12 騎士と廻りて不燃塵
グルグルと視界が回る。
上から下へ渦が揺らめく。
落下する俺に対し、地面を背に組み伏せられた女騎士は叫ぶ。
「何を考えている、貴様!!」
「ハハハハハハハハッッ!!!!」
緊張や疲労の糸が切れたのか、自然と笑いがこみ上げる。
落下により浴びる風が心地よい。
このまま落ち続ければ、先に地面に激突するのは女騎士だ。
俺は彼女を犠牲に衝撃を和らげようと、決して逃がさぬようにその体にしがみ続ける。
そして、その途中。
角の生えた少女の姿が確かにあった。
(そうだ、それで良い)
これが俺の、勝利だ。
このまま、部下には階段上の出口まで向かってもらう。
そして地面へ激突した部下はしばらく動けず、その間に俺も出口へ脱出する。
上手くいくかは分からないが、少なくとも部下だけは外へ逃れられる。
彼女さえ外にいれば、俺だけならいくらでもまた脱出の機会はある。
そんな思考が、脳内を駆け巡るほど、体幹時間が長く感じた。
だが、そんなに長く落下するほど俺は階段を上ったのか。
いいや、疲れ切った俺に、そこまでの余裕はなかった。
だからほら、もう時間がない。
今目の前に地面がある。
「『武装重化』!!」
あと地面へ僅かというとき。
バチン、と音を立てて、しがみついていた女騎士の身装甲が出現する。
驚愕する暇もなく、俺たちは地面に叩きつけられた。
ガシャアアンッ
楽器を打ち鳴らしたかと思うほど、大きな音が階段に木魂する。
何とか息をこらえたが、振動が全身を駆け巡る。
だが、全身は無事だ。痛みもない。
「クウッ」
俺は呻きながら、すぐに女騎士から離れる。
こいつは今、どうなっている?
気になったが、様子を確認するよりもまずは逃げなくては。
そう立ち上がり、壁に手をついたとき。
「貴様、逃げるな」
「……頑丈かよ」
女騎士は何事もなかったかのようにスッと起き上がっていた。
どころか、右手には既に抜き身の聖剣が握られている。
(鎧に防御魔法でも施してあったか)
やはり並みの衛兵などとは、装備の質が違う。
魔族という危険視される人々を迷宮に追い立てる役目を追っているからには、暴れても抑えつけられるように上質なものを与えられているのだろう。
そんなの前々から推測していたが、目の当たりにするとやはり絶望的だ。
(どうする、今から階段を上るか?)
無理だ。
先ほどは、女騎士と距離を稼いでいながら、螺旋階段の中腹ほどで追いつかれた。
ここからもう一度挑戦しても、出口までは辿り着けないし、二回目の不意打ちは通用しないだろう。
そもそも、今は女騎士の剣の間合い。一歩とて動けば斬られる。
にらみ合いを効かせる以上に、何もできない。
女騎士はジッに俺を蔑んだ目を向ける。
確かに怒ってはいるが、しかし感情のまま俺を襲ってはこないようだ。
一呼吸置いて。
「……上にいる子供を呼び戻せ。今ならそれで許してやる」
「本当か?」
「一度命令に背けど、それで義務を果たす気になったのなら、何も問題はない」
ようするに、「足掻いても無駄だと分かっただろう、大人しく迷宮へ戻れ
」っていうことか。
ふざけるなと拒絶したいが、実際その通りだ。
俺に許されたのは口を動かすことだけ。
手でも足でも動かそうものなら、あの剣に切り伏す。
「……」
そう言わずとも、目が語っている。
俺は呼吸を整えつつ、なにか手はないか考える。
落ち着け、まだ手はある。きっとあるはずだ。
階段。女騎士。宝玉。部下。体力の限界。魔法。
焦りながら思考が巡るが、答えに辿りつけない。
(まだ、まだだ。何かきっと手が)
そのとき、音が響いた。
タッ……タッ……
階段の上のほうから。
誰かが、ゆっくりと一段ずつ降りてくる音。
ハッとして俺は上を向叫んだ。
「来るな、部下ッ!! お前は先に外へ出ろッ!!」
「やはり諦めが悪かったか」
騎士のため息がした。
と同時に、俺の視界に光るものが目に映る。
(熱っ……あ、違うこれは)
気付いたときはもう遅かった。
俺の身体は、炎で燃え上っていた。
「………!!」
驚いたことに、声が出なかった。
乾ききった喉が、一瞬にして委縮して構音器官が潰れてしまったようだ。
次に、頭がはじけ飛ぶ感覚を味わう。
全身の皮膚から一気に痛みの信号が流れてきて、パンクした。
何も考えられず、思考できず、全身を剣で貫かれるような感覚が瞬間ごとに続く。
「……!? ……!!?」
痛い。まぶしい。熱い。
なにがどう痛いのかが分からない。痛い。
痛い。全てが痛いし、身体がどうなっている分からない。目はずっと白くゆらめく何かを眺め続けている。痛い。耳から入り込んだ熱気が、脳すら焦がしていくから、マブシイ。痛い、思考も壊れていく。目が閉じられない。イタイ。俺は今、どこにいる。いたい。痛い。視界が痛い黒くなっていく。アツい。痛い。なぜ痛くて生きている。痛い。イタイ、なぜ痛いのに死なない痛い。イタイ、イタイ、なぜ痛いのに痛い。なぜシねない。痛くないのでなくイタイ。イタイ。
「…………」
「娘、降りてこなければ、この男は消し炭だ。戻れば手当してやる」
テからナにかがウバわれる。カタくなったユビからハギトらレる。宝玉だ。まだ、オレのイシキはソンザイしている。オンナキシにテカゲンされていル。ジリジリと死ヌすんぜんデいじサレテイル。クウキにフレルはだがイタイ。ひふヲはぎとりタイ。イタイ。違ウ。イタイのはちがう。イタイことよりダイジなこと。
クルナ。ブカよ、クるな。
タッ……タッタッ
「……」
アシオトがハヤまル。ブカめ、クルナとイっているのに。イイタイけど、コエがダせナイ。きっとカイダンのウエからナガメレバ、マッカにモエル、オレがメにトビコムのだろう。オレというヒをミてトビコム。ワナだとしても。ダメだ。だめだ。イタいでおかしくなっても、ブカだけはマモらねバ。なんのためにクルしんだ。なんのタメに、オレはモやされている。ブカをスクウうタメだったノニ。ナゼこのジゴクへモドラセテいる。
カラだがジメンにクズレおちる。ウゴけない。カンカクがない。イタクない。でもイタイ。コキュウしているかもワカらない。
クるな。ブカよ。
オレは、なにもできないのか。
ちがう。
オレは。なにかしなくちゃ、オレでなくなる。
オレがオレでなくなるくらいなら。
このミを、クルわせたってカマわない。
『受諾、入力待機』
どこかでキいたキカのコエ。
ミミすらヤケオチタ、オレのアタマのナカにヒビく。
『貴方の質問に解答します』
シツモンなんて、ナニモない。
『言葉を変更。ではこう言いましょう……貴方の望む解答は何ですか』
ノゾムカイトウ……
『そうです、私は貴方の問いに答えます』
『私が何を答えれば、貴方の欲望に届くでしょうか』
だったら、きくことはただ1つ……
「迷宮の奥には何がある?」
『入力認証、解答』
『迷宮の奥には、貴方が欲する魔族の秘宝が眠っています』
そのコトバをキけたとき。
死にかけていたオレのコドウは、大きく高鳴った。
不燃塵で「ふねんごみ」と読みます。
明日も投稿予定です。




