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6 魔王を脅せし不純物

期間空いてしまいまして…申し訳ございません…

 


 貴方は魔王様を知っている?


 …そう、まだ知らなかったのね。

 いいえ、そんな顔しなくても大丈夫。怒ったりはしないわ。

 てっきりお婆様やお祖父様がもう教えてくれたのだと、私が勘違いしただけだから。

 でも貴方も大きくなってきたし、そろそろ話してあげるわ。

 毛布に包まったままでいいから、目を閉じて、耳を傾けてごらんなさい。


 これから話すのはね。

 とある立派な王様の物語よ……




 □□□



 (おぼろ)げな感覚がゆっくりと冴えていき、俺は目を開いた。

 周囲を眺めると白石で作られた壁と柱がどこまでも続く乾いた空間。

 隣を見ると、角の生えた少女が床で小さく寝息を立てていた。


(……ああ、そうだった。俺は彼女を見つけて、無事を確認できたら、そのまま安心して眠りこけてしまったんだっけ)


 この広い迷宮に何も知らず飛び込んでしまった俺は、同じく迷い続ける少女を捕まえようとしたものの、怯え逃げられた挙句、追いかけた俺も迷子になってしまった。

 更にはスライムに襲われ、心身困憊しながら長く彷徨うことになったが、今こうして目的の彼女が眠っているのを発見できたというわけだ。



 少女に目立った外傷はなく、顔色も万全とは言えないがそう悪くはない。

 俺と同じく迷宮を彷徨って、そして疲れて眠ってしまったのだろう。


「……見ず知らずの子供の無事に、こんなに心配するとはな」


 苦笑しながら、俺は床に転がったままだった宝玉(オーブ)を手に取った。

 どういう仕組みかは知らないが、これがこの入り組んだ迷宮の中、俺を彼女の元まで道案内してくれたのだ。

 このまま迷宮を永久に歩き続けるかもと絶望し始めていた俺にとっては、まさに天の助けともいうべき魔術品。


(ひょっとすると、この宝玉の機能を使えば迷宮の脱出なんて簡単にできてしまうんじゃないか…?)


 迷宮に入る前に、街の神殿から盗んで置いてよかった。

 宝石としての極上の煌めきに加え、魔術という神秘性も込められているとすれば、その価値は計り知れない。

 恐らく俺が今まで見てきた中で、一番の価値をもつ類に入るのは間違いないだろう。


 が、自分の獲物に惚れ惚れしようとジックリ中を見つめたとき、違和感に気づいた。


(中で何かが……濁っている?)


 宝石の、光を受けて最も鮮やかな色彩を見せるはずの中心部に、墨汁が入りこんだかのようなムラができている。

 盗んだとき、こんな汚濁はなかったはずだ。盗み出すほど宝玉に魅せられた俺の言うことだから間違いない。

 その汚濁により、宝石の輝きが目に見えて色褪せてしまっているのだ。



「……あ」




(……まずい!!)


 思考が回る前に、心臓が強く鷲掴みとなる感覚に襲われた。

 息が苦しい。血管が全身に浮き出る。

 そして頭に響くのは、忌まわしい声。



『……欲しい。欲しい。欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲し欲し欲し欲欲欲欲し欲欲欲欲欲欲し欲欲欲し欲欲し欲欲欲欲し欲欲い欲欲いし欲欲欲し欲欲欲欲し欲し欲欲欲し欲欲欲欲欲欲欲欲欲い欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲欲奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪う奪奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われたれた奪われた奪われ奪われ奪われ奪いわ奪わ奪わ奪わ奪わ奪欲奪奪奪奪奪欲奪奪欲奪奪奪奪欲奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪奪!!』



「ーーーーーッ!!」


 歯を食いしばり、体内で暴れる狂気から意識を奪われないよう、必死に耐える。

 頭が割れ、脳をグチャグチャに掻き回されたような、1秒ごとに天地が逆転するような、炎の中で身を焦がしているかのような。

 感覚という感覚が狂気に振り回され、俺は声にならない悲鳴を上げた。


 俺の中に宿る欲望が爆発した理由は、1つ。

 目の前で、自分の持つ宝が価値が下がったからだ。

 自分の大事な所有物が傷つくと、人の心は悲しみに打ちのめされる。

 玩具の部品が取れた、服に染みができた、自慢の芸術品にヒビが入った。

 そこに湧き上がる喪失感は、俺だって例外でなく、そこに欲望はリンクした。

 そして今、宝物の価値が、自分のものが、「奪われた」と怒り狂っている。


「自分の物にしたい」ことと、「自分の物が奪われる」ことは表裏一体。

 だから欲望という狂気は増幅し、肉体を張り裂かんばかりに暴走したのだ。


 俺の理性は飛びかけていた。

 だが、それでも腕に噛み付いてまで絶叫を押し殺したのは、横の少女を今起こしてはならないという意思が最後まで残っていたからだ。


「ウゥ……!! ハァ……!!」


(ふざけるな!! 今ここで喚き声を上げれば、この娘は怯えてまだ姿を消してしまう。宝玉だけではなく、お前の欲しがっているこの双角まで失うことになるぞ!!)




 ……俺の説得が効いたのかは知らない。

 何分、あるいは何十分後を経て、俺の全身から汗という汗が流れ切った頃、やがて欲望の暴走は落ち着き、精神の奥深くへと戻っていった。


「はは……」



 乾いた笑いが漏れた。

 せっかく脱出の希望が見えたというのに、宝玉に頼った途端に死にかけるとは。


「はは……ゴホッ、ゴホッ!!」


 ただの笑いさえ咳に変わり、一回ごとに肺が軋んで風邪のときのように痛む。

 歩き疲れた身体に今の暴走だ。指先一つも動かせないほど、体力を消耗してしまった。

 せめて深呼吸しなくては。

 この咳だけで意識が飛んでしまう。


「フゥーー……」


 息を整えながら、頭を動かす。

 今まで透き通っていた宝玉が突然濁ってしまった原因。

 その前後に何があったかを考えれば、俺が宝石に触れて案内させたから以外に考えられない。


(俺の汚れた魔力が入り込んだせいか、はたまた長い年月を経て宝玉自体が痛みやすくなっていたのか……)


 何にせよ、俺がこの宝玉に宿る魔術を用いたせいで中身が濁ったのだとすれば。

 宝玉の輝きが褪せるたびに俺の中の狂気は怒り狂い、俺は歩くどころか身体を本能に乗っ取られてしまう。

 散々彷徨った迷宮を脱出する鍵であり、しかし使えば俺を破滅の道に追い込む爆弾。



 彷徨い惑って死ぬか。


 内なる欲望に狂わされて死ぬか。



 希望が新たな絶望に変わる。

 心が折れるには、十分すぎる災厄。

 目の前が暗くなる。

 呼吸ができなくなる。

 意識が薄れていく。

 だがそれでも正気を保ち続けられたのは、俺の心が強かったからではない。

 些細なことに注意が削がれたからだ。



「……ン」



 隣から聞こえていた穏やかな寝息が聞こえなくなった。

 顔を向ければ、そこには瞼を擦る小さな手。




 目覚めた少女の黄色い瞳は、俺の顔を朧げに覗き込んでいた。



お久しぶりです。投稿遅れまして申し訳ございません。

半年前は時間に追われながら文章の質を追求してたのですが、色々忙しくブランクができてしまったせいで、質より投稿することが大事だと一周回って初心に戻って投稿できました。

またぼちぼちと連載して完結させたいと思いますので、身勝手ではございますが、またお付き合い頂き宜しくお願いします。

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