神爺現る
突如、教室全体が激しく揺れて光に包まれたと思ったら畳の良い香りのする和室にいた……。
そう、今俺は和室にいる。
「どこだここは……」
部屋の中心付近には炉があり、前方の壁には【なんとかなるさ】と書かれた掛け軸みたいなのが飾ってある。掛け軸のセンス……。左の方を見てみると障子が開いていて、見ている者の心を落ち着かせるような立派な日本庭園みたいな風景が目に飛び込んでくる。庭園の自然に溶け込んで水の流れる音と、ししおどしの音も聞こえてくる。
「茶室にいるのか……?」
「そうじゃよ」
左の庭園を見ながら、ついひとり言を漏らすといきなり掛け軸もどきの方から声がかかった。驚いて視線を前に戻すと炉を挟んだ向かい側に、長く白い髭をした爺さんが正座をしながらこちらを見て微笑んでいた。そして、今気づいたが俺もいつの間にか正座してた……。
「……爺さん誰だ?」
「もちろん神じゃよ」
いきなり前方に爺さんが出現しただけでも怖いのに、神とか言い始めた。怖すぎ。ただでさえ事態が把握できてないのにそれに拍車をかけないでくれ。
「すまんのう。驚かせてしまったようじゃな」
「……」
「そう警戒せんでも大丈夫じゃよ」
いやいや。この状況で警戒しないとかありえないから。いくら危機管理能力の低い日本人の俺でもさすがにね……。爺さんが神様なのはこの際置いておくとして、俺は教室にいたはずだ。それで瀬川ちなつと海老原琴美に返事をしようとして……。気づいたらここにいると。教室にいた他の奴らはどこに行ったんだ?第一、これは現実なのか。それとも夢なのか。わからないことが多すぎる……。
「疑問に答えるとするかのう。これは夢じゃないぞい。お主がいるこの茶室は儂が創った異空間にあるんじゃ。お主を含めて教室にいた他の子達全員、魔法が飛び交う異世界アルガルドのとある王国に召喚されるようだのう。あと儂は神じゃよ。」
待て待て爺さん、あんた人の心読めるのか……。ホントに神様っぽいな。突っ込みたいことは山ほどあるが……。
「なぜ俺だけここにいる?」
「お主達が召喚されようとしている時に、儂がそれに干渉して一時的に呼び寄せたんじゃよ。お主に渡すものと話したいことがあったのでな。ぽいじゃなくて本物の神じゃよ。」
「一時的ってことは俺もその異世界アル……なんとかに行かなきゃいけないのか?」
「うむ。召喚は非常に強制力が強いものなんじゃよ。本来、一時的に干渉すら出来ないんじゃが……。そこは、ほれ、儂がすごいから可能だったんじゃよ。残念ながら元の世界に帰してやることはできんのじゃ。すまんのう」
「いや、爺さんが召喚したわけじゃないんだ。謝らないでくれ」
しかし、異世界召喚か……。そういえば母さんがよくネットで異世界ものの小説をなぜか懐かしそうに読んでたなー。表情は変わってなかったけどなとなく分かるんだよね。親子だからかな。それで俺に異世界について熱心に解説してたっけ。あの時はフィクションだと思ってたから、あまり真剣に聞いてなかったなー。もしかして母さんは異世界について何か知ってたんだろうか。
「お主の母親も異世界に行ってるぞい。元居た世界に戻ったという方が正しいのう」
「……は?」
「うむ。儂がお主に話したいことがあると言ったのはまさにこの件のことなんじゃよ。お主の母親は異世界アルガルド出身なんじゃよ。あの子からしたらお主が生まれた地球が異世界ということになるのかのう」
えええええ!?
今までの説明で一番の衝撃なんですけどっ!!
なにそれ?じゃあ母さんは一人で元居た世界に帰ったってこと?そりゃいくら捜索しても見つからないわけだ……。てかそんな簡単に異世界って行き来できるのかよっ!
「勘違いしておるうようじゃが、あの子は自分から望んで元の世界に帰ったわけではないぞい。お主が居た世界で言うところの〔神隠し〕というやつじゃな。〔神隠し〕に遭うとアルガルドに居た者は地球へ。地球に居た者はアルガルドへ飛ばされるんじゃよ。いかにも儂が隠したみたいでそんな名前を付けた輩に説教をしてやりたいわい。儂は全く関係してないのにのう。さぞかし地球の神も困惑してるじゃろうて」
爺さんが言うには、本当に奇跡みたいな確率だが地球とアルガルドの両世界で〔神隠し〕が発生するんだとか。でも、その奇跡みたいな発生率の〔神隠し〕に2回も引っかかる母さんって……。
神の爺さんも両世界で〔神隠し〕に遭う人を初めて見たらしい。
ちなみにアルガルドから地球に来た者は元々持っていた特殊能力や魔法を引き出せなくなり、逆に地球からアルガルドに来た者は特殊能力や魔力を得るらしい。ということはホントは母さんも色々な能力を持ってたけど地球では引き出せなかったわけか。異世界小説見て懐かしがるのも納得だな……。
「アルガルドから地球へ行った者の方が厄介なんじゃ。地球は戸籍の問題など色々あるからのう……。暴力なんてもってのほかだしのう。地球の神はその人物を地球にうまく溶け込ませるために苦労しておるようじゃが……。お主の母親の時も子どものいない老夫婦のところで暮らせるように調整したりのう。さすがにあの老夫婦の性格だけは予想外だったみたいでのう。地球の神が申し訳なさそうにしておったわい。儂はアルガルドの神でよかったよかった。細かいことは気にしなくてもいいんじゃからな。ほっほっほ」
「地球の神はストレスがすごそうだな……」
それにしても、あの老夫婦は母さんの本当の親じゃなかったのか……。これから先俺もいなくなって母さんが残したお金を使い込むんだろうな。パチンコに、酒に、競馬と……。
いや、もう関係ないか。おそらくもう地球に戻ることはないしな。
しかし、まだ実感が湧かないな……。俺も向こうの世界に行ったら何か特殊能力を得るのだろうか。あれ?現在、俺は神の爺さん……ちょい長いからこれから神爺と呼ぼう。その神爺と会話してるわけだがこの時間って他の召喚された奴らってどうしてるんだ?まさか俺だけ後から遅れて登場みたいにならないよな……。絶対目立つじゃん。そのパターン。
「神爺って……。まぁそれでいいわい。そこら辺は心配しなくても大丈夫じゃよ。この茶室空間では時間は経過しないからのう」
神爺よ。さっきから心を勝手に読まないでいただきたい。もし俺がめちゃくちゃピンクな想像をしてたら神爺にばれるわけだろ……。最悪じゃんか……。
それはともかくなんだ時間経過しない茶室空間って。すごいな。さすが神爺。そろそろ本物の神って認めよう。
「やはり今まで信じてなかったんかいなお主は……」
「なんかごめん……。まぁ、その件は置いといて神爺は母さんのことあの子って呼んでたけど知り合いなのか?」
「うむ。あの子の知り合いというよりお主の父親には儂は色々助けられたからのう」
「もしかして俺の父親もアルガルドの人なのか?」
「人……というより天使じゃよ。お主の母親は人間じゃからお主は天使と人間のハーフ。つまり天人じゃ」
……ん?
また神爺が訳分からんことを言い始めたぞ……。
父親が天使?あと、その言い方だと俺が人間じゃないみたいに聞こえますよ。
「簡単に言うと天使の血が混じった人間というこじゃよ。ちゃんと人間の括りに入っとるから安心せい」
「この空間に来てから何回驚いてるんだ俺は……」
もし、普通に感情が顔に出る人間だったら、俺の顔は相当面白いことになってるだろうな。
「お主がいた地球でもちゃんと人間として問題なく暮らせてたじゃろ?」
「ああ。病院とかで血液採取されて人間じゃありえない血だったりしたら大事件だもんな。未確認生物認定されてどこかの組織に連れ去られそうだ……」
「ある程度現実を受け入れられたようじゃな。それでお主の父親についてなんじゃが……」
「なにか言いづらいことなのか?俺は大丈夫だから言ってくれ。頼む。」
「うむ……。ならば言おうかのう。お主の父親はすでに亡くなってるんじゃよ……」
そんな気はしてた。一度も会ったことはないとはいえ、やっぱり少しショックだな。今までは父親についてあまり気にしたことはなかったけどこれは知ることができるいい機会かもしれない。母さんは俺の父親については何も言及したことなかったしな。もう会えないのを知ってて、つらくなるから話さなかったのかもな。
「神爺…。俺の父親について話してくれるか?」
「よかろう。お主の父親のゼノンはそれはもう女好きな男じゃったのう」
「え?」
なかなかに立派な男だったとでも言うのかと思えば女好きっって……。父さん……。
「ゼノンは元々儂の下で働いていた天使だったんじゃよ。顔がすこぶる良かったもんじゃから、それはもうモテモテだったのう。儂は直接アルガルドに干渉できないもんじゃから、下界で問題が発生した時は代わりによく解決しに行ってもらってたんじゃ。」
「まさかとは思うが……」
「うむ。お主の思ってる通りじゃ。その下界でゼノンの心を射止めたのがお主の母親アイリじゃよ。ゼノンもあの子に出会ってからは女好きも鳴りを潜めていたようじゃがのう」
たぶん母さんが怖かっただけだろうな……。
しかし、こうやって聞くと残念なところもあるけどなかなか面白そうな人だったんだな。
「お主もゼノンに似てモテモテライフを満喫する器は十分じゃぞ。いや、ゼノン以上じゃなお主は」
「いやいや、それはないだろう……」
俺がモテモテになる素養があるだと!?ずっとぼっちだったんですけど……。お世辞かもしれないからあまり期待は禁物だな。うん。
「納得しておらんようじゃが……。まぁいいわい。それでお主の父親の死因じゃがな、とある魔族にやられたんじゃよ」
「魔族?」
やっぱり魔族とかいるのか。しかし、魔族かー。人間と敵対してたりするテンプレ展開なのかな。
「魔族にも色々いるからのう。一概にはそうは言いきれんのじゃよ」
「それは人間にも言えることだしな……」
「人間と友好関係にある魔王もいるしのう」
「魔王って一人じゃないのか?」
俺が聞いた異世界小説では魔王は一人だったな。そもそもこれから行くアルガルドはどういう世界なんだ?
「現在、魔王は五人確認されておるよ。もしかしたらもっといるかもしれんのう。称号に魔王が付いたら魔王じゃからのう。別に魔族じゃなくてもなれるし、基本的に種族で差別はするべきじゃないことはお主も理解できておるじゃろ?」
「ああ……」
「でじゃ。これからお主の行くアルガルドは大きさでいうと地球の5倍はあるかのう」
でかっ!
「そして、アルガルドに住む主な種族は<人間族><獣人族><エルフ族><妖精族><魔族><鬼人族><竜人族><ドワーフ族><小人族><巨人族>などじゃ」
「天人族はどうなんだ?」
「天人族は現在お主以外に儂は確認してないからのう。下界でもすでに滅んだと思われてるようじゃな」
「などって言ってたがまだ他にも種族がいるってことか?」
「アルガルドは広いからのう。まだまだ未知の大陸や島が無数にあるんじゃよ。お主が自分で冒険してみるのも面白いじゃろうて。ロマンというやつじゃのう。お主達が召喚されるところは、アルガルドでも比較的栄えてる大陸のひとつでレグルス大陸じゃな。細かく言うと、その大陸の西方にあるガルズ王国という国じゃ」
「どんな国なんだ?」
「それは実際行って自分で確かめた方がよくわかるじゃろうて」
百聞は一見に如かずってことか。
しかし、強制的に人を召喚させるような国だ。信用ならないのは確実だけどな!
それから、しばらく俺の地球での生活について話したりなんかしてたら、神爺は微笑みながらこんなことを切り出してきた。
「さて、そろそろお主に渡すものについて説明をしようかのう。もうゼノンの時のように後悔したくないのでな」
一体何を渡されるのだろうか――――