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43 勇者の観測ビッグクランチ

新年おめでとうございます、申し訳ありません。

昨日投稿予定でしたが、文量を増やした分遅れてしまいました。


 

 天頂より広がる、世界の裂け目。


 それに驚き、勇者の家を飛び出したものの、俺はその後の行動に悩む。

 疲弊した憲兵たちに、俺みたいな一般人がひょっこりと現れ話しかけたところで彼等は動く気力も湧かないだろう。

 街はいまだ暗く、灯りなしで出歩けば狩人の残した罠に引っ掛かってしまうだろう。

 戦士と同じように屋根まで跳躍するというわけにはいかない。

 というかそもそも、俺はどこに行けば良い? 

 戦士や狩人の居場所は分からないし、あの天頂に浮かぶ亜空間には近づくこともできない。

 だがこうやって悩んでいる間にも空のヒビは紫色に怪しく光り、バキンと音を立てて更に空を割っていた。

 どうやら天頂の黒い円を中心に、俺たちのいる場所を覆うようなドーム状に広がっているみたいだ。

 俺は周囲を見渡し、疲弊した憲兵たち以外の手がかりを探した。


(何か、何かないのか!?)


 すると一瞬だが、遠くの家の窓から光がチラリと漏れるのが見えた。

 更にはその向かいの、更に手前の家からも光がチカチカと点滅する。

 そういえば狩人の空間跳躍の対策として、憲兵たちを王都中に隠れさせ、こっそりと光で合図を送らせていたのだった。

 その光の合図は、狩人の居場所を包囲網の仲間に伝えるためのものだ。

 俺は此方に順々と近づいてくる合図を見ながら、憲兵の潜んでいる家のうち最も距離の近いものへと走った。


「おーい、そこの憲兵!!」


 憲兵は二階の窓際にいた。

 俺はその真下に立つと、彼に向かって声をかけた。

 しかし、彼は窓を半分あけて顔を外に出した物の、彼は俺を見て眉をひそめた。

 彼は俺が勇者の家から出てくる姿を見ていない。

 素性の知れない俺が突然現れたことを怪しんでいるのだろうか。

 だったら言い方に気をつけて、彼を説得する。


「教えてくれ、憲兵。今の合図はどういう意味だ!?」


「お前、何者だ? 何処から来た? 市民の深夜徘徊は自粛するよう警告したはずだが」


「勇者……様、勇者様からの使いだ!! 先ほど逃走した狩人に関して、戦士様に伝えたいという情報の伝達を仰せつかった!!」


「何だと……?」


「時間がない!! お前もそこで倒れた憲兵たちが見えるだろう!! 早く戦士様の元へ情報を伝えなければ、更なる被害が出てしまう!!」


 ここで「帰れ」などと突っ返されては、俺の足掻く道が閉ざされてしまう。

 相手が考える暇を与えぬよう、こちらは緊迫感を出して説得する。

 この狩人や憲兵たちの同士討ちを見た後の彼が、これ以上の惨劇と言われて冷静さを保てるか否か。


「……了解。合図は戦士様より、4番通り、21番地にて狩人を追撃中とのこと。急報なら、私が合図を送りますが」


「そうか、なら勇者より連絡があったことだけを伝えてほしい。詳細は俺が直接会って説明する!!」


「本気ですか? 確かに走れば5分と掛かりませんが、戦士様は敵と交戦中ですよ。更に、同じ場所に留まっているとも限りません。やはり私が」


「いや、俺が行く!! お前は速く合図を送っておけ!!」


 返答を待つまでもなく、俺は一気に駆けだした。

 道順は、既に知っている。もう何度も、繰り返し走り抜けた場所だ。

 走り抜け、息を吐き、ただひたすら前に進む。

 この先には確か狩人により道を塞ぐための罠があった。

 だが近づいてみると、その鋼線のいくつかは解けていた。戦士の指示だ。

 罠を完全に取り払ってしまうと、狩人にこちらの手が勘付かれてしまう。

 だから主要な道の罠を、わずかに崩しておくことで、敵に気付かれず、しかし非常時には突破できるように隙間を作ってあった。


「くそっ、邪魔だ!!」


 俺は両手で鋼線を絡め取って引っ張り、その隙間を通り抜ける。

 多少手に痛覚が残るが、それが何だと自分を鼓舞する。

 勇者の家に籠もっていたお陰で、体力は万全。気力は……何時だって無限だ。

 はく息の冷たさすら、俺の心を燃え上がらせる。


「ハァ、ハァ……!!」


(どこだ……どこにいる?)


 走ってきた感覚から、もうすぐ目的の場所に辿り着く。

 それは皮肉にも、前回の世界で勇者が倒れていた場所だった。

 正面の空を見ると、一番長く伸びた紫の裂け目が地平線の街並みと重なりかけていた。

 周囲を見渡し、闇夜に睨みを効かせる。

 戦闘の音はどこからも聞こえない。では戦士が既に狩人を倒し終えてしまったのか?


「……光」


 何かが、何かが見えた。

 どこだ。今のはどこだった。

 そして見つける。その輝きを。


「……戦士、そこにいるのか?」


 道の中央に輝く、地面に垂直となった一筋の光。

 その先端は鏡面のように揺れ、刃先が地面を突き刺しているのだと気付く。

 そし人影が一つ。槍を両手で掴んだまま、その場にしゃがみ込んでいた。

 息が詰まる。


「……………戦士?」


 反応はない。

 全く動く様子はない。

 俺は走ってきた速度を抑え、一歩一歩彼に近づいていく。

 コツ………コツ……と俺の足音がする。彼の息づかいは聞こえない。

 俺の影が戦士にかかる。


「一体………何が」


 俺はしゃがみ下を向いた戦士の前に立った。

 それでも彼は動かない。俯いた顔をのぞき込む。

 その目は見開かれ、眉間に険しいシワが寄っている。口は固く閉じられていた。

 そして………そのまま固まっていた。

 戦いの最中で事切れたように、指先すら脈を打たず、ただ石のように固まっている。

 冗談だろうと、そう自分に言い聞かせながら彼の腕を掴んだ。


 無。


 体温が温かいとか筋肉が硬いとか、そんな話ではない。

 何もない……触れた感触すら、ないのだ。

 自分は今、彼の腕に触れているという視覚と触覚がズレを起こしている。


「……う、うわあああ!?」


 触った時間は5秒もない。

 けれど、俺はその感覚が何時間も続いたように思えた。

 そして意識が戻ったとき、俺は手を放してその場に座り込んでしまった。


(何なんだ……?……何なんだ!?)


 目の前にいるそれは、確かに戦士の姿だ。

 だがそれは人形のように動かず、空気よりも感覚がない。

 影はあるのに其処にいない、という表現が正しいのかもしれない。

 腰が抜けてしまったが、ふらふらとしながらも立ち上がり、もう一度彼を見る。

 とりあえず、今目の前に起きていることを理解しようとしなければ。

 そう思って空を見上げたとき、俺は地面にまで繋がった紫の裂け目が、一際大きく輝くのを見た。


 バチンッ


 大きな破裂音と共に、世界が小さく揺れる。

 何があった? そう思って辺りを見ると、前方の街並みが紫色に包まれている。

 いや、あれは……魔法陣が。

 狩人によって張り巡らされていた魔法陣が、全て輝いているのだ。

 闇夜が段々と紫色の光の中へ溶けていく。そして段々と、俺の方に向けて浸食を始めた。

 壁に。通路に。路地裏に。魔法陣が次々と起動し、紫光は洪水のように街を飲込んでくる。

 魔法陣から伸びた光は建物中に広がり、道と共に空間の裂け目に取り込まれて消滅していった。


 俺は……何とか足を動かし、その場から駆け出せた。

 パニックが頂点に達しているのが分かる。

 だというのに思考が静止しなかったのは、俺の心臓が自分を突き動かしたから。

 それでも、目から涙が滲んで流れた。ああ、これは分かる。

 俺は今、どうしようもなく怯えている。


「ハァ、ハァ……ハァッ!!」


 一体これは何が起きているのか。そんな理解は捨てた。

 思考を捨てて、ひたすら走り続ける。


「………!!」


 気付けば、俺の足は湯者の家へと向かっていた。

 幸いにして、紫の光はそこまで及んでいない。

 だが、他の天空の裂け目も地面へとつながり、魔法陣が次々と輝きだしていく。

 俺は通りの角を曲がった。二階の窓が光っている家を見つける。

 まさか今頃になって、俺の出した伝令を送っているのか?

 その窓に近づいたとき、俺はそこに映る憲兵を見る。


「ハァ、ハァ、まさか……彼もかッ!?」


 彼はランタンを外に向け、顔を見開いたまま固まっていた。

 戦士と同じように、まるで一時停止の画面のように。


「何なんだ……何なんだ!!」


 俺は走り続ける.

 こうやって逃げ続けたところで、何か意味はあるのだろうか。

 俺もまた光に呑まれ、他の人のように固まってしまうのではないか。

 そして……俺は歩みを遅くする。


 ……勇者の家だ。


「ハァ、ハァ……ハァ」


 どうやら裂け目は四方に伸び、王都は完全に魔法陣の輝きに捕らわれる。

 その規模はどんどん縮小し、最早周囲は紫光しかみえない。


 溜め息がこぼれる。


 俺はもう、どうすることもできない。

 横を見れば、先ほどの戦いで動けなくなった憲兵たち。

 彼等もまた石のように固まっており、顔に苦悶の表情が張り付いたままだ。

 いや……何かがうごめいている。


「ハァァァァァ………ウゥゥゥゥゥ」


 目の光こそ弱々しくなってはいるが、あれは狩人だ。

 全身に傷を負い、胸や腹の一部が欠けて真っ赤に染まっている。

 こんなところで何をしている……と思ったが、様子をみてわかった。

 彼の身体に向かって、倒れた憲兵たちのもとから魔力が漏れて集まっていく。

 戦士との戦闘のさい、狩人は魔王の魔力を憲兵たちに植え付けることで、戦場に混沌をもたらした。

 その魔力を今再び結集させることで、瀕死の状態から活性化しようとしているのか。

 本能的には正しい行動かもしれないが、最早その肉体はどうやっても助からないと分かるほど傷ついていた。

 そんな弱々しく動いていた狩人は、立ち尽す俺に気付く。


(しまった……気付かれた)


 敵は動くことすらままならぬ瀕死の獣。

 だが、最期に俺一人を殺すことなど容易いと判断したのだろう。

 ニヤリと不気味に笑うと、俺目掛けて飛びかかってきた。

 逃げようにも、既に魔法陣の光は通りの道にまで達している。

 周囲の景色は殆ど消滅し、あるのは虚無の亜空間だけだ。


(ああ……これで終わりか)


 思考は放棄された。

 どうせ狩人から逃げたところで、この魔法陣の包囲から逃げる手段はない。

 この状況を理解する手立てもなく、ただ理不尽なままに死んでしまう。

 もう、それでも良いのかもと思ってしまった。

 足掻こうにもその術がないのなら……もう諦めるべきなのかも、と・




「はあああぁぁぁッッ!!」



 だが、その狩人は視界から消えた。

 銀色の一閃と共に、横の壁目掛けて吹き飛んでいった。

 代わりに、俺の目の前には銀髪の青年。

 手には聖剣を携え、俺の方へ振り向く。



「立て!! まだ終わりじゃない!!」



「勇者……!!」



 その目には闘志がたぎっていた。

 勇者は俺の腕を掴むと、自身の家の扉を開けて中へ引きずり込んだ。


「これで狩人は当分動けず、此方に手出しもできない」


「勇者、お前は今まで何を」


「説明は後だ。お前はしっかりと、これから何が起こるかを見ておけ」


 そういうと、戦士は再び聖剣を抜く。


「最初は夢だと思った」


「……?」


「お前は俺の元に来て、この世界の時間が繰り返されているといった。そして、その内容を語ったが、俺はな……既に知っていたんだ」


 勇者は聖剣を床に突き刺し、魔力を込める。

 すると家全体が波打つ半透明の膜に覆われた。防御魔法だ。


「それは単なる夢の内容だと思っていた。だがお前の口から出た話が自分の記憶と一致したとき、分かったのだ……俺もまた、前回の記憶を持っているのだと」


 ドクン、と心臓が高鳴った。

 そしてこれまでの勇者と聖剣の行動が、一直線につながる。


 俺が前回までの記憶を勇者に伝えたことで、彼のトラウマをえぐってしまい、彼が塞ぎこんでしまったのだと思った。

 しかし、もしそれが自身の記憶を整理し、彼なりに考えを張り巡らしている姿だとしたら。


 前回、聖剣は勇者の元へ飛んでいったが、そのとき既に勇者は死んでいた。

 俺は聖剣が勇者を守るという役割を果たせていないと疑問に思っていたが……もし聖剣の本当の目的が、「狩人の襲われた勇者を助ける」ことでなく「狩人が魔法陣により空間跳躍すると知った勇者を、次のループに送りこむ」ことだとしたら。


 俺は今回のループで勇者と王都を探索し、彼の死んだ場所にいった。

 そこで勇者の手によって魔法陣を見つけた。

 だが、それは偶然ではない。勇者がそこで一度経験し、その目で見た魔法だからこそ、その魔法陣を発見できたのだ。全ては必然だったのだ。


「ああ、その事実に気付いたとき、俺は奮い立った。そして、自分の情けなさに腹が立った!! 狩人の復活により、俺は自分が最も苦しんでいると思っていた……だがな、すぐ隣にいたお前の方が、何度も死を繰り返しながら足掻き続け、もっと苦しんでいたのだ!! そんな仲間を放り出しておけることなど、勇者としてでなく、俺自身が自分を許せない!!」


 四方の亜空間は王都を完全に飲込み、いまや勇者の家だけが空間上に浮いている。

 その防御魔法も限界が近いのか、家全体が紫色の光に覆われ、ミシミシと音を立てて揺れる。



「ともかく、俺のことはどうでもいい!! お前はこの世界に何が起きているかを見続けろ!! 最期の最期まで、立ち上がっていろ!! それが必ず次へとつながる!!」


 俺は勇者を背に、窓へ張り付く。

 外には何もみえない。一粒の光すらみえない空間が広がるばかりだ。

 だが、それでも。俺はずっと外を観察し続けた。


 足掻き続ける。

 それが俺の持つ唯一の武器。

 背後からは家の壊れる音がする。戸棚が倒れる衝撃がある。

 窓のガラスもひび割れて、俺の足下も、まもなくなくなる。

 それでも。それでも俺は世界を見続けた。




 そして最期に見えたのは





 虚空の中、空に浮かぶ太陽だった。





正月休みで執筆がはかどっているので、今回は本当に早めの投稿ができそうです。

2日以内を目処に、次話投稿を目指します。

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