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64 勇者と堕落インサニティー

お久しぶりです。

随分と時間がかかってしまいましたが、投稿させて頂きます。

 真夜中の街。

 俺と戦士が走る方向の先で、それは起きた。

 視界の先が明るくなった次の瞬間、王都にいた誰しもの目が眩んだ。

 しばらくして、強ばった身が元に戻った後に、ようやく何が起こったかを知った。

 連なった家々の奥、地上から天空へと突き抜ける光の柱。

 位置は王城へと続く道だ。柱の大きさは、周囲が暗いせいでかなり大きくみえる。

 大木ほどにも、家一つを包むほどにも見える。だが、それでいて暖かみのある……

 光はすぐに消えたが、俺たちは確信した。


「……勇者ですね」


 俺が察するのと同じくして、隣で戦士が頷いた。

 胸に浮かび上がったのは安心感。

 勇者が再び聖剣をとって、狩人と闘ってくれている。

 引き籠もっていた彼が、確かに葛藤を乗り越えていた。

 あの煌めく光が、その雄姿を示して居るようで、とても心強い。


「……あの様子なら、聖剣も健在といったところでしょう。後は頼みますよ」


 ここから俺と戦士は別行動だ。

 戦士には王城へいって、用事を済ませて貰う。

 俺は勇者のもとへいき、彼に作戦を伝える。

 もし狩人の暴走が予想より激しければ、戦士が彼を押しとどめる予定だったが……この様子なら大丈夫だろう。

 こうしてる間にも、勇者や射手は懸命に闘っている。

 ならば俺たちも頑張らねばと、また足を動かし始めた。

 戦士と二手に分かれ、互いの為すべきことを為すために。



 □□□


 丁度光の柱がみえた付近を目指していると、俺は狩人を見つけた。

 燃える盛る炎を宿した赤い瞳。幾つもの傷。

 時折皮膚を伝う血液が、光に照らされた。

 その前に立ち剣を構えるのは……まぎれもない、勇者の姿だ。


 狩人がふらりと前のめりに倒れたかと想うと、地面を大きく蹴りだした。

 その勢いのまま右腕を勇者に掴みかかる。

 骨や関節を無視し、蛇のようにうねり勇者の首元へと伸びる。

 だが勇者は即座に足を下げ半身となり、そのまま後ろへ身を引く。

 剣を脇へ構え、下から弧を描き切り上げられた。

 空へと吹き飛んだ狩人の腕。だが狩人は痛みに声を上げることもない。

 勢いそのままに首を突き出す。その大きな歯をクワッと開き、勇者の喉元へかみつこうとする。

 聖剣を振り下ろす暇はない。勇者は右手を剣の柄から放した。

 自由となった腕。その肘を狩人の顔面めがけて打ち落とした。

 二つの勢い激突する。鈍い音。先に姿勢が崩れたのは狩人だった。

 勇者は剣を掴んだままの左腕をグルリと回し、右手で握り直す。

 そして大きく剣を振り上げて、倒れかけた狩人めがけて叩き下ろした。

 街道がバキンという衝撃音と共に亀裂が入った。狩人の身体が地面と激突する。


「グオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」


 獣の断末魔のような悲鳴をあげて、狩人は仰け反る。

 そして何とか後ろへ飛び跳ねて勇者の間合いから逃げるも、背中の肉は裂けて骨がみえている。

 もはや背筋を伸ばすことができないほどの重傷を負っていた。

 だが、その赤い目が一際爛々と燃えさかかると、ボキボキと嫌な音を立てて身体は元に戻っていく。

 傷口からは魔力の塊が漏れ出し、皮膚をつなぎとめている。


「アアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 空に向かって狩人が吼える。

 そして全身から魔力がわき出てきた。


(まずい、また魔王の魔力を周囲にばらまくつもりか!?)


 この魔力を浴びてしまえば、狩人同様に理性をうしない、誰も彼もが暴走してしまう。

 それだけは絶対に避けなければ、王都全体に汚染が広がり、王都が陥落する可能性もある。

 俺は一瞬慌てたが、勇者は静かに聖剣を胸の前で立てると、呪文を唱える。

 それに呼応して聖剣が輝き始めた。そして、さきほどみた光の柱が現れた。

 聖剣の理屈は分からないけど、あふれ出た魔王の魔力が光を浴びて次々に浄化されていっているようだ。

 飛散した魔力は白煙のように空中を漂い、そして霧散した。

 狩人も顔を歪ませ、怯えた犬のようにその光の中から飛び退いた。

 体内の魔力が一気に減ったせいか、腕が吹き飛んだときよりも苦しそうな顔をみせる。

 この方法なら、狩人を無力化できるのでは……


「残念だがそれは無理だ。魔王の魔力を浄化はできてるが、実はそう何度も使える技ではなくてなッ!!」


 勇者の声に、思わず彼をみる。

 いつから俺がここにいると気付いたのだろうか。

 そして察しが良すぎる。


「この魔力も邪悪すぎて、聖剣では浄化しきれんッ!! だが、お前がここに来たということは、何か策を思いついたということだッ!! 言ってみろッ!!」


「……あ、ああ!! 今は射手に魔王の部下の注意を引いて貰い、その間に戦士が王城へ必要なものを取りに行っている!!」


 ここから王城への距離と、戦士の足の速さ。

 俺を抱えて魔王の部下から逃げ切ったあの俊敏さなら、戻ってくるまでどれくらい時間がかかるかを計算した。


「彼が此処にくるまでの20分……いや、10分だけ、狩人を押しとどめておいてくれ!!」


 戦闘を繰り広げる勇者に、俺は声を張り上げた。

 勇者はただ頷くと、再び攻撃をしかけてきた狩人と向かい合った。

 再び狩人が攻撃を仕掛け、それを勇者がさばき、傷を負わせる。

 すごいな……これが、快調な勇者の本気か。

 明らかに気合いに満ちあふれており、この深夜の王都で一層輝いてみえる。

 しかし、それだけではどうにもできない問題もある。

 このままいけば勇者に勝機がありそうだが、それは狩人が魔王の魔力により不死身に近い肉体を持っていなければの話だ。

 現に先ほど吹き飛ばされたはずの腕が、いつの間にか元の位置にくっつけられている。

 いくら勇者でも、あんな凶暴な獣相手に一人では、体力が削られていく。

 現に彼の身体には、狩人によってつけられただろう傷跡がいくつも見受けられる。

 あの光の柱で魔王の魔力を浄化する魔法も、奥の手だったに違いない。

 そう何発もくりだせば狩人に見破られ、さらには勇者の魔力も枯渇する。

 この10分の闘いが、俺たちの勝敗を分けることは明白だった。


 だが、その数分稼ぐことすらも、運命は許してくれなかった。


 勇者と狩人の戦闘の最中、空に紫色の光が打ち上がる。

 方角は射手のいた教会。彼女が事前に伝えていた信号弾だ。



(意味は……『魔王の部下が逃走』!!)



 冷や汗が頬を伝った。

 しまった。まさかもう、魔王の部下が俺たちの作戦に気付いてしまったのか?

 捕獲していた俺を取り逃していた部下は、何が何でも俺を捕まえようと躍起になっていたはず。

 その焦燥感の中で、目前の敵から逃走するとは、一体何を勘づいたのか。

 いや、その推理は後回しだ。


(問題は、そう……教会から離れた部下が一体どこに向かうかだ)


 答えは間違いなく、勇者と狩人が戦闘しているここだ。

 激しい戦闘音に、狩人の街中に響く叫び声。なんなら、勇者の見せた光の柱も目印となる。


(それは困る……この10分だけは、どうやっても死守しなくては!!)


 ここで勇者との闘いに部下が加われば、状況はたちまち敗北へと傾くだろう。

 彼女が此処へ到達するまで何分かかる?

 空間跳躍の魔法陣は壊してあるが、それを考慮してもあっという間に移動してくるだろう。

 射手の応援は後手に回っていて間に合わない。新しい作戦を生み出す暇もない。

 動機が速くなり、今に部下がやってくるかと考えると頭が真っ白になりそうになる。

 あの爛々と光る目が俺を見つめてくると思っただけで、震え出してしまう。

 俺は部下に見つからないよう、どこかに隠れるべきか?

 目の前の勇者を見殺しにしてまで。それだけは絶対ダメだ。


(落ち着け……、俺は勇者のように戦えない。できることなんてたかが知れている)


 そんな俺が時間を稼ぐ方法は何かないのか。

 魔王の部下に俺が対峙したところで、また短刀でも刺されて倒されてしまう。

 何しろ彼女は、俺を魔王の真似する愚か者だなんだのと憎んでいた。

 適当な会話で時間を稼ごうにも、そもそも俺の声に耳を傾けるかどうか。

 そんな彼女しばらく引きつける方法は……




(そういえば……俺が戦士に助けられる寸前、彼女は俺になんと言っていた?)



 ……そうだ。

 あのときの彼女は、目覚めた俺を見て固まっていた。

 俺を罵るのでも、再びに眠りにつかせようとするでもなく。


(もしかすると……彼女は、俺が今どんな状態なのか分かっていない?)


 彼女の作り出した偽の王都。

 それは俺たちの手により、内部から崩壊させられた。

 だから、彼女はその結末を精確に知ることはない。

 自分の魔法で、俺を依り代に魔王が蘇ったかどうかを知らないのだ。


(だったら……俺が魔王のフリをすれば期を引きつけられるか?)


 いや、一度それを試したがすぐに見抜かれた結果が、あの短刀が突き刺さった俺の腹だ。

 もしそんな作戦をとるのならば、より俺は俺自身を魔王へと近づけなくてはならない。



(……方法はある。まさに一か八かの賭けだけど)


 試すべきか? いや悩んでる時間はもうない。やるしかないのだ。

 俺は戦闘中の勇者に向かって、叫んだ。



「勇者、もう一度狩人に魔力を放出するよう仕向けてくれ!!」


「おう、分かった……って何だとッ!!? どうしてだッ!?」


「説明する暇はない、できるか!!?」


「……魔力を拡散させてはならない以上、好機は一瞬だッ!! 逃すなよッ!!」


 勇者は聖剣を大きく振りかぶり、遠くに立つ狩人に向けてぶん投げた。

 奇襲に思わず狩人は固まったが、ギリギリで回避に成功する。

 そして今度は武器を失った勇者へ、ここぞとばかりに襲いかかる。

 肉体の構造を無視した腕と脚の動き。その攻撃をかわし続ける勇者。

 だが、襟元を右手で掴まれ、ついに身動きがとれなくなる。

 余裕を見せた狩人は反対の手を頭まで振り上げ、一撃をたたき込もうとした。


「……いくぞッ!!」


 そのとき、勇者は声を上げた。

 両手は剣を握るように構えられ、脇から狩人の胸めがけて振るわれる。

 その手の隙間から光が湧いた。


 ビュンッ


 一条の光が後方より飛来した。

 そして勇者の動く掌の中へとブレることなく収まる。

 輝く聖剣。その斬撃は、狩人の腕より遙かに速い。

 狩人の屍肉に食い込む刃。そこから目映いばかりの光が溢れ出す。


「ガッッッッッッッッッッッ……………!!!!!!」


 狩人の身体に走る一筋の切れ込み。

 胴体は大きく裂け、身体は地面に倒れ伏す。

 だが狩人はまだ動く。その切断面から魔力がこぼれ、胴体を繋ぎとめようと動く。

 更に魔力は、霧のように狩人の周囲にあふれ出る。

 勇者を寄せ付けないための時間稼ぎだろう。

 しかし重傷を負いながらもまだ狂乱状態にならないのは、相手が勇者だからか。

 手負いの獣とはいえ、その眼孔はいまだに闘志を燃やしていた。

 回復力もすさまじい。既に斬られた部位の半分以上は、元通りに結合している。

 勇者はその場から離れ、呪文を唱え始める。

 狩人から魔力が周囲へ拡散する前に、再び光の柱で浄化しようとしているのだろう。


「今だッ!!」


「ああ、分かってる!!」


 俺は既に、狩人の近くにいる。

 勇者による最初の合図の時点で、走り出していた。

 狩人の身体からあふれ出るどす黒い魔力。

 あと一歩近づけば、たちまち魔力が全身に襲いかかるような距離


(……これは賭けだ)


 魔王の魔力に犯された者は、姿も精神も大きく変貌する。

 目は深紅に染まり、正気は消え失せ、欲望という名の荒ぶる魔力に全てを乗っ取られる。

 だがもし、それを意図的に制御できるとすれば。

 今俺が触れた魔力は、勇者の魔法を浴びて浄化されて弱まったもの。

 魔力量もその強さも、かつて俺が立ち向かった凶悪さにはほど遠い。

 もしかすると、俺はそれ利用することができるかもしれない。

 無論、俺の理性が長く保たないかもしれない。

 だが、この10分を乗り切らなくては、どのみち敗北しかないのだ。


(……ああ、かつての魔王アイツも、その狂気に抗うことができたんだ)



「……だったら、俺もやってみせる!!」



 俺はその魔力に触れた。

 そこから、勇者の魔法により魔力が浄化されるまで、わずか一秒にも満たない。

 だが、それでも多すぎるほどだろう。

 俺の体内に、魔王の狂気が潜り込むには十分な時間だった。


 息が苦しい。


 指先から、狩人から漏れた魔力が皮膚に染みこんでいく。

 筋肉を潜り、血管をすり抜けて、俺の身体の奥深くへと流れていく。

 何かが、俺の頭に入り込んでくる。視界が赤くなる。耳元で声が聞こえる。

 痛い。火傷のような痛みが指先から身体の中へ中へと広がっていく。


 (時間の感覚が奪われていく……)


 寒い。全身から寒気がする。毛穴が広がる。汗が垂れる。神経が暴れ、心臓が狂う。

 なにかが壊れる。なにかが狂う。なにかが囁く。なにかが蝕む。なにかが嘲う。なにかが罵る。なにかが轟く。なにかが騒ぐ。なにかがはびこる。なにかが誘う。なにかが覆る。なにかが脅す。なにかが従う。なにかが苦しむ。なにかが患う。なにかが疑う。なにかが購う。なにかが佇む。なにかが宥す。なにかが躓く。なにかが貪る。なにかが蹣く。なにかが悴む。なにかが則る。法る。式る。模る。憲る。のっとる。のっとる。のっとる。のっとられている。

 俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。


 ……間違ったのか?

 

 ああ、深く深く落ちて、落ちて、落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて……



 ()()と出会った。






 □□□


 いまだ深い王都の夜。

 闇に覆われたその街並み。

 連なった屋根の上を飛行し、塔の下をくぐり抜け、星空をツバメのように舞う少女。

 彼女……魔王の部下は目指す、狩人の下へと。

 たなびくのは、紫水晶のように艶やかな色合いの髪。

 幼さを残した丸い瞳は、大きくつり上がり街を睨み付ける。

 二本の歪なツノは、彼女のうちに秘める凶暴性を表すかのように、星の光に鋭く煌めいた。

 どこだ、どこだ。

 頭にあるのは、敵の狙いを推測する冷静さと、魔王への想いによる苛立ち。

 相反する思考が同時に存在できることが、彼女の持つ狂気の一端でもある。

 だが、その全ての考えが、その瞬間に真っ白となった。


 目が見開かれる。

 しばし、言葉を忘れる。

 気付けば、屋根へと降り立ち、そして立ち尽していた。

 これまでの闘いの記憶も、企ても、勇者たちへの憎しみも、このときだけは何もかもが忘れ去られていた。

 長く、呼吸をすることも忘れていた。

 無人の王都。音のない世界。

 屋根の上でひらけた視界の中、そこに人影があった。

 魔王の部下は、喉を動かす。

 言葉を出そうともがく。

 そしてようやく、かすれたような声を絞り出した。



「………貴方様は…………………魔王………ですか………?」



 彼女の視線の先。

 そこに立っていたのは、真っ赤な目をした男だった。


まだ本調子ではないため、また日曜日ごろに投稿したいのですが遅れるかもしれません。


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