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58 賢者と安楽サスピション

随分間ができてしまい、申し訳ありません。

そしてなんと、ポイント評価が1000ptを越していました……本当に応援ありがとうございます。

スローペースな更新ですが、これからも宜しくお願いいたします。


 

「どうしてだ……賢者、お前がどうして此処にいる?」


 めまいがする。

 身体の感覚がなくなり、宙に投げ出された気分になる。

 視点は定まらなくなりながら、何とか彼女の姿を確認した。


「不思議なことをいうのね……ここは私の家なのだけれど」


「そうじゃない!! 何故お前が、現実ではなくこの精神世界に居るんだ!!」


 その足下から帽子のてっぺんまでを細かく観察した。

 けれど、そこにはどこにも不自然な点はない。

 しかし賢者は、賢者は現実の世界にいるはずで。

 この世界は魔王の部下により作られた偽の世界なはずだ。

 突然の再会に思考がまとまらない。

 気が動転する余り、バタンと腰が抜けて倒れ込んでしまった。

 そんな俺の頭を彼女はそっと撫でた。


「私の姿を見て、そんなに怯えなくてもいいのに……少し悲しいわ」


 彼女が目を伏せ、余りに切なそうな表情を浮かべるので俺は慌てて取り繕う。


「い、いや、違うんだ!! 俺はさっきまで王都で激戦を繰り広げていたから、急に賢者の顔を見ることになるとは思わなくて。決して怖がってるわけじゃなくて!」


「冗談よ」


 けろりと澄ました顔でそう言うと、彼女は俺の手を引っ張って立ち上がらせた。

 俺はというと、賢者に翻弄されたせいで更に気が抜けてしまった。

 いつもなら賢者のこんなからかいを何度も経験しているのに、緊張していた意識では文句をいう余裕もない。



「貴方の疑問に答えてあげましょう。何故私がここにいるのか? 簡単な話よ……この世界が現実だからだわ」



 □□□



 彼女に連れられて、家の中に入った。

 見慣れた家具とその配置。

 いつも座っている椅子に腰をかけると、賢者が温かい茶を持ってきてくれた。

 彼女は俺と対面する椅子にちょこんと座り、被っていた帽子を外した。

 俺が一杯飲み終えるまで待ってくれているらしい。

 ズズッと茶を飲むと、優しい風味が口に広がり喉を潤す。

 自然と感嘆の息がこぼれ、多少は気持ちが落ち着いた。


「それで……賢者。聞きたいことは山ほどあるんだが、まずお前は今まで何をしていたんだ? 俺と別れたあの夜から、一体何があったのか聞きたい」


 俺たちは王都についた夜、魔王の部下と出会った。

 そして俺を安全地帯である教会に逃すために賢者奴と闘っていた。

 その後、彼女が何をしていたかは知らないが、俺や勇者たちのいた偽の王都に姿はなかった。

 代わりに彼女は王都の外で、俺たちの様子を見張っていた。そして一回だけだが、俺と直接話をすることができた。

 けれど、その会話の中でさえも、彼女は秘密を隠したままだった。

 それは俺に王都を脱出させるための苦肉の策だったと理解しているが、それでも目の前に賢者がいる以上、聞いてみたくはある。


「貴方と別れ、魔王の息子と闘ったあと、あの王都で巨大な魔法が起動したの。それに気付いた私は、王都から一度逃げ出したのよ」


 そして俺の安否を確かめたい気持ちもあったが、既に魔法は発動されてしまい迂闊に王都に近寄ることができなかった。

 この魔法こそ魔王の部下による、俺や勇者たちを閉じ込めていた王都の魔法壁である。

 現実の中で巨大な密室を作り出した部下は、俺たちがかつて閉じ込められていた魔王の部屋と同じ原理で、その密室内の時間を巻き戻していた。

 魔法壁は分厚く、外界との接続を完全に遮断。その魔法の原動力は、魔王の部下が隠して持っていた魔王の魔力である。


「それじゃあ……あの王都は部下の結界内とはいえ、本物の王都だったってことか?」


 彼女は頷いた。

 それは同時に、俺の推理が外れていたことを表した。

 あの世界は本物ではない仮想空間。だからこそ現実では不可能である街の一帯全ての人や物の時間を巻き戻すことができる。

 この考えは間違いで、実際は現実でも可能だったということになる。


(それじゃあ……勇者の演説で人々が奮え立ったとき、何であの世界に異変が起きたんだ? あの空間は人々の精神世界の集合体だったからこそ、みんなの心情の変化が世界にも影響を及ぼしたのではなかったのか)


 そんな考えを持つが、一旦は賢者の話を聞き続けることにした。


 王都が魔法により密室となった後、賢者はすぐさま魔法壁を破壊して俺たちを救出しようとした。

 けれど魔王の部下は手強く、更に彼女は魔法で覆った王都の中に住む住民を人質に取っている。

 仕方なく彼女は王都から撤退。一度王都に戻り、俺と接触を図ったが、そのせいで魔王の部下は一層の防御を施してしまい、彼女はただこうして待つことしかできなかった。


(そんな……じゃあ、魔王の部下を倒すことは賢者でもできなかったってことじゃないか!!)


「何か手はないのか!? 俺と勇者は王都から脱出することができた。けれど、射手や戦士、それに王都の人々はまだ中にいるんだろ? 彼等は勇者が、きっとあの箱庭を破壊してくれると信じて闘い続けているんだ!! 早く助けにいかないと!!」


 俺は早口でまくしたて、賢者の意思を動かそうとした。

 けれど彼女は椅子に座ったまま、静かに溜め息をつくだけだ。


「……どうやって、助けるのかしら?」


「どうって……ともかく、この家でずっと待機しているだけちゃ、何も解決しないだろ? 何か手がかりを探しに行くとか」


「王都の状態についてなら、既に王国中に知れ渡っているわ。そして全土から応援も向かってきているの。優秀な魔術士も勢揃いして、王都奪還の作戦を練っていることでしょう。多少時間はかかるかもだけれど、彼等に任せた方が確実かしら」


「その応援はいつやってくるんだ? 王都の人々は、今この時点で限界を迎えるかもしれないんだ。彼等が折れてしまえば、その絶望を反映して、あの偽の王都は更に強固な結界を張ってしまう!!」


 そう、俺たちは王都を精神世界だと仮定することで、ここまで進んできた。

 もし仮に賢者の言うことが正しくて、あの王都は実際に時間を巻き戻しているとしよう。

 その場合、魔王の部下は思いのままに時空間を支配しうるという、無敵の存在である。

 しかし元々俺たちが仮定していた推論ならば、人々の強い意思こそ魔王の部下の弱点となる。


「万が一、俺の推論の一割でも正しければ、王都の民が希望を持って耐えている今しかチャンスがないんだ!! この機を逃してしまえば、彼等はより強固な結界の中で、再び全てを忘れた状態に戻ってしまう。賢者、その王国の応援は、何時かけつけるんだ!?」


「そうね……あと一週間はかかるわ」



 絶句した。

 グラリと視界が揺れた。

 俺の焦る気持ちを、賢者はさらりと振り払ってしまった。

 これ以上俺と議論する気はないのだと、窓の外を見つめる目線が語っていた。

 何も言えない俺は身体の力が抜けてしまい、椅子の背にもたれかかった。

 俺の熱意が賢者に何も伝わっていない。

 いや、それで良いのかもしれない。賢者のいう論理の方が俺の浅知恵より確かで、彼女の言うとおりに動けば、これまでも、これからも最善の方法を採れるのならば。

 焦って気が動転している俺が正しい判断を行えていないのであれば、従うべきは彼女の言葉だろう。


(そうだ……人々を今すぐに助けなくてはいけないのは、あくまで俺の勝手な仮説から導いた話じゃないか)


 それに、本当に危険な状態だとしたら、賢者はここまで落ち着いていられるわけがない。

 彼女の言うとおり、優秀な応援を待って救出すれば成功率は格段に上がるだろう。

 だったら俺も大人しく、彼女の言うように頭を冷やして、それから物事を考えるべきなんじゃないか。


 そう思ったとき、どっと身体に疲労感がやってきた。

 同時に目蓋がやけに重くなり、意識が遠のきそうになる。


「あら、眠そう……お茶の効果が効いてきたのかしら。大丈夫、安心して眠りにつきなさい。心配することは、もう何もないの」


 優しい声が耳を通り、脳をとろけさせる。

 彼女の手が俺の髪をそっと撫で、俺はそのまま目を閉じたい衝動にかられる。


(けれど、本当にいいのか……?)


 最早、意識は幽かに残る疑問だけにすがっている。

 このまま眠ってはいけないはずだという、胸の奥底で鳴る警鐘だけが俺の気を保っている。


(一体……一体俺は、何が不安なんだ?)


 王都から脱出できた。

 賢者とも再会し、こうして家に帰ることもできた。

 そしてしばらく待てば、魔王の部下の作戦も討ち果たし、王都の人々は救われる。

 俺がすべきことなど、もう何もないのではないか?



(……そういえば、()()()()()()()やり残したことがある)



 俺は目が完全に閉じきる前に、身体をピクリと動かす。

 そしてふらつきながらも椅子から立ち、一度深呼吸した。

 そんな俺を傍らで賢者は不思議そうに見つめていた。


「……どうしたの?」


「いや、まだ俺がやり残していることがあるだろう? 賢者も覚えているよな?」


 それは、全ての事件が始まる前に、俺と彼女で始めたこと。

 俺は喜び、彼女はほほえみ、互いに交わした賭けであり約束だ。

 王都から帰った今、俺は彼女とその約束を果たさなくてはならない。

 だが、賢者はまだピンと来ていないようだ。


「私の覚えていること……?」


「おいおい、忘れないでくれよ。いや、絶対忘れるはずないだろ? だってこの賭けは賢者が自分で……」



 ……待てよ。



 もし、俺の仮説が正しいなら。

 もし、賢者が思い違いをしているなら。

 もし、この世界がまだ、()()()()()()()()()()()()



「……なあ、賢者。本当に覚えていないのか? 俺とお前が約束したことを」


「ええ、何かしたかしら。でも、今は()()()()()重要ではないでしょう? 貴方の疲労をとることのほうが重要だわ」



 俺は、確信した。

 悪夢はまだ終わっていない。

 魔王の部下の罠から抜け出せてはいない。

 そして。



 そして、これが最後の闘いだということを。





台風の被害に遭われた読者様には、お悔やみ申し上げます。

この小説が少しでも気を紛らわすことに役に立てれば、幸いです。

次話更新は2週間後の日曜までの予定です。

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