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60 間奏:Intermedio

随分と遅れまして申し訳ないです。

 

「ここは現実と幻想の間。瞬きほどの一時に君がみた、夢の残像だ」


 声が聞こえて、俺はそちらを向いた。

 人影がみえる。地平線の点ほど遠くにいるはずなのに、その姿は随分とハッキリわかる。

 茶髪を揺らし此方に微笑む青年。

 小柄な背丈を簡素な市民服で包み、そのまなざしは柔らかかった。


「お前は……」


「こんな風に会話をするのは初めてだよ。でも、僕が誰かくらいは顔をみて分かるんじゃないかな」


「……ああ、でもそんなに明るい血色ではなかったな。俺のみた狩人の姿っていうのは、真っ赤な瞳に薄汚いボロ布を纏った狂人だった」


「それをいうなら僕だって同じだよ。今ここにいる君こそがあの魔王に通ずる者だなんて、未だに信じ切れてはないさ」


 まるで昔ながらの友人みたいに、俺たちは談笑した。

 この場所には、俺たち二人以外なにもない。

 だからか、自然とここが何なのかが理解できた。


「うん、そうだね。ここは君が偽の王都、つまり魔王の部下の空間から抜け出して、精神が現実へと変えるその一瞬に存在する空間というわけだよ。だから次に君が目を醒ますと、そこは本当の王都にいる」


「じゃあ俺は、やっと脱出に成功したのか」


「その通りだよ。その件に関してはちゃんとお祝いしなきゃ、おめでとう!」


 とても嬉しそうに手を叩く狩人は、あどけない顔立ちや柔らかい口調と相まって、まるで純粋無垢な子供だ。

 そんな姿をみると、まさか彼が魔王の息子と称して王都を暴れ回ったことが嘘みたいだ。

 まさか、勇者パーティーを崩壊させようとした裏切り者とも想えない。

 だからこそ、勇者はひどく傷ついたわけだろう。


「うん、そうだね……その件に関しては僕も負い目を感じるよ。でももう、僕の口から彼に謝罪することはできないんだ。僕はもう、生きているわけじゃないからね」


「生きてない? じゃあ、俺がみた狩人は?」


「魔王の魔力が、僕の身体を乗っ取ってできた偽者だよ。君も魔王の魔力がどんなに恐ろしいものかは知っているだろ?」


 魔王の魔力。

 あれは単なるエネルギーなんかじゃなく、穢れた欲望の塊だった。

 魔王の部屋で繰り返した、時間の巻き戻しと闘いの果て自我を持ったこともある。けれどそれは君たちがちゃんと倒すことで消滅した。


「そう、けれど問題は外の世界にも魔王の魔力が残っていたことにあるんだ。魔王の配下である僕の身体にも、魔力は埋め込まれていた。それが魔王の死と共にたがが外れたんだ。後は君のいた部屋のものと同じで、自我を持つまで時間はかからなかった」


 狩人の遺体に宿っていた魔王の魔力は、手始めにその肉体を動かそうとした。

 例え死んでいたとしても関係はない。心臓が動かずとも、魔力自身が動力源となってその指先まで浸透し、人形のように操ればいい。


「そして魔力は僕の神経や脳を犯し、染みついていた記憶にまで手を出してきた。そこで僕が抱いた贖罪への思いに辿り着いたんだ。欲望の塊である魔力は、最期を迎えた僕に残った『欲望』と強く結びついてしまった。そして、その願いを魔力自身の者と錯覚して、しかも叶えようとしたんだよ。それがあの、魔王の息子の正体だよ」


 そう言われて腑に落ちたのは、俺が魔王の息子に持つ違和感が払拭されたからだろう。

 勇者を殺そうとしながら、勇者を殺したことを後悔していた。

 魔王を殺そうとしながら、魔王の部下と手を組んでいた。

 その矛盾によって、魔王の息子は何度も自我を飛ばして暴走を始めていた。

 恐らくあのちぐはぐな行動は、魔王の魔力としての衝動と、狩人の残した願いの混濁によって起きたとすれば納得もできる。


「……だから、君と勇者には気兼ねなくあの狩人を倒して欲しいんだよ。あれはもう僕じゃないから、狂った贖罪を求める僕の残滓に終わりを与えてほしいんだよ」


「待てよ、魔王の息子は俺が目を醒ました先の現実にもまだいるのか? 偽者の王都が崩壊すれば、魔王の息子も魔力ともども消えたりはしないのか?」


「そうか、君はまだ現実がどうなっているか知らなかったね……まずいうと、君は魔王の部下の呪縛から逃れただけで、現実世界には魔王の部下も狩人も残ったままなんだよ」


 それは残念だと、肩を落とす。


「ついでにいうとね、君の偽の王都での過ごした時間の流れは、現実の時間に比べてとっても遅いんだ。君が何十年と王都からの脱出を粘ってきた場合を想定してみたいだね。だから目を醒ましたとき、そこはまだ君が賢者と最後にあった夜のまま明けていないんだよ」


 最後の夜というと……俺が魔王の部下に魔術の施された短刀で刺されて突き落とされてから、ということか。

 そういえばあの後、突き落とされた俺は地面と激突するはずなんだけど、身体はどうなっているのだろう。

 重傷になっていた場合、元の世界に戻っても何もできないのだけど。


「そう、そう! 君を応援する僕は、それを伝えたくてここに来たんだよ! 実は君はね……魔王の部下に落下死する前に助けられ、彼女の用意した部屋の中で昏睡状態なんだ!」


 ……敵陣の中にいる状態のどこが朗報なのかを教えて欲しい。


「まあ聞いておくれ。彼女の部屋の中といっても、君は監禁されてるわけじゃない。もし彼女の目的である、君を魔王に変える作戦が上手くいったとき、目を醒ました魔王が魔法や鎖で拘束されていたらとても失礼だと、彼女は考えたんだろう。君はあくまでベッドで仰向けに寝かされているだけだよ。足かせの一つもなく、とても丁重にね」


 それを聞いて少しは安堵する。

 身体中に管を通され、魔法の術式を全身に彫られて手足の自由も奪われてたらどうしようとは思っていた。

 折角脱出したのに、またすぐ魔法を掛けられては意味がないからな。


「まあ、魔法を通すために、短刀は依然として君の腹に刺さっているけれどね」


 聞き捨てならない言葉があったが、とりあえずは彼の話を聞き続けよう。


「だから、現実の世界から目を醒ますより前に君は今の状況を理解してほしいんだ。そうすれば、目を醒まして部下と接触する数分間、下手に慌てることなく必要なことを行える。部下に見つかっても、冷静であれば誤魔化しができるかもしれない。分かるかい? 君はその時間を利用して、現実の世界で魔王の部下の手から逃れなきゃいけないんだよ」


 寝起きから中々忙しくなるな。

 でも仮に上手く部屋から出たとして、そもそもその部屋がどこにあるのか教えてくれないと、どこに向かって逃げればいいかも分からないぞ。


「ごめんね、それは僕にも分からない。けれど王都のどこかにいることは確かだよ。それも君が偽の王都で駆け回ったうちの、その範囲のどこかだね。だから君が脱出さえできれば、仲間がきっと助けにきてくれるはずだ」


 自信満々に、彼は言う。


「何しろ君の仲間は僕の誇る、勇者パーティーだもの!」


 これは、まいったな。

 本当なら裏切り者として憎むべき相手なのに、なぜだか彼を疎ましくは思えない。

 それもそうか。例えかつては敵であっても、誰よりも長く勇者たちを側でみてきたのが狩人なのだ。

 だからこそ彼は、勇者という言葉を口にするたびに、誇らしげに笑うのだろう。


「……そろそろ、時間が迫ってるみたいだね。僕は何の力もない亡霊だから、あまり長く君をここには居させられない。けれど、言うべきことは言ったつもりだよ」


「ちょっと残念だな。余裕があれば、狩人とはゆっくりと話し合いたかった」


「そうだね、僕も勇者たちについてもっと……あっ、そうだ」


 狩人は何か思いついた表情を浮かべ、そして気付けば俺の隣にいた。

 そして俺の耳に手を当てる。


「もう一つだけ、君の知るべきことを教えてあげるよ。けれど、本当は君は既に知っていることなんだ」


「何の話だ?」


「君の耳は、魔王の置き土産として、この世界の言語を君の知る言葉へと変換する、いわば翻訳魔法が頭に施されているよね。これはとても便利なんだけど、だからこそ勝手な翻訳のせいで、たまに言葉が誤った意味で君の頭に届いてしまうんだよ。」


「それは知らなかったけど……別に困ったことはないな」


「うん、だから今の一瞬だけ、その機能を解除するね。そうすれば、君は本当の言葉の意味を知ることができる。つまりね……」


 彼は俺の耳を手で覆い、口を当てて囁いた。

 その音の羅列は、二度繰り返された。

 最初は翻訳魔法を通して、そして二度目は魔法を解いて。


「……待て、これって」


 俺が聞き返そうとすると、狩人は俺の背中を強く叩いた。

 振り返れば、かれは随分と遠くに移動していて、手を振っていた。


「頑張ってね! あと勇者によろしく!! ありがとうと伝えてくれれば嬉しいよ!!」


 既に俺の意識は遠のいていく。

 現実世界での覚醒が始まっているのか。

 俺と狩人は最後に目が合う。

 向こうは相変わらず、ずっと微笑んでいた。

 だったら、俺も笑い返さなくちゃいけないな。

 口角は思いっきりあげて、最高の笑みをみせつけた。


 そして俺は……


□□□



 天井に落ちた影。

 つり下がった光を刺すランプ。

 あの偽の世界において星々を覆っていた雲は、もうない。

 カーテンの隙間からは月明かりが入り込む。



 俺は目を覚ました。



ごたごたがありまして、投稿に間が開いてしまいました。

次回も2週間後までに更新したいですが、できなかったら長い目でみて頂きたいです。

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