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4 魔王と出会いし異形壁

すみません。かなり遅くなりましたが投稿させて頂きます。

 

「少女よ、お前が欲しい」




 さて、これは困った。

 何が困ったかというと、別に「少女よ、お前(の角飾り)が欲しい」という言葉を訳しすぎたことでも、二人しかいないはずの空気が冷え固まったことでもない。

 目の前で、少女がその姿勢のまま意識を失ってしまったためである。

 慌てて倒れこむ少女にかけより、頭を地面にぶつかる前にその身体を支える。

 混乱する状況にあって、人は自分以上に混乱している人間を見ると、少しは冷静さを取り戻すという。

 いや、少女を混乱させた張本人がそんなことを思ってはいけないのだろうが、この謎の白い空間の中でも、俺は少女の伸びきった紫色の髪を整えるほどに落ち着くことができた。



(……どうしたものか)



 落ち着いたはいいが。

 俺の混乱は解けないままであった。



 □□□



 彼女が眠る間に分かったことは2つ。

 一つは、入り口の門は完全に閉ざされ、内側からはどうやっても開けないということ。

 まあ、生贄に心変わりされて逃げ出されても困るだろうから、一方通行にしてあるのだろう。

 でも、この程度の古びた扉の鍵なら、俺の小道具で解除できるのではないか。

 さっさと扉を開けて、こんな奇妙奇天烈極まった場所から退散してやる。

 そう思って魔法の袋に手を入れて道具を取り出そうとしたとき、もう一つのことが分かった。


「痛あッ!?」


 まずは袋から少し飛び出しかけていた王冠をどかして中身をひっくり返そうとしたところ、ジジッという音と共に袋の中から紫の炎が飛び出してきた。

 手に持っていた王冠は取り出せたが、他の道具は袋をひっくり返しても出てこない。

 どうやら、この迷宮に防護魔法でも張られているのか、袋の先にある異空間と接続することができなくなっている。

 幸いこの王冠は、質素なリング状の合金だったお陰で損傷は少なかったが、これで秘密道具を使うことはできなくなった。


(嘘だろ……頼みの綱が殆ど使えないってことか!?)


 これもまた、生贄が迷宮探索をせずに、隠し持った道具で脱出することを防ぐためなのか。

 今俺の手元にあるのは、先ほど使った爆竹の余りと王冠。食べかけの間食に、盗んだまま普通のポーチにいれてあった宝玉のみ。

 映画では、災害のときに命より財産を優先して危険な目にあう三枚目とかよくいるけれど、ついに俺は彼等を笑い飛ばすことができなくなってしまった。

 とりあえず王冠は手に持っていても邪魔なので、とりあえず被っておく。

 ここで権威を見せても何の意味もないが、ポーチにしまえない以上、捨ててしまうよりは仕方ない。



 調査を終えて階段下に戻ると、彼女はまだ意識を失っていた。

 事前に俺の羽織っていたローブを彼女の横たわる床に敷いていたが、やはり寝心地は悪そうだ。

 重そうな角飾りを取れば楽になるかもと思ったが、迂闊に取り外してパニックを起こされても困ると触らないでおいた。

 最終的に俺が手に入れるとしても、今は魔力の欲望より理性が勝っているため、なるべくは了承を得てからが良いという倫理観がはたらいている。


(とはいえ、この子が起きたらなんて声をかければ良い?)


 起きたところで、彼女は再び俺を見て恐怖するに違いない。

 俺だってこの地下に閉じ込められているせいで緊張状態が続いているから、子供に対して余裕ぶった態度をとれない。


(そもそも、ここで彼女を起こして何になる?)


 まず彼女に、俺が何者であるかを教えなくては信用を得られないだろう。

 けれど正直に「この港街でお宝を盗もうとしてる犯罪者です」などとは言えまい。

 それに信用を得たとしても、じゃあ俺が彼女に何をしてあげるかといえば、何もない。

 脱出の手はずもなく、この先にあるという迷路の案内もできない。

 いや、むしろ彼女のほうが、儀式に選ばれた巫女として何かを知っているかもしれない。

 とすれば、年上として情けないが、何とか彼女にお願いして、迷路の攻略する後ろをくっつかせてもらうほうが良いのか?


(いやいや、それは最終手段だ!! まずは自力で足掻いてみなくては)


 けど、迷宮か。

 遊園地の立体迷路とかなら子供の頃に遊んだことあるけど、毎回誰かに引っ張って貰わないと俺は出口まで辿り着けなかった。

 そして夜中に迷路を彷徨い続ける悪夢を見るのがお約束だったな。

 ……じゃあ多分、今回も俺は脱出できないのでは?

 そんな弱気になっていると、呻き声と共に少女が小さな指で目を擦った。

 俺は側で腰を下ろし、反応を見守る。


「……?」


 顔を上げ、まだ半開きの目で辺りをキョロキョロと見回す。

 そして俺の顔を見つけると、しばらくその格好を上から下を眺める。

 終始互いに無言だったが、やがて彼女の顔が分かりやすいほどサッと真っ青になった。


「……!!」


 今度は意識を失わなかったようだが、固まったまま瞬き一つしなくなってしまった。

 ビックリすると動かなくなる小動物は知っているが、彼女の心臓も同じくらい繊細らしい。

 このままでは、俺が手を振っただけで気絶しそうなので、俺はゆっくりと座った姿勢のまま後ずさりする。

 距離を十分に取った後は、軽く挨拶だ。


「やあ、もう身体は大丈夫かな?」


「……」


 反応はないが、ともかくコミュニケーションを取らなくては何も始まらない。

 俺は胸に右手をかざし、大きく息を吸ってみせた。


「俺は君が落ち着くまで、何もしないから安心してくれ。だから、まずは落ち着けるようにこうやって深呼吸して欲しいんだ」


 実際は俺のほうも心臓がバクバクだったので、自分が落ち着くためでもある。

 何とかして彼女と意思疎通を図らなくては、という想いで精一杯だ。

 これで更に引かれてしまったらどうしようかと思ったが、今度は少しだけ耳を傾けてくれたらしい。小さな胸がゆっくりと前後した。


「あ……」


 先に声を上げたのは、少女のほうだった。

 何やら俺の頭を、つまり青銅色の冠を見て目を白黒とさせている。


「王冠……赤色の目……」


 なんだ、俺の格好が可笑しいから戸惑っているのか。

 確かに目は魔力の影響で変な色だ。

 加えて、似合わない王冠をつけてればそう怖がるのも無理はない。

 王冠の形は鉄の輪っか。ギザギザとした突起に細かい模様が刻まれ、髭を生やした古代の大王が身につけていたと言われても違和感はない代物。

 一方で、これを身なりも素朴な青年がつけるほど似合わないものはないだろう。

 少女はそんな俺を前にして黙り込み、俺も下手に動けないでいる。

 やがて小さな声が聞こえた。


「……でも」


「なんだ、どうした?」


 俺がそう聞き返した、

 が、それよりも早く、少女は振り返ると、奥の迷宮の通路へと駆け出してしまった。

 反応の遅れた俺は、しばらく固まり、そして「……あッ!?」 と声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 慌てて声をかけるも、すでに逃げた少女は奥の角を右に曲がり、姿がみえなくなった。

 俺はすぐにでも追いかけようとしたが、同時に不安が前へ進む足を引っ張った。


(馬鹿、ここから奥は迷宮だぞ!? わざわざ危険と知っている場所に飛び込むのか!?)


 これは少女への批判でもあり、俺自身への説得でもあった。

 余りに愚策の無鉄砲と、頭の後ろで理性の警告がガンガンと響く。

 入るにしても、じっくり計画を練って、迷わず進めるよう対策をしてから行くべきだ。

 迷宮に付き物の罠や、人間を襲う怪物でもいたら、俺なんかは即死だぞ。

 少女のことは二の次だ。自分の命を大切にしろ。


(けれど……!!)


 もし俺が勇しき者なら、ここで少女を放っておけないと正義感が突き動かしただろう。

 賢き者であれば合理的に、ここは一旦引いていたのかもしれない。

 しかし俺はどちらでもなく、どちらの判断も即座に下せない。


(けれど、ここで彼女を放っておけば……!!)


 では、何が俺を導くのか。

 正義感でも合理主義でもない。

 残念ながら俺にあるのは、薄汚れた強欲とそれに支配された卑しき本能である。

 だからここで、少女のことを心配する以上に、俺はもう一つの感情につき動かされていた。



(ここで彼女を放っておけば……彼女の持つ双角の装飾が、手に入らないじゃないか!!)



 我ながら、この判断は最低だ。

 しかし、本能により下された判断は、この葛藤をたちまちに終わらせて、俺の身体を動かさせた。

 地面を蹴り上げ、何も恐れることなく全速力で通路へと飛び込む。

 狭い通路に、タタタッと反響する足音。

 あっという間に最初の通路に曲がり角へつき、速度を落とさず右に回る。

 走る速度なら、明らかに俺の方が少女より早い。

 まだわずかに聞こえる前方の足音は、迷宮の先が見えないせいか、どこかフラフラとしている。

 ならば俺は走り、走り、走って、追いついてみせる。

 角を曲がり、十字路を横切り、そこに少女の姿がある。

 はずだった。


「ハァ、ハァ……あれ?」



 正面には一本の真っ直ぐな道。

 けれど、すぐ先にいたはずの少女の姿はなく、足音も消えてしまった。

 耳を澄ましても何も聞こえない。

 俺は歩みを遅めて、壁を伝いながら辺りを見回してみる。

 だがいくらみても、白一色の通路でしかなく、細い分かれ道も存在しない。

 壁のどこかに隠し通路でもあるのかと思ったが、だったら足音はあんな一瞬で消えるものなのか。

 それとも罠が仕掛けられていて、例えば落とし穴でもあったのか?

 恐る恐る歩きながら、床を一歩毎に叩いてみる。

 そのまま廊下の端まで進んでみるが、何の変化も起こらなかった。

 じゃあ、どこに消えたんだ?

 それとも透明になる魔法でも使ったのだろうか。

 いや、あんな少女に、魔法というかなりの知識や技術が必要なものが使えるのかは怪しい。

 何しろこの俺も、長い間この世界を渡り歩きながら、いまだに初歩的な魔法の一つしか習得できていないのだから。


(どうする? でも突然いなくなったのなら、俺にはどうすることもできない・・・・・・)


 とりあえず俺は、もう少しだけ迷宮の奥へ向かってみることにした。

 もう魔力の欲望による衝動は過ぎ去り、ちゃんと理性が身体を包んでいる。

 同時に不安も戻り始めたので、まだ入り口からの道筋は覚えているから、あと少しだけ進んでから引き返すことに決めた。。

 そこで、また次の角を曲がってみたとき。




(なんだ、この液体は?)




 その壁は、半透明な水色のゲル状の物体でできていた。。

 内部には気泡があり、うっすらと少女と俺の顔が表面に映りこんでいた。

 そんな物質が、通路を隙間なく埋める占める壁となして存在していたのだ。

 奥の通路が透けてみえるが、液体の体積はかなりあるらしく、はっきりとは見えない。

 それだけならば、気味が悪いとして終わっていただろう。


 けれど、それは、ウネウネと前進していたのだ。


 ズリ…………ズリ…………


 気味の悪い巨大なゲル状の物体。

 もしこれが生物だとすれば、俺はこんなモンスターに関する名前を一つ知っている。



(スライム……なのか!?)



 こんなものがこの迷宮に……。

 いや、本当にスライムなのかどうかは分からない。

 俺のイメージにあるスライムといえば、小動物程度のサイズの丸っこかったり水たまりみたいな姿。

 こんなに道を埋め尽くすほどの大きさのものが、果たして最初のステージに登場するような雑魚キャラと同じモンスターなのか。

 暫く俺は観察をしていたが、どうやら敵意はないのか襲ってこない。

 なら、コイツに触れればどうなるか確かめてみよう。

 俺は頭のつけていた冠を外し、ゆっくりとゲル状の壁へ突起部分を差し込んでみた。

 するとジュゥという音と共に、白煙が上がる。

 慌てて取り出すと、先端はメッキが剥がれ、金属がどろりと変形していた。

 隣り合っていた二つの突起が一つにくっついてしまい、歪な角のように外側へ大きく曲がってしまっている。


(これじゃ触るどころか、近寄るのも危険だな)



 けど、触れなければ良いだけのこと。

 そう思って後ずさり、元来た道のほうへ帰ろうとした。

 同時に、ある考えが頭をよぎった。


(スライムは、こいつだけか?)


 ハッとして、先ほどまで走ってきた通路を見る。

 すると、俺たちの走ってきた道から、もう一体ソレが這うようにして姿を現した。

 なるほど、ゆっくりと移動しているせいで、物音が近くに来るまで聞こえなかった。

 迷宮のモンスターに挟み撃ちとは、なんて分かりやすくて、最悪な展開なのだろう。


「……ッ」


 俺は戦士でもなんでもなく、このスライムに対する知識も攻略法も持ち合わせてもいない。

 けれど、このまま逃げ場のない通路で二体に挟まれ、その後どうなるのかだけは最悪なことに察してしまえた。


(もしかして、あの少女はこれに襲われたのか?)


 そんな考えは後だ。逃げることだけを優先しよう。

 幸か不幸か、コイツの動きは近づかなければ物音が聞こえないほどゆっくりだ。

 生き物なのか何なのか分からないが、そっと下がればやり過ごせはしないか。

 背後に迫るスライムと俺の間には、右に一本横道がある。

 今全力で走れば、奴が角に来る前にあそこで入り込めばギリギリ逃げられるのではないか。

 俺は急いで元来た道を引き返し、その場所に飛び込もうとする。

 が、あと一秒間に合わない。

 スライムは既に前進を勧め、入り込める隙間の幅は既に20センチメートルもあるかどうか。

 このままでは片腕が、下手すれば半身以上がスライムに溶けてしまうだろう。


「クソッ!!」


 俺は懐から、爆竹を取り出してスライムに放り投げた。

 相手に効くかどうかは分からないが、今は他に方法がない。

 自分は背を低くし左手で頭を隠し、腕で耳を覆いその衝撃に備える。

 直後、いくつもの破裂音が間近に響いた。

 俺が使用したのは子供が遊ぶの量の火薬ではなく、夜空に放り投げても見えるほどの爆発を起こすもの。

 爆風を受け、剥き出しの肌が火傷を負う感覚。

 目を瞑り、ただ足を蹴って、身体を捻り、その道の奥へ飛び込んだ。

 受け身など取る余裕もない。右肩から地面に叩きつけられて地面に擦れる。

 骨に響く痛みだが、危険を前に休む暇はない。痛む身体を押さえつけ、なんとかそこから遠ざかる。

 あのスライムは追ってくるだろうか、それも分からない。

 分からないのなら今はどこかへ。

 少なくとも挟み撃ちを避けられるような、一本道ではない通路まで逃げなくては。


 そうして暫く、俺は歩き続けていた。

 やがて十字路を見つけ出したところで気が抜けて、壁にもたれかかりながら腰を下ろした。

 なんとか危機を脱したことに安堵し、ドッと疲労感が湧いてきた。

 しかし、何も解決はしていない。どころか事態は悪化していた。

 このとき俺は、少女の行方を見失い、入り口への道筋も分からなくなっていた。

 先に広がる道すら、何処に繋がるかも分からない。

 苦痛と疲労が染みこんだ身体を休ませながら、俺は一つの事実に、ただ息を吐いた。



 単純な事実だ。

 俺はダンジョンに、迷い込んでしまったのである。



かなり期間が空きましたが、次回は日曜日にでも投稿できたら・・・・・・と頑張ってみます。

新作も少しずつ書き進めてますので、早く発表できたらと思います。

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