vsエクス・ボバート
奏たち三人は少し遠くから、倒れている冒険者、コッコピーポ以外の存在がいるかどうか念入りに観察してから、そこに向かった。
「うわっ、これはひどいわね……」
「全員、胸に風穴が開いてる……です」
「……さっきのコッコピーポと同じ状態だな」
奏たちがそこで見たものは、先ほどのコッコピーポ同様に胸に風穴が開いた冒険者とコッコピーポの死体だった。冒険者の数はざっと見た限りだと4人、コッコピーポは6匹が犠牲になっていた。死んでいる冒険者たちの青色プレートを見る限り、全員ルノワールと同じCランクのようだった。
奏は冒険者が無残に死んでいる姿を見て、考え事をしていた。
人が亡くなっている姿を見るのは初めてだけど、やっぱり精神的に来るものがあるな……。この世界が平和な日本とは全く違う、常に死と隣り合わせだということを実感させられるな。冒険者として活動している以上、本人たちは覚悟の上だったんだと思うが。少し間違えば、俺たちもこうなるということだ。武器屋のおばあちゃんに宣言した通り、絶対無事に帰らなくちゃな。
「とりあえず、わたしはこの人たちのステータスカードとプレートを回収するわ。ルナちゃんは周囲を警戒、カナデはコッコピーポたちの剥ぎ取りをお願い」
「了解……です」
「……ああ」
ステータスカード?なんだそれは。
そういえば冒険者たちの周辺に、何かグレーのカードらしきものが落ちている。よし、分からないことは、まず〈確認〉だ。
『ステータスカード』
固有名がある者の命が尽きた時、その者の体内から弾き出されるカード。亡くなった者のステータスが書かれている。鑑定では分からない魅力、運、称号などの情報も記載されている。
ほう、つまりもし俺が死んだとしたら、俺がどういう存在か周囲に一発でばれるわけか……。これは、意地でも死ぬわけにはいかないな。絶対神の孫なんて知られたら大騒ぎ間違いなしだ。俺の死体が崇められてしまうかもしれない。想像しただけで吐血しそうだ。
それから何かが襲撃してくることもなく、カード、プレート回収と剥ぎ取りを終え、ギルドにこの冒険者たちの件とクエスト達成の報告をするため、来た道を戻ろうとした時だった。
「ぎゃぁぁぁぁ――……」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。これは人の悲鳴っぽいな……。
「どうする?この辺にヤバいのがいるかもしれないぞ」
「冒険者の悲鳴よねたぶん。今から救援に行ったところで……」
「もし襲ったのがBランクの魔物だったとしたら、わたしたちのレベルで行くのは自殺行為……です」
「こっちに戻って来るかもしれないし、早めにどこかに隠れておくか」
「賛成」
「私も賛成です。勇気と無謀は違う……です」
奏たちは近くの密集している木々の後ろに隠れて、状況がどう動くか様子を見ることにした。
三人が隠れてから10分ほどが経過した頃、そいつは姿を現した。
体長2m以上はあるだろうか。紫色の堅そうな毛で全身を覆い、丸太の様な長くて太い腕を引きずりながら、二足歩行をしている。ゴリラのような顔をしており、口からは鋭い二本の牙が飛び出ていて、いかにも凶暴そうである。その魔物はコッコピーポの死体のところへ行き、死体を貪り始めた。
グロイなぁ……。あいつ肉食なのか?冒険者たちから食べ始めないのは、防具が邪魔で後回しにしてるのかもしれない。くそっ、ここからじゃ〈確認〉の範囲外で、あの紫ゴリラのステータスが見えないな。どうしたものか……。
奏がふとレクシャとルノワールの方を見ると、二人とも驚愕した表情をしていた。レクシャは実際に、Bランクの魔物が現れたことに対して、純粋に驚いているのだが、ルノワールは違うことに驚いていた。
(おかしいです。あの魔物は胸に風穴を開ける攻撃などしないはずです。どちらかと言えばパワーで押しつぶすタイプだと聞いたことがあるです。どういうことです……?もしかしたら、あの魔物以外にもBランク以上の存在がいる可能性があるです。カナデさんたちにどうにかして伝えないとですね)
ルノワールがそんなことを考えていた時、唐突に奏とルノワールの手を握る者がいた。もちろん、レクシャである。
レクシャは伝力を使い、二人にテレパシーを飛ばしてきた。
(うまくいったかな。二人とも聞こえる?)
(ああ、聞こえてる。やっぱり便利だなその能力)
(聞こえてるです。すごいです)
(カナデ、アイツのステータスってそこから見える?)
(いや、見えないな。10m以内じゃなきゃ見えないんだよ)
(そうだったの?カナデのことだから制限とかないのかと思ってた)
(人をなんだと思ってるんだ)
(お二人ともちょっといいです?気になることがあるです)
ルノワールは先ほど気づいた違和感を二人に説明した。もしかしたら、別の存在がいるかもしれないことを。
(この大森林ってそんなに危険な場所なのか?もう一匹とかやめて欲しいんだが……)
(まずいわね……。そうだとしたらアイツから隠れてる間も、危険ってことじゃない)
(もしかしたら、人や魔物を集めるために、わざと死体を放置したという可能性があるです?)
(恐ろしい考えだが、その方向で考えた方が現実的かもしれない)
(ちょっと!それってわたしたち人間が罠にはめられたってこと?)
(ただ向こうの方が上だっただけさ。非常に効率的な狩りの仕方だな)
(感心してる場合じゃないでしょ!どうするのよ!)
三人が、別の存在による罠の可能性について議論している最中に、それは起こった。
「ウボォォォォ!!」
突如、コッコピーポの死体を貪っていたゴリラのような魔物が奏たちのいる方へ、全力で駆けてきた。
(二人とも横に跳べ!!)
そいつは奏たちが隠れていた木々を、突進の勢いに任せて粉々にし、そのまま少し進んだところで急に止まった。助走なしにも関わらず、約40mあった距離を3秒程で縮めてくるのだから、脅威以外の何ものでもない。そして、今の突進で誰も仕留めていないことに気づくと、ゆっくり奏たちの方へと振り返った。その眼は、気のせいだろうか、奏たちから見ると、どこか笑っているように感じられた。
危なかったぁー!いきなりすぎてびっくりしたわ!このゴリラ!
奏は瞬時に〈確認〉を使い、ステータスを調べた。
エクス・ボバート メス
レベル59
HP:390
MP:21
攻撃力:236
守備力:212
素早さ:189
魅力:11
運:23
能力:猪突猛進、薙ぎ払い、粉砕、嗅ぎ取り
「種類はエクス・ボバート。レベル59だってよ」
「し、死ぬかと思ったわ。はぁ、やっぱりボバートって59!?」
「これは、覚悟した方がいいかも……です」
「気づかれた原因は能力にある嗅ぎ取りだろうな」
「ボバートにそんな能力あったっけルノちゃん?」
「ただのボバートにはないはず……です。エクスが付くのは変異種の時……です」
三人が呑気に会話していると、再びエクス・ボバートが突進する構えを見せた。同時に、全員に対して牙を剥き出しにして威嚇してきた。そして、まずはレクシャを狙うことにしたらしく、ボバートの眼はレクシャのみを見ている。
「レクシャを狙うとは……ふざけた奴だ」
奏は、冷静に時間を停止させた。
そして、先ほど上がった攻撃力を信じて、青銅の剣をボバートの両目に連続で突き刺した。毛や皮膚に覆われていないところならば、どんなに防御力が高くても攻撃自体は通る。それが、目などの柔らかい場所ならばなおさらである。脳まで届かせる軌道の突きだったが、それは目の奥にある硬い骨みたいなものに阻まれた。しかし、はるか格上の魔物相手に、ほぼ確実に視界を奪えるのはおそらく奏だけだろう。実に反則的な存在である。
残り1秒になり、奏は力任せに首にも刺そうとしたが、硬い皮膚に弾かれ、青銅の剣が折れてしまった。流石に青銅の剣で、Bランクの魔物の皮膚を傷つけられるほど甘くはない。
そして、残存停止時間が0になり、再び時が動き出した。
奏は残り時間が0になった瞬間、すぐさまその場を離れ、様子を観察し始めた。
エクス・ボバートは、いきなり視界が真っ黒に塗りつぶされ、直後、目に途轍もない痛みを覚え、混乱状態のまま絶叫し、その長い腕を振り回して暴れ始めた。周囲の木々は、無残にへし折られて宙を舞っている。
「い、今のもカナデが!?本当に全く何をしたか分からないわね」
「さすが……師匠です!」
やっぱり目だけじゃキツイか……。それにしても、元気だなぁゴリラさん。
「残りHP240ってとこだ。どうする?並みの攻撃じゃ、傷つけるのは無理だ」
「カナデ、わたしの伝力って戦闘に応用できるって言ったわよね?」
「ああ、言ったな。何でも伝えられるならだが……」
「試したいことがあるんだけど、二人ともちょっといい?」
レクシャが二人に作戦を教えている間に、ボバートは痛みを必死に抑え、両目の視力を奪われながらも、嗅ぎ取り能力で三人の位置を把握し、やはりレクシャに突進する構えを見せていた。
レクシャの作戦を聞き終え、奏とルノワールの二人は、まずボバートの足を止めるために動き出した。
奏はベルトに無理矢理差していた棍棒を引き抜き、ボバートの頭に向かって、思い切りぶん投げた。勢いよく縦に回転しながら、棍棒がスタートを切ろうとしているボバートの頭に見事直撃した。目が見えないので動きが鈍くなっているらしい。
棍棒は砕け散ったが、ボバートの意識を奏に向けることに成功し、奏は心の底からゴブリンに感謝した。同時にこの世界に来てから、初めてお世話になった武器ということもあり、静かに黙祷を捧げた。
一方、ルノワールは自慢の素早さを活かし、棍棒がボバートの頭に直撃した直後には、既にボバートの右足の前まで到達していた。そして、黒狼石の短剣をボバートの右足の親指に突き刺した。正確に言えば、親指の肉と爪の間に突き刺したのだが……。
その結果、ボバートは予想だにしない所からの攻撃による激痛に絶叫を上げ、今度は標的をルノワールに移そうとしたのだが、一瞬で彼女の気配が消え、嗅ぎ取り能力により位置を特定した時には、既に奏がいるところまで離れていた。
この二人に気を取られたのが、ボバートの最大の過ちであった。なぜなら、レクシャを完全にフリーにしてしまっていたからだ。
ボバートが、ふと嗅ぎ取りによる位置把握に違和感を覚えた時には、すべてが手遅れだった。レクシャがルノワールと入れ替わるように、ボバートの懐に入り、双剣を構えていた。そして、レクシャがボバートの胸に、双剣による斬撃を連続で叩き込んだのだった。
通常なら、この斬撃がボバートにダメージを与えることはないだろう。しかし、忘れてはいけない。彼女が有しているのは、特殊能力の伝力である。
ボバートは自分の胸に傷がないことを確認し、レクシャに向かって腕を振り上げた瞬間、事態は急変した。
ボバートが突然、大量の吐血をして、膝をついたのだ。それも、胸を押さえながら……。
「カナデ!やったわ!これが必殺技ってやつね!名付けて内斬剣よ!」
「喜ぶのはいいが、ちゃんとトドメを刺してからにしなさい」
「わ、分かってるわよ」
そう言って、レクシャは膝をついて苦しんでいるボバートの首を、双剣で勢いよく斬りつけた。その後、直接首から血が出るわけでもなく、エクス・ボバートは絶命した。
直後、全員の頭にレベルアップ音が鳴り響いた。