47 射手の告解サルバドール
ちょっと予定日を過ぎてしまいました。これで何度目の謝罪でしょう。申し訳ありません。
「ごめんなさい……」
俺の説明が一通り終わったあと、射手は言った。
ここは射手の務める教会。
愛の女神を奉る王国有数の重要な場所として、広い庭園と豪華な装飾の内装が施されている。
ここで射手は、平時には女神に認められた聖女として日々祈りを捧げているのだ。
しかし邪悪なる魔王との戦いにおいては、彼女は女神の授けた武器を手にし、千里先も貫く射手として勇敢に戦った。
敬虔な聖女としての面と、伝説的な武勇を持つ射手としての面。
今や国内では一、二を争う人気の乙女として知れ渡り、求婚も後を絶たないらしい。
そんな射手は、今静かに首を振った。
聖女の身につける豪華なローブに、ぎゅっと握って皺を作る。
「ごめんなさい……でもワタシは参加できない。一緒にいても足手まといになるだけよ」
勇者は驚いて声を上げた。
「そんなことはない!! お前の力は十分に役立つ。今までずっと一緒に闘って来たじゃないか」
「でも、まだ聖女として教会の仕事が残っているし……弓の腕だって、最近は働き詰めで落ちちゃったし……」
「今は緊急事態だ、そんなことを言っている暇はない。俺たちには、お前の力が必要なんだ!!」
「その力が、今のワタシにはないのよ!! 女神より授かった聖弓を、既に教会へ返してしまったの。それに、アナタたちが言ったんじゃない!! 今のワタシは……狩人を倒す力すらなかったって!! 例え瞬間移動ができる相手でも、昔のワタシなら絶対に射貫くことができたのに!!」
確かに俺は、今までのいきさつを全員に話した。
俺が王都に来てから、どのようにして魔王の息子と渡り合ったのかも。
だが、勇者も言ったように、重要なのはそこではない。
仮に聖弓が使えなかったとしても、何の魔法も使えない俺が戦いに望めるように、彼女もまた立ち上がれるはずなのだ。
けれど意地となって断っているのは、どうしてだろうか。
(……ああ、そうか。まだ、現実を受け入れられてないのか)
今の射手は、俺が死んだループの記憶を持たない。
熱い想いで引き籠もっていた勇者を説得し、立ち上がらせたことも覚えていない。
故に、例え今ここに勇者が元の熱血漢として復活していても、受け入れきれていない。
射手の時間は、勇者が魔王の息子に敗れて絶望してしまい、彼女の声に耳を貸さないで引き籠もってしまったときのままなのだ。
自分が必死に助けようとしても心を閉ざしたままだった勇者。
それが突然現れて射手の助けを求めてきたとしても、彼女は受け止めきれない。
本当に自分の力が必要なのかどうか、分からない。
いや、必要なのは分かっているはずだ。だが、気持ちが追いつかない。
勇者への混乱と不安が射手の中を渦巻いている。
(じゃあ、どう説得するべきなのか……この作戦は迷いを持たれては実行が難しい。上っ面だけ無理やり納得させたところで、意味はない)
射手は手で顔を覆い隠し、下を向いてしまった。
その指の隙間から、彼女の嗚咽が漏れて聞こえる。
自分の気持ちをどうすれば良いか分からないのだろう。
横の戦士は席を外して、部屋の隅で壁に寄りかかる。
彼もまた俺の話を納得しきれていないのか、口元に手を当てて考え込んでしまった。
やはり、説得の仕方を間違えてしまったか。
俺が困り果てていると、勇者が立ち上がり、射手の前に立った。
射手は気配を察したようにピクンと肩を揺らすも、下を向いたままだ。
二人の間に沈黙が流れる。
勇者は何もしない。
そして、時間が過ぎていく。
不思議に思い、射手は涙で潤んだ瞳から手をはずす。
そして、きょとんとした顔で勇者を見た。
「……射手」
勇者の口が開いた。
射手は彼をじっと見つめたまま、次の言葉を待つ。
「俺はな」
一体何を言い足すのか。
俺も息を呑んでその場を見守る。
「お前が居てくれないと、困るッッ!!」
「……え?」
余りに単純で、不器用な言葉。
裏があるのかと疑ってしまうほど、安直な台詞。
それが勇者の導いた、彼なりの答えだった。
「俺は今まで、仲間と協力して闘ってきた。その中には常に、お前が存在した。知っての通り、俺は性格が単純で極端な男だ。闘うときは誰よりも全力で突き進む自信はあるが、心が傷つけば誰よりも塞ぎ込む自負がある。だからお前がいないで闘うとなれば、俺は不安で仕方なくなる!! 側で俺の間違いを正してくれる射手がいなければ、俺は何処を向けば良いかすら分からなくなる!!」
勇者は一度、魔王の息子と出会ったことで挫折した。
その彼の憂鬱を、戦いへの迷いを立ってくれたのは、全力で勇者を想い泣いてくれた射手だった。
それを覚えている勇者だからこそ、今度は自分が彼女を奮い立たせる番だと思っているのだろう。
「射手、今度こそ俺はハッキリ言おう!! 俺は……」
勇者は座った射手の両肩を掴み、顔を近づけ、互いの目を平行に合わせた。
爛々と熱意の燃えたぎった瞳が、涙で潤んだ瞳に映り込む。
「俺は、お前に助けて欲しい」
「……」
射手は暫くの間、呆然としていた。
口は開いたまま、勇者のことをずっと見続けていた。
やがて
「……勇者」
「おう、何だ!!」
「顔が近いの、これじゃあ立ち上がれないじゃない」
「お、おっと。すまない」
勇者は慌てて横にどく。
射手は目元を手で拭い、ゆっくりと立ち上がった。
そして俺たちが見守る中、胸に手を当てて大きく息を吐き出した。
「はぁ~~~……何なのかしらね」
「何がだ?」
「アナタとワタシよ」
首を傾げる勇者に、射手は微笑んだ。
「あんなに心配したのに、閉じこもったままで。かと思えば知らないうちに元気になって、ワタシの手を借りようとする。身勝手だとは思わない?」
痛いところを突かれ、勇者は苦しげな表情になる。
「でも、良いわよ。そんなアナタに何度も付き合わされたのだもの、今更よね。頼られるのは嬉しかったし……ゴニョゴニョ、だし」
最後の言葉は聞き取れなかったが、耳まで真っ赤になったのを見れば大体想像がつく。
鈍感な勇者はなんと言ったのか尋ね、射手にツンデレで返される。元の二人の関係だ。
戦士は脇でその光景を眺め、優しい目つきでそれを眺めていた。
良かった……どうやらこれで、全員の協力はとりつけそうだ。
「でも、本当にたいしたことはできないわよ? 魔王との戦いで見せた力は、殆ど女神の加護と授かった装備があったからで、今のワタシの実力は精々あのときの三割ぐらい。頑張ってもそれ以上は……」
「なら、再び女神の加護と装備を授かれば解決だな!! まずは聖弓を再び貸してくれるよう、俺が今から交渉して来よう!!」
「ちょっと何処に行くのよ! あれは教会が所有する重要品だから、ちゃんとした手順を踏まないと……」
「いや、その必要はないみたいですよ」
戦士の言葉に一同は振り向き、彼の目線を追って天井を見上げる。
そこには目映く暖かな光が人ほどの大きさで、ゆっくりと部屋の中央に落下してきていた。
よく見れば、光はいくつかの形を作っている。例えば弧状のあれは……射手の聖弓?
こっちの円筒形は矢筒、あっちは武具に見える。
俺たちが困惑していると、真っ先に射手が驚き声を上げた。
「ええ!? なんで女神様の神具がここにあるのよ!?」
「どういうことだ!? 戦士、お前は笑っているが何か知っているのか!!」
「そうですね……まあ、分かると言えば分かりますが」
俺も最初は驚いたが、そういえばここが教会だということを思い出して理解した。
そうか……勇者の聖剣の能力がこの偽りの世界でも働くのなら、同じく強大な力である女神の加護が発動してもおかしくはない。
では、何故今になって聖弓が射手の元に出現したのか。
ポイントは、この教会が何を祀っているのか。射手が何の神に祈りを捧げていたのか。
そして勇者と射手の関係が、今この瞬間に一歩深まったことだ。
「なるほど、愛の女神、か……」
もしかしたら、魔王討伐の際に射手が女神の武具を与えられたのも、女神が射手の愛を応援し、勇者の側に居られるよう力添えするためだったからかもしれない。
射手の信仰は熱心だし、その愛は誰が見たって純粋だ。
愛を司る女神にとっては、十分に加護の対象となるだろう。
「勇者と射手には言わないほうが良いでしょう。特に射手に伝えた場合、顔を真っ赤にしながら半殺しにされます」
俺と戦士は目線で通じあった。
勇者たち二人はゆっくりと落ちてくる武具に注意を奪われたままだ。
ともかく、これで本当に準備は整った。
あとは細かい調整を重ねつつ、計画を進めるだけだ。
(愛の女神か……)
そういえば、俺は一度死んでから蘇るとき、必ずこの教会の庭で目を醒ます。
また、俺がこの世界が偽物と気付く最大の証拠となったのは、庭園内に置かれた自動車だ。
もしかすると、俺にも何か女神の加護が働いているのでは、などと思ってしまう。
(どうだろうな……)
そんなことは、熟考すべきことじゃないだろう。
今大切なことはただ一つ。偽の王都脱出の計画を練ることだ。
俺は3人に改めて声をかけ、より綿密に作戦を作り上げていく。
射手の想いを、二度と彼女から忘れさせないために。
もう一度、賢者の手を掴むために。
次回の投稿予定も1週間以内です。
※3/10追記
すいません…もう少しお待ち下さい。




