35 勇者の告白リコレクション
予定通りに……投稿できました………
「魔王の息子は……狩人は、過酷な場所に単独で徘徊し、敵の意表をついた奇襲や諜報活動を行うのが役割だった」
俺は前回のループの、夜の教会を思い出す。
勇者が教会に飛び込み、射手の説得により、自身と狩人の確執について語ってくれた。
「狩人は、一歩先もみえない大森林から道なき山々の奥地まで、俺たちには到達不可能な場所も、持ち前の生存術で突き進んでいった。
そんな場所は敵も迂回をしようとする。その死角をついて、木々の間を自由に動き回り、敵よりも先に相手の位置や情報を俺たちに伝達するのが、アイツの役割だった。
だがな、そんな狩人の得た情報を持ってしても、敵に勝利できない日があった。
当初は相手にも優れた諜報部隊がいて、俺たちの居場所や戦略を見通されていたのだと、考えていた。
だからパーティーの仲間と談義を重ね、より隠密に、より高度な作戦を考えた。
しかし、段々と、幾ら優秀な仲間が頭を捻り驚くべき策を打ち出しても、それすらも読まれてしまっている戦いが増えてきた……
発想を変えなくてはならない、と俺は仲間の一人に言われた。
これは作戦が読まれていたという段階の話ではない。
勇者パーティーでの話し合いが敵に漏れている、と考えるべきだとな。
しかし、盗聴されるような隙を生んだわけでもなく、敵の魔法にも最大級の防護魔法を張って対処している。
だから……口に出されずとも分かった。
勇者パーティーの中に、魔王側の回し者がいる可能性がある。
俺は仲間の一人一人を信じていたし、その誰もが好きだった。
この俺を信じて今まで共に闘ってくれた仲間だ。顔も名前もその個性も、今だって俺は全て覚えている。
だから、俺には疑うことはできなかった。
けれども、だな………苦悩を重ねて……一度だけ炙り出しを行うことになった。
仲間にそれぞれ別の極秘任務を与え、別の作戦を伝えた。
俺に助言した仲間と知恵を振り絞り、全員が正しく動けば一つの戦略として完成するようにした。
そしてもし仲間の一人が魔王軍に情報を与えた場合、敵の動きによって誰が裏切り者であったかが判別できるようにした。
持てる戦術と策略を全て振り絞り、何より仲間を信じられる証拠が欲しくて練り上げた。
思考に一週間。実行に一週間。それは、仲間の誰しもが最上の作戦にみえるものだった。
誰もこれが諜報を炙り出す絶対に裏切り者を見つけられるとは思えない。
これで真実が分かる。仲間の潔白に納得できると、俺は嬉しく思ったよ。
ああ、知っての通りだろう。
裏切り者は、狩人だった。
山の奥で単独行動と偽り、敵の軍に情報を渡していた。
一度木々の間に溶け込まれてしまえば、誰にもその後を追跡できない。
彼には、俺たち昼のうちに敵の側まで移動して潜伏し、夜襲をかけるという作戦を伝えていた。
すると敵は、真っ昼間から狩人に伝えた潜伏予定の場所に攻撃をしかけていった。
作戦の時間になっても動かない俺たちを見て、狩人はすぐさま失態に気付き、こっそりとパーティーから逃走しようとしていた。
それを俺が呼び出し、彼に聖剣を突きつけた。
処分は考えていた。
本来なら相手の弱みを握り、二重の諜報活動を行わせるといったこともできたが、彼は強すぎた。
過酷な自然の中を難なく通り抜けてしまう彼は、森に潜ませた時点で敵と内通していたとしても分からなくなってしまう。
いや、そもそも狩人の伝えた情報が間違いだと気付いた魔王軍には、狩人の諜報がバレたということがすぐに知れているから、そんな役回りは不可能だ。
敵の捕虜として尋問するにしても、この戦場に牢屋はない。
そもそも、捕虜一人がいたところで、その情報の真偽が確かめられない。
だから……やるべきことは決まっていた。
狩人は武器を所持しておらず、周囲に逃げ込める場所はない。
俺は既に、覚悟を決め終えていた。
すると、狩人は微笑みながら語り出した。
奴は最期を覚悟していた。だからこそ本音の言葉を俺に伝えようとした。
それが真っ直ぐで偽りのない話であることは、長く共に旅をしてきた俺が一番よく分かっていた。
俺に自身の正体が暴かれた時点で、狩人にはもう居場所はない。
何しろ勇者パーティーには居られないし、魔王軍に戻るには大きな失敗だ。
今さら魔王軍にノコノコと帰っても、勇者パーティーに洗脳されている危険があると判断されて処罰。
無能のレッテルを貼られ、魔法の実験に使われて処分されるだけだろう。
しかし、これまで勇者パーティーとして過した時間はかけがえのない時間を思えば、もう悔いは残っていない。
『だから……今ここで、君に僕を倒してほしい』
足掻いてくれればよかった。
必死に許しを請うて、這いつくばってくれれば。
或いは、呆然と絶望しきった表情を浮かべてくれれば、一瞬で命を奪ってやれた。
だが、彼の気持ちを聞いてしまった。詭弁だと笑えぬほどの、真っ直ぐな瞳をもって。
俺は聖剣を握った。手に力を込めて振り上げたとき、刃が真昼の空に輝いた。
これは人々を護るための、正義のための一薙ぎなのだ。
そう自分に言い聞かせて。
だが……そのときに、記憶が蘇ってしまった。
狩人と過ごした時間。語り合った時間。共に苦境を戦い、あるときは助けられ、逆に助けたりもした。
彼から聞いた鳥の名前。教わった故郷の料理。下らない話に笑い、時には意見の対立怒鳴り合ったりもした。冗談も言った。約束もした。本音も、聞いてしまった。
日々の時間が、一緒に過ごした時間の積み重ねが、俺に剣を振り下ろさせてくれなかった。
狩人は俺の元を立ち去った。
王国にも魔王軍にも居場所を失った彼に、二度と目の前に現れるなと命令して背を向けた。
仲間には、狩人が戦闘で精神を病んだと告白したため、故郷へ帰したと伝えた。
俺と同じように、仲間に裏切られた辛さを味合わせたくはなかった。
そして暫くした後、彼は勇者パーティーの前に現れた。
彼は俺と別れてすぐ、魔王軍に捕まったらしい。
人相は変わっていたが、別れたときの服装と漂う雰囲気、何より彼の口調ですぐにピンと来た。
仲間は未だに狩人は故郷にいると持っていたから、その真実に気付いたのは俺だけだった。
だが、驚いたのは俺だけでなく、戦士もだった。
戦士は元々、王国の兵士の一人として魔王軍と戦っていた。
しかし一人のスパイにより自分の部隊は全滅したと、前から聞いてはいた。
そしてその探し求めていた裏切り者の顔が、目の前のものだと言う。
そうだ。それが狩人の正体だった。
奴は何度も顔を変えて王都の市民になりすまし、スパイとして相手の戦士を何度も破滅に導いていたのだ。
「魔王軍の諜報員」こそが、真の彼の役割だった。
狩人は俺たちを一度だけでなく、何度も何度も裏切っていたんだ。
そう気付いたとき、俺は頭が真っ白になった。
彼との、偽りでも一緒に過ごした時間が、俺の胸を引き裂いた。
そして、それこそが魔王の企みでもあったんだろう。
あのときのパーティーの連携は、俺と戦士の二人が最前線で闘える戦力がいることで成立していた。
だからこそ、真実を知る俺と、裏切り者への復讐を望む戦士の精神を壊そうとしたのかもしれない。
狩人は、俺たちの目の前で自害した。
心臓に突き刺さった剣から、血が滝のように流れ出す姿は目に焼き付いている。
戦士が膝から崩れ落ちる姿も見えていた。
俺は……自分の感情が分からなくなった。
裏切り者の死に喜んでいたのかも、友を殺された悲しみがあったのかも、分からない・
ただ、俺はあのときの決断を後悔した。
俺が彼を殺すべきだったのだ。そうすれば、今胸が痛くなることもなかった。
いや、違う。あそこで殺してしまっていても、やはり俺は苦悩していたかもしれない。
俺は何がダメだったんだ。
裏切り者を殺せなかった正義。敵に友情を感じてしまった愚かさ。
どちらにせよ、狩人は死んだのだ。死ぬ以外の道はなかったのだ。
だから俺が悩む必要もない。なのに。何故、頭がこんなに痛む。
俺はその場で、叫んだ。叫んで叫んで叫んだ。
狩人は最悪の裏切り者だ。
そして俺は、奴のせいで心に傷を負った。
それでも立ち上がってこれたのは、共に闘う仲間と、人々を護るために魔王を倒すという正義があったためだ。
だが今、戦いは終わり、大義が成された。
そして魔王の息子と出会い、彼の姿を見てしまったとき、俺は動けなくなっていた。
あの赤い目を知っているか? あれは元々の狩人の瞳ではない、魔王に取り憑かれたときのものだ。おれが最期に見た狩人も、同じ赤い目をしていた。
だから、俺は奴の顔を見たとき、亡霊だと思ってしまった。何故死んだはずの狩人が蘇っているのだと、驚いた。
だが、魔王の息子は王都を脅かす害悪に違いはない。倒さなくてはならない。
俺のなすべき事に変わりはないのだから。
なのに……身体が言うことをきかなくてな。
俺は魔王の息子を倒せなかった。奴の顔をみるたびに、狩人と一緒にいた記憶が、本当だと信じたかった友情が、彼を殺してやれなかった後悔が………そういったものが蘇る。
討つべき敵と分かっていても、尚のこと動けない。
だから俺は家に引き籠もり、心を落ち着けて、何度も立ち上がるべきだと言い聞かせた。
しかしな………俺が一人で塞ぎ込むほど、心の闇は広がっていった。
魔王の息子は、裏切り者だ。
だが………俺も勇者としての正義を貫けなかった。
そして街の子供が不安に怯え、俺に助けを求めていたのに、今もこうして動けない。
人々の期待を裏切っている俺も、狩人と同じなのだろうな」
………俺は賢者に、覚えている限りの勇者の語りを伝え終えた。
彼女は少し考え込み、そして小さく頷いた。
「分かったわ。そして………これで、全ての謎は解明できたかしら」
久し振りに予定通りに投稿できた気がします。それが当たり前のはずなんですけどね。
次回も日曜日に更新を目指していきますが、年内に終わらせるため、少し更新頻度を上げるかもしれません。
*10月21日 追記
随分と投稿時間が空いてしまい、申し訳ありません。
今夜中には投稿できると思いますので、もう少しだけ待っていてほしいです。




