第67話 新たな力
2015年7月20日 誤字脱字修正
進行方向の右側は岩肌がむき出しとなった崖が切り立っている。二十メートルはあるな。岩肌のさらに上は木が茂っている。
もう一方は緩やかな丘で五十センチくらいの高さの草が密生している。さらにその先に森が見える。
街道は馬車が三台ほど通れるくらいの幅がある。
平時であれば国と国をつなぐ――貿易の主要街道となるだけあって整備もされていた。
ティナとローザリアはもうルウェリン伯爵とゴート男爵へ報告書を提出し終えただろうか。
二人を俺たちに先駆けて、一時間ほど前に本陣へ向けて帰還をさせた。
ルウェリン伯爵とゴート男爵への報告書を持たせてである。
内容は簡単だ。
補給部隊の急襲及び物資の奪取に成功。さらに合流していた奇襲部隊の残存兵の半数にあたる五十名余りを確保。街道沿いに帰還するので引き渡しのための合流部隊の派遣を依頼。
行きはワイバーンでひとっ飛びだが、帰りは山を迂回するように伸びている街道を緩々と徒歩で移動している。
それもこれも数十名の捕虜に対して移動手段となる馬車も馬もないからだ。
なけなしの馬車五台と馬十頭は補給物資の運搬でいっぱいいっぱいである。
捕虜は例によって、ジェロームの闇魔法と紋章魔法、隷属の首輪により奴隷化している。
なのでわざと遅れるようなことはない。しかし、そこはやはり、絶望した捕虜――奴隷の歩み。自然と行軍速度は遅々としたものとなる。
隷属の首輪をしているので無理やり走らせることも可能だ。
奴隷全員を全力疾走させ、バテてきたら光魔法で強制回復。再び全力疾走という案もあった。
しかし、何となく風聞がよろしくないような気がして見送りとした。
来るときは、隠密行動にもかかわらず、一時間程度。帰還は半日掛かりか。
正直、まどろっこしい。
それは俺だけじゃない。
一番感情を表にださない黒アリスちゃんまでもが、イラつきを隠せずにいる。
白アリに至ってはイラつきを前面にだして、遅れ気味の捕虜――奴隷を威嚇して回っていた。
テリーとロビンはなぜかそんな白アリの助手として奔走している。
そこへ行くと聖女はさすがである。温厚を装うその顔と姿勢には微塵も揺らぎがない。
まぁ、捕虜の大半が「光の聖女さま」と擦り寄ってきているので、機嫌が良いというのもあるのかもしれない。
もちろん、何もせずに「光の聖女さま」などと呼ばれる訳はない。
光魔法レベル5にものを言わせて、大勢の怪我人を治療している。それも、あの美貌で優しくほほ笑み、「光の聖女たる私の務めです」とか何とか言いながら治療をしていた。
瀕死の怪我や大怪我を負った上に、隷属の首輪を着けられて絶望していた弱者から見れば、まさに救いの女神だっただろう。
弱っている者につけ込むのが上手すぎる。
ちなみに、ボギーさんは我関せずで、馬車の屋根の上で寝ている。
羨ましい。
俺も寝たいよ。
そう、今夜は夜を徹しての行軍予定だ。
もちろん、交代で仮眠は取る。俺たちだけだが。
捕虜は休むことなく行軍だ。
これくらいは許容範囲だろう。
◇
◆
◇
「ミチナガっ、ちょっと来てくれないか」
馬車の屋根の上で仮眠を取っていたテリーが慌てたようすで呼んでいる。
少し興奮をしているのか、落ち着きに欠けているように見える。
その様子からしてただ事ではないのは分かった。
「どうした? 何か問題でも起きたのか?」
移動中の馬車の屋根に飛び乗り、半身を起こした状態のテリーに聞く。
「いや、すまない。問題じゃないけど知らせておきたくてね」
右手でゆっくりと毛布を捲りながら、左手でその中を指差す。
長剣?
ただの長剣じゃあない。
片刃で反りが入っているが……素直な長剣じゃあない。
刀身の途中で枝のように小さな分岐があったり、穴が空いていたりと、ともかく実用的な形状ではない。
まるで、ゲームの中に出てくるような剣だ。とても鞘に収まりそうにない。
そして、何よりも異様なのはその材質だ。明らかに鋼とは違う。
サファイアのように青く透きとおっている。
「見てくれ」
テリーが長剣の柄を握りわずかに魔力を流し込む。
刀身が内側から薄薄らと光を放つ。全くもって、ゲームに出てくる魔剣のようだ。
女神かっ?
テリーへと視線を移す。
「女神が夢に出てきた。ボギーさんの持っていた拳銃のことを話したら、顔色を変えていたよ」
剣を持つ手はそのままに、俺に視線を移して言った。
そして、再び視線を剣に戻してさらに続ける。
「俺の要求した通りの性能なら、流した魔力の属性に応じて剣の属性も変わる。そして、剣を振り魔力を放出することで、風の刃のように、属性魔力を帯びた不可視の刃を撃ち出すことができる」
規約がどうの、ルールがどうのと融通がきかなかった女神が、ここに来てこんな壊れ性能な武器の要求に応じるとはな。
どう考えてもボギーさんの拳銃が原因だろう。
「キャーッ」
え? 悲鳴?
前方から絹を引き裂くような女性の悲鳴が響く。
一つ前の馬車のからだ。
あれには白アリが乗っているはず。
これは白アリの悲鳴?
あの気丈な白アリがこんな悲鳴を上げるなんて珍しいな。
「どうしたっ? 大丈夫かっ?」
悲鳴の発生源であろう一つ前の馬車に飛び移り、幌の中へと滑り込む。
馬車の中には起き抜けの白アリがいた。
乱れた髪の毛と衣服もそのままに、相好を崩して、幾つものゴルフボール大の銀色の球体を、両腕で抱えていた。
無事……だよな?
「見て見てっ! 女神から貰っちゃった」
俺の方へ身体をわずかに捩りながら、両腕で抱えた幾つもの銀色の球体を見せる。
有頂天とはこのことか。
髪の毛はどうでも良いが、衣服が乱れて胸元が露わになっていることに気付いていないようだ。
銀色の球体も気になるが、視線は胸の谷間に注がれてしまう。
眼福だ。
このまま眺めていたいが、気付いて、後で何を言われるか分かったものじゃない。
断腸の思いだ。
「おいっ。見えてるぞ、胸元っ!」
視線を逸らしながら、自分の上着を白アリの頭に被せるように放った。
照れもあったのだろうか? 意識していないのに言葉がきつくなってしまう。
「ありがとう」
あれ? 妙にしおらしいと言うか、可愛げのある声が聞こえてきた。
と同時に、衣擦れの音が聞こえてくる。
胸元を直しているのか? 服を着ているのか?
気になるが、ここで振り向くのはまずいよな。我慢しよう。
「ミチナガっ! 何があった? 大丈夫か?」
馬車の外からテリーの警戒する雰囲気を帯びた声が聞こえる。
そうだった。忘れてたよ。
「大丈夫だっ! 心配ないっ! 直ぐにそっちへ行く。外で待っていてくれ」
咽元まで出掛かった、「白アリが寝ぼけただけだ」という言葉は何とか飲み込んで、外のテリーを安心させる。
「分かった。じゃあ、このまま行軍を続けるぞ」
即座にテリーから了解の返事がくる。
「もう良いわよ、こっちを見ても」
後ろから白アリの声を掛けてきた。いつものようなツンツンとした感じがない。
「はい、ありがとう」
アーマーこそ装着していないが、いつもの上着を着た白アリがそこにいる。いつもと違う雰囲気――可愛らしい仕種で俺の上着を差し出している。
「あ、ああ」
少し頬を染めている? 半ば目を逸らすようにした、上目遣いの白アリの手から上着を受け取る。
あれ? 自分の醜態と言うか、痴態に恥じ入っている?
これは点数を稼ぐチャンスかも知れないな。
「アリス、もう少し注意しろよ。十分に魅力的な美少女なんだからな。あんまり無防備な格好をさらさないでくれよ」
「何言ってるの、バカじゃないのっ! 本当はあたしの寝起きを見たくて飛び込んできたんじゃないのー?」
格好良く決めたはずの俺の言葉に、既に服を着ているにもかかわらず、両腕で胸を隠すような素振りをし、からかうような目でこちらを見た。
あれ? いつもの白アリに戻りつつある? 何か失敗したか、俺?
「何言ってんだ。心配して飛んできたんだぞ」
「そう? ありがとう」
にこやかにほほ笑んではいるが、そこにはいつもの白アリがいた。
「それよりも、さっきの悲鳴は、あれか? 嬉しくって叫んだのか? それと、さっき抱えてた銀色の球体はなんだ?」
これ以上付き合っていられない。無事なことは分かったので、疑問を早々に解決することにしよう。
「あ、これね」
毛布の上に散らばった銀色の球体の一つを取り上げてこちらに見せながら続ける。
「夢に出てきた女神に頼んだらくれたのよ。急に対応良くなったの。やっぱり待遇改善の要求はしてみるべきね」
残りの銀色の球体もかき集めながら、得意満面である。
「それで、どんな性能の武器なんだ? 実は、テリーもオリジナルの武器をさっき貰っていたんだ――――」
銀色の球体を覗き込みながら、先ほどのテリーの武器について簡単に説明をした。
「ふーん、それも良さそうだけど。あたしの方が使い勝手良さそうね」
勝ち誇ったように言う。
もう、それは良いから。武器の性能を教えてくれよ。
「この球体は、通常は私の周りを飛び回って、魔法障壁を展開してくれるの。でね、攻撃するときは、私の意志で遠距離を飛び回って、ボギーさんの拳銃のように、個々の球体から魔弾を射出するのよ」
嬉しくってしょうがない、と言った感じで銀色の球体に頬ずりをしている。
何だそれは? どこかのSFアニメで見たことがあるような武器だな。
しかし、女神のヤツどうしたんだ? 壊れたか?
武器がいきなりインフレを起こしている。
この調子で壊れスペックの――チートな武器が転移者にばら撒かれるのは困るな。
自分たちが強くなるのは良いが、敵が強くなるのは願い下げだ。
相対的に攻撃力が上がり、防御力を上回ると、それだけ怪我や死亡する確率が上がる。
迷惑な話だ。
それにしても……今度女神が夢に出てきたら、どんな武器を頼もうか。
武器の構想を練る。
ちょっとワクワクしながら馬車を降りた。




