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17 魔王の見落す古金貨

予定より遅れましたが投稿致します。

 

「……魔王様、今何か話していたの、ですか?」


「いいや、独り言だよ」


 宝玉から声を送ってきた魔導士を名乗る何者か。

 そいつは人に会話を聞かれたくないと言っていたから、何となく俺も誤魔化してしまった。

 話しても問題ないだろうが、魔導士にへそを曲げられて、いざという時に宝玉が無反応だったり勝手に動きだされても困るしな。


 腹を満たした。

 睡眠も取った。

 魔導士だか何だかと話したのは……よく分からない。

 ともかく、次やることはなにか。


「この迷宮から一刻も早く抜け出すことだ」


 と、やる気をだしたところで、俺は宝箱の中を覗く。

 部下が入れそうなほどの大きさで金属でできているこの箱。

 先ほどは腹が減って食料の入った袋以外目につかなかったが、先ほど使った火起こしの器具に、治療に使えそうな包帯や何かしらの薬、一番下には毛布と結構色々入っていた。

 まるで迷宮遭難者の支援用道具を一式揃えましたといった感じだ。

 わざわざ迷わせるくせに、こんなものを置いてくれてるとは、この迷宮の設計者は意地悪なのか新設なのか分からない。

 それに……


「これは金貨かな。見たことない模様だ」


 この国で流通しているコインとは違う。彫られた文字は読めない。

 昔ここは魔族が住んでいたというから、このコインはその時代のものかもしれない。


(人物の横顔を描くのはどこでも一緒か……ここは盗賊らしく、貰っとこう)


 生きて帰るのも大変な場所で、金などあの世の渡し賃くらいにしかならないけど。

 ともあれ、迷宮で物資が調達できたのは有り難いし、どれも使い道がありそうだ。

 水や食料の袋を背負い、残りの道具も持てるだけ持っておく。

 毛布も丸めて紐でくくり、背中に背負うとちょっとした新米冒険家のようだ。


「それじゃあ部下、案内を頼めるか?」


 コクリと頷く部下に、俺は満足気な顔を浮かべた。


「それで魔王様、私たちはどこに行けばいいの、でしょうか」


「そうだなあ……」


 今のところ、行くべき場所は2つ。

 この危険な迷宮から避難すべく、入口に戻って安全を確保するか。

 あるいは魔導士の言葉を信じて、出口を目指して奥に向かうか。


 ここから近いのは、きっと入口だ。

 魔導士は、入り口までは念話ができないので案内できないと言ったが、距離について触れなかった。一方で出口は、距離が長すぎて案内できないと言った。

 ならば、念話ができないだけで、入り口のほうが近いと考えることだってできる。



(……でもなあ)


「なあ部下、宝箱ってこの迷宮にまだまだあるんだよな」


「はい、多分……ここ以外にも何度か見かけた、ので」


 宝箱があると知り、俺は考えを変え始めた。

 入口に辿り着いたところで、その扉が外から開けられなければ何日も待ちぼうけを食らうことになる。

 一方で、宝箱で物資を調達しながら奥へ進んだほうが、危険ではあるかもだが、飢餓に苦しむことはないし、上手くいけば出口から脱出できる可能性もある。


「よし、それじゃあもう一個新しく宝箱のありそうなところまで案内してくれ。その中身や、ここからの間隔を鑑みて、俺たちは前進か後退かを決めるとしようか」


「分かりました。えっと、じゃあ……こっちです」


 俺と部下は、再び迷宮を歩きだした。




 □□□



 しかし、本当に変わり映えのない通路だ。

 どこへ行っても白い壁。幅も均一。土や空の色が恋しくなる。

 でも部下は、何かを感じ取っているのか、どんどん奥へ進んでいく。

 長い髪を揺らしてテクテクと進む姿は、街に買い物にいくくらい気軽だ。

 30分ほど歩きながら、俺はようやく部下について聞くことにした。


「部下はこの迷宮に来るまで、どんな風に暮らしていたんだ?」


「暮らし、ですか? えっと……」


 部下はうーん、と唸った。

 無理に話さなくても良いんだよと、言ったら首を振られる。


「……私は、生まれてからずっと、パパとママと一緒に森の中で暮らしていました。普通か、は分からないけど、普通の暮らしだったと思います」


 父親は魔術で家や家具を作り、時折姿を偽って、街に出ては冒険者として金を稼いでいた。

 母親は娘の世話をする傍ら、魔術の歴史に関する研究をしていた。金属細工も得意で、装飾品を手掛けては高値で売っていた。


 魔族は珍しく、気味悪がられやすい。

 そう教わった部下は、魔術をしっかり学び、立派に成長するまで1人で街に出ることは許されなかった。

 両親2人がいるときのみ、変装の魔術をかけて貰い、外へ遊びに出かけられた。


 だが、ある日、両親が2人とも帰ってこなかった。


「外に出てはいけないと言われたので、ずっと一人家で待っていました。でも何ヶ月かして、私は人間に捕まりました。そこから船で遠くに運ばれて、あちこちに連れまわされて、この街に来ました。そしたら兵の人たちに、この迷路に入るよう言われて、そして魔王様と出会いました」


 坦々と話してくれたが、この年頃の少女にしてみれば過酷な日々だったはずだ。

 簡単に、慰めの言葉をかけれはしない。

 俺は苦い顔を浮かべながら頷き、今は質問を続ける。


「そうか、他の魔族と会ったことは? 親戚とか」


「色んな人と会ったことはありますけど……家族みたいにツノの生えた人はいなかった、です」


「この迷宮について、知っていることは?」


「……とっても広い、とか?」


「……そうだね」


 つまり何も知らないということか。

 いや、これは俺と彼女のコミュニケーションが取れてないだけだ。

 質問の仕方を変えよう。俺と部下の見えているものが違うことに気付かせるんだ。


「どうやって、迷宮の中を歩いてる? 多分だけど、俺と君には見えてるものが違うんだ。どうも魔族である君には見えてるけど、俺には見えてないものがある。だから今、君には何が見えてるかを、当たり前だと思っても一つ一つ説明して欲しい」


 彼女が迷宮を迷わず歩ける理由。

 宝箱に俺は気づけず、彼女が気づけた理由。

 そしてこの迷宮を作ったと言われるのが、魔族であること。


「もしかすると、この迷宮は人間や侵入者には奥へ進ませないように出来ている。でも同族である魔族に対しては、この迷宮の奥へ進めるよう、何か特殊な魔術が施されているかもしれないんだ」


「魔王様には見えないで、私には見えているものがある……?」


 見えているのか、感じ取っているのかは分からないが。


「そうだ。例えばこの壁だけど」


 俺は近くの壁を触る。


「俺はここに、何の変哲もない白い壁しか見えていない。その隣にある壁との違いが分からない。向かいの壁とも、通路の奥の壁も全て同じに見えるんだ」


「でも、そこは通路、ですよ?」


「へ?」


 そして部下が、壁に向かって一歩歩いたとき、俺の前から壁が消えた。

 触っていたはずの硬い感触が消え、俺はずるりと体勢を崩しかける。


「あ、魔王様。もしかして奥の壁のことを言った、のですか?」


「奥の壁……?」


「そこの上に文字がある、ので」


 通路の向こうは曲がり角となっていて、部下はその正面の壁を指差す。


「いや……俺には、文字が見えない。無地の壁にしか見えないんだ。そこに何が書かれてる……?」


「えっと、いっぱい模様があって読みにくい、のですけれど……」


 模様。

 まさか魔法陣か何かか?

 俺が聞き返す前に、部下は言った。




「『2区間先 西門通り』って書いてある、と思います……多分」




 パキンッ




 そう言われたとき、俺の目にもはっきりと模様が浮かび上がってくる。

 認識阻害の魔術が剥がれ落ち、硝子が砕け落ちるかのように。

 緻密な呪文が隙間なく並ぶ中、壁の上部に描かれた大きな文字は、さながら街角の看板のように、まるでずっとそこにあったかのように。

 俺の前へ、その姿を表してみせた。



「はっ……ははは」



 渇いた笑いが自分の口から聞こえる。

 部下が言っただけではない、そこには模様以外の文字がより詳細に刻まれている。この迷宮の地図らしき、枝分かれの多い地図もある。

 俺は自然と震える手でポケットを漁り、宝箱にあったコインと、その文字を見比べていた。

 読めはしないが、同じ言語には違いない。

 誰かの落書きではなく、様式に沿って書かれた道を示す大理石の碑文。

 この迷宮に来て、部下の話を聞くたびに驚かされてばかりだcあ。




「たった一つだけ、分かる文字がある……」



 硬貨の表面に書かれた文字。

 人物の絵を囲うように描かれた古の言葉。

 その一つが、壁にも刻まれている。

 それはきっと、この硬貨を広めた君主を表す言葉なのだろう。


 つまりその文字は。

 描かれている人物とは。

 俺は壁の言葉をなぞった。




「『魔王』だ」




 部下は心情も知ってか知らずか、「はい」と軽く頷いた。

 指からするりと金貨が落ちて、迷宮に小さく音を立てる。


 俺は拾うこともできず、ぼやくしかなかった。



 「俺は、まだ……この迷宮について何も知らなすぎるんだな」



 と。



内伝の前日談ということで、定番の魔法陣などが出ました。

次回投稿は明後日以降の予定です。

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