42 戦士と虚空ホロスコープ
平成最後の嘘をつき、また投稿が遅れてしまいました。
申し訳ありません。
屋根の上を飛び、闇夜を彷徨う狂獣。
風も吹かない曇天の中、王都に二つの足音が木霊する。
赤く爛々と輝く瞳が残光をなし、その背後を銀色の槍先が追う。
そして今、戦士は胸から腰にかけて身体を捻る。槍を持った左手を後ろに引く。そして前に出た右足で踏ん張りながら、狩人目掛けて鋭い一投を放った。
闇夜を雷電が切り裂くように、槍は一瞬で狩人の肩を貫き虚空へ飛んでいった。
狩人は射貫かれたことに気付かぬまま走り続けようとするも、バランスを崩し、屋根から地上へ一気に叩きつけられた。
「……武装再帰」
戦士は立ち止まり、片手を大きく開いて呪文を口にする。
すると、彼の手元に再び槍が出現した。
「これで瀕死となってくれれば話は早いのですが……」
この闇夜では視覚が働かず、一度敵を見失えば追うことはできない。
下手に取り逃がせば、不意打ちを食らう可能性すらある。
戦士は近くに配置されているであろう憲兵に向かって、指示をする。
「作戦は成功、然しながら敵は逃走中、警戒状態を赤に切り替えて下さい!!」
幾つかの家の窓から、チカチカと光で合図が送られた。
これで他の憲兵にも今の情報が伝達されることだろう、と戦士は少し安堵した。
だからといって気が緩んだわけではない。狩人の暴走が終わるまで、この騒動に終焉はありえないからだ。
狩人はぎこちない動きで立ち上がると、見下す戦士を見詰めてくる。
その顔からは既に生気が失われ、一切の感情もみられない。
目は見開かれ、顎はだらしなく垂れ下がり、手の筋肉は引きちぎれたのか身体の動きにぶらりと揺れるだけだ。
魔王の魔力を憲兵たちにばらまいたせいか、その目のぎらつきも今や弱く見える。
死人が動くという俗話も聞いたことはあるが、この狩人の虚ろさは寧ろ一途すぎる執念を感じる。
身体も動かず、動きは重い。だというのに未だ本能により、その足は血だらけになりながらも動き続ける。それは敵であり、嫌悪すべき裏切り者でありながらも、見る者を威圧する執念を感じる。
「だが、それでも僕は貴様を許すわけにはいかない……」
戦士は槍を構える。無情に、いや情があるからこそ此処で終わらせるべきなのだと。
その一撃が今、上空より振り下ろされた。
「時間切れだ、戦士」
□□□
勇者の自宅前は、憲兵たちの騒乱が絶頂を過ぎていた。
俺は窓から眺めるだけだが、その格子の端にすらに赤い炎が煌めく。
剣を振るう者も暴れ狂う者も疲弊し、それでも動き続け声を荒げる。
やがて最期に一つ、誰かの倒れる音がすると攻撃はやんだ。
揺れる炎と暗がりのせいで、憲兵たちの苦悶の表情はより険しく陰影を作る。
誰も何も言わず、ただ装備が呼吸と共に軋むだけだ。
(戦いは……これで終わったのか?)
胸の鼓動は激しく波打ったまま一向に収まらない。
誰も剣を取る姿はなく、ランタンから漏れた灯りも段々と消えていく。
しかし、もう戦いは終わったのだと確信を得るには恐怖が邪魔をする。
これは自分の決意や闘志の問題ではないのだろう。
あの戦闘の中に飛び込む姿を想像すると、本能がそれを押さえ込むのだ。
初めて戦場に出た兵士と同じく、その鮮血と殺意の混沌に順応できていないのだ。
故に、外に出れば様子をハッキリと見ることができるのだが、その意志は中々沸いてこない。
深呼吸を繰り返すも、胸のつっかえは取れてくれない。
(落ち着け……何も焦る必要はないんだ)
外で何が起ころうとも、俺はこの家に居る限り安全である。
飛び出したところで、憲兵のように闘うこともできないお荷物だ。
だから俺は下手な行動を避けて、彼等の無事を祈る事のほうが、現在の最善策なのだ。
………と、そうは言っても肩の力が抜けるわけでもない。
むしろ安心して座りこんでしまえば、二度と立ち上がる気力が沸かないだろうと思う。
せめてこうやって自分の背を伸ばし、この事件の終末を見極めようとしなくては。
そう決意し、目を閉じてもう一度深く息を吐く。
心臓は相変わらず激しく音を打ち鳴らしている。
だが、それを自覚する自分の頭は興奮が引き、肺は空気をゆっくりと体中に巡らせる。
目を開く。よし、さっきよりもはっきりと周囲の景色が見える。
俺は感情を整理し、改めて自分のなすべき行動を取ろうとした。
『……バチンッ』
「…………何だ?」
心を落ち着かせ、再び窓の外を見ようとしたときである。
何かの弾ける音が、耳元で響いた。
俺は左右を見るも、何かが動いた様子はみられない。
部屋が暗いせいで気付かないのかとも思ったが、そもそも耳元で鳴ったのだから、音の原因は自分の近くにしかないはずだ。
では静電気か? 空耳か? いや、今の音はもっとハッキリと……
俺はもう一度、より注意深く周囲を観察した。
椅子、机、窓、本棚。暗がりの中、目はぼんやりと物の輪郭を映す。
最後に俺は窓の外を確認し、やはりただの空耳だと安堵しようとした。
そして……
何もない空間があった。
天空に現れたそれは、空中で球状の形のまま浮いていた。
満月の十倍ほど大きく、けれど月より輪郭がハッキリとしている。
いや本当に球状なのかすら分からない。遠近感がつかめない。
その物質には影も奥行きもなく、天空にポッカリと「何もない空間」があるのだ。
星すら見えない曇天のせいで、頭上は漆黒に染まっている。
しかし雲の濃度の違いがあるせいか、確かにそこには黒い雲があると分かるようになっている。
だが、その球状の亜空間は更に異質な黒を持って、そこにハッキリと存在していた。
内部には、黒以外の何もないとしかいえない。
「……あ」
頭が今、理解する。
一瞬、ただ前を見ているだけだった目は、大きく見開かれる。
脳が記憶を遡り、この光景と一致する場面を思い出す。
まるで宇宙の深淵をみているかのような、この何もない空間は………
俺が他の家に入ると必ず見た、何も存在しない空間だ。
「……なんで?」
思ったことがそのまま口に出た。
何で、その異常な空間の一部が、今ここに現れたというのか。
突然のことに、何も考えることができず俺はぽかんとその空間を見つめていた。
『バチンッ』
また、音がする。
今度はハッキリとその発生を捉えた。
亜空間の淵が歪んだようにみえたかと思うと、空に大きく亀裂が走った。
その隙間からは紫色の光が発せられ、亀裂は割れたガラスのヒビのように枝分かれしながら、空に広がっていく。
俺は目線を下にずらし、憲兵たちを見る。
誰も空の異常を見ていない。
何人かは任務を果たそうと動いているが、多くは疲れ倒れたままだ。
戦いに疲れ俯いているからか、それとも本当に気付いていないのか。
じゃあ、なんで俺は憲兵が空を見ているのか気にしている?
それは……
「……これが、絶対に危険な状況だと分かっているからだ!!」
俺は自分で言いながら驚き、そして飛んでいた意識が戻ってくる。
唖然としたせいでなくなっていた身体の、精神の感覚が戻ってくる。
その瞬間、俺の全身から冷や汗が吹き出した。
そして思考が固まるよりも前に、俺は入り口の扉に手をかける。
この先何が起こるのか分からない。そして俺も何の予測も考えも立てていない。
だが、直感が全て物語っている。
このまま何もしないことだけは、絶対に不味いと。
玄関の扉を思いっきり開く。肌を刺すような寒気と静寂に歯を食いしばる。
この感覚に懐かしさを覚えながらも、同時にやってしまったという後悔も溢れる。
今回は絶対に自分の身を守ると決めたはずなのに、こうやって危険な外に飛び出してしまった。
いまだ狩人の張った罠の多くは残されている。
そして、狩人自体もどこに居るか分からない。
それでも……俺は夜となった王都の街を駆けだしたのだ。
読者の皆様、今年一年間お疲れ様でした。
筆者も年末にようやく時間ができたので、執筆を一気に進められそうです。
できれば今年中にもう一回以上更新を目指して、頑張りたく思います。




