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18 魔王は休みて怪奇音

 

 迷宮をゆっくり歩いていく。

 紫髪の後ろ姿に、俺は導かれていく。


 見えているものが信用できない。

 壁と思っていたものが通路で、何もない場所に魔法陣がびっしりと描かれていて…

 実感が湧くにつれて、俺は歩くのを躊躇し始める。


(もしこの足元に、魔族以外のものを殺すための罠があったら)


 魔法陣があるんだ、そんな罠を作ることだって可能だろう。

 先を行く少女は無事だが、俺だけに効果のある罠があっても気付けない。

 あるいは部下に置いていかれたら、俺は再び迷ってしまい二度とどこへも辿り着けない。

 来た道すら、認識阻害の魔術によって壁が作られていたら、一巻の終わりだ。


 そんな恐怖を抱えながらも、俺は歩き続ける。

 既に通った道が安全だからといって、奥へ進まず留まるのも、後戻りすることも脱出には繋がらないからだ。


 だが、以前のようには進めない。

 一歩一歩、神経をすり減らして歩くしかない。



 ゴウゥゥン



 地響きがする。

 すぐ近くじゃない、遠くから反響してきたような鈍い音だ。

 不安になって、俺はつい部下に確認してしまう。


「部下よ、今の音は聞こえたか?」


「はい……これってなんでしょうか?」


「さあ、どこかの通路が経年劣化で崩れたんじゃないか」


 今のは幻聴じゃない。

 少なくとも、部下と俺の聴覚は一緒だ。

 違うのは視覚だけ、そう思いたい。




 びちゃり



 更に歩くと

 嫌な湿った音と共に、半透明な壁が目の前に現れてた。

 俺がスライムと呼んでいる、触れるものを溶かしながら迷路をゆっくり徘徊する存在。


「部下、あれは何かわかるか」


「じっとりしてて、透明な……ぶよぶよ、ですか?」


 これも彼女との認識は一緒だ。

 危険な生物だから離れていようと、俺は部下を後ろから抱えて別れ道まで下がる。


 スライムは俺たちのほうには来ず、途中の曲がり角のほうへ進んで行った。


(……どこへ行くんだろうか)


 目の前の俺たちを気にもせず、スライムは移動していく。

 後ろ姿を覗いてみると、十字路に差し掛かると動きを遅め、選んでから再び元の速度で進んだ。


(まさか、大きな音のした方向に向かっている……?)


 道の先がどうなっているか分からないけど、何故かそんな気がした。

 見た目からは分からないが、進む方向は完全にデタラメというわけでもないのかもしれない。


「魔王様は怯えている、のですか?」


「……ってああ、ごめん! 強く抱きしめすぎちゃったか」


 スライムのほうに目をやるのに夢中で、部下を抱えている手に力が入っていたようだ。

 部下はふるふると首を振った。


「いえ……嬉しい、です。魔王様が私を頼ってくれるのは。あまり人から頼られることがなかったですから」


「そうか……苦労したんだな」


「それに怯える魔王様……ちょっと可愛かった、ですし」


(……?)


 部下が今、変なことを言って頬を染めたが、聞き返すべきだろうか。


(……何も聞かなかったことにしよう)


「じゃあここを出たら、もっと俺を支えて貰おうか。部下なら、きっと立派な魔王の部下になれるさ」


「はい、是非とも、です!」


 満面の笑みを浮かべる少女に、俺は2人の仲が確かに縮んだ確信を覚えた。

 ちょっと前まで怯えられて逃げ回られた相手とは思えないな。

 時間に対して、距離が縮まるのが早過ぎる気もするけれど、子供とは心変わりが激しいものともいうし、そういうものなんだろう。


 そうだ、何も問題はない。

 俺が自分に言い聞かせながら、道を進んだとき。



「魔王様、この先、です」


 パキンッ


 認識阻害の魔法が解除され、俺の前に現れたのは、下へと続く階段だった。

 真っ直ぐな通路ばかりなこの迷宮で、こんなものが存在していたとは。

 とはいっても、階層を跨ぐほど長い段数はなく、地下室に行く程度の10段だ。

 降りた先は小さい正方形の部屋となっていた。

 それだけじゃない、部屋の隅には先程見た宝箱に加え、白いテーブルに椅子、布の敷かれたベッドらしきものもある。壁際にはやはり白い棚。


「休憩所、ってことか?」


 俺は用心しながら奥へ進み、宝箱を探る。

 見た目は以前と一緒だが、中身はどうだ。

 ガチャリと蓋を開けると、ギュウギュウ詰めに道具が入っていた。


「食料、水、医療品に、これは衣服か?」


 ……確かに迷宮を進むのに役立つ道具ばかりだけど。

 嬉しい反面、宝箱っていう呼び方は合っているのか悩ましいな。

 中身は日常用品ばかりじゃないか。

 もっとこう、金銀財宝は今二の次だとしても、強い武器とか便利な魔術道具みたいなものがあると助かるのに。


(これなんかただの白いコップだし……)


 ピカピカのコップが3つあるが、思ったより軽い以外の特徴はない。

 いやいや、思い込みはよくない。

 魔族の作ったコップだぞ。特別な魔法があるのかもしれない。

 そうだ、水入れたら自動で温めてくれるとか。

 あるいは超回復する水に変えてくれるとか。


「魔王様、水の入ったコップを眺めて、どうした、のでしょうか?」


「……何もないことを、確認したかったんだ」


 コップから飲んだ水は、何も変化がなかった。

 本当にただの日常品らしく、よく魔術品を欲しがるはずの、俺の中の欲望がぴくりとも反応しない。


「そうだ、この服で部下のサイズに合うのはあるか? その格好じゃ寒いだろう」


 気を取り直して、俺は服を広げてみた。

 見た目は黒いシャツやズボンで、大中小の3種類が入っていた。

 男性用、女性用、子供用といったところか。

 どれもタキシードや貴族の儀礼服のような、立派な制服だ。

 だが装飾は必要最低限で動きを大きく邪魔せず、構造としては憲兵の衣装と作りが似ている。

 

 (軍服と運動服の良いところどりみたいな、不思議な構造だ)


 白のラインに金の刺繍が散りばめられていて高級感がある。

 見た目は厚手だが、触ると伸縮性があって動きやすそうだ。


「俺も着替えようかな。迷宮を走り回ったでいで、汗まみれで気持ち悪いし」


 水も宝箱を2つ見つけたお陰で余裕がある。

 身体を拭く程度ならできそうだ。

 濡らした布で全身の汚れを落とすと、汗のほかに血の跡もかなりあった。

 それに黒い煤もかなりこびり付いていた。

 そんな格好から着替えたお陰で、身体が随分軽くなったように感じる。

 サイズはやや大きいけど、ぐしょぐしょのシャツを着るよりは良いだろう。


「あれ、部下。まだ着替えてなかったのか」


 幼いとはいえ女の子だから、彼女に背を向けていたのだが、当の本人はボーッと服を渡した状態で固まっている。


「魔王様って、身体がしっかりしている、のですね……」


 そうかな、泥棒稼業でしょっちゅう走り回って鍛えられてはいるけれど。

 この国では兵士に冒険者に鉱夫や格闘家、とにかく俺以上に優れた肉体の人間はいっぱいいる。

 牛のような巨体から、まさに芸術というような細く引き締まった肉体まで色々みてきた。

 それに比べたら、俺なんて棒切れのようなものだけど、部下のキラキラとした尊敬の眼差しは悪くないので、少し自慢してみる。


「そうだな、部下くらいなら軽々と持ち上げられるぞ。触ってみるか?」


「え……い、いえ! そういうのはまだ、早いというか……」


「? そっか。じゃあ俺は階段の上で見張っているから、着替えが終わったら教えてくれ」


 スライムがこの場所に入り込んでくる可能性もあるし、警戒は大事だ。

 けれど部下は一層慌てて手を振る。


「ま、魔王様は出ていかなくても大丈夫、です。側にいて欲しいので……」


 1人では不安だということか。

 うーん、まあ入り口から外は見えなくもないし、本人が嫌がらないのなら良いか。

 俺は椅子に腰かけ、暫く待つことにした。




 □□□



 ゴゥゥン……



 ゴゥゥン……


(また音が聞こえる、さっきより近いかな)


 部下を待っている間、俺は椅子に座って身体を休めていた。

 手には先程のコップを抱え、水をちびちびと飲む。

 外では大きな物体が動いたときのような、鈍い音が反響している。

 これで二度目だけど、一体何なんだろうか。

 よく迷宮だと狭い通路に鉄球が転がってきたりするけど、誰かがそんな罠に引っ掛かっているわけでもないだろう。

 この迷宮は普段入り口が閉ざされていて、この一年で一回生贄を捧げるときしか開かない。

 だから迷宮には俺と部下、それに生贄とされた魔族くらいしかいないはず。


(……そういえば、生贄となった魔族はどこへ行ったのだろう)


 彼らもまた、部下と同じように認識阻害の魔術の影響を受けないと仮定しよう。

 その場合、こうやって宝箱や休憩できる部屋を見つけて生き延びているはずだ。

 しかし安全を確保したところで状況には何も進展がないから、自然と奥へ向かうはず。

 だが、生贄が外に帰還したという話はない。

 すると、奥には生贄とされた魔族たちが落ち合って、あえて迫害の多い地上には戻らず、迷宮で存外平和に暮らしているのだろうか。


(それとも、生贄というからには、スライム以上のモンスターに捕まって食べられたか?)


 1年に1回だけ、魔族を喰らうことで生きる生物なんて、御伽話にならいそうだけど。

 でもそれなら、生贄を与えずに放置して餓死して貰ったほうが理に適うが……


(そもそもこの迷宮、太古の魔族によるものという割には、明らかに人の管理が行き届いている)


 この迷宮が俺たち以外誰もいないにも関わらずどこもかしこも照明がついているが、それは膨大な魔力がなくては維持できない。

 認識阻害の魔術や保存状態の良い宝箱も、ただ魔法陣を描いて放置してあったというわけじゃない。魔術が発動しているということは即ち、魔力をどこからか供給しているということだ。


 だが魔族がこの迷宮を作ったのは遥か昔、その時に魔力を込めたとしてもとっくに切れているはずだ。


(だから、ここには迷宮の管理者がいるわけで……今のところ1番怪しいのは、魔導士だけど)



 ゴウウゥン……



 今度は地響きだ。

 先程より近い場所から響いた。


(体力が十分に戻るまで休憩したいけど、音が近いのも気になる……)


 部下はもう着替え終わったかな。

 宝箱も見つけたし、彼女とこれからの方針について相談したい。

 奥へ進むか戻るかを含めて、これからどするかは、迷宮の案内が読める彼女に掛かっている。


「おーい、部下……」


 もし着替え中だったら悪いと、念の為視線は向けないまま、部下に呼びかけたときだった。




 ドドドドドド



(……なんだ)


 そう思ったとき、身体は先に動いていた。

 脊髄の反射が思考より速く、両脚を大きく飛び退かせたとき。

 天井にピシリと亀裂が縦断し、壁の奥にある岩肌が見えた刹那



 バキンッと1つ

 大きな決壊音と共に


 


 丁度階段を塞ぐように、迷宮が頭上に崩れ落ちてきたのだった。



次回投稿は一週間以内の予定です。

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