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救わなきゃダメですか? 異世界  作者: 青山 有
第三部 異世界の理

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第331話 夜の森の迷宮(4)

 オークとの戦闘を終えて全員で通路を戻ると、広い通路の中央付近に巨大な裂け目があった。

 床から一メートルほどの高さのところから天井付近までを斜めに大きく空間を切り裂く、真黒な空間が空中に浮かぶようにして存在している。


「大きいな」


 これだけ大きな裂け目なら、あの短時間にあれだけの数のオークが出てきたのもうなずける。

 俺の隣で裂け目を見上げていたテリーと黒アリスちゃんが感心したようにつぶやく。


「ここから湧いたのか。そりゃあ、あの数にもなるか」


「こんなに大きな裂け目は初めて見ますね」


 同じように裂け目を見上げていたボギーさんが、ライラさんとミランダさんに向かって聞いた。


「嬢ちゃんたちはどうだ?」


「え? あ、初めてですっ、そ、そうよね?」


 突然ボギーさんに問われ、ライラさんはビクンッと身体を震わせると、慌ててミランダに同意を求める。ライラさんのその様子を見て落ち着いたのか、ミランダが胸を撫で下ろしながら答えた。


「これほどの大きさの裂け目は初めて見ます。私たちが今まで見た一番大きい裂け目でも、高さ五メートルの幅三メートルくらいでした」


 改めて眼前の裂け目を見上げるミランダが『これはその時の数倍あります』と独り言をこぼす。

 ミランダの独り言に続いて、白アリと黒アリスちゃん、ボギーさんの声が耳に届く。三人ともあきれたような口調だ。


「通路といい、裂け目といい、どれもこれも無駄に大きいのよ」


「この迷宮の守護者は大きいものが好きなんでしょうか?」


虚仮脅こけおどしじゃネェのか?」


 三人の反応とは違い、畏怖の色を帯びた瞳で裂け目を見上げていたミランダとエリシア。そんな二人を聖女が目聡く見つけると、背後から抱きすくめて彼女たちの耳元でからかうようにささやく。


「案外、この前のミノタウロスよりもずっと大きな守護者だったりして」


「やめてくださいよ、あのミノタウロスだって十分苦労したじゃないですか」


 ミランダが耳に吹きかけられる息から逃れるように身体を捻り、エリシアは顔と身体を強張らせて抗弁している。


「聖女様、不吉なことを言わないでくださいよ」


 聖女と同じように左右にミレイユとアレクシスを抱えたテリーが、エルフであるアレクシスの長い耳に息を吹きかけた。

 すると、テリーは自分の腕の中で官能的に身体をくねらせるアレクシスのことを楽しそうに見つめながら、誰にとは無く言葉を発する。


「まったくだ、苦労は遠慮したいね。楽をして最大の成果を得る、それが俺のポリシーだ」


 負けじと聖女がエリシアの耳元で吐息を吐くようにしてテリーに聞き返す。


「初めて聞きましたよぉ、いつの間にそんなポリシーを持ったんですかぁ?」


「カズサちゃんと一緒にいる間にね」


 瞬間、聖女の瞳が光った気がした。


「うわー、いろいろといけないことをしちゃったんですね」


 その聖女の言葉に続いて、ロビン、黒アリスちゃん、白アリが冷ややかな視線と言葉を投げかけた。


「テリー、さすがにそれはどうかと思いますよ」


「最低ですね」


「クズね」


「おい、ちょっと待ってくれよ。人に言えないようなことはしていないからな」


 テリーが必死に抗弁するが、誰もまともに取り合う様子が無い。

 大体、両手にミレイユとアレクシスを抱えた状態で女性問題の言い訳をしたところで、誰もまともに話なんて聞いてくれる訳ないと気付けよ。


 だが、これはまずい流れだ。

 ラウラ姫のことでいつこっちに飛び火するとも限らない。


 俺は避難と話題変更を兼ねて、我関せずといった様子で裂け目を間近で観察していたボギーさんに話しかける。


「どうしました、ボギーさん。何か気になることでもありましたか?」


 正直、裂け目の方は『湧き』が収まって、これ以上の魔物が出てこなくなればそれで十分。


「なあに、この裂け目があっち側に繋がっている可能性があるのかと思って調べていただけだ」


「ちょっと、ボギーさん。変なこと考えるのはやめてくださいよ」


 まさかこのまま裂け目に飛び込んだりしないだろうな。

 考えが顔に出ていたのか、ボギーさんはニヤリと口元を綻ばせると、


「そこまで不確かな賭けをするほど馬鹿じゃネェ、実行しやしネェよ」


 そう言って葉巻を口に運んだ。


 ボギーさんの反応にわずかばかりの不安は残ったが、それでも安堵して胸を撫で下ろしていると、壁際からリンジーの声が聞こえた。


「なんだろう、これ?」


 振り返ると、リンジーが手にしたガラスの小瓶をミーナと二人で不思議そうに見ている。


「ガラス瓶?」


「中に何か入ってるよ」


 光球の明かりにかざすように、ミーナがガラスの小瓶を目の高さに持ち上げた。

 側にいたビルギットとライラさんが興味を惹かれたのか、二人に近寄る。


「何か入っているよ」


「中に入っているのは紙、かしら?」


 なんであんな物がここにあるんだ? 俺の意識はミーナの持つ小瓶に注がれる。

 キャイキャイと、のんきに小瓶を見ている四人とは違って、心臓が内側から胸を激しく打ち鳴らした。


「ちょっと、その小瓶を見せてくれないかっ!」


 意図せずに大きな声で呼びかけてしまい、四人が驚いた顔でこちらを振り返る。

 冷静さを欠いていたようだ。


 俺の様子にボギーさんが裂け目の調査を中断して、訝し気な表情で声を掛ける。


「どうした? 兄ちゃん」


 すぐに黒アリスちゃんと白アリの声が重なり、ロビンと聖女が続いた。


「なにかあったんですか?」


「どうしたの? ミチナガ」


「ミチナガ? その小瓶、何か問題でもあるんですか?」


「女の子たちが驚いていますよ。もっと優しく声を掛けないと」


 ミーナたち四人に謝ると、彼女からガラスの小瓶を受け取った。すると、俺が手にした小瓶を囲むように皆が集まりだす。

 俺はミーナの了承を貰ってガラスの小瓶を開けると、中に入っていた一枚の紙を取り出した。


 俺の手にした手紙を皆がのぞき込むと、数人から息を呑む音が聞こえた。

 辺りにはアイリスの娘たちの声が響く。


 真っ先に口を開いたのはミランダとミーナ、エリシア。


「変な記号みたいなのが書いてありますね」


「読めない」


「これって、文字なの?」


 読めるはずがない。これは日本語だ。漢字と平仮名、わずかばかりの片仮名で書かれている。いや、俺が書いた手紙だ。

 続いて、ビルギット、ライラさん、リンジーの声が聞こえる。


「手紙にしては随分と短いね」


「あれ? どっかで見ませんでしたか?」


「あ、白姉の書く暗号に似ているんだ」



『この手紙が地球人に届くことを願う。


 私は女神により異世界に連れてこられた日本人、藤原路永ふじわらみちなが

 私と同じようにこの異世界に連れてこられた四十九名の地球人と、もう一つの異世界に連れていかれた五十名の地球人に呼びかける。

 互いに争うのではなく、手を取り合うことを望む。


 私は現在、カナン王国の遠征軍に臨時の志願兵として従軍中である。


 神聖暦二百六十四年七月』



 これは俺が書いた手紙、ボトルレターだ。それがなんでここにあるんだ? 迷宮に落ちていた? 先程のオークと一緒に裂け目を抜けてきたのか?

 俺が思考の淵に沈んでいると、一緒に手紙を覗き込んでいた白アリと黒アリスちゃん、ロビンの声が聞こえてきた。



「ミチナガ、どういうことよ、これ?」


「これは本当にミチナガさんが書いた手紙で間違いありませんか?」


「小瓶もミチナガの物ですか?」


 俺は気を取り直して、アイリスの娘たちを見やりながら口を開く。


「ライラさん、すまないがこの手紙に関して俺たちだけで話し合いをしたい。後で必ず説明をするから、先ずは俺たちだけにしてもらえないだろうか?」


 メロディは魔道具作成、ティナたちは周辺警戒をしているので気に掛ける必要はない。

 ここで気にするのはアイリスの娘たちとベスだ。


「分かりました――」


 ライラさんの了解の言葉に従って、ミランダ、ビルギットが即座に動いた。二人は年少組の三人を連れて俺たちから遠ざかる。


「――私たちは周辺の警戒をしています。終わったら声を掛けてください」


 俺はライラさんにお礼を言うと、ライラさんたちに付いていこうとするベスの襟首を掴まえた。


「ベス、お前は離れるな。後ろを向いて耳を塞いでいろ」


 まあ、それでも聞こえるだろうが、傍から離れないとの約束がある。そこは呑み込もう。

 俺の意図が伝わったのだろう、転移者の間から反対する意見は出なかった。


 俺の後ろで耳を塞いで目をつぶってしゃがみ込み、『あー』などと声を上げている銀髪の少女は無視する。

 アイリスの娘たちが十分に離れたところで、俺は日本語で話を切り出した。


「この手紙、ボトルレターは俺が書いたもので間違いない。小瓶も俺が用意したものだ」


 息を呑む音とともに、皆の表情が変わった。

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