11 騎士と追われし破落戸
連続投稿です。
俺の立てた作戦は、こうだ。
そもそも俺と少女が脱出するためには、女騎士をどうにかして行動不能にまで追い込まねばならなかった。
というのも、俺一人なら一か八かで逃げられる可能性が1割程度はあるものの、少女の脚では大人相手に追いつかれてしまう。
だから、少女の脚で逃げ切れる分の距離を稼げるだけの時間を、どうにかして作らねばならない。
そこで、まずは俺が女騎士の注意を引き、入り口まで引き連れる。
部下は女騎士が地点を通り過ぎた後、俺と同じように入口まで戻る。
「だから、宝玉を貸してくれ。それがあれば、女騎士に一矢報いられるかもしれない」
「で、でも……」
「俺の暴走を心配しているなら、安心しろ。その宝玉を使って魔法を出したりはしない。だから俺が暴走するようなこともない。信じてくれ」
「いえ……ちょっと違うの、ですが」
そう言いながら、視線を外し下に向けられてしまう。
説得は難しいというより、何か言いづらいことがあるという感じだ。
「じゃあ、こうしよう。もし宝玉を俺に貸してくれたら、代わりに一つ願いを聞こう。それでそうだ」
「……ほ、本当? ですか?」
予想外に食いついてきた。
「勿論だ、まあ今すぐとはいかないが、事態が一段落したらな」
「……絶対に、ですよ。それなら渡してしても良い、です」
そして渋々彼女から宝玉を回収することができた。
さて、残るはどうやってあの女騎士の裏をかけるかだ。
□□□
「……どうした」
女騎士が怪訝な声をかける。
この一本道に、俺が立ち塞がっているせいだろう。
左足を引き半身となった姿勢で、俺は彼女に答える。
「なに、少し疲れたから休んでいるんだ」
「少女はどうした」
声は冷淡な言葉とは裏腹に、鳥が囀るかのように澄んでよく通る。
歌えば誰しもが立ち止まるだろう、美声だ。
大の男にも見える着込んだ鎧姿ゆえに、正確な丈は分からないが、長身というわけでもない。横にいる部下より、拳一つほど背が高いくらいだろう。
「彼女は逃がした。お前の相手は俺が引き受ける」
「ほざくな」
それでも、その可憐さ全てを彼方へ追いやるほどに、女騎士から漏れ出る端厳さと、烈火がごとき殺気は、人間を慄かせてなお有り余るものった。
誰が相手を美しい娘だと思えるか。
そこにいるのは己を屠らんとする殺意そのものだ。
この身をすくませる威圧の中に飛び込むのは、やっぱり恐ろしい。
でも、既に腹を決めてしまったからには、行くしかない。
(……いくぞ!)
俺は女騎士のほう目掛けて、飛び込んだ。
盗人仕事で慣らした走りは、路地裏の猫のように軽やか。
姿勢は前のめりに倒し、視界から消えるほど低く身を倒す。
女騎士が剣を握るその指がピクリと動く。
(さっき見たスライムを倒したあの剣裁きか)
剣を扱う動作は鋼の重みを感じさせぬほど素早かった。
それで俺の首を刎ねるのか。
それとも心臓を突くのか。
何にせよあの剣を一撃食らえば、それで終わり。
予想通り、剣は既に俺の頭上に振りあがっていた。
女騎士と壁の間の隙間は僅か。避けることもできない。
だから、盾が必要だった。
俺は今まで左手に隠していたそれを、頭を庇うように、刃をまさに振り下ろそうとする彼女に見せつけた。
「……っ!」
彼女の視線ははっきりと。
俺が握り込んでいた宝玉を捉えた。
その証拠に、振り下ろされた刃が角度を変え、俺の背中を紙一重に撫でるだけで外される。
バキンと壁の切り裂かれる音。
俺は視線を前方に据えて、足を動かし続ける。
一呼吸にもみたない攻防を制したのは、俺だった。
(……フッ……フッ、フッハハハ!!)
生死の境から解放され、つい口元がにやける。
女騎士であればきっと宝玉をみれば避けるはず、という予測は正しかった。
ただの宝玉じゃない、俺が手に入れる前は、この街の宝物として祀られていたものだ。
迷宮の監視役をしている彼女もまた、当然この宝玉のことを知っているはずだし、それを傷つけそうになれば、一瞬迷いが生じるはずだという目論見だったが、上手くいった。
一瞬でも彼女の横をすり抜けられたのなら、あとはただ入口に向かって逃げるだけ。
日々追手との鬼ごっこで鍛えた逃げ足と、剣に甲冑という重装備をした女騎士であれば、どちらが速いかは必然。
日頃相手にしている衛兵たちから、鎧とは頑丈さと引き換えに動きを鈍らせ、馬や人数がなければ移動が牛にも劣ることを俺は、学習している。
そして女騎士もまた、恰好や剣圧こそそこらの衛兵と違えど、所詮はこの街の兵士が一人。
曲がり角を通ってしまえば、後ろから剣で炎撃を飛ばされようとあたりはしない。
俺の勝ちだと、今度は笑い声が口からこぼれそうになった瞬間だった。
「『武装軽化』」
ダッダッダ……
(……ん?)
背後の声と、走る音に違和感を覚える。
おかしい。女騎士が歩くと、甲冑の擦れるガシャンという金属音がしたはず。
それが何も身に着けてない俺と同じ、軽く地を走る音しか聞こえない。
全力で走りながら、俺は、曲がり角に差し掛かる寸前にちらりと後ろを見た。
(おい!? なんで、鎧なくなって、というか服が変わってるんだ!?)
女騎士からは身に纏っていた甲冑が消え、内部に着こんでいただろう鎖帷子もなく、上下ともに黒布の兵士服へ置き換わっていた。
速度も、俺の泥棒走りに匹敵するほどに速い。
先ほどはなかったはずの肩かけマントを靡かせているのも少し腹立たしい。
「聞いてないぞ、そんなのできるって!」
叫びながらも、俺ができることは少しでも早く出口へ向かうことだけ。
足の疲れは迷宮に入ってから溜まり続けている。
何時、もつれるか分からないし、その一歩の踏み間違いが死と直結する。
それでも、我武者羅に進み続けるしかない。
汗まみれの身体と、吐き気を抑えて、俺は走り続ける。
背後の足音は一向に遠くならない。だが振り返る余裕もない。
(右、左……間違えたか、いや自分を信じろ。右だ!)
記憶を頼りに、迷えば直感を頼りに、俺は元来た道をたどり続ける。
空気が吸えてない。血管が暴れて痛い。頭が割れそうだ。
それでも。俺は突き進むしかない。
「あっ……」
一瞬、体勢が崩れる。
地面に顔が近づく。反射で手を地面につき、右脚を思い切り蹴り上げて、姿勢を立て直す。
体の軸がふらつく。こんな些細なミスが、後ろの女騎士との距離を一気に縮める。
もし俺の背を相手が捉えれば、すぐさま剣を投げつけられて、俺は血飛沫を上げて倒れるかもしれない。
(それでも、最後まで俺は足掻いてやる!)
そうだ。
この走りはたった一人、俺だけのためだけじゃない。・
俺を信じてくれた部下のためでもあるんだ。
希望を想い顔を上げたとき、そこには。
(見えた……!)
白亜の通路の先に待つ、赤黒く古びた煉瓦の壁。
薄暗い空間の奥には螺旋階段。
俺は、ついに入口まで戻ってきたのだ。
「戻れ!」
背後から怒声が飛ぶ。
振り向くまでもない、女騎士がすぐそこにいる。
俺は残る気力を振り絞り、階段へ足を踏み出す。
「ハッ……ハッ……!!」
全力疾走も限界が近い。
だというのに、階段を昇れというのか。
なんて無茶な作戦を考えたものだ、俺は。
汗が目に染みるのに、拭う耐力すらない。
「ハッ……ガアアアアア!!」
雄叫びを上げて、俺は一心不乱に駆け上がる。
ああ、背後に女騎士の足音がする。
彼女もまた階段を上っている。向こうの方が速い。
出口までもう少しだというのに、このままでは追いつかれる。
気配はもう三歩後ろだ。
あと階段を一回りもしないうちに、二歩に縮まり、そして背中を掴まれる。
そんな未来が見えても、俺は諦めずに走り続けた。
もう少しだ、もう少しだけ……
だが、もう無理だ。
だから、少女よ。
残りはお前次第だ。
「行けええええ、我が部下よ!!」
「なに!?」
女騎士が声を上げた瞬間、俺は彼女に体当たりした。
同時に低い姿勢で腰を掴む。
鎧を脱いだことで軽くなり、更に突然反転してぶつかった俺に、女騎士は重心をうまく保てない。
とはいえ、左足はすぐさま一歩下がり、踏ん張ろうとしてる。
これで駄目なら、駄目押しだ。体勢が崩れたところを、俺は。
彼女を捕まえながら、螺旋階段の中央へ飛び降りたのだった。
1話あたりの字数は徐々に上げていく予定。
次話も本日の夜くらいには投稿致します。




