36 勇者と推測トライバル
前回予定通りに更新、と思いきや、今回は週間も空いてしまいました。すいません。
邪魔者が入った。
我が魔法陣が解読され、外部から侵入者が現れた。
奴は一体どこにアクセスしているのか、必死に洗い出す。
すると、ある一カ所付近に設置された魔法陣が、ことごとく制御不能に陥っている。
原因は過度の魔力流入による魔法の暴発。その付近の魔法網の回復作業を急ぎ、やがて一つの異常空間を見つけ出す。
これは、外部と内部で誰かが接触している? そんな馬鹿な。
魔法回路を増幅し、その内容を確認しようとする。だが、幾つもの妨害魔法が入り、断片的にしか捉えることしかできない。
空間の中で、恐らくは何者かが会話をしている。だが肝心の話の中身を聞き取ることができない。
「俺、は………! ……なのか?」
「…で、………は……よ」
忌々しい。私の魔法を乗っ取って、何を企んでいるというのか。
だが、敵の妨害魔法の解析は既に終了を迎える。これで侵入者の正体と会話の内容が明らかになるだろう。
「……かしら」
「……ああ、分かった」
しかし、解析完了まであと僅かということで、異常反応が消失する。
侵入者が会話の内容が漏れるのを察知し、魔法による接続を断ったのだ。
魔法回路の修復は完了。しかし既に異常は見られず、記録も消されてしまっている。
あと一歩のところで侵入者を取り逃がしてしまったのだ。
「フフフ……でもまあ、良いでしょう」
計画は既に進行している。
例え何者の邪魔が入ろうと、成すべきことは常に変わらない。
この胸に抱く悲願もまた、ようやく達成されるのだ。
「だから、ええ……貴方は、この世界を裏切らないでくださいね?」
□□□
……赤い雫が、その指先を伝う。
――私の魔王様への愛をッ!!! 侮辱された日なのですからッ!!!――
俺の胸から引き抜かれたソレは、銀色に輝くナイフだった。
薔薇の棘を模した模様の柄に、花弁の刻印がある刃から血が滴り落ちる。
胸の奥から燃えるように熱い血流が溢れ、ドクンと心臓が高鳴る。
(思い出せ……)
動けない俺の身体を軽く持ち上げ、彼女は手すりの外に乗り出させた。
ダラリとなった首は、王都の空に広がる夜を眺める。
あんなに輝いてみえた星々も、俺の眼には映らない。
それが眼を瞑っているせいなのかは、眠りに落ちる俺には分からない。
(そうだ、思い出すんだ……)
彼女が手を離す。
ビュンと耳を割く空気の音とともに、俺は夜の空中に放り出される。
身体はどこを向いているのか。
上下も分からず宙を漂い、体はグルグル回転する。
身体も意識も鈍くなり、暗闇に飲み込まれていく。
(ああ、やっぱり……あの感覚は……)
そして俺は……
「おい!! 目を醒ませ!!」
グワンと耳に響く呼び声に、俺はハッと意識を取り戻す。
目の前には薄汚れた白壁。
そして俺は背後から肩を掴まれ、グラグラと揺らされていた。
振り返ると、額に汗の浮かんだ勇者の姿があった。
「さっきからどうしたんだ!? 王都を観光するといいながら路地裏の落書きを気にし始め、突然壁の模様に手を当てたと思えば、そのまま立ち固まって動かなくなった。お前は一体何がしたい!?」
困惑した顔の勇者を前に、俺は少し考える。
空の色は相変わらず青い。俺が魔法陣を起動し、賢者と会う前と同じ色だ。
少し整理しよう。
俺は王都の中で、魔王の部下や襲撃者に襲われ、その度に死に戻りをした。
そして三度目の生を受けた今回、俺は勇者を引き連れて、この王都の探索を行っていた。
そこでこの壁に隠されていた魔法陣を見つけ、魔力を流し込んだ。
結果、この世界の外側にいるという賢者が俺を発見し、短いながらも情報を交換できたのだ。
彼女との会話は一度終了させ、俺はこうして現実の身体に意識が戻ってきた。
賢者との話のお陰で、俺はある一つの仮説を得られた。
それが正しいかどうか、自分の記憶を回想し、そして筋道を確かめていた。
その様子を端から見れば、突然壁に触れたまま立ち尽した変人にしかみえなかったのだろう。
だから勇者はこうして今も、俺の意識が再び飛びそうなほど、肩を乱暴に揺さぶってくる。
強制的に頭が激しく上下に揺れ動かされ、俺は目を回してしまう。
「ゆ、勇者、落ち着いてくれ。俺は、だ、大丈夫だから」
「言葉がたどたどしいぞ!! やはり何か隠しているんじゃないのか!?」
たどたどしいのは、勇者の俺の身体を揺さぶっているせいだ。
何とか彼を静止させ、俺はぐるぐる回る視界が戻るまで深呼吸を繰り返した。
……仕方ない、彼にも少しばかり真実を伝えようか。
魔王の息子との確執を隠し通そうとする勇者に、余り俺が死に戻りをしているという情報は与えたくない。俺が魔王の息子と出会ったことが勇者にバレてしまうからだ。
だから情報を選んで、勇者の協力を仰ぐことにする。
「勇者、とりあえず俺についてきて欲しい。今、俺には確かめたいことがあってさ。もし証拠を得られたら、その時こそ真実を話すから」
勇者は眉間に皺を寄せた。
何しろ彼は、ここ数日間引き籠もっていた。
それを無理矢理連れ出されたかと思えば、俺の突飛な行動に振り回され、挙げ句にはその理由を知りたければ、最後まで付き合えと言う。疑念の目で見られても仕方がない。
それでも彼は悩みに悩んだ末、俺の話に乗ってくれた。
俺が魔王の息子と関係しているかどうか、その目で見極める必要があると思ったのだろう。
「……仕方ない。だが約束だ。必ず理由を説明して貰う。この聖剣に掛けて誓って貰おう」
「ああ、絶対だ」
「それで、これからどうする? このまま王都の出口に向かうのか?」
それは保留だ。
賢者の話を信じるならば、王都の門には脱出を防ぐ魔法が使われているという。
だから、もしかすると……
俺は遠くに見える門に背を向け、街の中心を指さした。
「そうだな……王都の門も良いが、先に行くべき場所があるのを思い出したんだ。この街で一番立派な建物、王城に近づいてみたい」
「ああ、分かった」
「それと勇者、もう一つ頼みがあるんだが………歩く途中の壁に、この白壁と同じ模様が彫られていないか確認していってほしいんだ」
□□□
……それから歩いて二十分、俺たちはそこに辿り着いた。
本来あるべき城への道。そこを真っ直ぐ歩いてきた。
だが今、目の前の道は落盤していた。大きな溝がポッカリと空き、周囲を憲兵が封鎖している。
更に回り込んで隣の道を行こうとすると、家が崩れており瓦礫の撤去作業。
その横も、そしてその横も何かしらの理由で立ち入りができなくなっていた。
やがて遂に、城への道はたった一つとなる。
ここは……
「妙な災難だな。だが、完全に城への道を断たれわけではなかったようだ」
勇者が真っ直ぐに舗装されたレンガ道を眺めていう。
この道を、俺は既に知っている。だからこそ、これは不自然だし、危険でしかないと直感が叫んでいる。
射手の居る教会から少し離れた場所。憲兵の駐屯地へと向かう道。
一番最初に……俺と賢者が魔王の息子と遭遇した場所だ。
「いいや、ここは通らない。一旦帰ろう」
王城へと続くたった一つの道が、魔王の息子の潜んでいた場所。
それがどれだけ不自然なことかなど、言うまでもない。
更に、俺は勇者に街の壁を確認して貰うことで、確信を得ていた。
(魔法陣は、立ち入り禁止の先には存在していなかった)
つまり無数の魔法陣は王都中に、ではなく、王都のある一角にのみ彫られている。
勇者の家や賢者の教会を範囲内においてはいるが、城や憲兵の駐屯地、外門の届くほど広くはない。
これで、一つの謎が解けた。
何故、魔王の息子の襲撃があった夜、俺たちの近くには大量に動員されていたはずの憲兵が異様に少なくなっていたのか。
魔王の息子が張った罠による分散もあっただろう。
だが最も大きな要因の一つは、それは勇者の家付近は封鎖されていたため来る人数が極端に少なかったからだ。
ちらりと横を見ると勇者も、違和感を抱え込んでいるのが分かる。
どんなに鈍感であろうとも、街のある一角に大量の同じ模様が描かれていると分かれば、何かしら思うところは生まれるだろう。
そして俺が何か秘密を知っており、語り出すのを待っている。
だから、俺は勇者へ帰宅を促し、そこで話し合うことに決めた。
そして家へと辿り着くと、そこにはメガネの青年が断っていた。
俺を見つけると睨み付けてくる彼は、何時間ぶりかに会う戦士だ。
そういえば、勇者の家を警備していた憲兵に、戦士へ言伝を頼んでいたっけ。
彼の周りには憲兵たちが群がっている。戦士が槍を構えている様子から、どうやら戦闘の指導でも行っていたとみえる。
丁度良い、彼も交えて話をしようか。
今夜、この街の真実がわかるのだから。
今回は幾つもの不幸が重なりまして、随分と交信が遅れました。
予定がかなり狂ってしまい、年内に終わるかの瀬戸際です。
しかし流石にまた3週間空いてしまうことはないと思いますし、次回も日曜日更新を目指していこうとおもいます。
次回はもう少し、話の核心に迫れたらと思います。




