異世界料理と猫耳少女
宿に戻り、奏が自分の部屋に入ろうとすると、なぜかレクシャも一緒に後をついてきた。
「ここって俺が泊まってる部屋で合ってるよな?」
「ええ、合ってるわ。そんなことよりカナデ、わたしたち冒険者ギルドに行ったにも関わらず、忘れてきたことがあるわよね?」
そう言って見つめてくるレクシャ。怖いよ!すごいプレッシャーを感じる!どうしたってんだい。
忘れてきたことか~。う~ん……あっ!
「そうだった、ミザリーさんの犬み――
「そうよ、パーティー登録よ!」
部屋を微妙な空気が支配する。
「もちろん、パーティー登録の件だと思ってたよ」
「気のせい?全く違うことを口にしたように聞こえたんだけど……。確実に、犬って言ったわよね?」
「気のせいだ。レクシャは少し疲れているんだよ」
「誤魔化されないわよ!こんな時でも、無表情なのが腹立つわね!」
「もし、俺の表情を変えさせることができたなら、レクシャ……お前は本物の逸材だ」
「その意味の分からない上から目線やめなさいよ!」
この二人は、基本どこにいてもこんな感じらしい。
そうだった。というかレクシャも、あんなにパーティーパーティーはしゃいでたのに、宿に着くまで忘れてたのか。でも、俺がパーティー登録の件を忘れてたのは、ミザリーさんの犬耳が活発過ぎることによって思考が散らされたことが、要因としてはとても大きい。結論、犬耳ピコピコかわいかった。
こうして奏は、自分の頭の中で責任を罪のない犬耳に押し付けて、強引に自己完結させたのだった。
魅力60とは思えない、なんとも残念な男である。
「明日はクエストボードに向かう前に、まず何をするよりも先にパーティー登録をしよう。レクシャはそれでいいか?」
「犬について追及したいけど、絶対自供しないだろうしそれでいいわ!」
話を終え、時間も時間なので夕食をとることになり、二人はジャックおすすめの店を聞くために1階に降りた。
降りてみると、受付にはジャックの姿が消えており、代わりにレクシャと同年代くらいにみえる素朴な感じの女の子がいた。その子は、二人が2階から降りてくると声を掛けてきた。
「お父さんに聞いてたよりもずっとお若いですね。今からお出かけですか?」
「もしかして、おじ……、ジャックさんの娘さん!?」
レクシャよ、誤魔化せてないぞ。俺の犬発言と同じくらい誤魔化せてないぞ。いっそのことそのまま「おじさん」と言った方が自然だったぞ。
「はい。私、ジャック・ハーミルトンの娘のケイミー・ハーミルトンです。普段は父ではなく、私が受付をしてるんですよ」
「よろしく、ケイミーちゃん!やっぱり同年代の同性の子が近くにいると安心するわね!」
おっ!ケイミーちゃんが自然にスルーしてくれたぞ。よかったなレクシャ。それにしても、今のレクシャの発言は、俺では安心できないみたいにも聞こえるが……。まぁ、いいか!
「それで、ケイミーちゃん!この辺でおいしい料理が食べられる場所を知らない?」
「それなら、通りを挟んで、ちょうどこの宿の向かい側にあるお店が安くておいしいですよ」
「へぇ!すごい近いじゃない!お腹空いてたから助かるわ!情報ありがとう。カナデ行くわよ!」
「はいはい」
結局、二人の会話に一度も口を挟めないまま、話が終わってしまった。でも、素朴な感じがグッドな子だったなぁ。性格はジャックのオッサンとは全く異なる落ち着いた様子で、あの子にはツインテールよりポニーテールの方がよく似合いそうだ。俺が女の子のポニーテール姿を想像するとは……これが成長を感じる瞬間ってやつだろうか?
ツインとポニーといった髪型のことで頭の中がいっぱいな時点で、おそらく成長は気のせいである。
奏とレクシャの二人は、ケイミーに手を振られながら宿を出て、前方に見えている料理屋へ向かった。
料理屋の中は、既に酒盛りをしている客などで賑わっており、熱気が感じられた。幸運にも一つだけ空いている4人用のテーブル席があり、二人はそこに座った。
「頼み方どうする?」
「とりあえず、それぞれ食べたいものを頼むとして、それで足りなかったら何か二人でつつける料理を頼もうか」
二人してテーブルに置いてあるメニューを覗き込むと、レクシャの顔がかなり近い位置にあることに気がついた。童貞には非常につらいものがある試練だな。内なる興奮を必死に抑えてるのがばれなきゃいいが……。
それになんだか、デートみたいだなこれ。本気で緊張してきたぞ。レクシャはそこまで気にしてないみたいだが。パーティーだとこれくらい日常茶飯事になるんだろうな。慣れるしかない!
「そうね。わたしはテリトリーボアの照り焼きとヤクモモ草のサラダを頼むわ」
「俺は……キラーバイソンのステーキにする」
正直、メニューの文字だけ見ても絵がなきゃさっぱり想像できない……。なので、唯一知っているキラーバイソン、君に決めた!名前が怖くてスルーしたことは謝るよ。ステーキだからハズレはないだろう。
店員に料理を注文し、待っていると一人の女の子が俺とレクシャに声を掛けてきた。
「あの……空いてる場所がここしかなくて、相席してもいい……です?」
声を掛けてきたのは人物は、黒い猫耳に、肩まで伸ばした艶のある漆黒の髪、そして黒いしなやかなしっぽをふらふらさせた、猫耳少女だった。