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61 部下と覚醒ララバイ

 深い闇に包まれた部屋を、ランプが僅かに照らす。

 仰向けとなった身体は、眠気が残りながらもハッキリと指先まで動かせる。


(寝ぼけることはなく、思考はハッキリしてる……)


 ならばと、腰に力を込めて身を起こす。

 ギシリと揺れるベッド。腹部に違和感を覚えてみてみれば、右脇腹に突き刺さった短刀が淡く光を放っていた。

 今この瞬間を魔王の部下に見つかったらと思うと、取り外す余裕はない。下手に抜いて出血をしても困る。

 ベッドから静かに降り立った。刺さったナイフが揺れるが、外れる様子はない。

 床に触れた足先はべチャリと嫌な感触を覚えた。よく見れば、ベッドを中心に魔法陣が、絵具のように濃い粘性の液体で描かれていた。

 布団から出たことで改めて服装を確認すると、自分は薄布の寝間着だけを身につけていた。


(ここは、魔王の部下の部屋だろう。そこに俺は運び込まれ、魔法により精神世界に閉じ込められていたわけだ)


 目覚めたばかりの自分の頭を動かし、現状をしっかりと確認した。

 精神世界に存在した偽の王都から脱出した俺は、眠りから覚めて現実に戻ってきた。

 しかし、ここはいまだに敵陣だ。

 まずは落ち着いて、ここがどこなのかを確認する。

 部屋はほぼ正方形で、床にはカーペット、天井にはシャンデリアという豪華な雰囲気。

 しかし、中央には俺の寝ていたベッドがあるものの、それ以外の家具は存在しない。

 そして四方を囲む壁には、対角線上に窓とドアが一つずつ存在していた。

 ドアは閉められているが、窓は空け放たれていた。床の魔法陣を避けるようにして窓へと近づけば、眼窩には星々の明かりが外の様子を照らし出す様子が広がっていた。

 さらに言えば、この景色には見覚えがある。俺が窓から身を乗り出して上を向けば、そこにはバルコニー。


(やっぱりここは、俺が魔王の部下に突き落とされた場所じゃないか!)


 そう、彼女は俺を上の階で短刀を刺し、突き落として気絶させた。それにより、俺を現実と偽の王都への違和感を曖昧にし、再び死んで時間が巻き戻ったと思い込ませたわけだ。

 そして俺が寝ていたのは、突き落とされたバルコニーの下の階だったということか。それならば気絶した俺を運び込むのも負担が軽くて済む。

 ここから飛び降りれば逃げ出せるかもしれないが、やはり高さがあるので貧弱なこの身体では重症を負いかねない。


(それに、魔王の部下がどこにいるのか分からない今は、下手に物音を立ててはマズい気がする)


 とりあえず隣の部屋に誰かいるかを確認するため、再び部屋の反対側に移動して扉に耳を当てた。

 物音はない。だが安心はできない。

 ここに不審者撃退用の魔法でも仕掛けてあれば、一環の終わりだ。

 それでも進むしかないと、ゆっくりと取っ手に触れて半分ほど扉を開け、隙間から様子を確認する。

 そして何も反応がないことを確認すると、少々身をかがめながら静かに部屋へと入り込んだ。

 どうやら、こちらはテーブルやソファのあるリビングのようだ。

 しかし随分と清潔で個性のあるような家具はないから、恐らくはホテルの客室ではないか。

 正面には一段低くなった床と汚れ落としのマット。

 そして大きな扉には錠がついており、あれがこの部屋の出口だろう。

 じゃあ回してすぐに脱出かというと、警戒心がはたらいてそうはいかない。

 先に、何か彼女の手がかりがないものかと探ってみる。


(特に際立った物が置かれてないな……魔王の部下の私物すらない)


 多分、上の階の部屋で彼女は生活しており、この部屋は俺に魔法をかけるためだけの部屋なのではないか。

 すると、部屋の隅にあるクローゼットに、服や小さな荷物が畳まれておかれていた。

 全て俺が身につけていたものだ。

 僅かな貨幣に筆記用具、そして以前、魔王の部下になぜか渡されたメモ用紙ほどの巻物スクロールしかない。

 早速、着替えを済ませた。鞄も腰に下げる。

 そういえばこの鞄の中に、助けを呼べる電話のようなものはないかと確認する。



(まあ、連絡用とか追跡用の魔法なんてあったら、魔王の部下がとうに警戒して解除しているか)


 だから下手な期待よりも、まずはこの玄関から安全に出れるかを確認しなくては。

 そう決断して、扉にそろりと近づいたときだった。

 ズンズンと、乱暴で速い足音が外から聞こえてきた。

 そして玄関の前に近づいてくる。


(何だ……まさか、魔王の部下が帰ってきた!?)


 慌てて奥の部屋へと忍び足で戻る。

 背後からはガチャガチャと部屋の鍵を探すかのような音。

 やはり魔王の部下だ。嫌な緊張で指先がつんのめる。

 扉一枚を隔てて、最悪の敵がいるのだ。

 俺は寝室へと入り、扉を元のように閉める。

 丁度そのとき、ガチャッと勢いよく鍵が錠に差し込まれる音。

 どうしよう。逃げ場はない。

 いや、とりあえずベッドの中に戻れば誤魔化せるか?

 そう一番に思いついたとき、身体はもう動いていた。

 鍵が回り、玄関の扉がギィッと嫌な音と共に開かれる。

 俺は床の魔法陣を飛び越え、柔らかな布団の上へ転がりこむ。

 大きな音を立ててはいけない。なのに身体は恐怖で震えている。

 一歩。二歩。三歩。

 そう広くない隣室から、足音が近づく。

 布団の中へと入り、首から上だけを出す。

 ほんの少しだけ枕を整える。

 曲がった布団を丁寧に整えたいが無理だ。

 目をぎゅっと瞑る。

 足音が素早くなったかと思うと、扉はバタンと急に開かれた。

 息が詰まる。


(……!!)


 頭が真っ白になる。

 血の気が引き、体温が下がっていく感覚。

 呼吸ができない。心臓は耳の隣に昇っている。


「……ふぅ」


 幽かな短い吐息。仰向けの俺の足先からだ。

 背筋に悪寒が走る。

 緊張で脱力できず、寝たふりができているかもわからない。。

 眉間にしわを作らないことだけで精一杯だ。

 彼女が俺の横を歩いている。

 顔を見ているのか。枕の歪みに気付いたのか。


「……」


 彼女は何も言わない。

 ガサリと音がした。

 布団の裾からだ。俺の足がびくついて動いてしまったか。

 そう焦ったが、違うらしい。

 俺の胸部の上に何かが通り、反対側の布団の裾を掴んだ。

 魔王の部下は一度布団を軽く浮かせて整えると、俺の身体へとそっと乗せた。

 そして俺の額に手を当てると、耳元で呟いた。


「必ず……貴方様を蘇らせてあげますから」


 そうして彼女の口から紡がれたのは、歌声。

 その声の柔らかさに、俺は顔に出さずとも内心驚いた。

 子守歌のように穏やかな声で、そこに感情のぬくもりが込められている。

 彼女は一節ほど歌い終わると、ベッドから離れ、隣の部屋の方へと戻っていった。


(何だったんだ今のは……ともかく、上手く誤魔化せたのか……?)


 助かった、後は部屋の扉が閉まる音を聞いて……いや、音がしない。

 彼女は立ったまま動かない。

 そしてずんずんと再び俺の脇へと進むと、なにやらしゃがみこんだ。

 そこに何かあったか? 確か


(…そこは、俺の着地した場所……ああッ!!)


 そうだ、床には魔法陣が描かれていたが、最初にベッドが降りたときは気付かずに踏んでしまった。

 魔法陣はそこの部分だけ掠れ、俺の足にはそのインクらしきものがこびりついている。

 困ったぞ、これはもう殆ど俺が起きたことがバレている。バレてなくても、数秒後にはバレる。

 彼女は、まだしゃがみ込んだまま動かない。考え事をしているのだろうか。

 だがすっくと立ち上がったかと思うと、俺の足下の布団をめくりあげた。


(みられたッ……!)


 これはもう、どうしようもない。

 誤魔化すこともできない証拠を、彼女は目撃してしまった。

 恐らく、彼女は十秒ほど俺の顔を見ていただろう。

 もう限界だ。行くしかない。


「貴方様は……一体……」



 カッと目を見開く。

 すかさず、ベッドから起き上がり、彼女に背を向けて絨毯に足をつける。

 逃げることができない以上、相手の反応よりも速く、堂々とだ。

 そしてゆっくり、振り返り、彼女と目を合わせた。

 ネコのような丸い目が、俺の目を見た瞬間に瞳孔を小さくした。

 どうやら困惑してくれたようだ。


「貴方は、貴方様は……一体、どちらなの?」


 目を離さない。

 俺が魔王の振りをしても、すぐにバレてしまうだろう。

 だからこれは、あくまで引き延ばしにすぎない。

 俺は息を吸う。答えを述べるまでに間を置く。そして言葉を発しようとした。

 そのときだ。視界の端に映る扉から、銀色の槍が飛び出してきたのは。


「おや、お嬢さん。失礼」



 僅か3秒の出来事だったと思う。

 その瞬間だけ、世界がスローモーションのとなって認識できた。

 最初に槍は窓の方を向いて寝室に入ってきた。

 次に彼の……戦士の顔を俺が見た。

 戦士は部屋を一望すると、網一歩足を踏み込んだ。

 魔王の部下も横を向いて戦士に気付いたが遅かった。

 彼はその一歩で跳躍して、俺の腹を抱えた。

 窓を向いたままの槍は勢いを留めることなく、突き進む。

 力強い圧迫に俺は痛みを覚えて目を瞑る。

 そして、戦士が台詞を言ったかと思えば、窓枠とガラスが槍の一薙ぎで粉々に粉砕される。

 そのまま、戦士と抱えられた俺は、夜の街の宙へと飛び出した。


「……では、しっかり口を閉じて下さい」


「へ……?」


 俺が呆気にとられる暇もなく、戦士は地面に着地して俺を肩に背負い直すと、そのまま王都の道を駆け出した。

 その俊足で、あっという間に呆然と立ち尽す魔王の部下が点となってしまった。


「お、おい戦士、戦士だよな!?」


「……そうですが何か?」


 風切る音で聞こえづらいが、俺は混乱しながらも彼に質問する。


「いや、お前どうして、というかどうやって俺が彼処にいるって気付いた?」


「ああ、それは簡単なことですよ。魔王の部下を追っていた。そこで貴方を見つけましたので、機会を狙って救出した次第です」


「それには感謝するけど、そもそもお前は王都にいなかったはずじゃ!?」


「それは後で説明しますよ。ともかくまずは安全な場所へ……勇者の家へ避難しましょうか、話はそれからです」


 常人離れした速度で運ばれつつ、俺は思考を様々に巡らせた。

 だが結局は冷静になれず、諦めて王都の空を眺める。

 あの偽の王都では見えなかった星々の輝き。


(俺は、本当に現実へと戻ってきたのか……)


 歓喜と共に、おしよせる不安。

 魔王の部下からの脱出もできたし、気分は最高だが気を緩めてはいけない。


(ああ、そうだ。まだ油断はできないな)


 彼女の箱庭から脱出して対等な立場となれた今。

 そう、今ここからが、ようやく決着なのだから。



中々予定通りにいけない一年でしたが、次回は今年中に投稿します。


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