第33話 メロディ
2015年7月12日 誤字脱字修正
四つ目の部屋を出たところでテリーが追いついて来た。
「決まったのか?」
一匹のフェアリーを伴って現れたテリーに向かって聞いた。
「こんばんはー、私はマリエルよ。よろしくね」
テリーの連れた一匹のフェアリーに向かって、大きく手を振りながら声をかけた。
テリーの連れたフェアリーはマリエルの挨拶に戸惑い、テリーを振り返る。
希少属性の雷魔法を持ったフェアリーだ。そして、特殊スキルである、暗視スキルと遠見スキルを持っている。
索敵に重点を置いて、尚、自分の持っていない魔法を持ったフェアリーを選んだのか。
俺の知る限り、マリエルに次ぐスペックのフェアリーだ。トールさんのフェアリー、クリスタルの上を行く。
「こんばんは、私はレーナ。よろしくね」
テリーが小さくうなずくと、安心したようにマリエルへ挨拶を返してきた。
「ああ、これにした。名前は今聞いた通り、レーナだ。予想はしていたが高かったんで、残念だけど女奴隷はランクを落とすことにするよ」
あまり残念そうな感じのしない口調だ。
このフェアリー、レーナに納得と満足が行っているのが分かる。
「ミチナガはその娘にするのか?」
「いや、最後の部屋を見てから決めるつもりだ」
そうは言ったが、ほぼ決まりだろうとは思う。
ここまで四部屋、約四十名を見てきたが、特殊スキルを抜きにしてもスキル数でこの黒髪のエルフに並ぶものはいなかった。
基本四属性の魔法スキルを全て所持し、弓術と短剣術、さらに魔力回復速度上昇と技能成長促進である。
全てのスキルがレベル1だが、十分に将来有望だ。
正直なところ、なぜこんな優秀な娘が奴隷などに落ちたのか不思議でならない。
担当者に聞いたが、犯罪奴隷でない以上、購入以前に教えることはできないらしい。
期待した怪我人や病人もダメだった。さすがに高級店、高い治療費を払っても、それに見合うだけの奴隷しかいない。
売値よりも治療費の方が高くつくような奴隷は、そもそも扱っていないそうだ。
「じゃあ、俺の方はこれから女奴隷を見てくるよ」
テリーがレーナについて来るよう合図をする。
軽く手を振り、入り口で落ち合う約束をして、最後の部屋へと向かった。
「んー? 何か聞こえるー」
担当者の先導する方向とは逆方向へ、マリエルがフラフラと飛んで行く。
「こら、マリエル。勝手に飛んで行っちゃだめだろう」
慌ててマリエルを追いかけながら、担当者へも声をかける。
「すみません。ちょっと待ってもらえませんか」
「誰かいるよー、泣いてる」
扉にピタリと耳を当て、まるで盗み聞きをするような格好だ。
「そちらは昨日今日に入荷したばかりの奴隷たちが入っております。まだ身体も洗っていませんし、教育もできておりません」
追いついて来た担当者が、勝手な行動をした俺たちをとがめる事はないが、少し困ったような顔をしている。
買われてきたばかりなので、泣いている娘がいるのか。
「ちょっと見ても良いかな?」
「え? 構いませんが、汚れていますし……そのう、臭いもいたしますが、よろしいのですか?」
俺の要望に戸惑いを見せながらも、承知をしてくれた。
部屋に入ると、浮浪者がそばを通ったような臭いがする。悪臭と言えば悪臭だが想像していたほどの酷さはなかった。
しかし、そこには俺が当初イメージしていたような光景が広がっていた。
部屋の中にいる奴隷たちは、まだ己の境遇を受け入れられないのだろう、声を圧し殺すようにして泣くものや、虚ろな目で沈み込むものばかりだった。
そして、ほとんどのものが痩せている。中には怪我をしているものもいる。
かろうじて、病気のものは見当たらなかったが全体的に酷いありさまだ。
いや、病気のものは他に隔離されているかもしれないな。
嫌なものを見た。
このあと、奇麗に身体を洗い、怪我を治して栄養のある食事を与えるわけか。
俺の後に付いてきていた黒髪のエルフの少女が目をそむけている。
恐らく、少し前の自分を見ているようで嫌なのだろう。
俺としても自分の運命を悲観して、落ち込んだり涙にくれたりする少女たちを見物する趣味はない。
取り敢えず、鑑定だけして最後の部屋へ行くか。
ん? 二つも特殊スキルを持っている?
変動誘発? 無断借用? 何だこれ?
さらに鑑定に魔力を注ぎ込んで試してみる。
「すみません、この娘も候補に加えたいんですけど良いですか?」
部屋の隅で膝を抱えて、声を圧し殺して泣いている狐人の少女を指し示す。
「この娘はまだ商品以前でして、このような状態のものを奴隷として販売するのは、当店としても心苦しく――」
「まだこの娘に決定したわけではありません。あくまで候補です。それに明日には出兵です。有事のことですので、責任者と直接お話をさせて頂けませんか?」
担当者の言葉を遮るようにして、こちらの要望を伝える。
「分かりました。では少しお待ちください」
近くに控えた女性を呼び、何かを伝えている。恐らく責任者を呼びに行かせるのだろう。
女性がその場を立ち去ると、俺が指定した娘を部屋から連れ出してきた。
驚いたことに、高額な美女奴隷たちと同じようにもの凄く丁重な扱いをしている。
「では、その娘は連れてきて頂いて構いません。店主が来るまでの間、先ほど中断された部屋をご覧ください」
狐人の娘を俺に引き渡しながらにこやかに告げ、再び先導を始める。
目を泣き腫らしてはいるが美しい少女だ。これまで見てきた高額な女奴隷の中に混じっても見劣りしない。
しかし、狐人の娘は右腕に大きな火傷を負っていた。いや、よく見れば首のあたりからだ。脱がせて見ないと分からないが、半身と言っても差し支えない範囲かもしれない。
火傷はさほど日数の経ったものではない。可哀想にまだ痛むだろうな。
さすがに商品を勝手に治療する訳にも行かない。付いて来るように言い、一緒に担当者の後へと続いた。
◇
「それで、最終的にどちらの娘にされますか?」
にこやかに店主が聞いてくる。
本来は商品となっていない状態であるが、有事と言うことで販売の了解はもらった。
二つ返事だった。
問題はそこからだ。
予想はしていた。
汚れていようが、臭かろうが、火傷していようが、泣いていようが、美少女は美少女である。
高い、はっきり言って高額だ。
黒髪のエルフの少女と金額は変わらない。資金に余裕があるとは言え、両方は買えない。
基本四属性の魔法スキルを所持しているエルフと、魔法スキルを一つも持っていない狐人とで同額である。
奇麗に身づくろいをしたエルフと、何の手入れもしていない、火傷を負った狐人とで同額である。
長命で長い期間美しいままでいるエルフと、人間と同程度の寿命で同じように老化する狐人とで同額である。
暗く沈んだ表情のエルフと、泣いてばかりの狐人とで同額である。
何か釈然としないものがあるが、こればかりは仕方がない。
因みに、この店の女奴隷で二番目の価格だ。
最高額は水魔法と火魔法、それに光魔法と空間魔法の希少属性二つを使えるエルフである。
特に光魔法と空間魔法のどちらかが使える魔術師が、奴隷になることは希だそうだ。
では、今回なぜその二つが使える魔術師が奴隷として販売されているのか。
犯罪だ。
盗賊行為をしていたらしい。
「ご自身の気持ちの中では、もうお決まりなのでしょう?」
優しく、諭すように聞いてくる。
この店主、俺の気持ちがもう決まっていることを分かってるよな、絶対に。
分かっててやってるよね、絶対に。
もしかして、楽しんでないか?
今、改めて思う。いや、思い知った。自分がまだ二十歳そこそこの、社会経験ゼロに等しい若造だと言うことを。
この店主には勝てない。
「ええ、決まっています。狐人の少女でお願いします。彼女の名前を教えて頂けますか?」
俺はできるだけ落ち着いた態度で店主に伝えた。
◇
「服まで売ってるんだな」
「そうだな、この後で服を買いに行くつもりだったから、手間が省けて助かったけどな」
そこら辺の服屋よりも、よほど品揃えのある服を、茫然と眺めるテリー向かって答える。
ここに並んでいる服は、わずかに新品の服があるが、町中の服屋もそうであるように、ほとんどが古着だ。
古着と言っても、みすぼらしく見えるようなものは見当たらない。
俺たちは女性店員さんに彼女たち――俺たちが購入した女奴隷たちの、衣服や下着を見つくろってもらっていた。
「奴隷ってのはほとんどが、あの貫頭衣みたいのを着て、生活してるもんだと思ってたよ」
テリーが奴隷の衣服を選んでいる女性店員さんを見ながらつぶやく。
「いや、それはないだろう。あれを着て、町中を歩いている奴隷を見たことあるか?」
「そうだな、見たことないな」
俺の言葉に、テリーが頭を振りながら自答するように返した。
「お待たせいたしました」
女性店員と担当者が俺たちの購入した奴隷たちを連れて現れた。
先に入ってきたのはテリーが購入した二人の奴隷だ。
レーナを購入して、資金に余裕がないと言っていたのに二人も購入している。
ランクを落とすとか言ってた割りに、さほど落としているようには見えない。どちらも美人だ。
続いて俺の購入した狐人――メロディが入ってきた。
既に火傷の方は俺が光魔法で治癒を完了させている。その後、女性店員が湯浴みをさせてくれ、着替えをすませてくれた。
「ご主人様、さきほどはお礼も言えずに申し訳ございません。治療をして頂きありがとうございました。これからよろしくお願いいたします」
まだ、おどおどしたところは残っているが、大分落ち着いた様子で、一気に言い切った。
先ほど、治療したときは光魔法に驚いたのもあってか、消えていく痛みと火傷の跡が消えていくのを見て、涙を流しているだけだった。
店主からは、奴隷商の教育係が行う教育でも、落ち着くまでに二週間程度は必要と聞かされている。
慣れるまでは強い言葉は使わず、大切に扱うよう注意も受けている。
まぁ、早い話が怒鳴ったり、夜のお勤めを強要したりするなと言うことだ。
まぁ、それは諦めるにしても、明日から戦争に行くんだが、大丈夫なのだろうか。
今更だが、一抹の不安が残る。
◇
俺たちは前庭で箱馬車を受け取り、それぞれの宿屋へ向けて馬車を走らせた。
馬車は、メロディが操車できると言うので任せている。
さて、明日の黒アリスちゃんとの対面をどう切り抜けるか。馬車に揺られながら考える。
馬車に揺られている時間で足りなければ、ベッドの中でゆっくりと考えよう。




