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9 魔王と三度の炯眼者

 灰白した、乳白した、白雪のような、白昼のような、白い白い世界。

 そこにゆっくりと影が落ち、溝をなぞり、やがて柱と壁と、天井が浮かんできた。


「……」


 朧おぼろげだった感覚がゆっくりと冴えていき、目を覚ました。


「……?」


 あれ、ここはどこだっけ。

 気付けば、硬い大理石で組まれた通路に、俺は寝そべっていた。

 上半身を起こして、目を擦りながら辺りを見渡し、頭痛を覚えて額をおさえる。


「お目覚め、ですか?」


 右から耳元をくすぐるような声。

 横を向くと、紫色の髪を腰まで伸ばした少女が、丸く金色の猫目で俺を見ていた。


「ああ、おはよう……ええっと」


 状況が分からないまま、気の抜けた返事をしてしまった。

 けれど、小さな頭に生えた2つの黒い角を見て、眠気が弾け飛んだ。

 そうだ、俺は迷宮に迷い込み、唯一脱出の手がかりとなる彼女に追いついた。

 そして恐らくは、そのまま披露で気絶してしまって今に至るのだろう。


「そうだ、体調はどうだ!? 気分が悪くなったりとかしてないか?」


「大丈夫、です」


 迷宮の通路で倒れこんでいた少女であったが、やつれた様子はない。

 近づくと肌色が少し青く見えるのは、元々魔族に特有のものだろう。

 ホッと胸をなでおろした俺は、改めて周囲を見渡した。


 全面が白色に包まれた、石材の通路。

 窓もないのに天井から光が注ぎ、埃一つ影を落とさぬ柱や床の潔癖さを際立たせる。

 けれど部屋も戸口もないこの場所は、出口なき神殿に迷い込んだのような神秘さと恐ろしさを、どこまでも続く迷い路の隅々まで張り巡らしていた。


 ……まあ、この迷宮に畏怖をしてばかりでも仕方ない。

 今の俺には、この宝玉オーブがある。指示をすれば、迷宮を案内してくれる、希望そのものに違いない。

 そう思い、右の手に握ったままの虹色の球をしげしげと眺めてみた。

 が、それに気づいた少女の瞳が、きゅっと小さくなる。


「あっ、ダ、ダメ!!」


「え?」


 顔を向けようとしたとき、少女は俺から宝玉を奪い取り、抱え込んだ。

 数秒間あっけに取られ、しばらく空を掴んだままの右手の指を何度か動かし、そしてハッとする。


「お、おいどうしたんだ!?」


 けれど彼女は言葉も返さず、更にこちらに背を向けてしまう。

「それがないと、迷宮から出れなくて困るんだ」と頼み込んだけれど、やはり返してくれない。


(何なんだ、そんなに宝玉が気に入ったのか? こんな水晶玉みたいなものを? いや、それを盗んできた俺が言うのもなんだけれど)


 それに、どうにも宝玉に魅入られているというわけではなさそうだ。

 現に彼女は両手で包んだそれに見向きもせず、俺の顔ばかりを震えながらもじっと見ている。

 そんな顔をされては、無理やりに奪うのも躊躇してしまう。

 というか、彼女を助けるべく迷宮へ飛び込んだのに、あまり嫌われてまた逃げられては元も子もない。どころか、俺は宝玉を失って今度こそ迷宮から抜け出せなくなるだろう。



「分かったよ……それは、気が済むまで持ってていい。ただ、本当の本当に必要となったときには一旦返してくれ。それでいいかな」


 ここまで妥協したにも関わらず、少女は困ったように眉をひそめて、視線を泳がせ、そして渋々といった感じで小さく頷いた。

 まあ、子供は変に片意地を張ることもあるし、これもそんなワガママだと諦めよう。

 どうせしばらく歩いて出口に辿り着けないことが分かれば、諦めて返してくれるだろう。


 俺は立ち上がって背伸びをする。

 うん、体に異常はない。精々、寝起きだからか目が霞む程度だ。

 とはいったものの、どこをぶらついたものか。


「あの、これ……ありがとう、ございます」


「?……あぁ、ローブか」


 少女はボロボロのローブを差し出す。横たわって眠る彼女に俺が被せていたものだ。

 受け取って再び羽織るついでに、彼女に質問した。


「そうだ、これから入口に進むにあたって、道を覚えてたりはしないか?」


 俺はといえば、気絶していたせいか記憶がすっかり消え去って、この直線の通路でさえ左右のどちらから来たか思い出せない。

 すると少女は向こう側へ躊躇いなく指さした。


「……そうか、じゃあ行こう」


 あまりの迷いのなさに、俺は彼女を信じることにした。

 よく考えれば。俺はこの少女のことをよく知らない。

 知っていることは、頭に角が生えていることと生贄に捧げられたことだけだ。

 ひょっとすると、彼女は魔術を使いこなして、この迷宮の道を抜けることができるのではないか。


「ところで、その……魔王、様」


「……うん? 魔王って、俺のことか?」


「あ、ええとその……なんでもない、です」


 何か言いかけたようだが、彼女は目を逸らし、たったと足を鳴らして通路の奥へ向かってしまった。



 □□□


 彼女についていくうち、変わらぬ光景だったはずの迷宮に変化がでてきた。

 スライムを何度か避けていくと、一段と開けた場所に出る。

 柱の間隔が空き、天井は二階建てほどの高さになり、道幅も広がっていく。

 大通りとでも言おうか、一本の大きな通路が、規則的に小中の通路がいくつも十字路を作っていた。


「ここは……」


 散々迷宮を歩き回ったはずなのに、俺だけでは一度も到達できなかった場所だ。

 けれど、少女はスタスタと奥へいき、左の通路へと入っていった。

 明らかに俺が入口から迷い込んだ時には通らなかった場所だが、おそらくは途中で道の分岐と合流をの繰り返していたのだろう。


「君は、正解の道が見えているのか?」


「? ……だって、そこに示されて、ありますから」


 そういって少女は何もない通路の奥を指さした。

 示されている、とはなんのことだ?

 もしかして、彼女の角は魔力をの流れでも読み取っているのだろうか。

 しかし少女がそのまま歩いていくので、俺も深くは考えずについていった。


 やがて、また道がせまくなり、せまく角ばった通路が続くようになった。

 少女は休憩をはさむことなく歩く。

 そしてついに、白い通路が終わる。

 俺たちは、俺一人だけでは何時間も彷徨い惑ったのに対して、一時間もかからずに


 俺たちの入ってきた、古びた煉瓦積みの扉へとたどり着いた。


「す、すごいじゃないか!!」


 俺は思わず少女の頭を撫でる。

 少女は驚きつつも喜ぶように、ぇれど困ったようにも表情をころころと変えながらジッとしていた。


「よし、これでひとまずスライムに襲われる心配はなくなったな。少し休憩しよう」


 壁際に腰を下ろして、上方の出口とつながっている螺旋階段を眺める。

 扉は確か遠目で見たとき、かんぬきや鍵穴といった施錠する構造はなかった。

 障害があるとすれば、精々、外に見張りがいる程度だろう。

 それも、少女がいまだ迷宮を彷徨っていると思い込んでいるはずだし、俺ならばうまく隙をついて突破できる自負がある。


 ともかく、精神的なストレスから解放された俺は、10分ほどは休んでいたい気持ちになっていた。

 けれど、グイと俺の服を引っ張って、少女が何か急かしている。


「ここはダメ、です……」


「?」


「来てしまい、ますから……!!」



 カツン、カツン



 頭上から音がする。

 古びた階段を降る、重たい足音。

 このとき、俺の頭には脱出のことだけで、考えが抜けていた。

 少女を迷宮に押し入れたのであれば。

 当然、見張る役もいるということだ。



 首下からつま先までを包む銀色の甲冑。

 腰帯には宝石の埋め込まれた剣。

 その重装備に包まれながら、歩く音は杖で床に触れるほど静かだった。

 俺たち二人を取り巻く螺旋階段の暗がりから、その顔は現れた。


 その武器を前に直感がはたらき、自分の口が自然と動く。

 腰に帯びた剣の、柄や鍔にはめ込まれた魔石の輝きを俺は知っている。

 姿形に違いはあれど、それらは一重にこう呼ばれていた。


「聖剣……」


 頭部を覆う銀色のヘルム。

 その隙間から下がる三つ編みの金髪。

 街の通りでみれば誰もが振り向くだろう、大人びた顔だちの乙女は。

 こちらに殺意の篭った瞳をギラギラと燃え滾らせていた。

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