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45 勇者と解析アナロジー

私用と風邪が重なった結果、随分と更新の時間が空いてしまいました。申し訳ありません。

文量としては、何時もの2倍ほどなっています。

 

「フルーツタルトを一つ、お願いします」


 好天の昼過ぎに、俺と勇者は喫茶店を訪れ、奥の席に座り込む。

 魔王の息子の噂で人影の減った通りに比べ、店は大盛況の満員状態だ。

 室内はパイや果物の甘い匂いで充満し、襲撃者への恐怖をほんの少しだけ忘れさせる。

 暫くすると、俺たちの席に人気商品であるフルーツタルトが届けられた。

 注文をした俺の前へ金属の食器が横に並べられる。


「知っているか、勇者。この王都に撒かれた、魔王の息子は甘い香りが苦手という噂。この店が大盛況なのも、この甘いタルトのせいなんだとか」


 そう言ってから、俺はフォークとナイフを手に取る。


「これが、俺の推理の証拠だ」


「……」


 絶句する勇者を前に、手早く一人前のタルトを切り分け、どんどんと頬張っていく。

 数分も経てずに完食し終えると、俺は勇者を引き連れて店を出た。



「分かってくれたか? だから、俺たちはすぐに仲間を集結させるなきゃいけない。この世界を、終わらせるために」



 □□□



 世界の時間が巻き戻り、俺は協会の庭に倒れていた。

 そして勇者の家を訪れると、彼は入口の扉を開いて待っていた。

 お互いに相手の意図が分かっていたようだ。

 玄関を上がり、テーブルを挟んで椅子に座ると、先に勇者が口を開いた。


「すまなかったな……お前を、またこうして事件に巻き込んでしまった」


「え、ああ、いや、これは別に勇者のせいじゃないだろ? だったら謝る必要はないさ」


「いいや、俺の責任だ。俺が狩人を倒せず、その結果が、魔王の息子による一連の事件だ。しかも、お前を守ることができず、こうやって再び時間が巻き戻ってしまった!! すまない!! すまない!!」


 机に頭を打ち付けそうなほど、何度も深く頭を下げて詫びる勇者。

 そんあ態度を見せられては、逆にこちらが申し訳なく思ってしまう。


「も、もう分かったから。今は嘆いたって仕方ないし、前を見据えた計画を練るべきだろ?」


「……ッ!! 俺の罪を許してくれるというのか!! お前は、本当に良い奴だな!!」


 ああ、この勇者の暑苦しいノリは久し振りだな。

 落ち込んでいたときが静か過ぎた反動か、今の勇者のテンションについていくことができない。というか、知性下がっていないか?


「ま、まあ、ともかく。こうやって俺と話し合っているということは、俺と同じく、時間が巻き戻る前の記憶を維持しているということで間違いないな?」


「ああ!! 俺が一度殺されたことも、射手に説得を受けたことも、前回の世界が崩壊する光景までハッキリと覚えている!! 恐らくは、この聖剣の加護によるものだ」


  勇者は脇に携えた聖剣を掲げてみせた。

 その鞘は自分の活躍を自慢するかのようにキラリと光った。


「だが、賢者のことは、つまり俺が言う元の世界については覚えていない、ということだよな」


「ああ……いや、その言葉に聞き覚えはある気がするのだが、思い出そうとすると霧がかかったように曖昧な記憶しかでてこなくてな」


「そうか、其処の絵を見てもか?」


 俺は勇者の家に掛けられていた、彼のパーティーメンバーが描かれている絵に目線を向ける。中央には銀髪の勇者、他に俺の知らない勇者の仲間や、隅には真っ黒に塗られてしまった狩人の姿がある。そして


「この虹色の髪をした魔法使いのことも、覚えてないのか?」


「その娘が、賢者なのか」


 そう言うと、勇者は首を振った。

 俺以外は誰も賢者の存在を覚えていない。

 けれど彼女が存在したという証拠は、確かに散らばっている。

 この絵や教会の庭に停まっている簡易な自動車のように。

 つまり、彼女がこの世界からいなくなったわけではない。彼女に関する記憶が失われただけなのだ。

 しかし単に皆から記憶が抜けただけでは、辻褄の合わない部分も出てきてしまうだろう。

 俺がこの王都に一週間とかからず来れた理由は、賢者の自動車だ。

 しかし賢者がいないのならば、その自動車が存在せず、俺が今こうして王都に居ることもない。


「勇者、俺とお前はこの王都の時間が巻き戻っていることを知っている。けれど俺は、本当に時間が巻き戻っているかに疑問を持った」


 かつて、魔王は白い部屋にて確かに時間を巻き戻して見せた。

 しかしそれは無尽蔵の魔力と最高位の技術を持っていたからであり、その奴にしてみても、狭い密室の中でのみでしか時間を戻せなかった。

 一方の魔王の部下は、王都という広大かつ解放された空間でそれを行っている。

 周囲を不自然に通行できぬようしてはいるものの、それでも魔法の規模は魔王より上である。彼女が魔王を超えた魔法を使っていることになるのだ。


「だから、この死に戻りの魔法には、何か秘密が隠されているはずなんだ」


 そこで、俺は幾つかの疑問点を見つけた。

 例えば、勇者が聖剣の力により記憶を保持していること。

 これは魔王の密室ではみられなかったことだ。そうなると、今回の死に戻りの魔法は、魔王のものと比べて効果が弱いものとなる。

 それに、前回の死に戻りで見た世界が異空間に呑まれる光景。

 あの時みた異空間は、俺がいくつかの家に侵入した際にみたものと一緒だった。

 今、魔王の息子の風評により、王都には空き家や内部に人が引き籠ってしまった家が多くある。

 魔王の魔法では魔法陣が光り輝きはしたものの、あのような光景はみたことがない。


「そこで考え方を変えてみた」


 俺はずっと、自分の死に戻りに使われる魔法は、魔王もその部下も同じものを発動したのだと思っていた。

 けれど、二つが別のものだとすればどうだろう。

 前者を知るから、後者も同じと考えるのだ。

 魔王の魔法が文字通り完全に時間を巻き戻すのに対して、その部下は疑似的にしか時間を巻き戻してないとしたら。


「勇者と共にみた世界の崩壊と亜空間。あれが時間を巻き戻しているんじゃなくて、()()()()()()()光景だとしたら」


「何が言いたい?」


「俺がいくつかの家に侵入したときにみた亜空間。あれはまだ部下の魔法が、家の中を作っていなかったからこそ見えてしまったのだとしたら」


 町中に敷き詰められた魔法陣。空間跳躍ワープの魔法が関係するのと同時に、時間のループに関係しているのは間違いない。では、それが「空間固定」の役割を果たしていたとすればどうだ。


「そして死に戻りの魔法は、魔王の部下が俺に短刀を突き刺したことから始まった」


 賢者と共に迎えた王都での最初の夜。魔王の部下は空間跳躍により現れ、俺を館のテラスまで連れ去った。そこで俺の胸に深々と突き立てられたのは、薔薇の紋章の入った短刀。それが俺の体内の魔力を絞り出し、死に戻りを発動させた。つまり、この死に戻りは俺の魔力によって、言い方を変えれば俺を利用して発動している。


 では、今はどうなんだ?


「確かに短刀を突き刺したことで、死に戻りの魔法は発動できた。けれど、それは最初の一回だけだ。後の時間が巻き戻ったとき、俺の体には刃が刺さっちゃいなかった。そもそも魔王の部下は姿すらみせてない。じゃあどうやって、俺の魔力を吸収しているんだ?」


 俺が死んだ後、部下が死体を回収した? それでは前回の時間の巻き戻しが説明できない。

 しかし、こう考えてしまえば話は早い。


「部下の短刀は、今も俺の胸に挿さっているとしたら……どうだろう?」


「何を言っている!! 見ればわかるだろう、お前の胸には何も刺さってない!!」


 ああ、だからなのだ。

 それこそが、鍵なのだ。


「悪夢のような、けれど不可解な死に戻り。意図的に作り変えられたかのような王都の街。外部の時間との矛盾の処理。俺に触れずに魔力を吸い取る方法。それらを纏めて導ける結論が一つある」


「変に勿体ぶっているが、お前は何を考え出した?」


「それは……」


 口に出すのは不安だ。

 何しろ、死に戻りという現象の前提を覆してしまう結論だからだ。

 しかし、それでもこれが……俺が考え抜いて出したのだ。

 例え間違えだったとしても、言うべきなのだ。

 少しの緊張をほぐすため、一つ深呼吸する。

 そして、自分の言葉をハッキリと声に出す。




「俺たちのいる王都が、本物でないという可能性だ」




 俺たちの立つこの床も、家も、料理も、フルーツタルトも、路地の隅から太陽まで全てが偽り。

 もしかすると、この身体すらも偽りなのかもしれない。

 魔王の部下の意志で操られ、時間が巻き戻り、夜は何度でも繰り返される。

 それが全て、彼女が生み出した箱庭の中での物語だとしたら。


「仮想空間という言葉を知っているか? 説明するのは難しいが……ともかく、この王都は本物に似せて作られた、全く別の空間なんだ」


 さあ、勇者はこれを突拍子もない考えと受け止めるか、真実と捉えるか。

 俺は彼を説得する。それと同時に、自分の考えの正しさを証明していく。

 自分がこの王都で得た証拠、経験、感覚全てを捉えなおす。


「そうだな、キチンと説明する前に、射手と戦士も集めたほうが良い。この考えが正しいとすれば、この事件の攻略には二人の協力が不可欠だ。射手は教会に、うまくいけば戦士も居るかもしれない」


「ちょ、ちょっと待て!! もう少しだけ話を聞かせてくれないか!?」


「ああ、けれどそうだな……実際に証拠を持って行ったほうが勇者にも、二人にも説明しやすいかもしれない……勇者、少し行きたい場所がある。大丈夫、10分も経たずに用件は済むはずだ」


 それで関係者全員を納得させられるはずだ。

 そういって勇者と共に家を出た俺は、道中で自分の推理を語りつつ、一件の店へと向かっていった。


 あのフルーツタルトを売っていた店へと。



 □□□


 タルトを食べ終えた俺は店を出る。

 だが勇者はすぐ外に出ず、勇者は店員の元へと近づき交渉をした。

 ほどなくして了承を得た彼は、手に荷物を握りしめて出てきた。


「これが……鍵だったとは」


「ああ、だからこの店は賑わっていた。いや、賑わうように仕向けられていたんだ。魔王の息子から身を守れるという噂を流してな」


 勇者の手に握りしめられた、二つの輝くナイフとフォーク。

 その銀食器に彫られているのは………薔薇の彫刻。

 俺も勇者も、その模様に心当たりがある。それは魔王の部下が俺を刺した短刀の柄、そして狩人が振り回していたナイフのものと一致していた。花の大きさからトゲの数と数、ツタの巻かれ方まで一緒である。

 聞けば、あの店が食器を新調したのはつい最近。

 一度盗みに入られたため、店に来た商人から安く仕入れたという。


 つまり、少なくともこの王都では、何百人もの人間があの店でケーキを食べ、何十人もの憲兵が狩人のナイフで襲われ、俺は部下にナイフで刺され、その全てに同じ模様が入っていたというわけだ。

 その大量に同じ模様の魔法をばらまくという発想には覚えがある。街中の魔法陣だ。

 同時期に同じ考えを持った人間が同じような行動をしたとすれば、それは同一犯である可能性が高い。

 ただ、それが一体何を意味するのか。

 それを語るのは射手の元へ合流してからだ。



(……これで良いんだよな、賢者)


 僅かな時間で彼女と交わした言葉を、もう一度かみしめた。

 俺は再び彼女の顔を見ることができるのだろうか?

 本当なら、今食べたフルーツタルトだって、彼女と共に食べたかったものだ。

 そう思ってしまうと、あの甘い味も胸に切なく染みてくる。


「……大丈夫」


 俺は絶対にこの事件を、終わらすことができる。

 そう自分に言い聞かせると、俺は勇者と共に教会へと急ぎ走って行った。



次回は、今回の反省も踏まえて、1週間以内に投稿したいと思います。

今度こそ気を引き締めて、やり遂げさせて頂きます。

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