32 勇者と探検キングダム
すいません。また随分と間ができてしまいました。
作者のお盆休みが蒸発してしまったせいです。
ばしっと、背後から強い衝撃。
途端、ハッとして目が覚める。
「おい、大丈夫か。意識が飛んでいたぞ」
俺の背中を叩いたのは、変装して黒髪の一般人となった勇者。
行き交う人も少ないことも重なって、変装は上手く機能して、勇者の姿を気にとめる人はいない。
「あ、ああ。少し日差しが眩しくてな」
そういって誤魔化したが……確かに俺の集中力は散漫になっている。
どうやらこの死に戻りを繰り返しては疲弊が積み重なっているらしい。
今だって、勇者に叩かれなければ意識が戻らなかった。
なにしろ三度も死を経験しているのだ。完全に正気ではいられない。
魔王を倒してからしばらくの間も、あのときの恐怖や不安が蘇り、まともに眠ることができなかった。
あのときの光景が悪夢となり、深夜に何度も叫び、涙がとまらなくなった。
嫌悪の記憶をこれ以上増やす前にも、この王都を抜け出さなくては。
(さて、まずは一つ目の謎だ)
勇者を外に連れ出し、昼のうちに行おうと思っていたこと。
それは王都を探索することである。
今のうちにある程度の道を覚えておけば、目の利かない夜にも歩きやすくなる。
それに、魔王の息子が恐怖の象徴であることに変わりないが、この王都にも気になる部分があるのだ。
「勇者、街を回る前に、簡単に街の構造を教えてくれないか?」
そういうと、勇者はペンと紙を使って簡単な地図を描いてくれた。
中心に巨大な城があり、そのすぐ横に憲兵の本部。そして街をぐるりと囲むように大きな壁が建てられ、その中で人々は生活している。
勇者の家と、その近くにある射手の教会は城と壁の中間あたり。
軍事や行政といった他の主要な機関は、城を挟んで反対側。
スケール観はまだつかめないが、城も外壁も勇者の家から二十分も歩けばつくだろう。
現在地から少し歩くと、商店の並ぶ大通りがある。ここで勇者たちは魔王討伐を祝ったパレードを行ったそうだ。
まあ、地図だけを見ていても理解はしにくいし、実際に歩きながら確認しよう。
とりあえず一番最初の目的は……
「よし、勇者。この街に来るときに結構大きな門を通ったんだが、それってどこの壁にある?」。
「そうだな……恐らくは、この八番門だ。王都の中で最も古く狭い入り口だが、装飾は凝っていると評判だ。行きたいのなら、連れて行こう」
そう言うと、勇者は人通りの少ない方を選んで歩いて行く。
俺も勇者を見失わない程度の速度で歩きながら周囲を確認した。
通りの広さ。ガタガタのレンガ道。勇者の家からの距離。
やはり、この道の造りで間違いない。
この通りの先で、勇者は死んでいたのだ。
□□□
快晴の昼間ともあって、街は随分と明るい。
夜中には分からなかったレンガの様々な色合いもハッキリと映る。
反面、あんなに明るかった街灯は薄汚れた金属棒にしか見えない。
前回のループで、俺はこの道を聖剣に引きずられ、魔王の息子から逃走していた。
そして聖剣がとまったと思ったところで、勇者が瓦礫に埋もれていたのだ。
確か、この道では魔王の息子が空間転移を繰り返して、俺を追跡してきた。
射手も弓矢で応戦してくれたが、結果的に体力が尽きたせいで、俺は魔王に捕まってしまった。
(そうそう、この辺りの家の壁に魔法陣が浮かび上がってきた)
「そこに何かあるのか?」
俺が立ち止まったことに気付き、勇者は振り返って近づいてくる。
ただの白い漆喰で塗られた壁なので、不振に思ったのだろう。
俺は少し言い分けに困り、言葉を濁す。
「い、いやあまあ……」
「ああ、これを不思議に思ったのか。確かに珍しい落書きではあるな」
「え?」
勇者がそう言うので、俺は思わず壁を見返す。
扉も窓もない本当にただの白壁のはずなのだが……
「少し薄くなってはいるが、随分と馬鹿でかくはある。王都でもこういう類は珍しいな」
勇者がそう言うので、注意深く観察する。
すると、壁に残る白に微かな色の違いがあった。何か太い線みたいだ。
もしやと思い、壁を軽く手で拭うと、表面の白い粉がとれて、より鮮明に模様が浮かび上がった。
冷や汗が流れる。より大きく手を動かし、手の届く範囲の壁から粉を取り除く。
白煙が舞い、足までもが真っ白になった頃、その正体が埃の中で浮かび上がった。
模様は俺の記憶が一致し、いや一致しなくともこの位置にこれがある時点で、俺は乱れる呼吸を抑えきれない。
空間転移の魔法陣。
魔王の部下が賢者の家の庭に遺した物。
或いは魔王の息子が王都で何度も使用したものと同じものだ。
何故、これが今ここに存在している?
まさか昼のうちに魔法陣を壁にこっそり描いておき、魔法を発動しやすくしていた、とでもいうのか?
人通りの少ない街。そこで落書きをする者が居たとしても、見つからない。
そもそも住人の殆どが魔王の息子を恐れて避難している区域ならば、なおさら魔王陣を描く作業は簡単となる。
憲兵たちはどうした? いや、彼等が本格敵に巡回するのは夜だ。
なぜなら襲撃者が出没するのは毎回夜と決まっているからだ。
一晩中見張るため、大半の憲兵は昼のうちに休憩を取っておかねばならない。
しかも襲撃者は体術と鋼線を使用した戦闘しか行っていないとなれば、まさか高度な魔法を日中に仕掛けているとは思わないだろう。
夜に注意を向けさせることで、日中に堂々と作業を進めていたのか。
そうすれば、例え魔法が不得手な者であっても、容易に空間跳躍を発動させられる。
そして、俺は更に恐ろしい可能性に気付いてしまう。
まさか偶然この壁を見た俺が偶然描かれた魔法陣を発見した、ということではないのだろうと。
「ゆ、勇者。周囲に同じような模様は描いてあるか? こんな風に壁にうっすらと……」
「これに何か意味はあるのか? そうだな……ああ、あそこの壁にもあるな。あとはそこにも。何かの集団のシンボルマークなのかしらんが、結構あるな。お、もしかしてあれも」
勇者は動き回りながら、様々な場所を指し示す。
反対側の家、二回の屋根、隣家の倉庫、空き家の中。
視線の先には必ずあるというくらい、魔法陣は彫られていた。
明らかに異常な量だ。
(なんでこの場所だけ、無数の魔法陣を彫っている?)
いや、待て。
そもそもここだけにしか、魔法陣は存在しないのか?
魔王の息子は王都の彼方此方に出没しており、そして何度も姿をくらましている。
そして今夜、魔王の息子は憲兵や勇者たちの元へ次々と姿を表してくる。
ありえないと思いながらも、そんな可能性は捨てきれない。
(まさか……王都中に空間跳躍の魔法陣が張り巡らされているのか!?)
鋼線という夜には視認困難な罠。
それに気をとられ、まさかもう一つの仕掛けが既に仕掛けられていたとは思わなかった。
また、明らかに空間跳躍以外の目的を持って、この魔法陣は作られている。
そうでなければ、この近距離で幾つもの魔法陣を描く時間と労力が釣り合わない。
そしてこの膨大な量の魔法陣に、それを専門とする魔王の部下がいる事と無関係なわけはない。
だがそんなことを考慮するまでもなく、これが事実ならば、どうしようもない結論が浮かび上がっていた。
……俺たちは魔王の息子から決して逃げ出せないことだ。
次回更新は日曜日です。
来週か今週かのどちらかに投稿できたらと。
今年中に終わる目処は立ちましたが、そのために投稿スピードを上げていけるよう頑張っていこうと思います。