粋な宿屋
予定通りディーレの街に着くことができ、上機嫌なレクシャの後ろを歩いている奏は気になっている疑問を彼女に投げかけた。
「しかし、意外だな」
「何が意外なのよ?」
「レクシャのことだから、ここに着いてから真っ先に向かうのは冒険者ギルドの方かと思っていただけだ」
「ああ、そのことね。ここに着く前はそう思ってたんだけどね……」
「もしかして、この人の数が関係してるのか?」
「正解。思ってたより人が多いのよ!この街はそこまで人が集まらないって話だったのに!」
そう、ディーレの街に着いてからこの状態が普通なのかと思い、スルーしていたが王都と同じくらいの人の多さだ……。この時期に何かあるのだろうか?
「だから先に宿を確保しようってことか」
「そういうこと!まぁ、埃まみれのベッドでいいなら泊るところはいくらでもあると思うけど」
「……普通の宿に泊まろう」
「同意するわ」
こうして奏たちは東エリアに行き、高すぎないちょうどいい宿屋を探しているのだが、そういう宿はどこも既に満室だった。二人は満室と聞く度に、脳裏に埃まみれのベッドで咳き込む自分の姿が浮かび、必死にそれを否定する作業を繰り返していた。そんなことをしているうちに、できればここには泊まりたくないと思わせるような、みすぼらしい外観の宿屋の前に到着してしまい、その場で二人は佇んでいた。
「なぁ、入ってみるか?」
「カナデ、あんた本気で言ってるの?」
「そろそろ妥協する頃合いだし、泊まれないよりマシだろ」
「……分かったわよ」
二人は、意を決して宿屋の中に足を踏み入れた。
入った瞬間二人は唖然とした。なぜなら……
「夢かこれは。あの外観は何だったんだ?」
「カナデ……。わたしのほっぺた叩いてよ」
外観を徹底的に裏切り、宿屋の中は決して豪華とは言えないが、清潔感溢れる空間だったからである。二人がその光景を見て立ち尽くしていると、どこからか男の野太い声が聞こえてきた。
「おっ、客か。受付はこっちだぞお前ら」
二人が声がした方を見ると、そこには屈強そうな一人の戦士がいた。正確には、巨大な斧を背負い、プレートアーマーとも呼ぶべき鎧を着て、こっちに手を振っている。表情は兜で一切見えない。接客業としては、この段階で盛大にアウトである。
奏はそのアーマー男を見た瞬間、思わずステータスを〈確認〉してしまった。
ジャック・ハーミルトン 男 人間 39歳
レベル32
HP250
MP30
攻撃力:165(+25)
防御力:225(+40)
素早さ:112(-15)
魅力:25
運:15
武器:アルビオの大斧(攻撃力+25)
防具:バルク鉱石のフルプレート(防御力+40 素早さ-15)
【特殊能力】
硬化
【魔法】
初級火魔法
【称号】
堅忍不抜
おお!?強いぞこの人!レベル30台とかすごいな。特殊能力や魔法もあるし、称号まである。明らかに宿屋の受付のステータスじゃないぞ。
「なんだ坊主。こっちをジッと見つめて。オレにそんな趣味はねぇぞ?」
そう言って軽快に笑っているこの男は悪い奴じゃなさそうだ。こっちも固まってる場合ではない。隣でレクシャが「カナデってそっち系だったの!?」とか言っていたので、軽くぷにぷにのほっぺを抓ってやった。
「安心してくれ。俺にもそんな趣味はない。それより部屋は空いてるか?」
「ああ、空いてるぜ!ここは知る奴ぞ知る宿屋だからな。客は少ねぇんだ」
ここでレクシャがオッサンにツッコミを入れた。
「なんでわざわざあんな外観にしてるのよ!中は綺麗なのに外観で客が逃げちゃうじゃない!」
その通りだ。普通に考えて、もったいないこと極まりない。
「オレはなぁ、外見に囚われるような奴は冒険者として大成しないと思ってるわけだ。それで外見に囚われない粋な奴をこの目で見たいがためにこの宿屋をやってんだ。実際、ほとんど切り盛りしてるのは女房とかわいい娘たちなんだけどな。だから、別に金儲けのためだけにやってるわけじゃねぇのよ!ってちゃんと聞いてるかお前ら?」
「「聞いてるぞ(わよ)」」
何かオッサンが語り出した。しかし、なかなか面白い宿屋だな。
「そりゃあ、冒険者じゃない奴もたまには来るが、そういう時はそいつの目を見りゃ、冒険者か冒険者じゃないかすぐに分かるからな。先に言っとくが、決して装備で判断してるわけじゃないからな。本当だぞ!お前らは粋な目をしてるな。冒険者だろ?」
「わたしは冒険者だけどカナデは違うわよ」
「な、なんだと……オレの目に狂いが……」
「レクシャ……俺はこれから冒険者になるつもりなんだから、そこはオッサンの話に合わせてやるべきだぞ」
「え~」
「オレの前でそんな話をするんじゃねぇ!そんな中途半端な優しさならいらねぇよ!」
この全身鎧のオッサンはいじられキャラなのか?
「それより、何でオッサンは全身鎧で受付やってんだ。この宿屋の外観と同じくらいのインパクトがあるぞ」
「あのみすぼらしい外観とこのフルプレートを同列に語るんじゃねぇよ!それにオレはオッサンじゃねぇ!ジャック・ハーミルトンだ。ったく恐ろしいガキどもが来たもんだぜ。それに普段、受付なんてオレはやってねぇぞ。今は娘たちが出かけてるからその代わりだ」
「自分の宿屋をみすぼらしい言うなよ……。よかった。普段からそれで受付してるのかと思ってゾッとしたぞ」
「ゾッとするってどういうことだ!それに考えてもみろ。あの外観にもめげずに入ってきてくれた客に対して、全身フルプレートが待ち構えてたら、すげぇ嫌だろ?」
「わたしたち、その嫌なことやられてるんだけど!」
「……まぁ、気楽に行こうぜ!」
そう言ってジャックのオッサンはまた軽快に笑った。変わってるけど、人柄が良いのが滲み出てるな。こういう適当なノリは嫌いじゃない。
適当さ加減では奏とジャックは同レベルなのだが本人が気づくことはない。
「それでお前ら、随分と仲がいいようだが恋人同士なのか?それならダブルベッドがある部屋も用意できるぞ」
「こ、ここ恋人にゃわけにゃいでしょ!」
「……恋人じゃない」
レクシャよ、慌てすぎて猫みたいになってるぞ!即座に否定されてすごい悲しいけど、今の噛み方はとてもかわいかったから精神的ダメージは相殺された!危ない危ない。当分は、レクシャとイチャイチャすることを目標にしちゃおうかな。
いちいち目標がしょぼい奏だった。
また、この二人を第三者側から見れば、既に十分イチャイチャしているように見えるのだが本人たちには分かっていない。
「なんだ恋人じゃないのか。じゃあ2部屋にしとくか。この宿は一人につき1泊朝食付きで銅貨50枚なんだが大丈夫か?」
「大丈夫よ。とりあえず5泊でお願い」
「あいよ。二人で銀貨5枚だ」
ほう、ということは銅貨100枚で銀貨1枚なわけか。じゃあ、銅貨以下の銭貨っていつ使うんだ?そう考えると門にいた兵士に渡した銀貨2枚って相当ぼったくりだよ。やっぱ無理矢理でも時間止めて通ればよかった。レクシャには後で「これが高速移動の極みだ」とか適当なこと言ってごまかせばよかったな。まぁ、今さら後悔しても遅いんだが。
俺たちはお金を払い、オッサンの後についていき2階の部屋に案内された。部屋の数はそれなりにあるみたいだ。レクシャとは部屋が隣り同士だった。
奏はさっそく案内された自分の部屋に入り、ベッドにダイブし、ふかふか加減を確かめた。思った以上にふかふかだった。本当にこの宿屋は正解だったらしい。しばらくベッドでもふもふしていると、ドアがノックされ、こちらの返事も聞かずにレクシャが入ってきた。
じゃあ、なんでノックしたんだよ!
そして、入ってきて早々「さぁ、冒険者ギルドに行くわよ!」と言い出した。
あっ、そうだった。冒険者ギルドのこと完全に忘れてた……。
ベッドに満足し本当の目的をすっかり忘れていた奏であった。