51 勇者の弁舌ヒーローショー
どんどんと遅れてしまいまい、申し訳ありません。
騒ぎの中心は大通りの先にある広場。
右往左往と逃げ惑うだけだったはずの民衆は、いつのまにか大半がその方向へ足を向けていた。
再び頭上から砲撃が降り注ぐ可能性もあるはずなのだが、危険を冒してでも見に行くべきものがあるらしい。
混沌の中で飛び交うそんな証左もない幾つもの噂を聞いていると、何時の間にか人の流れに乗って広場へと向かっていた。
何故か? その方向へ向かった人間が、誰も戻って来ないからだ。
どうやら考えることは誰しも同じで、目的地に近づくほどに混雑は増していった。
一体今ここに、どれだけの人数が集まっているのだろう。千や二千では少なすぎる。
この近辺の区域に住む住人殆どが集まったと言っても過言ではない。
その中央部から、時折歓声が上がった。
僅かながら、金属の擦れ合うような甲高い音も聞こえて来た。
ここからでは遠くて何も見えない…そう思ったときだ。
その中心から黒い影が飛び出し、空を舞って、近くの建物の屋上へ着地した。
更にもう一つの影が飛んだかと思うと、向かいの建物へ降り立った。
そこで誰しもが、人混みを挟んで目にする。
心を砕いたはずの勇者が、再び剣をとる姿を。
そしてその相手は……姿こそ自分に似たボロボロの羽織と被り物で顔を隠してはいるが、間違いなく戦士だ。
彼は慣れた武器である槍を持たず、錆びのついた安物の剣を構えた。
そして勇者が戦士の建物へと飛び移り、大きく剣を振るう。
そのたびに戦士は大きく下がり、広場の建物を飛び回る。
「バカな……」
混乱と疑問。だがそれ以上に驚愕が心を揺らし、思考は放棄された。
残るは溢れ出す感情のみ。
「バカな……バカなバカなバカな、バカなッッ!!!」
この光景は確かなのか。
何度も疑い、現実と確信し、それでも否定し、一抹の嘘であるという可能性に縋り付く。
仕方ないだろう!? これが現実と認められるものか!!
なぜココに勇者がいる!? 確かに、アイツの精神に深く傷を付けたはずなのに!!
なぜ、なぜなのだ!? なぜ!! なぜッ!!! なぜ、なぜ……
◻︎◻︎◻︎
恐らく狩人は広場へと向かい、勇者の姿を見てそう自問自答しているはずだ。
しばらく現実を受けとめ切れないまま放心していて欲しい。
一方、民衆にとって大事なのは戦士の扮する襲撃者だ。
人々は勇者が鬱になって引き籠もっていた事実を知らないため、王都の危機に彼が立ち上がるのは当然とみる。
だが、その相手は一体何者なのかとその様子から考える。
浮浪者のような粗末な衣装。
地面から屋根まで軽々と跳躍した身体能力。
更には勇者との戦闘を続けられる無尽蔵の体力。
それは夜中に何度も憲兵から逃走してみせたという、魔王の息子の噂を連想させる。
実際に魔王の息子をハッキリと見たことのない者には、この騒動の中で現れた正体不明の奴がその襲撃者に違いないと思うだろう。
そして、魔王の息子という名は襲撃者自身が口にしたという話だ。
だから戦士が今この場で高らかに宣言した。
「フハハハ、我こそは魔王の息子なり!! 今こそこの王都を絶望と狂気で満たし、我が父の宿望を果たすのだ!!」
拡声器なしでも、その台詞は喧騒の広場で反響し、人々は思わず静まり返った。
対して勇者は剣先を戦士に向け、芝居掛かってはいるが、やはり全員の耳に入る大声で戦士扮する襲撃者へ問いただす。
「魔王の息子を名乗る者よ!! 罪なき人々の街を破壊し、夜には見境いなく老若男女に襲いかかる。何故そのような卑劣な真似をしたッ!、貴様の目的が魔王の復讐ならば、その矛先は俺のみに向けよッ!!」
そう、これは一種のショーである。
俺たちはまず、贋作世界にほころびを作るため、街を破壊した。
それは直接的にも、また人々の精神を揺さぶることで間接的にも、今も頭上の空に残るようなヒビを入れられた。
だが、それでこの世界が崩壊して脱出に成功できたとしても、負の感情は人々に強く残り続けるような後遺症が出るかもしれない。
何よりその所業は魔王のやること。勇者パーティーのやることではない。
俺たちに必要なのは、正の感情なのだ。
「答えよ、魔王の息子!! 貴様がただの悪党ではないというならば、その口で証明して見せよ!!」
「フハハ……知れたことよ。王都の愚民を絶望で満たす、それが我が魔法の発動条件!! 人々の恐怖が我が原動力へと変換され、貴様を倒せるほどに我を強化するのだ!!」
その言葉に、人々はどよめく。
勇者たちが何を言うかについては勇者たちに一任したが、上手く観客をのせられたみたいだ。
俺はというと、その混んだ広場から外れた場所にいるのでキチンと中央に様子を見れたわけではないが。
しかし、最初は広場のみだった二人の戦闘と会話も、彼らが意識的にあちこちの建物を飛び回りながら戦うことで、外れにいる人もその姿を間近で見ることができる。
また、ヒートアップした民衆が自分も戦おうなどとして混迷しないよう、事前に憲兵たちへ道の脇などに立って押さえてくれるよう頼み混んでいる。
人々は文字通り観客として、その戦闘を眺め、そして戦士の語った言葉を信じた。
「まさか俺たちが怯えてるせいで、魔王の息子は強くなっていたとは……だったら、俺たちはどうすればいい?」
「信用するな、そんなの敵の言うことだ!! 恐怖を魔力に変えるだなんて、できっこない!!」
「でも、もし本当だとしら……俺たちのせいで、勇者様は魔王の息子に勝てなくなってるんじゃ……」
「馬鹿!そうやって不安を口にすること自体が、敵の思うツボだぞ! 勇者様を信じるんだ!」
意見は飛び交い、恐怖が増す者や一層勇者へ手を合わせる者など、場は混迷を極めた。
人々の精神で作られた空を見ると、うねりは一層不規則に湧いてきている。
最初の砲撃。二手目に勇者と戦士の芝居。ここまでは出来るだけ多くの人を俺たちの計画に巻き込むためのものだ。そして今、殆どの民衆は一度恐怖を味わい、この芝居に釘付けとなっている。
だから、ようやく三手目が打てる。
グルリと街を一周するように戦闘を行なっていた勇者たちは、再び広場へと帰ってきた。
そしてバルコニーのある貴族の館……俺がかつて魔王の部下に短剣で刺された建物の屋根へ登る。ここら一帯から見上げることのできる、有数の高さの家だ。
遠くにいる俺でも、その姿を見ることができる。
顔を隠した戦士はその屋根から眼下の民衆を眺め、よく響く高笑いをしてみせた。
「あー、コホン……フハハハ!! 勇者よ、この愚民の有様を見てみろ!! 我々の戦闘をただ眺め怯えるばかりの、愚図な人間共だ!! このまま絶望という牢獄に囚われ、我が力の糧を生み出せ!! 礼として、我は彼らにお前の死に様を看取らせてやろう!」
「ふざけたことを抜かせッ!! 彼らはただ怯え苦しむ民ではない!! 正義の勝利を信じ、今日この瞬間も、お前が倒されることを願っている!! だからこそ、俺は彼らの意志により、ここに立つことができるのだ!!」
勇者の振るった剣を避け、戦士は一旦背の低い建物へ飛び移る。
それを見て、勇者は屋根の中央に立つと、剣を天へと掲げ見栄を張った。
「聴け、王都の民よ!! 俺はお前たちの剣であり、力無き者の代わりに立ち上がる勇者だ!! だが、この力は俺だけのものではない。王国の民が生み出した勇気の証だ!! 人々よ、奮い立て!! 恐ることはない!! お前たちが真に願うなら、俺は必ず正義を成す!!」
声は力強く街中に響き、路地裏でさえも轟き、それでいて隣で背中を叩いてくるような親しみがある。
人々は思い出す。彼が何者なのかを。
それは魔王を倒した者でも、武勇を挙げた者でも、王国で凱旋をする者でもない。
自分たちに寄り添い、正義は此処にあるのだと示す存在。
「この王都は言わば密室だ!! 魔王の息子が言う通り、恐怖に侵され、涙は絶えず、
不安で夜も眠れないだろう!! だが、だからこそ聞かせてくれ!! 俺に示してくれ!、 お前たちは何を望む!? 何を俺に求める!?」
勇者は剣を下ろしは四方を見渡し、人々の顔を眺める。
そして最後に問いかけた。
「この王都は真の王都に非ず!! 魔王の息子による絶望で包まれたこの街に、人々の幸せはない!! 子供の笑い声はない!! 俺はこれより、この王都を包む絶望を破壊する!! 王国の民よ!! 今一度、力を貸して欲しい!! 俺に正義を教えて欲しい!! この魔王の息子により作られた、光なき偽物の王都からお前たちを連れ出してみせよう!! だからそのために……俺に声援を!!! 俺に気力を貸し与えてくれ!!」
そして、勇者が再び剣を掲げた。
その瞬間のことは、言うまでもない。
世界を張り裂かんばかりの王都の民の熱狂で、街は光り輝いた。
歓声は高らかに。雄叫びはどこまでも。
全員の心が勇者へと向けられ、その願いは一つとなる。
この贋作世界が人々の精神で出来ているのなら、これ以上ない変化が起こる。
負から正への心情の反転。かつ、最も大きな揺らぎを生むための勇者の言葉。
「偽物の王都から脱出する」
その概念が人々へ刷り込まれたとき、天頂に大きく穴が空いた。
その隙間から見えたのは、魔王の部下による紫煙のような光ではない。
暖かく力強く輝く太陽のような、白き薄明であった。
そろそろ終わりも見えてきました。
次回も2週間を目安に、遅れそうであれば活動報告にて宜しくお願いします。
8月6日 追記
すいません………随分と遅れましたが、今日の20時頃に投稿予定です。




