前の目指す迷宮の終わりだ」




 音が聞こえなくなった。

 驚きのあまり、俺は再び息をのんで、固まっていた。

 白く果てのない空間を歩きすぎたせいで、彼女の言葉が、目の前の光景が本当に現実か分からなくなっているようだ。



 ただ。迷宮のどこか遠くで。

 大きな金属の擦れる音が鳴っている気がした。


 ガシャリ、ガシャリと、俺を阻もうとするような、そんな音が。




中々連続投稿がうまくできていませんが、次話、次々話は1週間以内に投稿できそうです。


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