56 戦士と熱狂シーユー
また期間が空いてしまい、申し訳ありません。
似ています。
認めたくはないですけれど、とても似ています。
運命だと諦めれば楽なのに。
受け入れれば、それで終われるのに。
それでも絶対に諦めない。運命という言葉を受け入れない。
無謀な賭けでも勝機を信じて飛び込む様は、人によっては狂気と捉えるでしょう。
実際、この王都から脱出しようとする彼をみて、そう思っています。
この一流の魔術士である私が創り上げたのですから、勇者たちはもちろん、当然魔術の知識もない凡人に脱出はできません。
けれど同時に、私は彼に「もしかすると」と思わされています。
ありえない。
そんなことができるはずない。
けれど、一度浮かんでしまった可能性がどうしても拭いきれない。
それはかつての、全てを手に入れようとした魔王様の側で見た、誰にも辿り着けないと思っていたはずの景色のようで。
絶対に無理だと思う冒険にも、この方ならできるかもと希望を見いだせたあの日々のようで。
「あぁ……やはり、彼は魔王様と深く関わっていますね。嫉妬してしまいます」
しかし、私の目的は彼に魔王様へと近づいて貰うことではないのです。
欲しいのは彼の魔力と魂だけ。精神は早く絶望により腐り果てて貰わないといけません。
「ですから、えぇ……貴方は最期まで足掻いて、全てが無駄になり、何もできなくなるまで追い詰められてくださいね」
□□□
俺と勇者の乗る車は、大通りを走り抜ける。
二人の横には、エンジンのエネルギー源として拘束された狩人。まだ意識を失っている。
依然として、上空からは魔王の部下により砲撃を受けており、いくら勇者が防御を施しているとはいえ、その魔法攻撃の雨をかいくぐって進むのは多少の恐怖があった。
何しろ車体は遊園地のゴーカート並みに陳腐な見た目であるし、俺の運転技術はその遊園地仕込みでしかない。
視線の先では街の建物は殆どが原型を留めず、道路の横に瓦礫が積み重なっていた。
昔みた空襲を受けた大都会の写真と今の風景が重なる。
もう、後戻りができないほどに王都は壊滅した。復興に何年かかるだろう。
これが現実でないと自分に言い聞かせることで、冷静を保つ。
あとは魔王の部下が、俺を狙って砲撃しないことを信じるしかなかった。
「あ、あー……あー…」
突然、空から王都全体に響く大音量で少女の声がした。
車の舵を取っていた手が思わず硬くなる。
「えーとッ、王都の皆様!! ご機嫌いかがでしょうか? 本日は天気もあまり宜しくはないみたいですね。街が次々に壊滅しているみたいです」
この丁寧で薄気味悪いしゃべり方は、まさか。
今まで偽者の王都に一度も姿をみせていないはずの、魔王の部下だ。
魔王と同じくツノを生やし、軍服姿で俺を追い詰めてきた黒幕。
今までその影すらみせなかったはずなのに、どうして突然こんなことを。
「残酷な光景は貴方がたの目に焼き付いて今生離れることはないですよね。目の前で仲間が消滅する様を見た折には、眠れぬ夜を何日過ごすか数えてみるのも一興かもしれません。フフフッ、とても心が躍りませんか?」
ふざけるな、と声を荒げてはみたいが生憎と車の運転から意識を離すわけにはいかない。
眉間にしわを寄せながら、前方に意識を集中させる。
乗車席で窮屈に座っていた勇者は、魔王の部下の声に驚き、そして俺をみた。
だが勇者が質問をする間もなく、彼女の放送は続けられる。
「フフッ、ですが大丈夫!! 愚鈍な王都の皆様にも慈悲深い私は救いの手を差し伸べましょう!! 私はそこの射手とかいう小娘の魔力が切れるまで、延々と攻撃し続けて全員を消滅させてあげます。私の魔力切れはご心配なく!あと街を一週間攻撃し続けても、爪の先ほどの量しか減りませんから」
この放送は、まずい。
今、教会に逃げ込んだ人々は、射手を含めた勇者パーティーがこの事件を解決してくれると信じている。
更には、勇者の激励で生み出された人々の中の希望は、この偽の王都を破壊する。
しかし魔王の部下はいま、再び彼等に絶望を植え付けている。
立ち向かおうと思っていたはずの気力を、悪魔のささやきで丁寧にたたき折ろうとしているのだ。
魔王の部下は言葉を続け、彼女は未だ圧倒的な力を持つことを示し、勇者パーティーは頼りないと誇張する。
これでは今一度、この王都が完全に彼女の支配下に戻されてしまう。
(しかも不味いのは、今は俺と一緒に王都の外へ向かっていることだ)
魔王の部下の言葉で不安を覚えた人々は、再び勇者の激励で安心を得ようとするはず。
だがその頼れる希望が側にいないため、自分が死ぬかもしれないという可能性を拭いきれない。
死というのは、頭の隅にかすかにこびりついただけで心を真っ黒に染めてしまう。
ましてやこの魔王の部下が生み出した世界の構造を知らない人々にしてみれば、自分の知る王都の大半が一瞬で破壊され、今も理解不能なまま殺されかかっているのだ。
彼等の心を奮い立たせる象徴がいなくては、段々と絶望に蝕まれることだろう。
俺は一度勇者を教会へ送り返すべきか悩み、車の速度を弱めた。
今ならまだ間に合う。人々の希望を保たなくては。
「……安心しろ」
そんな俺の方を勇者は叩いた。
運転に集中して横を見る余裕もない俺にも、勇者の力強い声は聞き取れた。
「確かにこの空から聞こえる女の声は、恐ろしい話をしている。だからこそ、人々に闘う意思を持たせ続けられる者がいなくてはならない」
「だったら!!」
「だがお前は一つ誤解をしている。確かに俺は勇者として人々に一度演説を行った。しかし、それは俺にしかできないことではない。教会には射手もいる」
確かに射手は、教会の聖女として絶大な人気を集めている。
その彼女が上手く人々を説得できたとしたら、街の人は希望を諦めないでいれるかもしれない。
けれど彼女は今、防御魔法を張るので手一杯でもある。
戦士もやるべきことがあると立ち去ってしまった今、本当に上手く人々の心を掴むような励ましができるのだろうか。
「いいか、今まで人々が頼りにしてきたのは俺ではない。勇者パーティーだ。この災害が起きたとき、多くの民衆が射手の教会を真っ先に頼った。憲兵は戦士を慕い、その指示に従ってくれた。勇者だけでなく、勇者パーティーの一人一人が希望を生み出せる存在なのだッ!!」
……ああ、そうだった。
この偽の王都で何度も俺が死に戻りを繰り返し、そして何度も彼等の手を頼ってきたではないか。そんな俺が、その仲間を信じなくてどうする。
射手もまた教会の聖女として、勇者パーティーの一員として、その役割を果たしてきた立派な人物だ。
パニックに陥る人々を、彼女ならきっとなだめ励ますことができる。
「分かった……俺は、射手を信じる」
緩めたブレーキを踏み直し、車は外壁の方へと突き進む。
もし人々が絶望に負けてしまっていれば、王都の魔法は蘇り、俺たちは外壁に辿り着くことができない。
だがもし、射手が説得に成功していれば、まだ脱出のチャンスは残されているはずだ。
「頼むぞ、射手」
そう思ったとき、目の前に見えていた空間の裂け目から、白い光が大きく輝いた。
更に頭上から、魔王の部下の叫ぶ声が聞こえてきた。
「そんなッ……ふざけないでッ!!!!!」
□□□
「……これは」
魔王の部下の叫びを聞きつけ、心配になって教会に戻ってきましたが……一体なにがあったのでしょうか。
不安に怯える人々がいるはずと思っていましたが、なぜ涙目の射手とこれ以上なく熱狂した人々がいるのでしょう。
僕と勇者が人々に見せた芝居並みの、もしかするとそれ以上の歓声があがっています。
一同に口をそろえて勇者と射手を応援し、魔王の部下の声などかき消されています。
理由もわからないので、近くの一人を捕まえて尋ねてみましょう。
「おお、戦士様!! 戻られましたか!!」
「……この騒ぎは一体何なのですか?」
「ええ、それがですね! 聖女様がなんと、愛の告白をなされたのです!!」
……思考停止。
……思考整理。
……思考放棄。
その後で一通り話を聞いてから、ようやく理解しました。
つまり、射手は魔王の部下の声が聞こえ、怯えた人々を何とか励まそうとした。
しかし勇者はどこで何をしているのか、敵を倒す方法はあるのか、本当に自分たちは助かるのかなどと質問攻めに合い、彼女自身も言葉に詰まってしまった。
自分だって訳の分からない状況の中で、皆が口々に不安をいう。
挙げ句には、勇者の奮闘を疑い出すものまで現れてしまった。
そこで感情が爆発してしまったのでしょう。
「あーもう、黙りなさい!!! アナタたち、もっと勇者を信じなさいよ!! カレがどんだけ凄い奴だと思ってるの!?」
そう口火を切ると、射手は如何に勇者が空前絶後の優れた英雄であるかを、武勇伝を何十個もあげつらいつつ、とめどもなく話し続けたと。
特に後半は完全に自分が勇者にときめいた場面やら惚気が増え、最終的に
「ワタシは勇者がこーんなに大好きよ!! 愛してる!!だから、カレを信じなさい!!絶対に成し遂げてくれる!! というか、次にワタシの前で侮辱したら許さないわよ!!」
などと熱に浮かされて言ってしまったものですから、人々は公開告白を前に沸き立ってしまったと。
なるほど、王国で最も人気の聖女が勇者との恋愛を赤裸々に打ち明けたともなれば、ついついはやし立てたくのも無理はない。
魔王の部下の脅しから気がそれると共に、彼女を応援したくなってしまう。
それでこの大熱狂ですか。狙ってやったとすれば凄いのですが、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている射手を見る限り、違うのでしょう。
(……今は話しかけない方がよさそうだ)
では、僕は自分のなすべきことをしなくては。
その盛り上がった場から離れ、勇者たちが車に乗って向かった方角を眺める。
確か……その車は賢者が作っていたといっていましたか。
自分の中に存在しない人物ですが、それは魔王の部下のせい。
かつて魔王であった彼が言うには、僕に偽者の記憶が植え付けられているとか。
少し悲しいですが、彼と共に旅した記憶も、そんな事実はなかったと。
「つまり魔王の部下は記憶改ざんが可能だと……だとすれば、僕たちの知る狩人の最期もまた……」
いや、今はそんな可能性を考えない。
先ほどから射手の演説によってか、外壁に纏わり付いていた紫の光が剥がされて、代わりに白い光が溢れだしています。
恐らくはあれが、この偽の王都を抜け出す通路。
しかし確か……門までの道のりの間には脱出を妨げる魔法が施されている。
だからこそ魔王の部下は、そこを突破できるはずがないと油断しているはずです。
そして勇者たちは、そこに乾坤一擲の勝負を仕掛けた。
(……ですが、やるなら確実に。部下の不意をつき、修復される間も与えない)
今自分の立つ位置から、目標地点の距離を計る。
建物が大方崩壊したおかげで視界は広いですが、少し距離感が掴みにくくもある。
ですが、メガネに魔力を通して拡大魔法を使えば、大通りを走っていく物体がみえます。
なるほど、あれが賢者の車ですか。
更に魔力で視覚強化をすれば、薄い魔法の膜が二重に張られているのも確認できます。
あれが王都から人を出さないための魔法壁ですね。
世界が崩れかけてる影響で亀裂が見えますが、もう一押しが欲しいところ。
だったら……と、速度、距離全てを考慮して槍を構えます。
一瞬一撃。それならば勝機はある。
さて、久し振りですが上手くいくと良いですね。
軽く助走をつけながら十歩。
槍を軽く振り回し、勢いをつける。
「……燃え出づる聖火よ。厄災を貫け、破邪聖線」
八歩、九歩、十歩目。
身体を反らし、左足を後ろに引く。そして右手を前につきだし、左手で槍を大きく構える。
槍は先端から炎を吹き出し、全体が黄色く輝き始める。
「………フッ!!」
ビュンッと風を切る音と共に、槍は上手く放たれた。
火は爆炎となり後方に吹き出される。砲撃の合間を縫いながら加速。
跡には一条の白煙。音は既に置いていかれた。
これなら、魔王の部下が気付いたとしても間に合わない。
周囲の瓦礫は衝撃で舞い上がり、槍の通り過ぎた跡が残る。
目標地点まであと三秒。
勇者たちの車が、魔法の壁と衝突する。二秒。
少しタイミングが遅い? いいえ。 一秒。
槍は最期の瞬間に真っ赤に輝いたかと思うと、ギュルンと回転して光速に至る。
技の貫通した二重の魔法壁はポッカリと大きな穴を開け、そして木っ端微塵に砕け散る。
すぐに周囲から魔王の部下の魔力が集まり、壁を繋ごうとするが、もう遅い。
車は魔法の裂け目を通り抜け、そして姿を消す。
無事に王都の向こう側へ抜けたのでしょう。
「……恐らくは、成功ですか」
メガネの弦をなぞり、僕は微笑んだ。
では、そろそろ教会に戻って射手の助力するとしましょうか。
話によれば、あの車は王都から賢者の家までを一日と経たずに走り抜けるそう。
射手と僕の保護魔法も、丁度その時間を稼ぐぐらいなら耐え切れそうです。
それ以上は保たないとも言えますが。
勇者らが目的を果たせるよう、精々持ちこたえてみよう。
僕は壁の向こうへ声を投げかけて、教会の方へ振り向く。
きっと彼等なら成功すると信じて。
自分の記憶が偽者でも、時間が戻って消えていたとしても。
魔王であった彼とは、随分と距離が近づいている気がします。
だから自然と、その言葉が口に出ていました。
「……いってらっしゃい」
既に次話は8割できているので、来週日曜にはきちんと投稿できると思います。
あと大規模な台風が上陸するらしいですね。関東の方はお気を付け下さい。




