レクシャという少女
のんびりと街道に向かって歩いてる奏は、落ち着かない様子でしきりに周りをキョロキョロしていた。理由はゴブリンを探しているためである。しかし、ゴブリンの影どころか何もいないし、何もない。あるのは遥か先まで見通せる平原だけだ。
「平和だな……」
最初に街道近くで遭遇して、倒したゴブリンは何だったのかとツッコミたくなるくらい見事に何もいない。もはや生物を探すことを諦めた奏は、前だけを向いて街道に向かって歩くスピードを速めた。
しばらく歩くとやっと街道が見えてきたのだが、見覚えのある背格好の緑色の化物3匹が誰かと交戦しているのが分かった。ゴブリンを見つけて少し嬉しくなったことは内緒である。しかし、ゴブリンって群れるんだなとかどうでもいいことを思いながらも、急ぎ足で奏はそこに向かった。
近くまで行くと、絶賛ゴブリンと交戦している人物の容姿が奏の目を釘付けにした。
だって……
ツインテールなんだもの!し・か・も、金髪!異世界グッジョブ!
サラサラと流れるような長めの金髪に耳の下で髪を結んだカントリースタイル!それでいて気の強そうなにゃんこのような目つきをしている。服装は、黒いTシャツの上から薄い金属の胸当てして、短めの赤いチェックのスカートに黒いニーソという「ここってホントに異世界?」と疑問に思うような恰好をしている。
金属の胸当てがなかったら、普通に地球にいそうな格好である。そんな女の子がゴブリンと戦っているのだから、かなりシュールである。
いかんいかん……またトリップしてしまった。懸命に女の子がゴブリンと戦ってるのに何を考えているんだ俺は。これは加勢した方がいい展開だろうか?それとも加勢したら「これは私の獲物よ!邪魔しないで!」とか言われる展開だろうか。交戦している状況から鑑みるに五分五分だな。善戦もしてないけど苦戦もしてないというなんとも微妙な戦いだなぁ。
目の前で交戦している者がいる最中にそんなことを考えていると……
「ちょ、ちょっとそこで立ってるあんたっ」
「……」
「なんで無視するのよ!」
「俺か?」
「あんたしかいないでしょうが!」
「どうした?」
「この状況でよくもそんなセリフが出てくるわね!」
ゴブリンの攻撃をうまく躱しながら女の子が声を掛けてきた。いきなりだったもんだから少しテンパってしまい、漫才みたいなやりとりになってしまった。
「手伝ってほしいのか?」
「そういうこと!武器持ってるんだから戦えるんでしょ?」
ああ、このゴブリンから奪った、木でできた棍棒か……。君が今戦ってるゴブリン3匹も同じものを持ってるけどな!
「じゃあ、俺が君から見て右側にいる2匹を相手にするから、君は左の1匹に集中して倒してくれ」
「えっ、あんた2匹相手で大丈夫なの!?」
失敬な。まぁ確かに俺は強そうには見えないよな。実際、レベル1だし。
しかし、時間を止めてしまえば関係ないのだよ!世界が停止するって説明だったから俺が何をしてもその間は誰も分からないってことだ。人前でも余裕で使えるなこの能力。
俺が相手にするゴブリンは〈確認〉したところレベル5とレベル8だった。こいつらを倒したらさすがにレベル上がるだろ。頼むぞ!いや、頼みます!
「大丈夫だ。一瞬で終わる」
「何なのよその自信は……。じゃあ頼むわね!」
そう言って彼女は左のゴブリンに斬りかかっていった。
あれだけ会話してたので右側のゴブリン2匹は俺の存在に気づき、まずはこちらを獲物にすることに決めたようだ。涎を垂らして威嚇している。2匹の魅力はどちらも3だ。相変わらずかわいそうになるくらい低い。
「さてと……終わらせますか」
世界よ……停止しろ
心の中で中二っぽく念じてみたことは秘密だ。
奏は素早くゴブリン2匹の顔面を棍棒で殴りつけて地面に倒し、そのまま2匹の顔面に棍棒をモグラ叩きの要領で何度も振り下ろした。
その間に5秒の時間停止が解けてレベル5のゴブリンは絶命。レベル8のゴブリンはHP3と瀕死になっていた。瀕死のゴブリンに棍棒でトドメの一発を叩き込み、奏の戦闘はあっさり終了した。その瞬間――
テテーン!
と音がした。おそらくレベルが上がったんだろう。それは後で〈確認〉するとして……。
気になってツインテ美少女の方を見ると、二本持っていた剣の内の一本をゴブリンの胸に突き刺していた。あちらも戦闘が終わった様子だった。
いや~よかったよかった。無事に怪我もなく終わったみたいで。それにしてもあの子はこんなところで何してたんだろう?魔物狩りって雰囲気でもなさそうだし。もし狩りだったらなめてるとしか思えない装備だな。
「ねぇ、あんたさっき何したのよ?」
「何のことだ?」
戦闘を終えたツインテ美少女が話しかけてきた。
「とぼけても無駄よ。わたし見ちゃったんだから!」
「何を見ちゃったんだ?」
まさか時間停止能力がばれたのか!?そんな馬鹿なっ!ありえない!この子が停止していたことはすでに割れているんだぞ!
と、どこかの間抜けな悪役みたいなことを考えていると――
「あんた、わたしが目を離した隙に目にもとまらないスピードであいつらをやっつけちゃったんでしょ!?」
「……」
「どうなの?そうなんでしょ!?」
「……ソノトオリダ」
何もばれてなかったでござる。なんだ焦って損したよ。よく考えたら俺の戦闘はそういう風に見えるのか。普通に「時間停止だと!?」みたいな展開にはならないよね実際。しかし、なんでこの子こんな興味津々なんだ?グイグイ来るんだけど。
「なんで片言なのよ……。でもやっぱりそうなのね!やるじゃないあんた!」
「それはどうも」
「褒めてるんだから嬉しそうにしなさいよ!」
「俺は無表情に定評があるんだ」
「意味わかんない!」
「だろうな」
少しずれた言葉のキャッチボールをしながら奏は考えていた。
そういえば、異世界なのに言葉の壁もないし、王城で見た文字は読めるし書けるのはなんでだ?今まで気にしてなかったけど言語が理解できるのは異世界人仕様なのかな。まぁ、いいか。
奏は、結構適当な男だった。
「ところであんたこの辺で何してたの?」
「散歩」
「真面目に!」
「王都から出て、色々あって街道沿いに戻ってきたら君がいた感じ」
あれ?いつの間にかこの子とは緊張しないで話せてるな。最初は金髪ツインテール美少女だということで緊張してたはずなんだが……。
「そうあんたも王都から来たのね。わたしもさっき王都から旅立ったところなの」
「そうか……君も王都から来たのか」
今の、私もさっき着いたとこ~みたいな軽い感じは何だ。この世界ってそんな感じのノリで旅立つのか?
「その君って言い方気に食わないわね。わたしの名前はレクシャ・レッドフォードよ!あんたは?」
「そうかレクシャ。俺も君のあんた呼びが気に食わなかったところだ。俺はサオトメ・カナデだ。いや、こっちだとカナデ・サオトメの方がいいかもな」
なぜかこの子には、さんを付ける気に微塵もなれないからレクシャでいいよね。
「こっちだと?」
「気にするな」
「……」
「気にするな」
無言で俺を見つめるんじゃないよまったく!なんかちょっと顔が赤いし怒ってんのか?
「そ、それでカナデはこれからどうする予定だったの?」
「特に決めてない。強いて言えば王都から離れたい」
カナデって呼び捨てにされるのは何か新鮮だな。ちょっとうれしいかも……。
「そ、そうなの。じゃあわたしと同じような状況なわけね」
「いや、レクシャの状況を知らないんだが……」
「じゃあ、とりあえずここから一番近くの街まで、い、一緒に行ってあげてもいいわよ」
「いえ、別に結構です」
「なんでよ!」
しまった。ついレクシャの上から目線がウザくて同行を断ってしまった。この世界のことを詳しく知るチャンスだし、せっかくの金髪ツインテール美少女をここで逃すわけにはいかない。態度には出ないけどな。でも、反応が面白いから少しいじわるしてみようかな。
「レクシャと違って別に一人でも魔物くらい倒して旅できるしな(本当は近くにある街の名前も知らないけどね)」
「うっ、そ、そうかもしれないけど……」
「まぁ、レクシャがどうしてもというなら考えてやらんこともないが」
「お、おね……」
「おね?」
いかん。少し涙目になってきている。この辺で終わりにしようか。しかし、コミュ障の俺がなんでレクシャに対してはこんなSっぽい感じになってるんだろうか。それだけ接しやすいということなのかな?
「お、おねがいします!ど、どうよ!言ってやったわ!」
「冗談はそれくらいにして……」
「なんでよ!」
ホント面白いなこの子。扱いやすいというかなんというか……。あっ、そういえばレクシャのステータスも〈確認〉できるのかな?
先生頼みます!
レクシャ・レッドフォード 女 人間 15歳
レベル3
HP24
MP10
攻撃力:22(+5)
防御力:17
素早さ:20
魅力:35
運:20
武器:鉄の双剣(攻撃力+5)
【特殊能力】
伝力
【魔法】
なし
【称号】
なし
ほう、初めて人に使ったがうまくいったな。勝手に見てごめんなさい。自重はしないけども。レクシャはレベル3にしてはステータスが強いんじゃないだろうか。これを見て気付いたが、もしかして俺の魅力と運って高いのかな?それは他の人のステータスを見ればおいおい分かるか……。
レクシャは特殊能力持ってたのか。でも伝力ってなんだろ。後で調べてみよう。
「ねぇ!ちょっと!ボーッと人の顔見てどうしたのよっ」
「すまん。考え事してた」
「わたしの顔見て考え事って何考えてたのよ!ま、まさか……」
「……なんだよ」
さっきから顔を赤くしてどうしたってんですかい?レクシャさん。
「え、えっちな事じゃないでしょうね!」
「……知ってるか?そういうこと言う奴の8割は、自分が考えてるエロいことをごまかそうとしてるんだってよ(嘘だが)」
「ば、ば、ば、ばかぁぁぁぁぁ!!」
奏が異世界に来てから聞いた、一番の大きな声は羞恥のあまり絶叫したレクシャのものだった。