69 勇者の龍伐レクイエム
また遅くなり申し訳ないです。
次回は、1週間……遅くとも2週間後に投稿いたします。
「狩人、お前を倒すッ!!」
魔王の部屋という白い空間にて。
勇者の剣先は、狩人が変貌した灰色のドラゴンを向く。
その威勢に呼応するように、狩人もまた怒号した。
「―――――――――――――――――――――!!!!」
幾重もの高低音が混ざった鳴き声が、部屋全体を振動させる。
あまりの爆音に鼓膜が破れる・・・・・・そう気付いたとき、賢者が素早く杖を振るった。
彼女と繋がれた俺の手から、魔力が吸収されていく。
同時に、勇者パーティー5人の身体が輝き、竜の咆哮が耳から遠ざかった。
「聴覚保護に精神通話よ……全く、狭い部屋ではよく響く耳鳴りね」
「助かる、俺たちに浄化魔法の付与も頼むッ!!」
「もう準備してるわ」
勇者は正面から突っ込む。
聖剣は黄色の光に包み込まれ、飛び上がった勇者によって振り下ろされた。
ドラゴンは後ろに身を逸らして攻撃を避け、着地直前の勇者を前脚ではじき飛ばす。
その威力に耐えきれず、勇者は反対の壁まで吹き飛ばされた。
ついで戦士を攻撃しようとするも、その瞬間前方から射手により矢が竜の眼に刺さり弾ける。
潰された視覚を活かし、戦士は一気に腹の下に潜り込み、槍を突き上げた。
黄金色の槍先が巨大化し、先端が反対側の皮膚まで貫き破る。
「金色龍槍!!」
声と共に、ズバンと音を立てて龍の胴体に大きな穴が空く。
明らかな致命傷。だが、その傷口は見る間にどす黒い魔力の霧に覆われ、修復していく。
戦士は龍の身体に接近したまま攻撃を繰り返すも、目に見えての効果は薄い。
ドラゴンの目もまた煙を出しながら回復し、首が狩人の方へ向いた。
大きな口が開かれ、無数の三角歯の奥から瘴気が漏れる。
「まさか、高密度の魔力を直接浴びせる気ですか・・・・・・一時離脱しますッ!!」
テレパシーと共に、地面から大きく跳躍した。
ドラゴンは首を固定し、角度を変えて戦士へ照準を定める。
喉に膨らみができ、口元へと上昇していく。
そして魔力が放たれる寸前、戦士は壁にまで上昇。
くるりと回転し、足を天井につける。そのまま蹴り上げると同時に、龍の身体を飛び越えた。
「――――――――――――――――――!!!」
ドラゴンの魔力波が放たれる。
黒い爆炎にも似たそれは、1秒前まで狩人のいた白い天井一面を破壊する。
余波は四隅まで伝い、天井が大な亀裂と共にひしゃげてしまった。
射手は呆気に取られる。
「魔王の部屋っていうくらいだから、それなりの強度があるはずなのに……」
「それに、ここが密室だというのも問題ね。長期戦であんなの何発も放たれれば、部屋が崩壊しかねないわ」
味方への付与魔法をかけ続けながら、賢者は呟いた。
ドラゴンは再び大きく息を吸い込むと、目線を今度は此方に向く。
すかさず賢者が呪文を唱えると、空中から幾重もの光輪を出現し、ドラゴンを拘束した。
同時に、口から溢れかけてた魔力が減少していく。
「魔封じの腕輪、特大版よ。相手は巨躯だけれど、元は純粋な魔力。浄化も魔封じも効果覿面・・・・・・かしら」
・・・・・・言い淀んだな。
けれど確かに、戦士の貫いた胴体にはその傷跡が僅かに残っている。
光輪に触れた皮膚からも蒸気が出ているから、効果は間違いない。
だがドラゴンは大きな身体を震わせ、咆哮と共に筋肉を膨れあがらせることにより、賢者の魔法はパキリと音を立て破壊される。
更には尻尾を大きく振り上げ、厄介な賢者を葬り去ろうと斜めから振り下ろそうとする。
賢者と背後の俺を覆い隠すほどの影が、避ける間もなく迫り来る。
「させるかッ!!」
声と共に、壁まで弾かれていたはずの勇者が俺たちの前に割って入り、飛翔と共に尻尾を一刀両断した。
綺麗に輪切りにされた尻尾の端は支点を失い、慣性の勢いのままに俺たちの頭上を過ぎ去り、壁に激突した。
だがすぐに粘土のようにぐにゃりと形を崩し、気体となって霧散して本体の方へと飛んでいき、あっという間に再生してしまった。
その間に射手が急所を狙って弓を飛ばすも、翼によって防がれてしまう。
「狭い部屋の中だから空飛ぶ翼なんて意味ないと思ってたけど、そうやって使ってくるのね・・・・・・!!」
「次の連携はどうします? 敵の攻撃は荒削り、ですが一発が強烈ゆえに全力で回避しなくてはいけない」
そう言いながらも、戦士は既に攻撃をしかけていた。
禍々しい羽根が暴風を起こす。強靭な四肢や尻尾は部屋の壁を粉々にし、ブレスを吐かれれば部屋の隅まで熱気が飛び散る。
狭い密室だからこそ魔力を閉じ込めれてはいるが、一方であの巨体を前にこちらの逃げ場所がない状態でもあるのだ。
もし相手に闘いの主導権を握られた場合、勇者パーティーは敵の猛撃により結束は崩れ、圧倒的に不利となる。
勝利をつかむためには、常に先手を取り続けなくてはならないのだ。
体力が保たない。決着を短時間でつけなくては。
「・・・・・・賢者ッ、何か良い手段はないかッ!!」
「こんなにちまちま魔力を浄化していては、キリがないわ。だから、私の準備が整うまで、時間を稼ぎなさい」
賢者の言葉に、一同は賛成した。
彼らの荒い息。武器を握る手の震え。汚れた顔。
狩人や魔王の部下と連戦で、疲労も多く、魔力も少ない。
最後の気力を振り絞って、今ようやく立っているのだ。
ただ、かつての仲間を救い出す、その意志の上に。
そして今、この作戦こそ最後の希望となって、彼らを支える。
熱意に燃える目が、邪悪なるドラゴンを見据えている。
(俺はただ、持ちこたえてくれと言うしかない)
ためらうことなく、臆することなく、彼らの戦意を信じるしかない。
手を握る力が自然と強まったのか、賢者は横目で俺を見た。
俺は今、どんな顔を見せているのだろうか。
賢者は少しの間をおいて、頷いた。
(・・・・・・頭痛がする)
これは俺の苦悩からか。不安からか。
もっと身体の内側、頭の奥から響くような音。
視界で何かがチカチカと光りだし、全身を悪寒とも暖かな抱擁ともいえぬ感覚が纏わり付いていく。
ドラゴンを見ているはずの視界に、何か別の光景が重なり始める。
(何だ・・・・・・これは?)
同じ部屋でありながら、そこには巨大な敵も勇者たちもいない。
壁には傷もなく、むしろ同じ白でありながら真新しいものにも見える。
俺の視点も、いつの間にか部屋の中央から扉の方を眺めていた。
視線の高さは低く、手の位置には肘掛けが存在する。
この魔王の部屋にて、俺は玉座に腰掛けている。まさか・・・・・・
□□□
「・・・・・・それで、狩人だったか。あの裏切り者はその後、どうなった?」
真っ直ぐに引かれた赤い絨毯の上で膝をつくのはツノを生やし、軍服に似た衣装の少女。
魔王の部下は、静かに報告する、
「はっ、確かに死亡が確認された後に、勇者パーティーの手により埋葬される一部始終を、配下が確かに監視しました」
「そうか・・・・・・であれば、そのままにせよ」
「良いのですか? あの者には死亡したとはいえ、魔王様の貴重な魔力の末端が取り込まれています。勇者が退去した後に、遺体を回収することも」
「いや、奴は死で罪を償った。これ以上の恥辱は必要あるまい」
「何をおっしゃいますか!! 奴は魔王様を、こともあろうに諜報でありながら裏切ったのですよ!? 罪など100回死のうが許されるはずもなくっ!!」
「のぼせるな。それとも貴様は、主の意見を頭から否定してみせるのか?」
「い、いえ…!! ……失礼しました」
「よい、其の仁義忠孝は日頃より知れている。度合が激しいことこそ汚点だが、それも含めて我はお前を傍に置いているのだ。その振る舞いを詫びることはない」
「魔王様……私をそこまでに尊んで下さるなんて……はぁ」
恍惚の表情を浮かべて倒れこんでしまった部下をよそに、玉座の男は考えに耽る。
狩人の処刑に罪悪感などなく、裏切りへの怨恨もない。
「しかし……その裏切りへの葛藤に、我が魔力の精神汚染も一つ関わっていたのやも知れぬ」
独り言をつぶやきながら玉座を立ち、嬉しそうに気絶する部下を抱えて立ち上がる。
身に着けた装飾の擦れる音が、ただこの部屋に響く唯一の雑音。
「魔力の持つ強欲への誘いを、奴には随分と抑えた状態で植え付けたはずだったが……その精神との親和性が高かったとすれば、その精神の暴走を助けたのかもしれん。或いは、強く望みを果たそうとすれば、死者蘇生すらも……」
扉へ向かって歩いていたが、あと数歩のところでふと何かを思いついたように上を向く。
浮かんだ疑問を論理的に紐解いていく。
「もし死の寸前に、奴が強く願うとすれば何か。この魔王への復讐か、勇者の仲間として魔王を討つことか。否、奴の最期に怨みなどなかった。全てを認め、贖罪を求めた人間の顔であった。では、恐らく奴の最後に願うことは……」
フッ、と男は一笑する。
そして深く目を閉じた。
「……なれば、この魔王には要らぬ気苦労か」
そしてクルリと振り向き、玉座の方を……俺の方を見た。
「進め、打ち倒せ。奴の望みは、意地の悪い贖罪よ。実に婉曲迂遠なるけじめのつけ方だ。何の葛藤もなく、ただ私が為したことを、かつての仲間であるお前たちが果たすのだ」
最後の瞬間。
その瞳が、俺を捉えた気がした。
「奴を悪として……決して情けなく、裏切り者として裁いてやれ。それこそが、狩人の望みよ」
□□□
……時は、いつの間にか流れていた。
武器が振るわれ、ドラゴンが暴れ、部屋に多くの傷がついていた。
戦士は竜の一撃を喰らい、壁に激突したまま動けずにいる。
射手の射撃も目に見えて速度が衰え、かろうじて竜の皮膚に刺さるのみである。
だが、機は熟した。
「……聖集極光!!」
長き戦いの果てに、賢者の叫ぶ声。
現れた光り輝く魔方陣が、邪悪なる竜を頭上から押しつぶす。
暴れることも、指の一本すら動かすこともできぬまま、ただ唸り声を漏らすのみ。
表皮がボロボロと剥がれ落ちては、光に包まれ消えていく。
強大な魔法。俺の体内から魔力がごっそりと抜かれていくのも分かる。
狩人を乗っ取った魔王の魔力は、逃げ場所を探すように、ドラゴンの身体の中で動き回っている。
腕や額や尻尾の内側で、ボコボコと隆起ができては動き回り、やがて胸の中央が大きく膨らんだ。
魔力を一点集中させることで、この浄化魔法からの防御を図ろうというのか。
「あと、少しなのに……」
賢者がふらつき始め、俺は慌ててその身体を後ろから抱いて支えた。
片方の手で彼女の身体を、もう一方の手はつないだまま。
彼女の限界が近いのか、魔力の吸収が弱まってきていた。
それを俺が自らの意思で送り出すことで、何とか魔法の出力を維持しようとする。
……全員が満身創痍の今、この技で倒せなければ次はない。
それを察してか、射手は聖弓を掲げて、祈りを込める。
すると彼女の身体から光が湧き出し、勇者の方へと流れた。
自分に宿りし女神の加護を移し替えたのだ。
同時に、立つ力すら失った射手は、膝から崩れ落ちながらも、声を絞り出す。
「勇者……!!」
「任せろ」
仲間たちが倒れゆく中で、勇者は立っていた。
聖剣を構え、走り出す。
七色の光がその先に集まり、刻まれた装飾がはっきりと浮かび上がる。
竜が最後の遠吠えを上げ、勇者も声を張り上げた。
「――――――――――――――――――――――――!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
目を見開く。
全力を賭して、聖剣が横に大きく振られる。
光で形作られた刃の長さは、もはや竜の全長に達していた。
直線を描く剣の軌道は、ドラゴンの硬き鱗を、脚を、羽根を、全てを切り裂いて胸の中心まで届く。
柄を握る手に、身体を押し出す足に、渾身の力がこもる。
汗噴き出すその顔に、血管がはちきれんばかりに浮かび上がる。
その熱き意志の下、全身を震わせながら、勇者は最後の一撃を叫んだ。
「―――至天竜星剣ァァァァァッッッ!!!」
腰を回し、振り切られた聖剣。
ドラゴンの身体に一筋の線。魔力の塊の中心を断った、勇者の技。
一瞬、部屋が静まり返った。
勇者は動かず、暴れていたドラゴンはその姿のまま固まった。
俺も賢者も、戦士も射手も、その成り行きを見守っていた。
「―――」
ドラゴンがほんの少し、体勢を崩す。
その時、断面から魔力と共に極彩色の煌めきがあふれ出した。
部屋から影が消えるほど輝きだす。
皮膚にいくつもの亀裂が入り、その隙間から光線が飛び出す。
同時に、その巨体は光の中に溶けて輪郭が薄まっていく。
砕けた身体の断片は宙へと舞い上がり、煙のように溶けていく。
漆黒に染まっていた瞳は、ついに光を反射し始めた。
断末魔が彼方へと遠のく。
その刹那、竜の絶叫は、一人の青年の叫びへと変わった。
それは胸を引き裂くような嘆きであり、屈託なく響く笑い声にも聞こえた。
「――――――――――――――――……」
……白き壁と床に覆われた部屋。
しゃがみこんだ姿の射手や狩人。
それぞれの視線が部屋の中央に集まる。
そこで勇者は一人、ただ聖剣を握りしめて立っていた。
肩で息をし、全身に傷を負い、憔悴が見てとれる
銀色の髪は自らの血を浴びて乱れ、ポタポタと床に雫が垂れる。
だが背筋は曲がることなく、その視線はまっすぐに前を向く。
荒い息をしながらも、戦いの結果を見つめ続ける。
勇者の前。
そこには、消耗した狩人が床で眠っていた。
目を閉じて、口をしっかりと閉じたまま。
「……おかえり、狩人」
ここに、決着は相成った。
裏切り者に死が、贈られたのだ。




