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46 部下の箱庭ハルシネーション

絶対に間に合うと自信を持っていましたが、悔しくもダメでした。申し訳ありません。

今回は5000字ほどと長めとなっております。

 

 ああ、永遠に救いはない。


 あの方がいない世界に、どうして光はあるのでしょうか。

 ここは、無間の夜の国。凍えてしまった指先は、何に触れても熱を覚えない。

 私の胸はずっと絶望を抱いている。本能が死を望んでいる。

 こんな苦しいだけの世界など、生きる必要はないのだと。


 それでも、それでも私は進むの。

 生への執着なんてない。ただあの方の瞳を再び見たいだけ。

 こんな世界に居ることに吐き気を覚える。吸い込む空気すらとめてしまいたい。

 それでも、それでも………この胸の痛みが有る限り、世界が大嫌いと思える限り。

 私が彼のことをまだ想っていられるという証拠だから。絶対に前へ進み続けられるの。


「それでも………まだ貴方には及びませんよね」


 身を焦がすような焦燥感。

 それが私を包んでいるとしたら、あの方は一体どれほどの煉獄で焼かれ続けていたのだろう。

 私の彼にかける一筋の想いすら、彼の持つ激情の前では儚くみえてしまう。

 全てが欲しい。何もかもが欲しい。

 子供のようにわがままで、純粋で、強欲すぎたその願望。

 けれどそれを本当に叶えてしまおうとする姿は、私の瞳に何よりも輝いてみえたのだ。


「もう一度、もう一度ですよ。魔王様……貴方に夢を、もう一度追いかけさせてあげたいのです」


 そのためなら………誰を何を犠牲にしても。

 後悔はない。だって私の全ては、もう彼に捧げてしまったのだから。

 あの方の向かう方向に、永遠に歩いて行こうと決めたのだから。

 罪も悪も背負い込んで、私はの顔を眺めた。



「だから……貴方も居なくなってしまいなさい」



 □□□



「まず言っておくと、俺たちは夢の中にいる」



 俺は仲間たちの反応を確認する。

 日の差し込む教会の一室で、向かい側の長椅子に腰掛けた射手、戦士、勇者。

 話を遮ろうとする気配はないので、俺は説明を続けた。


「集団幻覚の魔法、っていう言葉が近いけれど、俺たちは魔法で作られた偽の王都に、精神だけが飛ばされているんだ。全員が魔法で同じ夢を見させられているんだ」


 もしこの世界にVRゲームと電脳世界の概念があれば話は早かっただろう。

 俺たちは魔王の部下により、幻覚の魔法という名前のヘッドギアを被せられてしまった。

 そんなことに気付かない俺たちは、そのゴーグルから見える映像を通して、仮想の世界で作られた偽の王都を本物と錯覚しているのだ。

 勿論、魔法をかけられたのは一人だけではない。この王都の区画にいる数百人が、同じ仮想空間を共有させられ、この王都に連れてこられてしまった。


「これで時間が巻き戻っても、王都の外と内側で時間の矛盾の問題は解決する。魔王の引き起こした死に戻りより規模が大きいのも、仮想的な空間であるなら可能だ」


 とは言うものの、俺は既に一度、似たような空間を経験している。

 自分の中に潜む魔王と対峙したときの、自身の精神世界だ。

 賢者の魔法によって眠りに落ち、俺はそこで魔王の心象風景をみた。暴走した自身の強欲と闘った。その精神空間と、この世界が同じ構造をしているとすればどうだろう。

 この王都の区画には数百人の人が存在する。また無数の魔法陣だってある。

 魔王の部下が、一人一人の精神空間を結びつけ、魔法陣により補強と調整を行い、全員が一つの「王都」という想像を行ったとすれば、一つの現実に限りなく近づく。

 何百人ものイメージが重なり、そこを真の現実だと思い込んだとすれば、世界は最も人々の信じる「王都」へと変化していく。

 それは魔王の部下ですら誤魔化しの効かない、真実に近い光景となる。

 だから、例え賢者がこの世界から排除されても、彼女の車や絵画は存在してしまった。

 反対に、空き家や住人が出て行ってしまった家は、内部の構造を知る人が家主以外にいない以上、誰も内部の様子を知ることはできない。つまり、人々の精神を借りたとしても、現実のものは再現不可能となる。

 俺がいくつかの家に侵入したときに亜空間に落ちたような違和感を覚えたのも、そのためだ。あの感覚の原因は、本来再現していなかった室内を無理やり作り出したためだ。

 勇者の家や射手の教会、先ほど行った人気の菓子屋では違和感が沸かなかった。これも逆説的に、その内部は既に住人や客がいたからと取ることができる。


「その人々の想像を繋ぐための魔法が、この銀食器に仕込まれていたんだが……まず、順を追って話そう」



 「魔王の部下。彼女はまず、魔王アイツの復活を王都で行おうとした」


 何故、王都なのか?

 それは今此処が魔王再誕に最もふさわしい場所であるからだろう。


 元々、王都は国中で最も繁栄した場所だ。

 そこで魔王が復活すれば、辺境や田舎と比べて、その情報は王国内外を問わず一気に広まる。

 中には詐欺師や狂信者が魔王を騙っていると疑う者もいるだろう。

 だが、王都には魔王の息子を名乗る者が出没している。加えて魔王の首も保管されている。

 そんな魔王に関する物事が集中した場所で起きたのならば、魔王復活は信憑性の高いものとなる。

 更にその首を紛失させてしまえば、王国は魔王討伐の唯一の証拠を示せなくなる。

 誰もが魔王復活を信じるしかないだろう。


 「そこで、彼女は亜空間を生み出し、本物の王都と同じ街並みを作り出した」


 王都の住人と魔王の復活に必要な関係者を集め、その街に閉じ込めようとした。

 内部の人間は世界が入れ替わったことに違和感を覚えない。

 だが彼女の魔法で生み出した箱庭なら、彼女はその中を自由に操ることができる。

 時間の巻き戻しから空間跳躍、俺を何度でも殺すことすらもだ。

 そして自らの手中の中で儀式を済ませようとした。


 まず、魔法陣により偽の王都を整備、管理する。

 だからこそ、街で空間跳躍や時間の巻き戻しが行われるとき、必ず魔法陣が光っていた。

 ただし、王都全てを作るには時間的にも技術的にも困難なはずだ。

 そこで、四方を閉ざし、王都の一部のみを生み出すに留まった。


 「次に、彼女は住民を用意した」


 元々、この王都の区画は魔王の息子が暴れたせいで、住人は一時的に減っている。

 普段より道を行き交う人が少なくとも、誰も不思議がらない。

 用意すべき人数は数百人といったところだろう。

 ただしこの区画に住む重要人、加えて魔王の最大の邪魔者となるはずの勇者パーティーのメンバーだけは必ず呼び寄せなくてはならない。

 

 「でも、住人数百人はどうやって用意するか。そこで利用されたのが、あのフルーツタルトが有名となった菓子屋だ」


 魔王の部下は銀食器に魔法を刻印し、触れた者、それでケーキを食べた者に、この異空間へ来るよう魔法を仕掛けた。


 その店で使われる食器に魔法を植え込むことで、ケーキを食べた人間を偽物の街に引き込んだ。

 人々は魔王の噂に疲弊しきっている。

 多くの店が一時閉店し、勇者が引き籠もったせいで魔王討伐パレードが中止となっている。

 そんなときに、お菓子の甘い匂いのお陰で魔王の息子が逃げていくという噂が流布された。

 不安に駆られると同時に娯楽に飢えた住民たちは、大繁盛の菓子店に押し寄せた。


「勇者と射手も、このケーキ屋を一緒に訪れていたんだろう? だから、狩人とも魔王の部下とも対峙していない射手までもが、この偽りの王都にやって来た」


 また、街を警備する憲兵も、魔王の息子の協力により引き込んだ。

 奴もまた武器として、魔王の部下が私用していた短刀を使っていた。

 恐らく魔王の部下が短刀に魔法を刻印し、貸し与えたのだろう。

 奴は夜の王都に出没し、数多くの憲兵と対峙した。

 その全てを殺さず、短刀から魔法を注入すれば、偽物の街に大量の憲兵を送り込むこととなる。


 しかし、そんな無差別的な方法で人を偽の王都に送り込んでしまうと、やはり齟齬が生まれるはずだ。

 本来だったらこの区画にいる予定のない者や、逆に今日一緒にいるはずの友人や同僚が存在しない可能性もあるのだから。


 「だから、恐らく街の住人は記憶と認識を操作された」

 

 誰も街の四方が通行禁止であると認識できないようにされた。

 また、俺が家に侵入したときに覚えた異空間の感覚を、他の誰も認識していないという。

 更に勇者と射手、そして戦士が賢者の記憶を持っていないというのが、決定打だ。

 本来、そんな催眠をかけても一日もすれば気付かれるだろう。

 しかし、昼から夜の半日を繰り返し誰も出入りできない王都では、恐らく大勢が魔法にかかったことに気付かない。

 聖剣の加護で魔法に耐性のある勇者ですら、自宅に置かれた絵を見ても賢者を思い出せないのだ。

 多くの住人は違和感を持っても、すり込まれた認識のまま生活し、同じ時間を繰り返すのだろう。

 部下が自身で作り出した亜空間だからこそできる、大規模な催眠である。


 さて、完璧ともいえる部下の大魔法だが、ここで問題が起こる。

 魔王を探して辺境に辿り着き、俺を王都へ誘ったときに彼女は気付いた。

 

 「賢者という高度な技術を持つ魔術士が、俺の側にいたことだ」


 折角作り上げた箱庭に、わざわざ内側から食い破る力を持つネズミは放たない。

 魔王の部下は、賢者をこの偽りの世界に呼ばなかった。彼女を内側に招く危険性よりは、現実世界で対峙した方が計画の邪魔にならないと踏んだのだろう。

 しかし彼女をなくては、まだこの世界に馴染んでいないはずの俺が一人で王都まで旅したことになってしまう。


 「そこで、その役割を戦士が担っていると記憶操作した。これが俺と、勇者たちの間で大きく認識がずれた原因だ」


 元々、戦士も魔王討伐した勇者パーティーの一人だから、やはり魔王の部下は彼も偽りの王都に送り込もうと考えていたのだろう。

 彼は元の世界で、元勇者パーティーのメンバーの元を訪ね回っていた。

 ならば、彼が訪れる予定の家を事前に調べるのは容易い。そこに空間転移の魔法陣を仕掛けておけば、罠に標的が近づくのを待つだけで良い。


(ただ……何故、俺だけは賢者の記憶を消されなかったか。 これはもしかすると……)


 俺の記憶も、一度消されていたのかもしれない。

 けれどそれを………あのとき、誰かが解いた?

 でもまあ、確信も証拠もない以上、勇者たちに言うべきではないか。

 

「そうして、この偽りの王都は完成した。魔王を討伐した勇者パーティー、魔王を殺そうとする狩人、そして魔王に縁深い俺が集められた。そして俺は、彼女に操られるままこの偽の王都で足掻き続ける。しかし、真実を知れば知るほどに、脱出は難しいと判断していく」


 この世界に残されていた幾つもの手がかり。

 それらは、ひょっとするとわざと俺が発見するように置かれていた可能性もある。

 俺にほんの少しの希望を持たせながら、けれど結局は魔王の部下の手中からは逃れ慣れないのだと、自分で気付くことでより深い絶望を生むために。

 その絶望が俺の精神を腐らせ、その抜け殻を魔王の復活に利用するために。


「……以上が、俺の推論だ」


 魔王の部下による大魔法。

 王都の一部を偽りの世界として生み出し、内部の人も空間も時間すらも操るもの。

 その証拠を集め続け、その結論に俺は辿り着く。

 だったら、俺は何をすべきか。

 俺は………


 □□□


 足掻きなさい。苦しみなさい。偽者め。

 その精神が枯れ果てるまで、恐怖と絶望に陥るべきです。

 ここは、貴方を死ぬまで……いいえ、死んでもなお閉じ込め続ける空間です。

 籠の中のネズミと同じですよ。

 脱出しようと走り回るほどに、それは無意味と知り続ける。

 やがて、つま先から髪の毛一本まで、絶望に染まる。

 気力はなくなり、意志は弱まり、動けなくなっていく。


「だから貴方は、絶望することしかできないのです」



 □□□


「だから、俺は諦めない。そして一つだけ、脱出の糸の口が思い浮かんだ」


 俺の想像通りなら、それは随分と危険な賭けに思える。

 しかしここに揃った仲間たち、そして外の世界にいる賢者の力を借りれば成功できるだろう。



「……死に戻り、ですか」


「……まさか、またアナタが巻き込まれるとは想ってなかったけど」


「ああ、実際に体験した俺でさえ、最初は理解できなかったからなッ!!」


 戦士と射手は考え込む。

 そして勇者はうんうんと頷く。ちょっと得意げなのは、なんなのだろうか。


 今回のループで、二人はさっき初めて俺と再会した。

 しかし、俺が引き籠もっているはずの勇者をと共に突然現れ、しかも死に戻りだの偽物の王都だのと語り始めたのだ。困惑するのも当然である。

 それでも勇者が元の快活さを取り戻していること、俺と話を共有していること。

 何より、教会の庭園にありながら、誰の記憶にも存在しない自動車。

 そして街中に仕掛けられた魔法陣を見てもらうことで、俺の話を信用して貰えた。

 とはいえ、彼等もまだ完全には理解できていないだろう。

 夜までの時間は限られているものの、きちんと説明し、理解して貰わなくては作戦が実行できない。


「質問があれば言ってくれ。これから話す作戦は、絶対に俺の話を理解してくれないと了解してくれないと思う。少しの疑問でも持ってしまうと、躊躇してしまうから」


「そういえば、まだその……王都脱出の作戦とやらを聞いてませんでしたね。一体何を企んでいるのです?」


「そうだな。作戦自体は簡単なんだけど……」


 密室から脱出するには、方法は2つ。

 中から開けてか、外から開けて貰うか。

 俺たちはその両方、つまり内側から壁を壊すと共に、外にも協力の合図を送る。

 そして密室の管理者が2つ同時に起こった問題に混乱している隙をついて、この王都の世界を終わらせるのだ。

 ただし、陳腐な方法では、魔王の部下は難なく対処してしまい、前回の夜と同じく時間を巻き戻してしまうだろう。

 だから彼女の処理を増やし、かつ想像できなかったような方法を用いなくてはならない。

 更には外側の世界にいる賢者にも絶対気付いてもらえるよう、合図は盛大である必要がある。

 前回同様に街の魔法陣1つを壊したぐらいでは、既に手を予測していた敵により、失敗する可能性があるだろう。


 ならば、やるべきことは決まる。




「これから……勇者たちには、この王都全てを破壊してほしい」





次回は、作者の中では日曜に、遅くとも1週間後に投稿と思っています。

既に自信はボロボロですが、頑張って間に合うようにしていきます。

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