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13 魔王と灰する拝謁者

 



ページの隅が焦げている)




「何をした、貴様……」



 息を深く吸い込む。

 灰塗れの気管が蠢き、はぁああと息を吐く。


 今、誰かの声が聞こえたか?

 そうだ、暗闇の中で敵の気配がする。


 煤の匂い。血肉の焦げる匂い。

 お前が俺を燃やしているのか。俺の邪魔をするのか。


 そこをどけ。俺は奥へ向かわねばならない。

 迷宮の奥へ、俺の財宝を手に入れなくてはならない。

 そうだ、財宝だ。ずっと欲してきたものだ。

 欲しい。何もかもが欲しい。迷宮まで来て、何も手に入れずに満足できるか。


 少女を救うだけで満足できるわけない。なんたる詭弁だ。



「——————ッ!!!!」



「狂化か。聖剣の炎すら気にせず立ち上がるとは……いいだろう、お前の身体が灰燼となるまで斬り刻み、焦がし殺す」



 欲しい、少女の角を。少女への救いを。



 欲しい。

 

 女騎士への勝利が欲しい。

 

 欲しい。


 迷宮の出口が欲しい。

 

 欲しい。


 財宝が欲しい。

 脱出が欲しい。

 水が欲しい。

 安楽が欲しい。宝玉が欲しい。

 食料が欲しい。解放が欲しい。消炎が欲しい。

 魔法が欲しい。正解が欲しい。眠りが欲しい。静寂が欲しい。

 力が欲しい。暴力が欲しい。栄光が欲しい。正義が欲しい。狂人が欲しい。剛力が欲しい。

 其れが欲しい。アレが欲しい。全てが欲しい。何もかもが欲しい。あまねく全てが欲しい。万物が欲しい。無限が欲しい。無制限が欲しい。無が欲しい。一切が欲しい。欲しいが欲しい。欲しい、欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲し欲しい欲し欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲し欲し欲し欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲し欲欲欲し欲欲し欲欲欲欲し欲欲い欲欲いし欲欲欲し欲欲欲欲し欲し欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲し欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲しし欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲









(以降、黒焦げと血飛沫の混ざった紙面に同様の文章が20頁続く。最後の1頁のみ、筆跡が異なる)








「全く、執拗な輩だった」


 騎士はそう言うと、剣を鞘に納めた。

 そして私のほうをみる。


「なぜ逃げなかった。この男は、お前を助けるために身を賭して時間を稼いだのだろう」


 だってこれでは……魔王様が救われないから。


「しかしお前がここにいては、コイツの最後の望みすら叶わなかったことになる。この男が暴れたところで、私が生贄であるお前を逃がすことはないが」


 構いません。私はもう、運命を受け入れてます。

 でも、最後に少しだけ。魔王様に祈る時間を下さい。

 そう言うと、騎士は無言で返した。

 私は灰をかき集めて山を作ると、黒くなった両の指を組んで目を瞑る。


 魔王様、私などのためにありがとうございます。

 こんな私でも生きていいのだと、希望を教えてもらいました。

 だから今度は、もし次があれば私が貴方のために働きます。働かせてください。

 何もできず、逃げるだけでは駄目だと気付かされたのです。


 私は魔王様のために歌う。

 母から教わった、かつていたという古の王を讃える歌を。

 ああ、魔王様。私にとって、貴方こそが本当にその魔王様だったのです。




 だから、次こそは。

 最後まで、お側にいさせて。

 

 私を一人にしないで。








 □□□




「読み終わったけど……いいか、賢者。ここからだ」


 俺は本をぱたんと閉じる。

 そして、おそるおそる頁をめくる。


 1頁目、2頁目、3頁目……


「ちょっと待っててくれ。ええと、前回はどこから内容が変わったっけな……」


「捲らなくても分かるわ」


「いや、まだ物語の内容が変わったか、確認してる途中で……」


「本を閉じた瞬間、魔術が発動したの。だから真上から見れば分かるけど、炎と血で汚れた頁が消えているわ」


 言われてみると、あれだけ頁の隅まで汚れていたのに、閉じた状態で本を眺めると、そんな箇所がどこにもなくなっている。


「本当に些細な魔術。捲っている本人から少しだけ魔力を吸って、染みの形を変えているのかしら」


「じゃ、じゃあもうあんまりこの本を開かないほうがいいのか? 読み進めていくと、呪われるんじゃ」


「そう、ね……貴方が嫌なら無理に読まなくていいのだけれど……」


 嫌に決まっている。

 だって、何が楽しくて魔王(過去の俺)が死ぬ話を何度も読まなくちゃいけない。

 そういうのは間に合ってる。


「分かったわ……それなら私が一旦預かっておこうかしら。明日にでも、この本についてちゃんと調査しておくから」


「ありがとう……はぁ、変な話を読まされてくたびれたぁ」



 その日、俺はいつも通りの生活を終えて、床についた。

 これであの変な本との関わりはない。

 そう思っていたのだが。




 物語の出会いとは、どうも読みたくなくとも飛び込んでくるものらしかった。





期間が空いてしまったのでおさらいですが、この話は、魔王の自伝を読んでいる主人公の目を通して描かれています。

次話も明日投稿予定です。

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