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第320話 書簡 三人称

『救わなきゃダメですか? 異世界』④巻 8月17日発売です。

是非とも、よろしくお願い致します。

 グランフェルト城の程近くにあるクーデター派の貴族の屋敷を接収して、ラウラ・グランフェルト辺境伯は仮の住居兼グランフェルト領の政務執行施設として利用している。

 その一室、ラウラ・グランフェルト辺境伯が執務室として利用している部屋の扉が叩かれた。


 ラウラ・グランフェルト辺境伯の側近として、彼女と共に書類整理に追われていたセルマ・エルランドソンが扉に向かって答える。


「どうぞ」


 セルマの発した言葉に多少の険が含まれていたのはやむを得ないだろう。


 今日の執務を開始してまだ二時間に満たない間にこの部屋の扉が叩かれたのはこれで六回目だ。

 セルマは都度仕事が寸断されることに、わずかばかりの苛立ちを覚えて扉へと視線を向ける。


「失礼致します」


 落ち着いた声に続いて執務室に入ってきたのは、線の細い、どこか神経質そうな顔をした青年――オーギュスト・ギラン準士爵だ。

 反クーデター派の一人でチェックメイトがラウラ・グランフェルトをグランフェルト城から救出した際に地下牢から救出された下級貴族だ。今は臨時で執務の助手を任せていた。


 ギラン準士爵はセルマの前まで来ると一礼して彼女に書類を差し出す。


「こちらが一昨日ご指示頂きました事項をまとめたものです――」


 セルマに差し出された資料は二つ。いずれもグランフェルト領の人材不足を補うための資料だ。

 一つは身分を問わずに政務に携わることの出来る能力を有したものを、得意とする分野毎に選りすぐって列記したもの。もう一つは、やはり身分を問わず広く人材を募集するための告知文書と試験問題であった。


 セルマが資料の中身を確認しようとする矢先、ギラン準士爵がさらに続ける。


「――先程、チェックメイトのフジワラ様から、伝書サンダーバードにて書簡が届きました。書簡は三通で、二通は辺境伯様宛、残る一通はエルランドソン様宛です」


 次の瞬間、カタンッと音を立ててラウラが立ち上がり、明るく弾んだ声を執務室に響かせる。


「ミチナガ様からですか? ――」


 執務机に身を乗り出すようにしたラウラをセルマの視線が捉えると、ラウラは頬を赤らめて慌てて取り繕った表情を浮かべ、落ち着いた口調で続ける。


「――移住計画の進捗報告でしょうか?」


 先程まで慣れない書類仕事と集中力を削るような度重なる訪問に対して、年齢相応の愚痴を零していた彼女の様子を思い出したのか、セルマの口元が綻ぶ。


「ありがとうございます。資料に目を通しましたら、後程ご相談に上がります――」


 セルマはギラン準士爵が今から昼食までの間、彼が第二執務室にいることを確認してから退出させると、ラウラに向きなおり笑顔を向ける。


「――辺境伯様、根を詰めすぎたようです。申し訳ございませんが、少しだけ休ませて頂けませんか?」 


 ラウラはセルマに向けて優しげな笑みを浮かべた。


 ◇


 ラウラとセルマは執務机から執務室の一角、お茶や休憩に利用しているテーブルに移動してミチナガからの手紙に目を通すことにした。

 静かな執務室に紙の音が響く。その上質な紙の音に交じってときどきラウラの小さな笑い声が漏れる。


 楽しそうに笑い、ミチナガからの手紙を何度も読み返しているラウラを、セルマがからかうような口調でたしなめた。


「辺境伯様、何度も読み返したくなるような手紙を頂けたようで何よりです。ですが、フジワラ様からの手紙は二通ですよね? ――」


 ラウラが慌てて真っ赤になりながら顔を上げると、セルマは優しげな笑みを浮かべて、ラウラの手元に置かれた開封されていないもう一通の手紙に視線を移す。

 その開封されていない手紙は、ラウラ率いるグランフェルト軍で標準的に使われている封筒に収められ、宛名に『ラウラ・グランフェルト辺境伯様』と記されていた。


「――もう一通の書状の方も目を通して頂けませんか?」


「そ、そうね」


 少し慌てた様子でたった今読んでいたミチナガからの手紙をカナン王国で生産されたであろう最上質の封筒へとしまう。

 その封筒に記された『愛しのラウラへ』との宛名を隠すようにして、テーブルの上に置くのをセルマは見逃さなかった。そして、その宛名とラウラの嬉しそうな表情に満足気にうなずく。


 ラウラがもう一通の封筒を開けると、中からさらに一通の封筒と同封された一枚の手紙が出てきた。

 封筒はリューブラント侯爵家の紋章を示す封蝋で閉じられている。同封された手紙にはミチナガの筆跡で、ラウラに宛てた事務的な一言が記されていた。『リューブラント侯爵から手紙をお預かりしたので、転送致します』と。


 ◇


 ミチナガから転送されたリューブラント侯爵の手紙をラウラが読み終えたタイミングでセルマが口を開く。


「どのようなことが書かれていました?」


「お祖父様からの手紙はいつもと一緒です。私の心配です。無理をするなとか、病気はしていないかとか。それと離れていて寂しいですって。あと、自分のことは心配しないようにと、書かれてありました。軍務や政務に関する詳しいことはミチナガ様かセルマに確認するように、ともありました」


 それだけではなかった。毎回のことだが、軍務や政務以外でも困ったことや迷うことがあれば、都度セルマに相談するようにと書き添えられていた。

 だが、そのことには触れず、拍子抜けしたような表情をするラウラに、セルマが『そうですか』と言い、話を続ける。


「それで、最初に目を通されていた手紙には何が書かれていたのですか?」


「え? 嫌だ、セルマったらっ」


 頬を赤らめてうつむくラウラを見て、手紙に書かれていたことを自分が特に知る必要のないものであると判断した。


「プライベートなことであれば別にお話しいただかなくても――」


 抑揚のないセルマのセリフなど耳に入っていないのか、ラウラが頬を染め、身体をくねらせながら言う。


「ミチナガ様ったらね、無理はしていないか? 体調は大丈夫か? 早く会いたいって。とてもお優しいのよ」


 もじもじしながら、『もしかして、寂しいのかしら?』と楽しそうに妄想を口にする。


 それはリューブラント侯爵の手紙にも同じようなことが書かれていた。

 次の瞬間セルマの目に、物悲し気なリューブラント侯爵の後ろ姿が幻となって浮かんだ。しかし、頭を振ってすぐに意識の外へと追い出すと、本題へと移る。


「私がフジワラ様から頂戴した手紙には、その詳しいことが書かれていました」


 セルマの改まった口調に、ラウラも口元を引き締めてセルマに尋ねる。


「何が書かれてあったのですか?」


「リューブラント侯爵様はガザン国王――エドワード・ガザンを討ち取ったとあります。また、略式ではありますが、旧王都にてリューブラント王国の建国を宣言されたそうです」


 その情報にラウラは目を丸くして聞き返す。


「アンセルム・ティルスという、お祖父様でさえ一度も勝ったことのない将軍がいると聞いていましたが、その将軍に勝利したのですか?」


の将軍と鉾を交えることは無かったそうです。リューブラント侯爵が王都に到着したときには、既にベルエルス王国への帰国の途にあったとあります――」


 セルマの手紙にもその辺りの詳しい情報がなかったため、わずかに口ごもると、少し困ったような表情を浮かべて話を続ける。


「――なんでも、エドワード・ガザン国王を旧王都に送り届けると『義理もここまでだ』と言い残して、軍勢を撤退させたそうです」

 

 理由がわからないとばかりに、不思議そうに手紙へ視線を落としたまま首を傾げた。

 ラウラ自身も噂に聞いていたアンセルム・ティルスとセルマの話した彼との、人物像との乖離かいりに不思議そうに聞き返す。


「アンセルム・ティルス将軍は人格者で義理に厚いと伺っていましたが、噂程ではなかった、ということでしょうか?」


 セルマは『さあ、それ以上のことは書かれておりません』とつぶやいて説明を再開する。


「リューブラント領への凱旋は少し先になるようです。略式で戴冠式と建国式を旧王都で行い、しばらくはそのまま留まり、新体制・新人事の発令と体制固めをされます。ラウラ・グランフェルト辺境伯様には戴冠式や建国式への出席は不要、そのままグランフェルト及び周辺の治安維持に努めるように、とのご指示です」


「戴冠式に建国式とお祖父様にとって記念すべき式典ではありますが、グランフェルトの治安維持と体制固めを中断せずに済むのは、正直助かります」


 申し訳なさそうな表情でそう言うラウラに向けて、セルマは大きく深呼吸すると静かに告げる。


「正式にラウラ様をリューブラント王国の公爵に陞爵しょうしゃくされるそうです――」


 セルマはそこで一旦手紙を置いて立ち上がると、『ラウラ様、おめでとうございます』と述べ、再び手紙を手にして話を再開する。


「――リューブラント王国の王位継承権第一位であり、第一位の公爵家です」


 ラウラはその報せを静かにうなずいて受け止めた。


 予想はしていた。祖父であるリューブラント侯爵からもそれらしいことは告げられていた。

 重荷であるかも知れないが、ミチナガ・フジワラと共に歩むなら、頼れる人が傍にいるなら、その重荷も背負えると覚悟を決めていた。


「よく分かりませんが、これで私のために命を落とした者の家族や、命がけで戦ってくれた者たちへ報いることが出来るということですよね?」


「はい。フジワラ様がお戻りになりましたら、ご相談しましょう」


「そうですね」

 

「それと、移住計画は予定通り進んでおり、今日の午前中には最後の移住集団が到着する予定です」


「そうですか。これでマルセル子爵とパリー男爵、リーガン男爵のところに居た住民はほぼ全てがこちらの住民となった訳ですね」


「はい、血を流さずに」


「これも全て、ミチナガ様をはじめとしたチェックメイトの皆様のお陰ですね。本当にお優しい方々です」


 血こそ流さなかったが、果たしてマルセル子爵たちにとって本当に平和的な解決だったのかは疑問だった。

 少なくともセルマは彼らと立場を変わりたいとは微塵も思わない。


「ええ、本当に――」


 セルマはラウラの言葉に曖昧に同意すると、ポツリと本音を漏らす。


「――あの方々と出会えたことを、巡り合わせてくださったことを女神に感謝致します。出会えたのがラウラ様で本当に幸運でした」


「はい、女神ルース様に感謝申し上げます」


 ラウラは両手を胸の前で組むとわずかにうつむいて女神へ祈りを捧げた。セルマはその姿をじっと見つめ、ラウラが顔を上げたところで口を開く。


「今回の移住作戦は実に素晴らしいものでした」


「本当ですね、こんな作戦、歴史を振り返っても例がありません」


「そもそも、チェックメイトの皆さんはお一人お一人が伝説に出てくるような魔術師です――」


 セルマはそれすらも遠慮しての表現だと思う。


「――そんな大魔術師が七人です。今回の戦争を振り返っても分かりますが、過去に例のない戦いです」


「そうですね。魔術師がここまで戦に貢献したという話は聞きません」


 過去の戦争を振り返れば、局地戦や少数精鋭での戦いで魔術師が活躍した話は幾つもあった。だが、大軍と大軍のぶつかり合いや最終的な征圧戦は騎士団が主役となる。

 それも今回の戦争で覆った。


 リューブラント侯爵と隣国のカナン王国はもちろん、関与していなかった国でさえ自国の魔術師の再調査と育成に動き出した。

 戦いの趨勢を魔術師の一撃が決める。戦力差など関係なく奇襲攻撃で敵の中枢を叩く。高機動力と高火力による縦横無尽な作戦行動。各国が魔術師の有用性を再認識した戦争だった。


 だが、チェックメイトに深くかかわった者たちはそれが表層的な事象であると知っている。

 もちろんセルマも、だ。


 だが、本当に刮目すべきは、その魔術を利用しての戦い方。

 発想だ。

 セルマは彼らの考え方や発想が自分たちの常識とはあまりにもかけ離れていることを改めて思い返す。


 魔術師の価値は見直されるかもしれないが、チェックメイトの本質が知られるのはまだまだ先になる。

 セルマは自分たちに与えられたアドバンテージを、時間を、最大限利用しようと、次に自分たちが取らなければいけない手立てを思い浮かべ、改めて胸に刻んだ。

次回より新章突入。

ダンジョン『夜の森の迷宮』攻略へ向かいます。


いつも応援ありがとうございます。ブックマーク、評価、感想など作品を書く原動力となっております。

これからも是非ともよろしくお願い致します。

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