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65 部下の降臨スケプティシズム

また間が空いてしまい、申し訳ないです……

 

「何だと……おい、お前一体何をしているッ!?」


 勇者は眼前の光景に声を荒げた。

 勇者を睨みながら、体を治癒する狩人。

 その隣には、魔王の魔力を自ら取り込み、地面に倒れこんだ仲間がいた。


「……?」


 最初、狩人の眼中には勇者以外の何も映ってはいなかった。

 そこに脅威がない凡人であると捉えた以上、例え隣に近寄る者の気配がしたとしても無視していた。

 だが、すぐに狩人はそれが間違いであると気付く。

 たった一瞬にして、その人間から悍ましいほどの覇気が吹き出したからだ。

 依然構えを解かない勇者への警戒も忘れ、狩人はそちらの方に目を向ける。

 そこには、死んだかのように倒れ伏す人の姿。

 それがムクリと起き上がり、周囲を軽く見渡した。




 □□□


 星に照らされた屋根上。

 朧げな視界の中で、魔王の部下は相手をみつめる。


「貴方は……魔王様でいらっしゃいますよね……」


 声が震えている。

 この男は何者なのか、不安があふれ出る。

 自分の計画が正しく実行されていれば、確かに魔王は再誕する予定だった。

 しかし、要であった仮想空間の王都は妨害により崩壊。

 だからこそ、その結果の否を断定することはできない。

 つまり、目の前の男が本当に魔王なのかどうか、魔王の部下には分からないのだ。


 男は黙っている。

 彼女は何とかして、その男の正体を探った。

 闇夜でありその風貌ははっきりしないが、赤く染まった眼だけは際立って光る。

 先日捕まえた魔王の半端な偽物とは段違いの、立つだけでも相手を震え上がらせるほどの威圧感。

 魔力を感知してみると、そこには魔王の魔力の特徴である、混濁した瘴気が微かに漂う。

 体内を巡る流れは落ち着いていて、狩人のように魔力が乱れ暴れ出す様子はない。

 つまり、その人々を暴走させる魔力を、彼は完全に支配下に置いているということだ。

 常人ならざる意思の力を秘めていることに疑いはない。

 だが、実際の魔王のものに比べればまだまだ薄い。

 魔王として目覚めたばかりだからか?


「あの……魔王、様?」


 反応のない相手に、魔王の部下は戸惑う。

 彼が魔王だと、確信のもてない彼女は、一歩近づき、その表情をくみ取ろうとした。



「愚にも付かないな……恥を知れ」



 彼女が動きだした途端、男は声を出した。

 蔑みの込められた低く冷たい響き。

 部下の背筋は思わずピンと張り詰めた。


「眼前に立つ者が魔王かどうか、貴様は魔王の部下を名乗りながら判断もできない。大それた恥知らずだ」


「あ、いえ……その」


 彼女は彼を推し量ることができない。

 けれど、その口調、この威圧感。それはまるで。


「フン、重ねて無知を晒すか。付き合ってはいられない。これ以上の荒誕を言ってみろ、二度と貴様の声に耳を傾けぬものと知れ」


 そんな……ちょっと待って。

 そう言いかけて、彼女は口をつぐんだ。

 このまままでは彼に立ち去られてしまう。

 慌てて床に片膝をつけ、頭を下げて服従の姿勢をみせた。


「……失礼致しました」


 ともかくは、彼にこれ以上敵意を向けられないようにしなくては。

 彼女は必死に弁明する。


「貴方様のご帰還を、私は常々お待ちして降りました。しかし突然お顔を見ることになるとは思わず、浅見な無礼を働いてしまいました。しかしこれも、戦況の混乱ゆえにございます。なにとぞ、我が身をお許し下さい」


「……」


 彼はその真っ赤な目で魔王の部下を睨む。

 彼女はひたすら顔を下げ、耐え続けた。


「……うやうやしく出れば忠臣にみえるとでも思ったか。余りの愚直さに呆れるぞ。しかし、愚か者なりに正しく罪を自覚したというなら、それで良い。顔を上げよ」


 言われたままに、彼女はおずおずと顔を上げた。

 だが男はその様子を見ず、代わりに頭上の星々を眺めていた。

 静寂の街と比べ、やかましいほどの光の点々が王都を覆っている。


「今宵の御空みそらは嘆美だな。明けるには口惜しい、可惜夜あたらよと言うものだな。貴様の無頼も些細と感じる。それに、だ」


 男は部下へと近づき、腰を下ろして少女の髪から頬を一つ撫でた。

 彼女はキョトンとした顔を浮かべた。

 その柔らかな手つきに、頬がほんのりと赤く染まっていく。

 依然この距離でも顔のハッキリ見えない男は、しかして大きく笑ってみせた。


「フハハハッ!! そう肩を強ばらせるな」


「……へ?」


「惚けているな。まさか、本気で貴様を罵倒していると思っていたのか。よもや今の今まで、貴様は魔王が極度の冷血漢に見えていたのか?」


「……あ、いえ、決してそのようなことはなく!!」


「ただの洒落だ。怯えずとも、忠義を尽くした者を蔑むことなどない……よく、ここに参上してくれた。今この瞬間に側にお前が居てくれること、ただただ嬉しいぞ」


 魔王の部下は、すでに疑いすらしなかった。

 誰の目からみても、その涙を流す姿からは明らかだった。

 男は部下の手を取り共に立ち上がると、軽く屋根を歩いて行った。

 彼女は引かれるままに、彼の隣を歩いて行く。


「……長い夢を見ていた。王都の中で何度も殺され、目覚めては同じ半日を繰り返し、それが悠久に続く悪夢だ」


「それは……申し訳ありません。私の魔法によるものです……ですが、それは必要なことでして」


「良い。理由は知っている……だが、一つ疑念が浮かんでいた。魔王を蘇らせようとするお前の熱意は知っていたが、ならば何故あの方法を選んだ?」


 回りくどい。

 あの偽の王都を作り出した目的は、結果として様々な利点はあったが、一番重要な点は魔王の復活だ。

 それが確実に成功しさえすれば、むしろ委細は構わないはず。

 むしろ他の方法を選んだ方が、今回のような敵の策略による事故を防げたのではないか。


「あの作戦の要は、魔王の偽者を自ら絶望させられるか否か。だが、あの何度も王都での死を繰り返させる方法では、絶望させるには時間もかかる。いつ心が折れるかも読み取れん」


 自ら絶望させる方法なら、他にもある。

 偽の王都を作り出せるほどの技術を身につけた魔王の部下なら、単純な拷問、あるいは他の魔術を取れば、目的はより確実に達成できたのではないか。


「……えぇ、そうですね。でも、それには理由があるのです」


 彼女は男の手をぎゅっと握った。


「一つは、これは私の単独的な行動だからです。魔王軍は、貴方様というカリスマを失い自然と解散。私が貴方様の手がかりを見つけたと知らせても、どうせデマカセだの、私を魔王の影から離れられない未熟者だのと言う薄情者ばかりで……」


『辺境の地に魔王に係わる者がいる』という手がかりを追うのに、どれだけ苦労を費やしたか。

 しかし仲間から賛同者は一向に出ず、更にこの手がかりすらも、何処かに移動されては追跡が困難となる。

 王都に出た魔王の息子という噂が、安全のために避難されるかもという可能性を高める。

 そんな恐怖に捕らわれては、無駄に時間を過ごすことはできない。

 準備や時間が不足したとしても、逃げられる前にやらなくては、


「ですから、あの魔法こそが、私の得意とする分野ですから、他の魔法と比べて簡単に行えたという点で優れていたのです。ですが勿論、より単純に拷問や悪夢を見させる魔法の選択肢は残されていました。でも……」


 そこで。


「貴方様が昔おっしゃったことを思い出しまして……」


「……魔王は、なんと言った」


「あれは……そう、私が465日前の昼にお尋ねしたときのことです。魔王様は、絶対的な力をお持ちになり、全てを手に入れてきました。敵を排除し、不可能を破壊し、その全てを簡単にこなしてしまう方です。そんな貴方様にでも、嫌いなことはあるのですか、と」


 それは、彼女の最も知りたい疑問だった。

 完璧にみえる魔王にも、常人のように苦手とすることはあるのか。

 もしあれば、それを自分が補うことで、魔王は更に完璧に近づき、少女はより彼にとって大切な存在となれる。

 魔王は言った。



『日常、だ』



 毎日、同じ事が繰り返される生活。

 進歩も衰退もなく、乗り越えるべき壁もない不変。

仲間と笑い合い、泣き合い、また明日も普通の生活が待っている。

 それは、常に自分にないものを、新しい光景を求め続ける魔王にとって苦痛であった。


『人は同じ事を繰り返すうちに、心が書き換えられ怠惰に落ちていく。周囲の景色が平坦となり、日々の話題は薄っぺらで空虚となり、真なる好奇心は死に絶える。かつて感動を覚えた物でさえ、その空いた心には響かなくなる。落ちきった人間は、それが絶望であることにすら気づけなくなる』


 終わらない日々こそが、誰しもを絶望へとつながる。

 決意が徐々に揺らぎ、目の前の安定が崩れることへの恐怖が増大していく。

 最悪なのは、初めに持っていたはずの決意が、いつのまにか消えてしまうこと。


「それはあの魔王の息子を名乗っていた愚か者でさえもそうです。あの者は、敵である勇者たちと長く日常を過ごすうちに、戦意を失い、彼らと共にいることが本当の自分であると錯覚しかけていたのです。だからこそ、自らが裏切り者であるという責め苦が増幅し、その恩讐があんな獣を生み出す羽目になりました。心が揺れ動いた時点で早々に皆殺しにしてしまえば精神的に楽で済んだというのに、馬鹿な男ですよね」


「日常こそが、心を変える……それでお前は魔王の偽物に、同じことを仕掛けたのか。魔王の言っていた真の絶望を相手に与えることで」


「はい、だって魔王様の名を騙る畜生ですよ? 最大の拷問をもって絶望してもらわなくては、その偽証にふさわしい罰にならないじゃないですか」


「……そうか」


「ああ、私は勿論そのことを心得ていますよ? 魔王様が死んだと情報が世界に広がり、敵味方に動揺や混乱が流れました。ですがそれも、時間の流れと共に誰もが受け入れてしまった……。ですが、私は貴方様のことを一度たりとも忘れはしませんでした!! 魔王様に誓って!!」


 部下はそういうと、再び膝をついて男に隷従の姿勢をみせた。

 息が荒い。暗闇の中、恍惚に赤らんだ頬と輝く瞳が浮かび上がる。


「どうか、魔王様!! 今一度私に、貴方様に仕える名誉を与えて下さいませ! 貴方様となら、この王都を一瞬で滅ぼすことも、再び魔王軍を復興することも、もう一度世界を手にすることもできます!! その時には一度、貴方様の野望を、お側にて見させて頂きたいのです!!」


 必死な物言いに、けなげなものだと男は笑った。

 そして少女と繋いだ手を強く握り返した。


 さて。


 その手を恭しく、嬉しそうに握り返した少女に対して。

 俺は、ゆっくりと口を開いたのだった。



最近は外出頻度を減らしたので、執筆も早くできそうです。

とりあえず1週間前後に投稿を目指します。

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