33 彼女の証明コーギトー
今年中に終わる計画が、早々に崩れかけてます。
王都中に無数の魔法陣が所狭しと存在している。
その衝撃に頭がついていかない。
まだそうと決まったわけではないが、最悪の可能性があるというだけで鳥肌がたつ。
待てよ、なぜ王都限定なんだ? もしかしたら街の外、国全体、更には世界まで魔法陣が!!
……だめだ、少し情報が多すぎて混乱してしまっている。
一回落ち着いて考えを整理する時間が必要だ。
俺は魔法陣を何かのマークと勘違いして眺め続ける勇者に、声を掛けた。
「どこか、休めるところはないか? 実はまだ食事をしてなくて、お腹がペッコペコなんだよ」
「ああ、王都についたばかりと言っていたか。無理もないが……この前行ったことのあるケーキ屋ならすぐそこにある。人気だから、空いているかは分からないが、寄ってみようか」
確かに先ほどから甘い匂いが漂ってきている。
空きっ腹にはこたえるほどに、とても美味しそうなケーキの香りだ。
勇者の素敵な提案に、俺は頷いて見せた。
□□□
俺は赤い果実のパイをつつきながら、推測を重ねた。
まずは、魔王の息子についてだ。
その正体は、元勇者パーティーの裏切り者、狩人。
彼の目的は魔王を探すこと。
どうしてかは知らないが、奴は魔王が勇者に討伐されたことを知りながら、魔王が未だ生きていると確信しているらしい。
そして、かなり前から王都にやってきた。
理由としては、まず魔王が本当に死んでいないという証拠を得るため、王都に持ち帰られた魔王の首を確認しておこうと思った、というところだろう。
勇者が持ち帰った魔王の首は、贋作だ。贋作だが、かなり精巧に作られており、それは賢者でも偽物と判断できないというお墨付きがあった。
しかし、ここで恐らく誤算が生じる。
魔王の息子の持つ、魔王と同じ真っ赤な瞳。
前回の夜に見せた、理性を失い暴走する姿。
あれはまさしく、「魔王の魔力」に取り憑かれ、狂気に陥ったものであった。
魔王の魔力。それは宿主の力を格段に上げる代わりに理性を失わせ、肉体に無茶な動きをさせながら暴れさせる禍々しいエネルギー。
かつて魔王の魔力で暴走した戦士や勇者を俺は見たことがあるが、今回の魔王の息子と全く同じ症候を見せて暴れていた。
何故普段は暴走を抑えられているのか分からないが、ともかくこれは間違いない。
そして奴が自らを「魔王の息子」と名乗るのも納得がいく。
俺と勇者たちが協力して魔王に立ち向かった結果、魔王と同時に魔王の凶悪な魔力も消え去ったはずだった。
しかし、その地上から消えたはずの魔力をしている者がいるならば、そいつは魔王の継承者とも言えるべき存在だろう。
狩人は、自らに魔王の魔力を宿しているのだ。
ならば何故、討伐されたはずの魔王が生きていると知ったのかという話も、合点がいく。
体内に魔王の魔力を宿しているのだから、魔王の亡骸に近づけばその魔力が反応するはずであるからだ。
しかし実際は、晒し台に載せられた魔王の首を見に行っても反応しなかった。
奴は確信を持ったのだろう。魔王は死んでいないと。
ただし、その魔王に最も近い関係の俺と対峙しても気付かなかったことから、どうやら魔王の素性に関しては知識がないらしい。
俺の体内にあった魔王の魔力も、前の戦いにより瘴気を失っている。
もし少しでもあの禍々しい魔力が残っていたら、魔王の息子の中にある魔力と共鳴して、俺の正体が見破られたのかもしれないな。
まあともかく、魔王が死んでいないと確信を持った奴は、次に行動を起こした。
それが王都の襲撃事件だ。
「魔王の息子」を名乗る人物、魔王が生きていることを知っている人物が、毎晩街で暴れ回っている。
王都という国一番の都市で話題性のある噂を作り出すことにより、やがては魔王の関係者や魔王討伐の真実を知る者の耳にも届く。
その良い例が、魔王の部下を名乗った少女や、俺や勇者パーティーのメンバーだ。
彼等は王都を騒がせる者が何者であるかを確かめるため、何かしらの行動に出る。
襲撃する時間を夜と決めておくことにより、その時間帯に出歩く一般人は減り、代わりに魔王の息子の正体を暴こうとする者たちが増えていく。
それらを釣り上げることで、魔王の真実に近づこうとしたのだろう。
自分自身の噂を囮に獲物をおびき出すという、とんでもない発想ではあるが、こうして俺が現れたのだ。結果は成功と言えるだろう。
そして今夜、奴は行動に出る。
この点に関しては理由が分からないが、奴は今夜に重要人物が街を出歩くという情報を手に入れたのだろう。
街中に鋼線の罠を張り巡らせ、空間跳躍の魔法陣をちりばめた。
王都を迷宮に作り替え、ターゲットを確実に捕らえる大胆な罠を張ったのだ。
そうして今も準備を進めて、確実に獲物を捕らようとしている……
異常が俺のまとめ上げた推論だ。
まあ、こうして俺が死に戻りを続けているうちは、魔王の息子が目的を果たせる日はこないのだが。
(で、結局奴は俺の死に戻りに関係しているのか?)
前回のループでは、奴が暴走したことで俺は殺された。
けれどもし今夜の罠が俺を捕らえるための罠だとしたら、どうだろう。
俺を殺してしまうと時間が巻き戻ってしまうから、罠を張って生け捕りにしようとしていると考えることもできる。
だが、奴とは二度顔を合わせたが、どちらも俺をただの一般人と思い込んでいるようにみえた。
うーん、これに関しては上手く推論できないな。
……と気付けば、目の前の皿からパイは消えており、前には口元を拭く勇者が座っていた。
どうやら無意識のうちに、俺は注文したパイを全て食べきっていたらしい。
口の中に甘い感覚が残ってはいるが、生地の食感は思い出せない。
俺が皿を見つめているので、勇者が声をかけた。
「どうした? もしや、おかわりが必要か」
「いや、そうじゃなくて……もう、お腹いっぱいだよ」
多分、二皿目を注文しても、今の俺では再び味わうことなく胃袋に収まってしまう。
それでは折角の美味しいお菓子がもったいないだろう。
「ただ、あと少しだけ休ませてくれないか? ちょっと王都みたいな都会になれてないせいか、疲れちゃっていてさ」
本当は既に三回目の王都なのだが、もう少し思考を練り固める時間が必要だ。
それに張り切って動き回り過ぎても、前回の夜のように肝心なところで力尽きてしまう。
(さて……魔王の息子の他に、王都で謎を抱えた人物はあと三人)
一人、居なくなってしまった賢者。
一人、代わりに現れた戦士。
一人、一番初めの夜に俺を刺し殺した魔王の部下。
前者二人に関しては、現実的にありえない入れ替わりだ。
今まで共に行動してきた賢者が、一回目の夜以降姿をみせない。
そして皆の記憶から彼女の記憶が抜け落ち、それを保管するように戦士が現れ、賢者の役割が全て彼の物となっていた。
最初に俺の知っていた情報によると、彼は魔王討伐の知らせを曾ての勇者パーティーのメンバーに届けるべく、一人旅に出ていたはずだったのだが……しかし、俺が王都で会った戦士は間違いなく本物だったと思う。
勿論、誰かが魔法でなりすましでもしていれば分からないが、長年行動を共にしていた射手や勇者までもが騙されているとは考えにくい。
だが、これらが全て偽りであることは、俺の記憶が知っている。
偶然に別の世界線へ俺が迷い込んだなんてことはなく、俺の今着ている服だって賢者が選んでくれたものだ。
それに加えて、偶然死に戻りが起きていることもまずあり得ない。
二つは必ず関係していると、俺の全神経が告げている。
じゃあ賢者はどこにいるのかというと、多分王都のどこかに、というほかなくて切ない気持ちになる。
……そういえば、この王都でのキーマンである魔王の部下もまた、一日目の夜以降、姿を見ていない。
二つの大角が生えた、紫髪の女の子。
ネコのように爛々と輝く目で、俺を魔王だと誤認していた魔王の部下。
魔王を寵愛し、溺愛し、度を越した忠誠を誓う魔術師。
彼女が賢者の別荘で大暴れしたことが原因で、俺たちは王都に来ることになった。
そして俺を最初の死に追いやった人物でもあり、魔王の息子が王都中に張り巡らした空間転移の魔法を、彼女も得意としている。
彼女もまた、賢者の庭で空間転移を用いて王都へと向かった。
そして一回目の夜、賢者の指示で教会へと向かう俺の前に現れて、俺を攫い、俺が魔王としての記憶を持っていないことが分かると心臓にナイフを突き立てた。
薔薇の模様が入った柄が俺の血に染まっていく光景は、今も思い出せる。
……いや、思い出したくない。
それはそうとして、彼女は今、王都で何をしているのだろう。
賢者の家に彼女が現れて逃走し、再び会うまでの時間はほぼ丸一日。
恐らくは先に魔王の息子についての情報を仕入れて、何かしらの手を打とうとしていたはずなのだが……
……やはり空間跳躍の魔法が気に掛かる。
高度なこの魔法を使う二人が、偶々王都に揃ったとは考えにくい。
何なら、二人が手を組んでいたと考える方が早いだろう。
だがメリットは?
魔王を探し求める魔王の息子に、既に俺の正体を魔王と認めている部下。
一見、合致しそうな話だが、部下は魔王の息子を毛嫌いしていた。
何でも、勝手にあの方の名前を騙るなど無礼すぎるだとかなんとか。
それに一体、手を組むとしたら、二人で何をしようとするのだ?
(ある程度は考えが纏まってきたが、まだ肝心な部分に穴がある。どうすれば、この穴を埋められるのか……)
勿論これから王都の探索を続行するつもりなのだが、問題は山積みだ。
誰かに相談したい気持ちで溢れるも、目の前の勇者にだけは真実を言ってはいけない状態。
(こんなとき、賢者がいてくれれば……)
一緒に王都へ来たというのに、もうどれくらい顔を見ていないのか。
そう感傷に浸ってしまうと、胸の奥が随分と苦しくなってしまう。
ああ、ダメだ。考えるべきではなかった。
虹色の美しい髪を、澄んだ瞳も、二度と見ることができないのではなどと考えてしまう。
今はただ、前へ進むことだけを考えなくてはいけないのに、彼女と過ごした日々が郷愁となって俺の気持ちを揺さぶってくる。
せめて、彼女がこの世界にいないと割り切れれば、俺は強く前を歩けるのだろうか。
「いや、待てよ。そういえば……」
俺は賢者が魔法使いであり、魔法陣の解読に取り組む姿を思い出した。
もし彼女がこの世界にいるのなら、あの街中の魔法陣に気付かないはずがない。
「一か八か、やってみるか……?」
「おい、何の話だ?」
俺は眉間にしわを寄せる勇者を見た。
そうだ、もし敵が現れた場合でも、彼がいれば安全だ。
このままブラブラと街をぶらつくよりは、何かしらの情報が得られるに違いない。
「勇者、申し訳ないんだがもう一度、さっき見た模様が描いてある家に向かわせてくれないか? ちょっと気になることができたんだ」
「よく分からんが、お前の気が済むならば」
既に空となった食器を置いて、俺たちは菓子屋を出た。
そして早足で目的の場所に向かい、周囲が無人であることを確認してから、俺は息を吸い込んだ。
(大丈夫、伊達に賢者と長く一緒にいたわけじゃない。彼女から教わったことを思い出せ)
彼女は自他共に認める大魔術師。
その教えを軽くだが承った俺にも、魔法の知識は多少ある。
魔法陣とは、その模様の中に魔術式、コンピューターでいうプログラムコードやら計算式が埋め込まれており、正しい開け方で魔力を注ぐと反応して魔法が発動する。
だが、高度な魔法ほど、そのプログラムは複雑となり、発動も困難となる。
けれど、その解読方法なんかはどうだっていい。
(大事なのは、その後に言われた忠告だ)
つまり、俺がやってはいけない魔法の使い方。
一般的にはありえないことだが、俺だけができる力業。
魔王の残した大量の魔力が、俺の身体に溢れている。
俺は壁に刻まれた薄い魔法陣に手をかざし、指先に神経を集中する。
「……なあ、本当に何をしようとしている?」
魔術の回路が間違っていると魔法は発動しないが、間違っていることに気付かせないほど大量の魔力を注ぎ込んだ場合、どうなるか。
魔法陣に刻まれたシステムはエラーを起こし、けれども溢れる魔力はそのシステムの隅々まで埋め尽くして、そして……
「何だ、模様が輝いて……ッ!!」
魔法陣が、紫色の光をあげる。
けれど、部分によっては薄い模様のままである。
何度も点滅する模様もある。
更には全体にヒビが入り始める。そろそろ限界を向え始めたのだ。
見ると、周囲の壁や床に描かれていた他の魔法陣もわずかに光を放っている。
空間転移の魔法という関係上、ここ以外の転移先にある魔法陣も影響を受けているのだ。。
頭の中に、他の場所の地図や風景が流れ込んでくる。
恐らく、空間転移の魔法が無理矢理発動されようとしているのだ。
だが、それが成されることはない。
(魔法陣は今………王都中を巻き込んで、そして!!)
これほどに暴走した魔法陣。
あふれ出す魔力。王都中に広がるエラーの波紋。
ならば、誰だって一目で見て、何か異常が起きたのだと気付く。
だが、賢者ならば。
魔法に優れた魔法使いならば、見なくとも反応に気付けるはずだ。
(頼む、賢者。いるなら気付いてくれ)
無理矢理、魔法を発動させている間は、魔王の息子はこの魔法陣を使うことができない。
だが、俺にも限界というものがある。
魔力がつきることはないが、その魔力を流す身体は悲鳴を上げ始めている。
指先から焼け焦げていくような感覚。内部の神経がヤスリで削られたように暴れだし、頭が割れそうなほど痛い。それでも
「賢者……………居るなら…………どうか!! 俺に気付けええええええッッ!!」
この魔法陣の暴走に、果たして誰が気付いてくれるのか。
魔王の部下? 王都の魔術師? いいや、違うだろ。
誰よりも優れた魔法使いが、魔王さえも認めた彼女が真っ先に気付いてくれる。
これは俺の最期の悪足掻きだ。彼女がこの世界に居るという証明のために、未練を吹き飛ばすために闘っている。
どうか、どうか彼女がいるという存在証明を!!
ブッツン
突然、魔法陣は発光をやめた。
同時に、魔力を流すことはできなくなる。
ブレーカーの落ちたように、という表現が正しいのかもしれない。
魔法陣の描かれた白壁は一瞬にして、ただの家の壁となった。
それ以上でも、それ以下の意味もない・
(ダメだったか……)
魔法陣の受容できる魔力の容量を超えたことで、魔法陣のプログラムが壊れてしまったのだろう。
これで俺は、賢者がこの世界にいないことが証明されてしまい、俺はより一層、彼女と出会うためには高く険しい壁を超えなければならないことを意識してしまった。
そうだ……賢者にまだ名前を教えて貰ってなかったな。
彼女と交わした賭けの約束は、長い間果たされずじまいになってしまった。
いつの間にか俺は涙を流していたみたいで、地面に大きな染みができていた。
何だか無性に虚しい気分になって、俺が手を下ろそうとしたときだ。
一瞬にして、世界が闇へと包まれた。
足下の道がなくなり、重力が消え、自分の平衡感覚がなくなってしまう。
上下左右が分からなくなり、宇宙の果てに放り投げられたような感覚。
(これは……どうして、今?)
俺が為す術もなく、暗闇を漂ったそのときだ。
懐かしい顔が、暗闇の中で映し出された。
向こうは俺の姿をみて、簡単に一つ呟いて見せた。
「……何だか私のために叫んでいたようなのだけれど、随分と元気そうなのね」
少女が笑い、虹色の髪がなびいた。
今回は少し長くなってしまったのと稚拙な部分があるので、あとで結構な手直しするかもしれません(内容自体は変わりません)。
次回投稿は来週の日曜日を目指します。




