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救わなきゃダメですか? 異世界  作者: 青山 有
第一部 異世界
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第76話 食糧庫の中で

2015年7月20日 誤字脱字修正

「うわー、埃っぽいわね。本当に食糧庫?」

 

 ゲホゲホとむせながら白アリが悪態をつく。

 白アリだけじゃあない、そこかしこでむせる声が聞こえる。


 確かに埃っぽい。あまり衛生的とは言えない環境だ。埃っぽい上に薄暗く空気も湿気を含んで重い。長居はしたくない空間だな。


「全員無事か?」


 空間感知で全員の無事は把握しているのだが、ツイ聞いてしまう。


 暗闇のなか、むせび声とささやくような声が四方八方から聞こえ、幾つも重なる。

 何だろう、妙な感じだな。

 聞くんじゃなかった。


「光の嬢ちゃん、明かりを頼む。火は使うなよ」


 聖女が、ボギーさんの声に応えて、光魔法で薄っすらと明かりを点す。


 倉庫の様子がその明かりにより、わずかに浮かび上がる。


 予想通り、城の維持に使われる食料が積み上げられていた。

 野菜と穀物類が目立つ。

 続き部屋のように別室があるので、干し肉とかのたぐいはそっちか?


「それにしても、防衛意識とか警備意識が異常に低いんじゃネェか?」


 ボギーさんがあきれた感じで誰ともなしに疑問を投げかける。


「警備兵がもの凄く少なかったですよね」


「主兵力がダナンの砦に詰めているとは言え、手薄過ぎますよね」


 黒アリスちゃんの言葉と俺の言葉とが重なる。


 ダナン砦との連携、後詰めの兵士の駐留はもとより、ダナン砦が抜かれた場合の、撤退兵と後詰めの兵士を集束させて、篭城するための兵糧が集められているはずだが?


 兵糧が運び込まれたとの情報は入っていないが、素直に考えれば次の防衛の拠点、反攻の起点となる重要拠点だ。


 兵糧があるはずなんだが……


 正直、自信がない。

 と言うか、現在進行形で、自信が音を立てて崩れて行っている。

 ここまでの警備体制を振り返ると、不安になる。

 撤退戦や後詰めの兵力を想定していないとかないよな?


 反攻の起点にするのは他の二つの砦とか?

 城塞都市へ一直線となるここをおとりにする。或いは、ここを通過させて、城塞都市へ向かったところを他の二つの砦から出撃して背後をつくつもりか? ……いや、それも考え難い。


 ルウェリン伯爵軍だって、後ろを取られるのを分かっていて城塞都市には向かわない。はずだ。


 それに、ガザン王国はここ十年以上、毎年のように戦争を繰り返している。戦の経験は豊富だ。

 その辺は抜かりがない、と思う。


「兵糧、ここには無いんじゃないの?」

 

 俺の不安を見透かした訳じゃないだろうが、白アリが俺の繊細な心をえぐるようなことを口にする。


「まあ、普通に考えれば、兄ちゃんが言うように、大量の兵糧があってもおかしくはネェよな」


 ボギーさんが肩をすくめながら言う。その口調は、「ハズレじゃネェのか?」とでも言いたげだ。


「ダナンの砦が抜かれることを考えてないとか、単に展開が早くて兵糧の輸送が間に合わなかったとかじゃないの?」


 続き部屋の扉を開けながら、白アリが俺の不安を見事に言い当てる。

 それにしても、輸送が間に合わなかった、というのは考えていなかったな。自分から戦争を仕掛けておいて、そんな間抜けなことをするか?


「他の砦に集結ってのはあっても、兵糧の輸送が間に合わないってのはないだろう」


 テリーが笑い飛ばすように、白アリのセリフを否定する。

 聖女も同意見なのだろう、苦笑いしながらうなずいている。


 テリーのセリフに白アリが反応して、軽く睨み返す。


「ここ、グラム城は支城とはいえ、他の砦とは違い城下町を抱えている。増援を送り込まなかったり兵糧が間に合わなかったりすれば、この城と城下町を見捨てることになる。他の貴族への影響や求心力を考えたらそんなことはないと思うけどな」


 自身の考えを肯定するように、グラム城に兵糧がある理由を並べるが、同時に疑問も持ち上がる。


 いや、あるかも知れない。

 見え見えの待ち伏せや奇襲とも言えないような奇襲に、二度までも引っ掛かり損害を出した、ルウェリン伯爵軍が脳裏を過る。


 この世界の軍隊だ、何があっても不思議じゃない。


「あのー」


「どうした? 何かあるのか?」


 遠慮がちに小さく挙手をするジェロームにテリーが発言をうながす。


「ガザン王国は、十年以上、毎年のように戦争をしていますが、自国内での戦いや防衛戦は未経験のはずです。対応が後手後手でも不思議じゃありません」


 申し訳なさそうな表情でおずおずと言った。


 ジェロームの発言に食糧庫が静まり返る。


 ジェロームも自分の発言がもたらす、この状況を予想したのだろう。

 彼自身も発言後はうつむいたまま、顔を上げようとしない。


 聞こえるのは、かすかな呼吸音だけだ。もちろん、外からも何の音も聞こえない。人が近寄る気配もない。


 薄明かりの中、お互いに次々と視線を交わし合う。言葉はない。アイコンタクトみたいだな、意思の疎通は皆無だが。


 周囲に意識を移す。

 俺の空間感知でも、警戒を発するレベルまでは誰も近づいていない。

 既に朝食に必要な食材は運び出された後のようだ。ここの台所をあずかる人たちは勤勉な人たちらしい。


「で、どうするんだ?」


 ボギーさんが面倒くさそうな口調で静寂を破った。


「取り敢えず、ここの食糧をマジックバッグに詰め込もうか」


 薄明かりの中に浮かび上がるシルエットを見渡しながら言う。だめだ、少しだけ声がうわずった。


 俺の言葉にボギーさんが天井を仰ぎ、右手で目を覆う。

 オーバーアクションだ。実に大袈裟な人だ。


「随分とスケールが小さくなりましたね」


「コソ泥みたいですよねぇ」


「セコッ」


 黒アリスちゃん、聖女、白アリと続く。三人とも、何やら不満気な口調だ。

 しかし、文句を言いながらも、マジックバッグを取り出し、アイリスのみんなに配り始めた。

 

「出来ることから、コツコツとやるんだよ」


 ボギーさんとジェロームにもマジックバッグを渡しながら白アリたちの方へ首だけ回し、抑揚のない口調で抗議をする。

 

「で、その後はどうする?」


 マジックバッグを受け取りながら、ボギーさんが笑いを必死に堪えるようにして聞いてきた。


「運び込まれているかも知れない兵糧を探します。あれば、予定通りにそれを奪取しましょう。それと並行して、城主を誘拐しようと思います」


 俺の言葉にボギーさんから、からかうような笑いが消え、灰色の瞳が細められた。

 ボギーさんの瞳を力強く見つめ返し、さらに続ける。


「別に今思いついた訳じゃありません。機会があれば狙おうと考えてました。城主と、女性と子どもを除いた、城主の近親者です。それに、現金と宝石などの金品の奪取です」


 先ほどとは違い、落ち着いた口調で語る俺の言葉に、皆が真剣な顔で聞き入る。

 白アリと黒アリスちゃん、テリー、三人の目の色が変わる。


 この三人、「現金と宝石とかの金品の奪取」の部分に思いっきり反応していた。


「面白いこと考えるな、兄ちゃん。そういうの、嫌いじゃあないぜ」


 ボギーさんも、目がいつもと違う輝きを宿している。口元も緩んでいる。

 この人も同じカテゴリーの人なのか?


「さぁ、そうと決まれば、チャッチャッと食糧庫を空にしましょう」


 パンッ、と両手の手のひらを合わせたと思ったら、今まで、だらだらと作業をしていた白アリが途端にキビキビと働き出した。


「そうですよね、何があるか分かりませんもんね。急ぎましょう」


 白アリに同調するように、黒アリスちゃんもキビキビと働き出す。


 白アリと黒アリスちゃんの弾んだ声に、弾かれたようにアイリスの娘とその女奴隷たちが作業の速度を上げた。

 白アリのヤツ、すっかり手懐けているなぁ。


「ティナ、ローザリア、こっちも急ぐぞっ!」

 

 テリーが隣の続き部屋、干し肉や燻製くんせいの保管してある部屋へと入っていく。


「コマドリの兄ちゃん、働こうか」


 急に忙しそうに働き出した面々に付いていけず、茫然とその様子を見ていたロビンの肩をボギーさんが軽く叩き、そのままテリーを追って奥の部屋へと消えていった。

 ロビンが、自身を鼓舞するように軽く頭を振って、ボギーさんの後を追う。


「白アリ、ここを頼む。俺は空間転移で移動しながら、周辺の情報を集めてくる」


 鼻歌交じりで作業を続ける白アリの肩を叩きながら、ささやく様に伝える。


「分かったわ。この程度の食糧庫、すぐに空になるから急いでね」

 

 すっかり機嫌が良くなっているのだろう、振り向きざまに弾む声でウインクを伴って答えが返ってきた。


「ああ、空間感知での警戒は怠らないようにな」


 突然のウィンクにちょっとだけドキリッとし、後退ってしまった。


 しかし……


 食糧庫の中がにわかに活気付き、ささやくような音量ではあるが、楽しげな会話や笑い声が聞こえる。

 鼻歌交じりで作業をしているものが次第に増えてきていた。


 とても最前線にある敵地で、隠密行動中の部隊とは思えない雰囲気だ。

 この城の警備にあきれていたが、あまり人のことは言えないかもしれないな。


 そんなことを思いながら、マリエルと共に連続転移を開始した。

すみません。

次回はまともに動きます

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