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57 勇者と目前アルカディア

一日過ぎてしまい申し訳ありません。

読者の方々は台風の影響は台上でしたでしょうか。

作者は停電もありまして書きかけのデータが消えてしょげていました。

朝方ですが投稿します。

 

 白い。


 白い空間。


 車が一度大きく振動するまで、俺は自分が現実にいることすら忘れていた。



「王都を……抜けられたのか?」



 俺は目を瞑り、再び開けた。

 音はしない。何もない。真っ白な空間のみが広がっている。

 先ほどまで降り注いでいた砲撃の嵐も、響き続いていた建物の崩壊音も、一切が聞こえなくなった。

 俺たちを乗せた車は、何もない白い空間をただ真っ直ぐに進んでいく。


「これは………」


 この景色を、俺は知っている。

 あるときは偽の王都で見知らぬ建物に入り込んだとき。

 あるときは賢者の力で自分の精神に潜っていったとき。

 精神は自分たちの形によって成り立っている。

 何も見えないけれど、目的の場所は意識する限り存在する。

 現に、この何もないと思っていた空間にも、薄らと一本の線が浮き出ている。

 丁度この車が通れる分だけの幅で、表面が砂利で覆われたような幽かな小道。

 それを頼りに、ハンドルを握り続けた。


「おお……何だか分からんが、これは不思議な光景だなッ!!! 俺たちは無事に王都から抜け出せたわけだッ!!」


 横で固まっていた勇者も、ようやく我に返った。

 だが、俺たちはまた息をのむこととなる。

 空白だったはずの世界は徐々に色を帯びる。

 地面には雑草が茂り、空との間に木が生え、気付けば雲が漂い始めていた。

 俺たちの車は変哲のない荒野を走っていたのだ。


「これは……」


 本当なら、魔王の部下が贋作を作ったのは王都だけ。

 だからこそ、その王都の外に出た時点で彼女の支配から抜け出せたことになる。

 しかし、今この瞬間に現実のような風景が作られ、俺たちはこの精神世界から脱出できていない。

 とすれば……。

 そう考え込んだとき、再び空から声がした。


「フフフ……ウフフフ、ウフフフフフフフフッ!!」


 とても愉快そうにあざ笑う少女。

 やはり、魔王の部下が手を打ってきたか。


「フフフ、とても面白い芝居をなさるのですね。私も先が気になりまして、ついついついつい愚考する貴方たちに見とれてしまいました。お陰で王都を脱出させてしまうとは……この気持ちが遺憾の意というものでしょうか?」


 彼女の皮肉をまともに聞く必要はない。

 確かに俺たちは王都から出たが、彼女の支配からは出られなかった。

 しかし、この道の向こうには賢者の家があり、そこに辿り着くことこそが当初からの目的だ。

 俺たちの闘いはまだ途中なのだ。

 そう俺は思っていたが、勇者は空からの声に苛立ったのか、声を荒げて反発した。

 防御のためにかざしていた聖剣は、砲撃がなくなったために鞘に収めていた。


「おい、さっきから御託を並べてうるさいぞ!! 貴様が何を言おうが、俺たちは闘い続けるだけだッ!! 黙ってそこから俺たちの闘いを眺めておけ!!」


「ええと、貴方は確か……ああ、ごめんなさい。確か王都で引き籠もっていた軟弱物だったのは覚えているのですが、一体何という名前の雑兵でしたでしょうか?」


「何だとおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 なぜ、煽り文句に弱いのに自ら突っ込んでいくのか。

 けれど、勇者の言うとおりだ。

 彼女は先ほどから俺たちを挑発してくるばかりで、俺たちに直接的な危害を加えてこない。王都で放ったような砲撃も、空間をねじ曲げるようなこともしてこない。

 あくまで、この賢者の家へと続く道に現実の風景を載せただけだ。


(……もしかすると、魔王の部下は俺たちに手が出せない?)


 この王都から家までのこの殺風景な風景は、この世界だと俺しか知らない。

 賢者の家に来訪した魔王の部下も、結局は空間跳躍ワープによってきたのだから、間の道のりを知っているはずがない。

 つまり俺の意思が強く反映された精神空間だともいえる。

 ならば、魔王の部下は下手にこの空間を操れず、俺たちの心をどうにかして折ろうとしきているのだとしたら。


「落ち着け、勇者。魔王の部下は罵倒こそすれど、もう俺たちの邪魔をすることはできない。王都を出た時点で、彼女はもう俺たちを妨害する手段はないんだ」


「そうなのか? フハハハ、つまり今聞こえる声は虚勢に過ぎず、奴は何もできないということか!!」


「ええ、残念ながら。特にそこの引きこもり単細胞は小さすぎて見ることも叶いませんわ」


「何だとおおおッ!!」


 だから挑発に乗るな。

 俺は勇者に狭い乗車席で暴れないよう注意した。

 魔王の部下も、あまり会話に意味がないと悟ったのか、ついに口を閉ざした。


「ですが……本当に何もできないわけでは、ないんですよ?」


 最期に不穏な言葉を残して。

 俺が疑問を覚えたとき、いち早く勇者が異変に気付いた。


「これは………気をつけろ!! 狩人の様子が変だ!!!」


 彼の隣で縛られ気絶していた狩人が、うめき声を上げ始めたのだ。

 ウゥゥッと苦しげに、しかし段々と彼の眉間に皺が入っている。


(嘘だろ、まさか!!!!)


 勇者たちによって、意識は奪っていた。

 なんならこの場で目を醒ましたとしても、勇者が彼を抑えられるはずだった。

 だが今の狩人の様子は異常だ。

 筋肉は膨張し、青筋は浮き出て脈打ち、何より身体から禍々しい魔力があふれ出てきている。


 こんなことができるのは、魔王の部下以外にいない。

 彼女が狩人と協力関係を結び、彼に空間跳躍の魔法を授けたことは目星がついていた。

 ならば、そのとき彼の中に自爆スイッチに似た魔法を組み込んでいてもおかしくはない。

 むしろ最終的に魔王を殺そうとする狩人は障害となるのだから、その対策として組み込まれていて当然だろう。


「このままでは、またあの夜のように暴走状態に入るぞ!!! 流石の俺も、この狭い室内では抑えきれない!!」


 勇者の焦りが此方にも伝わり、ハンドルを握る手が震えてきた。

 ここらで狩人を置いていくべきだろう。

 この車に必要なのは運転手と魔力の供給者の二人。

 燃費が随分と悪いので魔力供給者となれるのは、俺か狩人のみ。

 そして今は俺しか運転できなかったために、狩人を供給者にしていた。

 しかし王都を抜け出してまっすぐに進むだけの道ならば、即興でも勇者に運転を任せるべきだろう。


「勇者!! 狩人を床の魔法陣から離せ!! そうすれば車の速度を緩まるから、そのうちに狩人を地上へ降ろしてくれ!! それから俺とお前の二人で運転する!!」


「了解だ……すまない狩人!! 現実に戻ったら、今度こそ決着をつけよう!!」


 勇者は狩人の肩と腰に手を入れて抱きかかえ、タイミングを見計らう。

 そして手で回転を加えながら、鎖で簀巻きとなった狩人を放り投げた。

 狩人はごろごろと地面を転がりながら、はるか後方へと置いて行かれる。

 次は席替えだ。魔力の供給源が消えた今、車内を上手く移動して、俺と勇者の一を入れ替えなくては。

 だが、そんな思考は地面を揺らすほどの咆哮にかき消された。



「グアアアアァァァァッッッッ!!!!!!!!」




 後方より轟く獣の叫び。

 俺たちは席を交代しつつ、振り返ってその正体を見た。

 鮮血よりも紅色に染まった双眸。

 異様な筋肉の盛り上がりで、人体からかけ離れた異形。

 彼を縛っていたはずの鎖は破片となって周囲に飛び散っていた。

 そんな化け物になり果てた狩人が、車めがけて走ってくる。


「まさか追いついてくるのか!?」


 今は席を交代したばかりで全速力ではないものの、少なくとも時速40km程度はあるはずだ。

 だが、奴は肥大化した脚で地面を強く蹴りつけ砂塵を舞わせながら、猛牛のごとく俺たちに迫ってきている。

 急いで速度を上げれば狩人を振り切れるか?

 いや、魔王の魔力を組み込まれた人間は、俺たちの常識が通じない。

 肉体のリミッターが外れた者は、想像を上回る身体能力を持っている。

 それに車体も全速力を保ち続けられるほど丈夫ではなかったはずだ。


(どうする? ここで魔王の部下が暴走するのは予想外だ)


 俺たちの当初立てていた計画では、狩人が暴走しないことを第一に考えていた。

 理性を失い、周囲に魔力をばらまき狂気を伝染させる怪物はとても厄介だからだ。

 だからこそ、狩人が暴走する条件である心理状態を避けて、その衝動を抑え込んだ。

 けれど魔王の部下により強制的に開放させられたのなれば、話は別だ。防ぎようがない。

 もし単なる猛獣と戦うだけなら勇者に分があるものの、あの状態の狩人と下手に接触すれば魔王の狂気で満ちた魔力に再び汚染されてしまう。

 下手に手を出すようなら、ただ逃げるだけのほうがましだ、

 いっそのこと車を方向転換し、狩人と正面衝突でもすれば多少は勝ち目があるかもしれないが……どうすれば?



「……安心しろ。そのために俺がいるのだからな」



 そう言うと勇者は、ハンドルから手を離した。

 自分の額に冷や汗が沸いたのを感じる。

 まさか、狩人と一対一で闘おうというのか。


「そんな無茶するな! あの狩人は勇者でも苦戦するんだろう? それに、この車は運転手と魔力供給者の二人がいないと動かせない!!」


「いいや、この道は真っ直ぐだ。細かい運転が必要ないのだから、お前一人でも十分前へ進める。それに狩人が追いついてきてしまったら、元も子もないというわけだ」


 一理あるかもしれない。

 けれどそれは、周囲に誰も何もないこの荒野に、勇者を置き去りにするということだ。

 もしここで勇者が倒れてしまった場合、誰も助けられない。

 それに作戦に失敗して時間が巻き戻された場合、本来の対象範囲である王都から出てしまった彼もまた生き返れるのか分からない。

 かなり危険な賭けであるのだ。

 俺がそう説明しようとして、勇者の方を向いた。

 しかし、彼の瞳の奥には炎が宿り、すでに腹は決まってしまっていた。


「心配するな!! 俺には聖剣もあるし、何なら狩人を倒せる自信だってある。俺が何回この世界で奴と闘ってきたと思っている? いや、正確な数は、時間が巻き戻ったせいで知らないが」


「……本当に、良いのか?」


「任せろ。俺が民衆になんと呼ばれているのか、知らないわけではないだろうッ!!!」


 ああ、だったらもう彼を信じるほかに道はない。

 その覚悟を持った以上、悔しいことに誰にも彼の進撃を抑えられない。

 だったら、俺はその活躍を応援するのみだ。

 自分の気持ちをぐっと留めて、俺は彼の肩を叩いた。


「頼んだぞ………勇者!!!」


「おう、頼まれたッ!!」


 彼は車から勢いよく飛び出し、クルリと身体を捻って地面との衝撃を和らげた。

 俺は背後を振り返らない。

 助手席に座り直し、片方で足下の魔法陣に触れ、もう片足を運転席の下に向けて少しでも舵が取れるようハンドルに手を添える。

 車は再び速度を早め、荒野をただひた走った。

 背後から一つ甲高い音が聞こえる。

 聖剣の刃と狩人の拳がぶつかり合う音だ。

 それは何度も鳴り響き、やがて遠ざかっていった。


「……」


 目的地までもう少し。


「……」


 先へ進み続けなくては。

 仲間を、信じ続けなくては。


 やがて地平線の奥に、小さな影が現れてくる。

 見慣れた形の屋根。広い庭。周囲の木々。

 ついに俺は、賢者の家へと辿り着いたのだ。

 これで全てを終えられる……そう思っていた。



『ですが……本当に何もできないわけでは、ないんですよ?』



 耳に残った部下の言葉。

 あと少しで勝利だというのに、やけに胸をざわつかせる。

 彼女に何もできるはずがない。

 では、あの言葉の意味は何だ?

 狩人の暴走を引き起こすという意味であれば、既にその作戦は失敗した。

 俺はこうやって一人でも、この場所に着けてしまったのだから。



(いや、まさか…………()()()()()()()ことが目的だった?)



 相変わらず不穏にガタゴトと揺れ続ける車体。

 それ以外は風もなく、さえずる鳥もない静かな空。

 のどかな雰囲気ではない。何もない空虚な世界だ。

 俺は魔法陣から足をどかして、減速を始めた。


「……誰かがいる?」



 ………そして家の前に近づいたとき、()()は立っていた。

つばの長い三角帽子。小さな身体を覆い隠すローブ。

 そして虹色の髪の下にある幼げな顔が、俺に向かって微笑んだ。




「おかえりなさい………そういえばいいのかしら」




 その少女の姿は、まごうことなき賢者であった。



次回は来週の日曜日ごろに投稿します。

もしかすると今日の深夜に更新できるかもしれないので、頑張ってみます。

できてなかったら、またかと笑って失望して欲しいです。

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