31 勇者を説得アウトドア
もう8月ですね(最終更新日時を見ながら)
暑いな。
けれど走らねばならない。
太陽の輝きが街を照らしだす。
角を曲がる。そして直進。
初めて来たくせに、よく見知った道を駆けていく。
道行く人もまばらなおかげで、もし近くに魔王の息子や部下とすれ違ったらどうしよう、といった不安はない。
それに今は真っ昼間。真っ暗な中を走るのと違って見通しが良い。
また、まだ鋼線を張った罠も仕掛けられておらず、街中がこんなにも歩きやすいことに少し感動した。
そろそろ、目的が近づいてきた。
見覚えのあるこぢんまりとした一軒家。
質素で飾り気のないこの家こそ、勇者の自宅だ。俺は扉をノックした。
数秒待つが、中から物音はしない。
「おーい、勇者は中に居るか?」
ほんの少し、最期に見た勇者の亡骸を思い出してぞっとする。
まさか彼は既に死んでいたりしないだろうか。
心臓が高鳴ったが、俺は息を吸って冷静さを取り戻す。
そういえば、初めてこの家を訪れたときも中々反応がなかった。
賢者と一緒に夕暮れの中で訪問して、無人なのかと首を傾げたことを覚えている。
そのときの賢者の呼びかけを真似て、俺は再び扉を叩いた。
「勇者!! 魔王が現れたぞーー!!」
バンッ!!
「何だとッ!? 何処にいる!!」
勢いよく扉は開かれ、直後に剣先が玄関から飛び出してきた。
俺の身体の数センチ横を通り過ぎ、見事な突きは繰り出され、そしてスーッと引き戻される。
ひやりとした感覚とともに、俺の寿命が再び縮まったのは言うまでもない。
「……うん? 貴様は確か」
剣から殺気が失われ、俺の顔を眺める青年。
少しやつれてはいるものの、健康そうな姿は変わらない。
いや……俺が最期に見た彼の死体からすれば、明るすぎるほどの顔色だ。
彼が生きていることを確認できただけで、随分と安心できた。
ただし、剣を突きつけられても喜んだ表情を浮かべられるほど俺は強くない。
「ひ、久し振りだな、勇者」
俺は、血の気が引いた顔で何とか笑顔を作った。
焦ると剣を抜き出す癖は、相変わらずのようだった。
□□□
勇者の家に上がらせて貰ってから十分ほど、俺は王都に来るまで経緯を説明した。
俺が住んでいた辺境に魔王の部下が現れ、そして魔王の息子の噂を聞いてやってきたこと。
ただし、そこから先の話……魔王の息子の正体や、俺が死に戻りをしていることには触れていない。
それに触れるとなれば必然的に、今の勇者が抱える闇にも関わることとなる。
突然の来客に自らの秘密を暴露されたとなれば、その動揺は計り知れない。
まずは重要な話題を伏せて置いて話すことで、彼は眉間にしわを寄せながらも、最期まで黙って聞いてくれた。
今回は勇者の機嫌を損ねて追い出される、ということはなくて済んだようだ。
「……以上が、俺の経験した出来事だ。そこで王都に来たんだが、まずは知り合いの元を訪ねるのが礼儀だと思ってな」
ちなみに、賢者のことは話していない。
無理に話題をややこしくすれば、彼の疑心を膨らませてしまうため、俺は戦士と行動していたという変更された設定に沿って話を進める。
「戦士は先に用事があるといって、俺に勇者の家までの道を教えてすぐ何処かに言っちゃって、俺一人が此処にいるというわけだ」
「そうか……」
勇者は静かに相槌を打ちながらも、やはり突然の来客には動揺しているように見えた。
特に、魔王の息子の正体については、俺が口に出した瞬間に拳を握りしめていた。
今この場にいる勇者は、まだ仲間の誰にも自分が引き籠もっている理由を伝えては居ない。
だから少しばかり、俺がどこまで真実を知っているのかを不安に思っていたのだろう。
だから、俺の話した情報の少なさに安堵したに違いない。
勇者は笑いながら、気持ちを落ち着けようとしていた。
「ハハ、そうか。また面倒ごとに巻き込まれていたとは……王都に来るまでの長旅も含めて大変だったろう」
ようし、今はまだ悪くない雰囲気だ。
ここから如何にして、勇者に聖剣を持つ覚悟を持たせるかだが……ううん、難しい。
俺は世間話をしながら、彼の沈んだ心を動かす瞬間を探っていく。
「本当に大変だったよ。でも俺だけじゃなく、勇者も随分と忙しかったんじゃないか」
「あ、ああ。そうだったな……」
「そういえば、今日は他に用事とかないのか? 俺がすぐさま出て行った方がいいなら、そうするけど。ほら、魔王討伐の凱旋とか」
「凱旋……いや、暫くはしないことにしてある。急ぎの用もない」
そう言いながら彼は、チラリと脇に置いた聖剣をみた。
俺が死んだ二つの時間軸両方で、勇者は聖剣を手放していた。
自分は勇者である資格はないと、何度も嘆いていたのを覚えている。
そして、俺はこの聖剣に引きずられたことを思いだし、地面に擦れていた腕を撫でた。
「ところで勇者……その聖剣について聞きたいんだが、その剣は勝手に宙を飛んでいってしまうこととかあるのか?」
「なんだそれは? 意味が分からない」
「い、いやあ、噂に聞いたんだよ。その聖剣がピューンと飛んで、持ち主の元に返ることがあるって。そんな不思議な魔法が本当にあるのかなって」
「ああ、そういう効果なら実際にあるぞ。ただ突然というよりは、聖剣に認められた持ち主が窮地に陥ったとき、その叫びを聞いて助けに来るというものだが」
なるほど。ということはあのとき、勇者が死にかけになったから聖剣が反応したのか。
しかしそれにしては、助けに行くタイミングが遅くはなかったか?
もしかすると……聖剣が勇者を勇者と認めるのに時間が掛かったのかもしれない。
勇者も鬱になり、自らは勇者を名乗る資格がないと言っていた。
そんな気持ちが関係して、聖剣もすぐには反応を示さなかったのかもしれないが……少しばかり理由が弱い気もする。まあ、後でじっくり考えよう。
そして暫くもやりとりを繰り返した。
近況の報告。互いの身近にあった出来事。何気ない世間話。
彼を奮い立たせるような場面を作り出すことができなかった。
(そうか……前回のような射手の説得がない分、勇者は立ち直ろうにも踏ん切りがつかないのか)
前回、教会にて射手の説得により、勇者は再び魔王の息子と闘う決心がついた。
その印象が強かった分、今回の勇者もすぐに俺に協力してくれるものとばかりに楽観視もしていたが、やはり俺の説得では難しいそうだ。
けれど、彼に行動を起こして貰わないと、魔王の息子を倒すのは難しい。
憲兵たちは次々と倒され、前回の射手は自分では倒せないと断言していた。
戦士は憲兵たちをまとめるのに忙しく、賢者に至っては居場所不明だ。
勿論、他にも王都には力を持った人はいるのだろうが、そんな人と王都初心者かつ世間慣れしていない俺がコミュニケーションを取れる保証はない。
ここはやはり、勇者の協力をこぎ着けなければ。
……仕方ない。妥協点を作るか。
「それにしても、戦士は俺を置いてどこに行ったんだろうな。折角有名な王都に来たのに、一人だと道も分からずに歩けないし」
少しわざとらしいかもしれないが、俺は困った顔を浮かべながら勇者を見た。
とぼけた振りで、彼の事情を何も知らぬよう装って。
「こんな天気の良い昼間に何もできないのは悔しいし……そうだ。勇者、少し俺の観光に付き合ってくれないか?」
「なに……?」
「今日は予定がないそうだし、家の中での長話も飽きてしまうしな。軽くでも良いから、この街を見物したいんだ」
俺からの誘いに戸惑う勇者。
そしておそらく、断る理由を見つけ出せないはずだ。
先ほど、既に急ぎの用事はないと口にしている。
更に、今の自分は引き籠もっているから外に出たくないなどと行ってしまえば、余計な詮索を受けることになる。それは今の彼が最も恐れることだ。
俺の狙いは、二つ。
一つは勇者を万全の状態で外に連れ出し、魔王の息子に対処できる状態を作って貰うこと。
もう一つは、昼間のうちに街をキチンと調査して、何か魔王の息子について手がかりがないかを探し出すことだ。
魔王の息子……一晩とたたぬうちに、王都中に罠を仕掛け終え、更には空間跳躍の魔法を使いこなす。
果たして、一人の人間にそんなことが可能なのか?
王都の大きさは分からないが、少なくとも王国一番の人口がいる街だ。短時間の単独の犯行にしては無理がある。
いや、空間跳躍の魔法を使いこなせば、不可能ではない……のか?
ともかくそんな大きな犯罪を為すには、相当の準備が必要だ。
ならば、昼の王都にしても手がかりがあるかもしれない。
それだけで探索する理由としては十分だ。
勇者は俺が思考する間も、やはり言い訳を取り繕おうとする。
俺はそれをやんわり否定して、不思議とばかりに首をかしげてみせた。
「いや……そうだ、俺よりも街に詳しい人に頼むべきだ。俺は凱旋ばかりしているから、街のことを詳しく知る時間はなくてな」
「大丈夫、一番有名な教会とかお城を眺めるくらいで十分だ。幾らで歩かなくても、王都に住んでいるのなら、流石にそれくらいの場所は分かるだろう?」
「……でも、戦士が帰ってくるまで大人しく待機すべきではないか? 迷子になったのかと心配されるだろう」
「それも大丈夫。勇者の家を警備していた憲兵が居たから、用事で出かける際は彼に言伝を頼んでおいてくれれば良いと、戦士自身が言っていたんだよ」
勿論、そんなことを彼は言っていない。
けれども憲兵がこの家の見張りとして居るのは確かだ。
そのお陰でこの王都での最初の夜に、勇者を訪ねた俺と賢者が捕縛されたのだから。
また、戦士は勇者パーティーとして顔の知られた存在であり、憲兵たちとも関わりがある。
憲兵も戦士が来たらすぐに分かるだろうし、勇者の言伝も預かってくれるだろうから、道理が通る。
「それに、俺が外で顔を見せれば、勇者を見ようと人が集まってしまう。観光の案内人としては不向きだ」
「今の王都は出歩く人も少ない。それに、どうせ素性を隠す方法も持っているんだろう? お前と射手が何度も一緒に出歩いていることは聞いているし。」
「魔王の息子……とかいう不審者も出ている。不用意な外出は危険だ」
「だからこそ、一緒に来て欲しいんだ。勇者が聖剣を構えれば、この街で誰よりも頼れる護衛になるからな」
勇者は言葉につまる。
俺は自分の良心を痛めながらも、悪意を隠して彼を誘う。
ごめんな、お前の苦悩は分かっている。それでも俺はお前を連れ出すしかないんだ。
「勇者、そんなに俺と出かけたくはないのか? もし俺が嫌いならそう言ってくれ。だったらこの家からすぐに出て行くからさ」
その言葉に勇者は苦い顔を見せる。
そしてようやく、彼の重い腰は浮き上がった。
「……いや、良い。準備をしようか。貴様に付き合おう」
□□□
「そういう、だったの……かしら」
私は声をこぼす。
手に持ったペンが滑り、書き終えた書類の上を跳ねて床に落ちた。
魔王の部下が訪れた夜から、今日までの怪事件。
調査を重ね、噂を検証し、思いつく可能性をまとめ上げた。
そして見えた一線の正解の筋道。
これが本当だとしたら、王国は滅びるのではないかしら。
私にとってこの国など資金と資料を提供するだけの存在でしかないけれど……今の王都には勇者パーティーと、彼が存在する。
この証明した結果が正しいのならば、彼は未だに抜け出せない呪縛に捕らわれている。
「それはとても……面倒なことね」
私は帽子を被り直し、壁に立て掛けていた杖を手に取る。
久し振りの戦いに、気を引き締め直す。
彼を助け出さねば。まだ私の名前すら覚えて貰っていないのだから。
「私は……賢者よ。この程度の事件、解決してみせるわ」
そうして最後に、ちらりと机上の書類を見直した。
書かれた考察、証拠。そして一番重要なのは……。
その結論を証明するため、私は部屋の外へ向かっていた。
「重要なのは……そう、世界を裏切ること」
彼は何時、その真実に気付くのかしらね。
すいません、随分と寝込んでしまいました。
体調には気をつけていこうと思います。
次回更新は……日付が一桁のうちにできたらと思います。
ご存じかとは思いますが、多少の遅延はお許しください。