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20 部下の憐れし愛憎劇

申し訳ありません…

保存データが消えてしまい、投稿が遅くれました。

 俺を慕ってくれた臆病な少女。 

 会って間もないとはいえ、信頼を築きあげたと思っていた。

 その彼女が今、俺に鋭い陶片を持って迫りくる。


「魔王様……今助けてあげるから」


 矛盾した言葉と行為に、俺は冷や汗を垂らす。

 出口が塞がれ、身を隠す場所すらない密室。

 傷んだ右足では、少女の強襲を防げない。

 踏ん張ることもできず、背中を地面に打ち付けた。

 頭だけは前屈させ、なんとか震盪して意識が飛ぶのを避ける。


 少女の細腕らしからぬ力が上から身体を押さえつけてくる。

 俺は必死に抵抗するも、それでも押し留めきれず、ジリジリと首元にその凶器が迫る。

 筋肉が全力を出していながら、耐えきれずに震える。

 理解のできぬ凶行にすくんでいる。


「……ッ!!」


 冷や汗が溢れ目に入るが、痛みを前に拭うこともできない。

 この場をどうにかしなければならない。と同時に、何故? という疑問で頭が埋め尽くされる。

 その先のことが考えつかない。呼吸を整えて冷静になろうにも、それを許さぬ少女の微笑みが俺をじっと捉えている。


 買い与えられた好きな玩具や服を抱きしめ喜びを噛み締めているように。

 小動物や赤子触れ合い、初めて覚えた慈愛の心を愛しく思うように。

 あるいは愛に狂った女が憎くも恋しき人に向ける殺意のように。

 生け贄の命を捧げことこそ救いだと疑わぬ狂信者のように。


 少女。狂気。聖女。殺人者。

 それらは全て同じ顔か。別の顔か。

 少女の表情は目まぐるしく変わっているのか。それとも張り付いた仮面のようにたあだひとつの表情で固まっているのか。

 焦る俺にはわからない。何故という疑問が溢れ続け、首に鋭利な陶片の触れる感覚があり、処理が追い付かず、頭が真っ白になりかけている。


(分からない、どうすれば状況を打開できる? この子を思いっきり蹴り飛ばすか? ・・・・・・だめだ!!)


 今まで守ろうとしてきた少女に対して、そんなことをできるほど俺の思考は切り替えられない。

 もし蹴るとすれば全力以外の選択肢はできず、小さな身体の骨を何本か折るのは間違いないと、すくんでしまう。

 だが、少女を守るという目的のためにため躊躇しては、俺が殺されてしまう。

 片足は動かない。少女の姿勢を崩すべく、俺は体を捻りながら、腕の力を緩め、手首をぐるりと返す。


 ガキンッ


 鋭い破片の先端が首の横をすり抜け、地面にぶつかり砕けた。

 姿勢の崩れた部下の下で俺は体をおしのけ、馬乗りになる。

 両手を押さえつける。、部下の凶器を握る右手もがっちりと掴んで封じる。

 力は強いが、立ち位置を逆転することで、なんとか俺の力で取り押さえられている。

 このまま、こう着状態に持ち込んで彼女を説得すれば……


 ザクリ


 激痛が右手から伝わる。

 おかしい。両手はしっかり塞いでいる。

 なのに、この痛みは


「があああああ!!?」


(……そのツノ、そうも使えるのかよ!!?)


 俺の左腕に深々と、横を向いた部下の頭に生えたツノがめり込んでいた。


 穴の大きさは指3本ほどで、貫通はしてない。

 しかしそれは何の気休めにもならない。

 腕の力がどんどん抜けて重くなっていく。

 痛みすら感じぬほど、指先が鈍く麻痺していく。

 これで俺が喚かないのは、単に驚き叫ぶ暇もないほど、状況が一瞬で変わっていくからだ。


 力の入らなくなった右手から、ツノが引き抜かれ、押さえつけていた部下の手が解放される。


 鮮血に濡れる艶やかな光沢。

 ツノの模様を伝って俺の血が彼女を染め上げる姿は、漆を塗られていく高級な磁器と錯覚するほどで、こんな状況だというのに美しいと思ってしまう。


(……ッ、彼女の手を自由にしてはならない……!!)



 死を前に、痛みへの理解は鈍く、代わりに素早く身体が次の行動へと動き出す。

 もはや動かない左手を捨て、俺は肩から倒れるように少女に抱きついた。

 肩を密着させて動きを封じ、身体の下で暴れる部下を押さえ込む。


「どいて、魔王様! 貴方を殺してあげますから!」


「なんで俺を殺す必要があるッ!? 説明しろッ!!!」


「やり直すの、もう一度、魔王様が歩けるように!」


(何言ってるんだか分からない! 言葉が通じなくなっているのか!?)


 最早、少女を押さえつけることはできない。

 少し力の抜けた途端に目の前を陶器の破片が掠めた。

 砕けて短くなったとはいえ、割れて尖った部位さえあれば肉を貫通できる。


 部下が立ち上がるより早く距離を取ろうと、動かない足を引きずって後方へ下がる。

 だが部屋は密室、背後は瓦礫の山。階段を登るには、魔法でも使えない限り難しい。


(そうだ、宝玉……!)


 俺は地面に転がった荷物の中、ポツンと一つ転がる球体へ手を伸ばす。

 これに魔力を込めれば、何か変わるか?

 しかし魔術を使ったことはあるけれど、どうやって起動させたかはわからない。

 全て宝玉を通して魔導士が魔術を使っていたからだ。


「応答しろ、魔導士!」


 俺は打開策を求めるべく、宝玉に縋り付く。

 だが反応はない。動き出すことも、光出すことも、声が聞こえることもない。

 声を出すたび、その事実が俺を青褪めさせていく。


(窮地の時は頼れと言っていなかったか、今がその時だというのに、なぜ応答しない?)


 諦めか、通信不良か。

 それとも俺は大人しく殺されるべきとでも沈黙を以て告げているのか。


(殺される恐怖のせいか? 思考がまとまらない……)


 手も足もまともに動かないくせに、怯えて震えることだけはしっかりとできている。


 もう時間がない。

 少女が身を起こしてくる。

 俺はといえば視界がぼやけ、激痛が全身に伝わり、焼けるように痛い。

 動かない左腕は赤黒く染まっている。

 宝玉を持つ右腕の血管はツタののように張り巡らされている。


(……?)


 魔力を込めようとも、力強く握っているわけでもないのに、俺の腕に奇妙なすじが増えていく。


 (霞んだ目のせいか?)


 だが、この模様に何か覚えがある。

 思い出せ。俺が見えているこれはなんだ? 俺が最近見た模様といえば……迷宮の壁に描かれていた魔法陣。


「まさか……」


 なぜ、いつ、どこでこの模様が俺に掘られたのか思い出せない。

 けれど憔悴しきった脳が、音を伝えてくる。

 どこかで聞いた、何かの言葉だ。

 弱っていく俺の中で、何かが緩んでいく。

 朦朧とする意識のなかで、脳が幻聴を耳の奥で流す。

 もしこれが幻聴でなく、記憶ならば。

 それは遥か前に聞いた言葉。

 遥か未来にいうはずの呪文。


 うわ言のように。

 けれど確信を持って。

 歩み寄ってきた少女が、俺の頸めがけて破片を振るう光景がスローモーショーンとしして流れる中で、右手を前に翳し唱えた。





拒絶聖域アガタ





 赤く、澱み暗くなっていく世界を前に。



 俺の指先に、光が灯った。





現在別作品の執筆も遅筆ながら並行しているため、次回投稿は1週間以後を予定しています。

文字数や展開はもう少し進む予定です。

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