37 彼女の思惑カタストロフ
少し投稿が遅れました。
ちょっと長めです。
俺にとって、全てが始まった夜を思い出す。
深夜の部屋に少女が一人。
月光に照らされた神秘的な姿は、どこか妖艶さすらも感じさせる。
俺は目を見開き、彼女の正体を確かめた。
透明感のある紫髪。大きな猫目と八重歯が特徴的な、整った顔立ち。
小さな身体を巨大な大人びた制服に黒いローブで隠す。
そして何より特徴的なのは、頭部に生えた黒い二本角だった。
彼女の足が、床に散らばったガラス片を踏む。
月光を背に受け、髪が艶やかな紫色に輝く。
彼女は俺を……いや、俺に何をさせようとしたのか。
□□□
「……それで、君たちは今まで何をしていたというのです?」
勇者の自宅にて、戦士は俺と勇者を問い詰めた。
外は仄かに赤みを増し、夕暮れへと向かっている。
出かけた時間から考えると、俺たちは3時間ほど王都の調査をしていたようだ。
戦士は質問を投げかけ、まずは勇者に視線を向ける。
「ええと、俺はコイツに頼まれて王都の案内をだな……」
そして次は俺を見つめる。
メガネ越しなのに鋭い眼光が隠せていない。
俺がただの観光をしていたわけではないことも、お見通しという感じだ。
まあ、戦士と俺は一緒に王都へと来たはずなのに、その相方を待たずに何時間も出歩けば、そう想われるのも仕方ない。
「戦士、確かに勝手に出歩いてしまってすまなかった。けれどな、これは俺にとって重要なことだったんだ」
横にいる勇者を思うと気が病む。
本当は、ここで全てを話してしまうと、彼に精神的な苦痛を与えてしまうことになる。
だからこそ、その注意すべき箇所をオブラートに包んで話すべきなのだろうが……
「勇者……突然な話ですまないが、覚悟してくれ」
「……何のことだ?」
俺は勇者と視線を合わせる。
真っ直ぐな視線を、少しも逸らさずに向け続ける。
勇者の表情は唖然から、戸惑いから、やがて真剣なものへと変わった。
そもそも、俺と行動を共にしていた彼なら、例え鈍感であろうとも、どこか心の奥底でその可能性に気付いていたのだろう。
俺が彼の抱える苦悩と、魔王の息子について何かを知ってしまっていたことを。
やがて勇者は、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、良いだろう。話せ」
胸が締め付けられる。
だが俺は、何よりも真実を追い求めなければならない。
そして戦士と勇者の前で、一つ深呼吸をし、声を出した。
「……始まりは、俺が王都に来る前日からだった」
□□□
俺が経験した出来事を、一部を除いて全て話した。
例えば、賢者のことに関しては伏せておいた。
俺が死に戻りを繰り返していることだけでも驚愕するはずなのに、更に自分たちの記憶にない仲間の話をされれば混乱するからだ。
それでも、戦士は目を見開き、開いた口が塞がらないでいた。
王都へ到着すると同時にはぐれた俺を叱ろうとした折、重大な事件に巻き込まれていると思い知ったのだから、どんな反応だろうとして当然と思える。
しかもただのデタラメや冗談ならともかく、王都に着いたばかりの俺が知るはずもない魔王の息子に関する情報を持っていたのだから、俺の話を信じざるをえない。
一方の勇者は、深く顔を沈めたまま、ただ一言「そうか」と言ったきり、顔を上げない。
覚悟していたが、やはり傷つけてしまったのだろう。
それでも俺は、ここから先へ踏み込まなければならない。
「俺はこの死に戻りの原因を確かめるべく、今日は王都を探索した。そして分かったことがある」
「それは………何です?」
何とか会話をしようと、言葉を絞り出した戦士。
これ以上自分の知らない情報が飛び込んでくるのでは、と少し怯えているようにも
見えた。
「まずは、この王都に張り巡らされた魔法陣についてだ」
王都の壁という壁に刻印された魔法陣。
その効果は空間跳躍。魔王の息子はこの魔法陣を使うことで、王都の何処へでも自在に飛ぶことができた。これがヤツの今まで憲兵に捕まらなかった理由でもあり、今夜王都がヤツの罠で迷路へと変わる原因でもある。
だが、今回の調査で明らかになった。
この魔法陣が張られているのは、今居る勇者の家を含めた、王都の一部のみであると。
そして魔法陣が途切れる場所には、何らかの障害が作られていた。
事故による通行封鎖。または魔王の息子が待ち伏せている可能性のある道。
更に賢者による断定によれば、王都の出入り口は魔法により通れない仕掛けが作られているはずだと。
「俺はてっきり王都中に魔法陣が、つまり今夜魔王の息子が罠を仕掛けると思っていた。けれどそれも仕方ない。何しろ、俺の仲間には誰一人、通行封鎖の情報を持っている者はいなかったからだ」
俺の仲間は、勇者パーティーの四人のみ。
そのうち勇者は引き籠もっており、射手は教会の仕事が多忙。賢者は今ここにおらず、戦士は俺と共に久し振りに王都へ来たばかりだ。
つまり、俺はずっと魔王の息子が王都中を駆け巡り、魔王の息子を探しているのだと勘違いさせられていたのだ。
「魔法陣が王都中にあるのと、王都の一部にしかないこと。これは大きく意味が異なる。つまり魔王の息子は、または魔法陣の作成者は、事前にこの勇者の家付近を王都の交通から引きはがしていたということだ」
つまり、黒幕は無差別に街を荒らそうとしたわけではない。
この場所一帯に標的がいることを知り、そこに追い込み、今夜魔王の息子に追い詰めさせようとしていたわけである。入ってしまえば脱出は困難な、いわば一時的な密室だ。
しかし、こんな小細工、通行封鎖の情報を知っているものには意味がない。
この付近が封鎖されていると知っているなら、王都の他の入り口を通ればいいだけのことだ。
だからこそ、魔法陣を仕掛けた者の標的は、王都の様子を全く知らず、そしてこの場所を目指してくる誰かということになる。
「待て、この魔法陣を仕掛けたのは魔王の息子ではないのか? ヤツが魔王を炙り出すため、単独で行った可能性もあるだろう」
事態を飲み込みつつある戦士は、俺の推理を疑問に思う。
魔王の息子。それは毎晩王都に現れる神出鬼没な襲撃者であり、襲った人間に魔王の居場所を聞きだろうとすることで有名である。
その正体は、かつて魔王により勇者パーティ-の密偵を任された狩人という青年。
王国の幾つもの機関や他のパーティーに潜入し、内部から壊滅させた裏切り者である。
「いいや、この空間跳躍の魔法陣には高度な技術が施されている。幾ら魔王の息子が万能であろうと、専門的な知識が必要な魔法を無数に用意できたとは考えにくい」
現に、自他共に認める優秀な魔術師の賢者ですら、この魔法の解析、そして介入に手間取っていた。それを魔法に特化していない魔王の息子が行っているとは思えない。
「それより一人、もっと最適な人物がいる」
空間跳躍の魔法陣を作成することができる魔術師。
そして勇者の家付近に、標的が現れることを知っている人物。
そもそも標的は誰なのか?
この答えに思い当たるのは、前日に俺の目の前に現れて王都での異変を知らせ、その夜に俺の目の前に現れた人物。
彼女は賢者の家に現れたとき、俺へ王都は危険だと忠告した。
だが今になってみれば、それは逆効果であるはずだと察しがつく。
魔王のことをよく知る彼女なら、魔王の知りたいという欲望を膨らませれば、危険だという場所にでも飛び込んでいくことが目に見えるはずだからだ。
魔王の欲望を誰にも抑えることはできないということを、魔王を知る者なら誰しもが知っているはずだというのに。
「魔王の息子は単独犯ではない。魔王の部下が協力している」
魔法陣を施したのは、まぎれもなく彼女だ。
本来なら、彼女と魔王の息子は相性が悪い。
魔王の名前が穢されることを嫌う彼女なら、小悪党が魔王の息子を名乗るだけで身震いするはずだ。
しかし彼女は、魔王の息子を利用することで、何かをなし得ようとした。
俺へ王都への情報を与えることで、知り合いである勇者や射手の元を訪れるのを予測し、その付近に魔法陣を仕掛けた。
それは単に、息子への支援だけではないだろう。それにはコストが釣り合わない。
毛嫌いする対象を手中に収めることで、それに見合うだけの何かを手に入れようとしてのではないか。
「ここで一旦考えなくちゃいけないのは、彼女の目的だ。俺を王都へ誘い出し、魔王の息子に襲われる危険へ晒す。それに何の意味がある?」
魔王の部下は、俺のことを本物の魔王だと思い込んでいた。
その思い込みは一度目の夜、彼女が俺を偽物呼ばわりし、ナイフを突き刺し、ベランダから突き落とす前までずっと続いてたはずだ。
では、もし仮に俺が本物の魔王だとしよう。
そして魔王の息子と遭遇した場合、おそらくは息子を倒すことができる。
息子は今、体内に魔王の狂える魔力が埋め込まれている。
魔王ならばそれを取り込む。
部下は賢者の別荘に現れたとき、俺に抱きついて体内の魔力を調べていた。
ならば、今の俺には昔の禍々しい魔王の魔力を持ち合わせていないと気付いただろう。
だからこそ、息子の魔力を吸収することで、本来魔王が持ち合わせる狂気の魔力を再び植え込み、今一度かつての凶悪な欲望に犯された魔王を復活させようとしたのかもしれない。
「なんだと……!! だがそれは」
「待ってくれ。まだ話を聞いて欲しい。これはあくまで可能性だ。それにもし俺が魔王の部下なら、わざわざ上司を王都という敵陣に呼ぶような真似はしない。寧ろ息子を自分が倒してその魔力を献上しにいくほうが、彼女の性格に向いてるような気がする」
だから、考えるべきはもう一つの可能性。
それは最悪なことに、あの瞬間から全てが計画通りだったということになる。
「つまり魔王の部下は……最初から、あの夜別荘に忍び込んだ瞬間から既に、俺を魔王の偽物と見なしていた場合だ」
魔王の魔力を持ちながら、その禍々しさが失われ、完全に無防備となっている俺。
それを、魔王の消息を追って賢者の別荘まで辿り着いた部下が見つけた場合、どうなるか。
「確かに俺は魔王とは別物だ。だが魔王を探した結果として俺を見つけた場合、彼女は俺を魔王と確実に関係のある何者かだと認識するだろう」
あの晩から俺に見せた表情も台詞も、全てが芝居だとすれば。
俺をまんまと王都に誘い出し、魔王の息子と対面させた。
「だが、対面させたところでどうなる? 俺は攻撃手段もない、ただの素人。一方相手は、元からの戦闘能力に加え、部下の支援で瞬間移動も会得している。勝ち目はない」
じゃあ俺がアイツに「魔王は俺だ」と名乗った場合は?
息子と部下が協力している時点でろくな結果は見えない。
しかし、この肉体に魔王の魂は既に宿っておらず、二人が何をしようとも魔王は蘇らない。
けれど、分かることだってある。
「もし俺が息子との闘いに敗れて死んだとしても、この王都では再び時間が巻き戻って蘇る。だからこそ俺は何度も、魔王の息子や部下に立ち向かうしかない」
死に戻りの理屈は分からない。
だが俺は何度倒れても記憶をもって蘇り、仲間たちと共に息子を倒そうと思うのだろう。
その代償として、俺は何十回、何百回と死を繰り返し、心が死の感覚で傷ついていく。
昼から夜にかけての僅かな時間、それぞれ問題を抱える仲間たちを説得し、何処に現れるかもしれない魔王の息子に怯えながら、手探りで見えない勝機を掴もうとする。
そして、もし俺が魔王の息子に勝てなかったとすれば。
やがて無限に繰り返される日常に、俺はどこかに閉じこもるのかもしれない。今の勇者みたいに。
「ここで問題なのが,息子に魔王の狂気が混ざった魔力が入っていることだ。あれが俺の近くにある時点で、危険な状態なんだ」
もし俺が心折れて、塞ぎ込んでいたとしよう。
そこへ息子から魔王の魔力が渡された場合、既に傷ついた精神は狂気に抗うこともできず、俺は魔王の魔力に取り憑かれた状態となる。
それはかつてのアイツには及ばないが、俺がそれに似た何かに成り果てる可能性につながる。
「つまり………」
この考えが正しければ、この死に戻りは部下が絡んでいる。
四方の出入りを禁止された区域。そこに彫られた魔法陣。
そして、俺は再びあの晩の感覚を思い出す。
魔王の部下が、俺を偽物と糾弾し、ナイフを突き刺したとき。
俺の感覚が鈍化し、身体は倦怠感に包み込まれていった。
---俺の胸から引き抜かれたソレは、銀色に輝くナイフだった。
---薔薇の棘を模した模様の柄に、花弁の刻印がある刃から血が滴り落ちる。
---胸の奥から燃えるように熱い血流が溢れ、ドクンと心臓が高鳴る。
少女は笑っていた。
あの瞬間、俺は恐怖に捕らわれていた。
そして死の先に待ち受けるものを想像していなかったからこそ、その可能性にすら気付かなかった。
彼女が俺にナイフを刺した、本当の意図は他にあったのではないかと。
俺の感じた限り、このときが一番それを為されたと納得できる場面である。
この死に戻りを仕込んだのはあの瞬間だ。
魔王の部下が、俺に死に戻りの魔法を植え付けた。
「俺を死の連鎖の中で絶望させること。そして魔王の息子から魔力を奪い、植え付けること」
そしてループの果て、俺は別の誰かへと変化する。
魔王の部下からしてみれば、それは新たなる誕生であり、再びの復活でもあるだろう。
更に最悪なのは、魔力に汚染された俺が、もう一度ループに巻き込まれた場合だ。
今の勇者は聖剣が使えず、射手もその弓を教会に還している。
賢者はおらず、四方の道は封鎖され、外部からの助けも期待できない。
つまり、勇者パーティーを含めた王都の一部を全滅させ、そのまま王都の中を暴れまくるなんていう可能性もある。
だが、今一番予想できることで最悪なのは、ただ一つ。
「恐らくヤツの目的は……俺を死に戻りで絶望させ、魔王を蘇らせることだ」
次回も日曜日、できることなら0時前に投稿したいと思います。
11/5追記
すいません…更新はもう少し待たせて頂きたく思います。代わりとして、土日に二話上げられるよう精進致します。




