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14 部下と三度の寝惚顔

 

 朝になった。


 窓から差し込む日差し。

 いつも通り、目覚めはベッドの上。

 ここは賢者の家で、俺はそこに住まわして貰っている、それが現実。


「うん、間違いないよな……」


 汗でじっとり濡れた服。

 しばらく茫然と天井を眺めた。

 意識がしっかりと現実に戻ってくるのを待って、俺は溜め息をつく。


「賢者に、相談しないと……」



 着替えや朝食の支度は後回し。

 そんなことより一大事だと、俺は賢者の部屋の前で扉を叩く。

 ゆっくりとノブが回り、中から出たのは寝間着姿の賢者だった。

 虹色の髪はゆるく三つ編み。ゆったりとした白く裾の長いチュニックに身を包み、目を擦っている


「なに……?」


 朝に弱くはないはずの賢者だが、今日は声が弱弱しい。

 いつもなら寝起きでも「なに、かしら?」というのに、その口癖もないくらい眠気が残っている。つまり、昨夜は遅くまで魔王の本の解析を頑張ってくれていたのだろう。

 目元を擦っているつもりの手も、長い袖に隠れて全然拭えていないのに気付いていない。

 でも、賢者には申し訳ないが、急いで確認しなきゃいけない。


「寝起きで悪いけど、魔王の本を見せてもらっても良いか?」


「……ふわぁわ」


 欠伸交じりで謎の返事をした賢者が持ってきてくれた本を、その場で捲る。

 見る箇所は当然、昨日記述が書き変わった章だ。

 俺はあの時、気味が悪いからと変化した後の文章を読まなかった。

 だからどう変化しているのかを知らないはずだ。

 それでも中を読み、確認する。

 間違いない……。


 俺は読んでないのに、内容を知っている。

 それは昨晩ベットに入ってからの記憶だ。

 つまり




「俺が見た夢と一致している……」





 この物語は、俺を逃がしてはくれなかった。





 □□□





 白い白い、とても白い世界。


 その空間に輪郭が生まれ、壁となり、地面となり、

 曖昧な世界が現実となっていく。




「……?」




 ここは、どこだ?

 俺はさっきまで何をしていたっけ。


 寝そべっていた地面は、冷たく硬い大理石の床。

 俺は身を起こして、寝ぐせのついた髪を撫でながら、自分が今どういう状況下にいるのかを思い出そうとした。



「お目覚め、ですか?」



「……え?」


 右から、すぐ側で誰かがささやく。

 目を向けると、そこには少女がいた。

 腰まで届く紫色の髪。丸く金色の猫目。窒素で飾り気のない服。


「おはよう、で良いんだよな?」


「今が朝か分からない、ですけど……おはよう、ございます」


 少女はぺこりと頭を下げた。

 髪が垂れ、生えた立派な角が顔を覗かせる。

 小動物のような、愛らしい仕草だが、この子は誰だっけ。

 と、視線を落としたとき、少女が手に持っている宝玉に気が付く。

 同時に、モヤのかかった記憶が戻ってくる。



 そうだ、俺は少女を助けるべく、迷宮に飛び込んだんだ。

 けれど少女には逃げられ、スライムには襲われ、体力が尽きてしまったんだ。


「そうだ、君は……具合は大丈夫? 怪我とかはないか」


「え、えと、はい。何も問題はない、です。」


「そうか、よかった」


「……」


 少女は、そのままジッと俺のことを見つめている。

 なんだろう、床に寝ていた時に変な跡でもついてしまったか?


「そうだ、名前を教えて貰っても良いかな。君は……」


「部下、です! 私のことは魔王様の部下、と呼んで……ください」


(???)


 変な名乗り方をするな、この子。

 確かに俺は魔王と名乗ったし、部下になりたいならそれも構わないけど、部下と呼ぶのはどうなんだ?

 部下のことを部下と呼ぶ人、あまりいないし。

 でもまあ、子供だし、何かの話に影響されたのかもしれない。


「分かったよ。その部下っていうのは、俺の部下ってことで良いんだよな」


「は、はい!」


「なら俺に従い、一緒にこの迷宮から出てもらおうか」


「はい!」


 疲れて眠りこけてしまった俺と違い、少女は随分と元気が良い。

 分かりやすく笑顔というわけではないけど、宝玉をぎゅっと抱えて、今にも飛び跳ねそうな、

 はしゃぐ子供のオーラが溢れている。


 と、その宝玉ってもしかして。

 俺を迷宮で道案内した、あれなのか?


「なあ、部下ちゃん。その宝玉は」


「部下と呼び捨てて……下さい」


「ちゃん付けは嫌か、分かった」


「……これはその、魔王様が持つと危険なの、で」


 そういえば俺がここで気絶していたのも、宝玉に魔力を注ぎすぎたせいだったな。

 宝玉を通じて魔力を使えば使うほど色が濁り、俺の中の財宝好きな強欲な本能が、その劣化に耐え切れず暴れ出してしまい、抑え込むのに一苦労だった。

 部下が言っているのは、多分そのことなんだろう。


「分かった。じゃあ俺が何か言うまでは、部下が預かっていてくれ。それが君の任務だ」


「任務、任務……はい、分かりました!」


 元気が良い。

 というか、俺を前にしてこんなに懐いてくれていたっけか。

 ……まあ、怖がられるよりは良いか。


「じゃあ、そろそろ出発しよう」


 立ち上がりながら、俺は通路を眺める。

 ここは一本道で、奥に曲がり角、反対側には横に抜ける道がある。

 うーん、迷宮の出入口に繋がるヒントみたいなものはないか。

 どっちに行ったものかな…、と愚痴をこぼす。


「無駄に歩いても、腹が空くだけだしなぁ」


「お腹が空いているの、ですか?」


「走りっぱなしだったからなあ。食料も、この魔法の袋に入っていたんだけど、この迷路の中じゃ使えないし」


 迷宮がどれだけ奥まで続くか分からない以上、水や食料が取り出せないのは緊急事態だ。

 最低限の体力があったところで、遠回りをしたり、スライムなんかに襲われて逃げていれば、そのうち敵が目の前にいるのに逃げる気力が残っていないなんてことになりかねない。

 少女にしたって、所持品はその宝玉だけみたいだし、どうしたものか。

 俺が悩んで上を向いていると、部下が俺に見えるよう手を伸ばす。


「どうした?」


「食料がないなら、取りに行くのはどう、でしょうか?」


「取りに行くって、どこに? 俺たちは今迷っているから、外には出れないぞ」


「いえ、この迷宮の中、です」


 少女が道を指さしながら、俺の袖を引っ張る。





「欲しいものがあれば、宝箱を見つければいい、ですから」




 部下はさも当たり前そうに、

 まるで何かのゲームのようなことを言い始めた。



明日も更新予定です。

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