10 騎士と抜かれし炎聖剣
前回までのあらすじ
魔王は部下の少女を守るため、迷宮に迷い込む。
入口へと引き返した2人の前に、剣を持つ何者かが立ち塞がる。
「そこの男、貴様は何者か」
冷えた鋼鉄のような、綺麗だが無感情な女の声。
顔立ちはハッキリとしている。ヘルムは眉の上までしか隠していない。
だが、その眼をハッキリ見ることはできない。
見ることができない……?
そうだ、数百度の炎を前に目が潰れるように、
鋭い獣の目線に射殺されそうになったときのように、
10歩前にいる相手をまともに見れない。
身震するその身体を、それでも背後の少女を庇うように一歩前に出す。
「誰だか知らない奴に名乗ることはないな」
「私は、騎士だ。この迷宮の監視役を任されている」
女は、腰から両刃の剣を抜きながら答えた。そして再び距離を詰める。
俺が何者であるか、様式的に問うてはみたが、その答えに興味はないのだろうことが分かる。
「娘を連れて迷宮へ戻れ」
「なぜ……」
「それが選ばれた生贄の役割だからだ」
「けど、この娘はともかく俺は生贄なんかじゃないぞ」
「迷宮に立ち入った者全て、須く生贄だ」
駄目だ、説得しようにも女騎士はまともに話をする気がない。また一歩、距離を詰められる。こちらに武器も鎧もない以上、従うことしかできない。しかし、ここでその態度を決めたが最後、逃げ道は閉ざされる。
(そうだ、俺はここで引き下がってはいけない)
横にいる少女が一歩下がろうとしたのに、俺は気づいた。
そうだ、俺が怯えていてどうする。
ここでとるべき行動は、逃げる小悪党ではなく、少女を守れるほど質実剛健たる魔王のものでなくては。
「魔王の部下たるもの、敵に近づかれようとも引きさがるな」
声に怯えを見せるな。俺はその背中に手を添え、その場に留めさせた。
「もし迷宮に戻らなければ、俺たちはどうする?」
「戻れ」
「嫌に決まっている」
「ふざけすぎだ」
その腕が僅かに動いた。剣と俺との間に距離はあった。
だというのに、俺の右頬に傷が入る。少女のか細い悲鳴が上がる。
「キャッ!?」
ここでもう一度拒めば、次は腕が切り落とされるのだろうか。
「仕方ないか……」
俺はくるりと騎士に背を向けた。
少女の背を押し、そのまま迷宮の入口へと歩んでいく。
「分かった。お前の言う通りにしよう」
少女が俺を見る。俺は目配せした。
ここは一旦引き下がることしかできない。けれど
(……いいか、一旦は引き下がるぞ)
角を曲がり騎士から姿を隠せたときに、少女に小声でそう告げた。
万全の状態で構えた兵士に、俺たちが勝てるわけない。
けれど、それは悲観ということにならない。
「良いか、あの騎士あの階段手前ということは、アイツは階段上の鍵がかかっていた扉から入ってきたということだ。これは分かるか」
「は、はい……?」
「じゃあアイツはこの後、どう行動すると思う。俺たちを追い返したのを確認したら、扉を潜って地上へ帰るはずだ。そこを狙って外へ飛び出せば、俺たちは脱出できる、はずだ」
「……!」
だから、ここで俺たちは隠れて相手の動きを待っているのだ。
向こうの足音はこちらまで響くから、騎士に動きがあればすぐ分かる。
「ここで息を潜めて、機会を狙っていくぞ」
騎士は強い相手だが、今までの困難に比べればどうということはない。
会っただけで殺されるような化物でも、触れただけで死ぬような相手ではないのだ。
(負けてたまるか、今度こそこんな迷路風情に!)
ひたすら待って。待って待ち続けて……
「あ、あの」
「どうした?」
少女が袖を引く。
続いて、俺も気づいた。
「足音、近づいてきて……ます」
「……ゆっくり下がるぞ」
ちゃんと奥へ行ったか、様子見でもしに来たのか。
これくらいは想定していた。
一歩ずつ下がり、1番目の分かれ道を右へ、その曲がり角まで下がった。
ここまで来れば、俺たちがどの道を進んだのか探るのは不可能だし、ちゃんと迷宮の奥へ潜ったのだと判断して大人しく戻ってきてくれるはず……
ガシャン、ガシャン
「まだ、近づいて来ますね」
「そうだな……」
道を曲がることもなく、こちらへ近づいてきているようだ。
少し不安を覚えなくもないが、まだ許容内だ。
ガシャン、ガシャン、ガシャン
「どんどん近づいてきますね……」
「これは、ちょっと、おかしい、かな」
嫌な直感を覚えて、俺はもっと奥へと下がる。けれど足音は一向に遠くならない。なんだこれは。
(もしや、アイツは俺たちの居場所を感知する能力でも持っているのか?)
あり得る話だ。魔術による感知を使えば、どうとでもなる。
けれどそれだけでは、騎士の行動に説明がつかない。なぜ俺たちへ近づいてくるのか。
(いや、迷路には追い立てる役柄がつきものか)
思い出したのは、昔やっていた迷宮探索の遊び。
得点が、迷宮で道具を見つけるほかに、長く生き延びた時間だけ増えるものだ。
すると遊びを作った人間からしてみれば、参加者を迷宮の奥へ進ませたいが、一方で生き延びれば点数になるからと、安全な場所に篭って一歩も進まないような戦略をとる人間もいた。
そういう安易な解決方法を避けるため、時間経過とともに追尾して固まったままのプレイヤーを襲う追手がいた。
試しに、角をいくつか曲がって足音を待つ。
間違いない。こちらに向かって迷うことなく進んできている。
「……!」
だったら、横に丁度よく来たこれを使ってみるか。
上手く道を離れ、その死角に入る。
ガシャン、ガシャン……ガシャン
音が静かになった。
壁越しに騎士の様子を眺める。
遠目でも分かる金属の鎧。だがコイツに硬さは関係ない。
触れるものならなんだって溶かしてしまうはずだ。
(スライム相手なら、騎士様はどうする?)
丁度脇から、道を塞ぐようにスライムが一体、俺たちと騎士の間の道に現れた。
その巨体と壁との間に隙間はない。俺たちを追うなら、このスライムを倒すかかなり遠回りをするはず。
ここで追跡を諦めてくれるほうが助かるけれど、さあ、どうする?
騎士は顔を上げた。軽く首を回しながら剣を抜く。
スライムはゆっくりと騎士に近づいてくる。
半液体の身体はただの刃で切り裂けないはずでありながら。
「燃えろ、聖剣」
通路一帯が赤い光に染まる。
騎士の持つ剣の刀身を柄の宝石から湧き出した炎が包んでいく。
松明などとは比べられものにならない、高温度の熱の塊。
それを騎士は、スライムの10歩手前で振った。
俺のときと同じだ。距離を置きながらも届くその斬撃が、今振るわれた瞬間。
スライムは斜めに真っ二つとなった。
ジュワッッッ!!!
傷跡から甲高い悲鳴を上げながら、沸騰した液体が泡と煙を上げていく。
液体は次々に体積を失い、壁の隅に残った最後の一片さえ飛沫と共に気体となっていく。
俺が苦労しながら倒せず、逃げる事しかできなかったあの怪物を、今の一振りで跡形もなく消し去ったのだ。
「部下よ、作戦変更だ」
いくら騎士の姿とはえ、所詮はただ迷宮の見張り役に選ばれただけの人間と侮っていた。
認識を改めるしかない。
あれはこの迷宮で一番危険な怪物だ。
それが俺たちの後を延々と付けてくる。
逃げる姿を見せれば、殺すとばかりに。
だったら、結局こうするしかないじゃないか。
「あの騎士を倒すぞ」
長らく期間が空きましたが、投稿再開しました。
二話続けて投稿。




