第31話 商館
2015年7月12日 誤字脱字修正
テリーが目星を付けていた奴隷商館へたどり着く前に、何軒かの奴隷商の前を通る。数は多くないが、騎士団や探索者と思しき人たちが出入りしているのが見えた。
騎士団員が直接買い付けに来てるのか。調達係とかじゃないんだな。
不思議に思いながらテリーの後を追う。
分からないことは聞こう。後で奴隷商の人にいろいろと聞いてみることにする。
「ここだ」
落ち着いた洋館のような作りの建物の前で止まった。
この世界の店舗には珍しい造りで、建物の周囲を低い壁で囲っている。高さ一メートルほどの壁だ。
壁と建物の間はかなり余裕がある。
特に前面はサッカーのフィールドを縦に半分にしたほどの広さがあり、数台の馬車が停めてあるのが見える。
何度も看板と建屋を交互に確認し、テリーが敷地の中へと入っていく。
俺も建屋や周囲を観察しながらテリーの後を追って敷地へと足を踏み入れた。
これまで通り過ぎた奴隷商館よりもかなり大きなつくりだ。敷地は除外するにしても建屋だけでもゆうに十倍以上ある。
大きさだけでなく、見た目もかなり落ち着いた綺麗な造りをしている。
明らかに道すがら見た奴隷商館とは違う。
若造とあなどられて、追い出されたいしないだろうか?
「テリー、大丈夫なのか? この店、高級店だろう?」
「ああ、そうだな。この町どころか、伯爵領内でも一番の店らしい。一緒に来た隊商の人たちに教えてもらった。良い奴隷が欲しいならここへ行けってさ」
本人は余裕の笑みを浮かべたつもりのようだが、緊張で笑顔が引きつっている。
「そうか。それは助かるよ。俺の方は何も調べてなかったからな。だが、資金は大丈夫なのか?」
しきりに俺の髪を引っ張るマリエルの相手をしながら礼を言う。
「相場は調べてある。今の俺たちなら余裕だよ」
口調は余裕があるように聞こえるが、顔は緊張しまくっている。
資金に余裕があるのは事実のようだ。あの緊張は資金への不安ではなく、奴隷商館へ来ていることからだな。
そんな俺を横目に、テリーが面白くなさそうな顔をして扉へと手をかけた。
あれ、考えが顔に出たかな?
建屋の中へと入ると、騎士団員、探索者風の人たちが十名ほど、数グループに分かれているのが確認できた。それぞれ、商人風の人と話している。
なるほど、購入に来た人たち毎に担当者がつくのか。
外側も綺麗なつくりだったが、内装は高級感が漂うものがある。
例えるなら高級クラブのような感じだろうか。入ったことがないので、テレビドラマに出てきたそれが基準だ。
明かりの魔道具が多数配置されているが、どれも光量を抑えている。店内はやや暗めな感じだ。
さすがに音楽などは流れていない。商談をする小さな声がわずかに聞こえる程度である。
「いらっしゃいませ」
不意に横から声をかけられた。
マリエルが慌てて俺の頭の後ろに隠れ、顔だけ出して様子をうかがう。いつもの恰好だ。
見ると四十がらみの、品の良い商人風の男がにこやかにほほ笑んでいる。
「本日はどのような用途での奴隷をご希望でしょうか?」
俺たちが驚いていることなど気付かないように、ほほ笑みを絶やさずに聞いてきた。
良かった、どうやら若造とあなどられて、追い出されるようなことはなさそうだ。
「明日の出兵に合わせて奴隷を購入したいのですが、奴隷の購入は初めてなのでいろいろと教えて頂けませんか?」
知ったかぶりをしてバレて恥をかくよりも、正直に知らないことを伝えて教えを乞う方を選んだ。
「さようでございますか、承知致しました。何なりとご質問ください」
嫌な顔一つせずにそう言うと、さらに説明を続けた。
「出兵に同行させると言うことは、手柄を立て、褒美と出世を望まれている、と言う理解でよろしいでしょうか?」
随分とダイレクトに聞いてくるな。
いや、それ以前に奴隷と手柄がどうつながるんだ?
「奴隷と手柄がどんな関係があるんだ?」
俺と同様の疑問を持ったテリーが質問をした。
「戦争や討伐に奴隷を連れて行くと、所有者の報酬がわずかですが追加されるのはご存知でしょうか?」
担当者の言葉に俺とテリーは首を横に振り、知らないことを伝える。
担当者は首を横に振る俺たちを見て、一瞬、戸惑いの表情を見せるが、すぐに気を取り直して説明を続けた。
「わずかに増える報酬目当てで、安価な奴隷を多数連れて行く方もいらっしゃいます。しかし、そのような方の多くは戦闘行為で、財産である奴隷を失い、結局は損をしてしまいます。高価ではあっても有能な奴隷を連れて行けば、その奴隷が所有者に手柄をもたらせてくれます。或いは、命を救ってくれるかもしれません。それも有能な奴隷であればこそです」
なるほど、主人が武将で奴隷が従者や小者みたいなものか。奴隷が立てた手柄は主人のもの。手柄を立てて大きな褒美を貰ったり、出世したりしたければ有能な奴隷を多数連れて行け、と言うことか。
従者や小者には給与や褒美を出さなければならないが、奴隷なら衣食住だけですむしな。
なんと言うか、究極の搾取の構図だな。
「女性の奴隷の場合、さらに別の用途がございます。騎士団員をはじめとした派兵者の慰労を目的として、多数の女性奴隷を連れて行かれる方もいらっしゃいます」
なんだよそれ。どこのやり手ババアだよ。
しかし、奴隷にそんな利用用途があるとは考えても見なかった。
「あとは、アイテムボックス持ち、魔術師、鍛冶、修復、魔道具作成などの特殊な能力や技能がある者たちが重宝されます。当たり前ですが最も重宝されるのは、戦士や魔術師に限らず、高い戦闘力を備えた者たちです」
俺たちの場合、四人ともアイテムボックスが使えるのでそれは不要だな。
不足を補うとなると、接近戦ができる戦士だろうか?
あまり、ピンと来ないんだよなぁ。
やはり、ハーレム要員か。しかし、ここでハーレム要員を購入するのが得策だろうか?
それに黒アリスちゃんのことがある。せっかく良い雰囲気で急接近できている。
先ほどのことを思い出しながら思案する。
ここでハーレム要員を購入したら、間違いなくチャンスを失うことになる。
黒アリスちゃんと仲良くなるのはいろいろ大変だが、女奴隷は金さえ出せばいつでも買えるよな……
「ガザ出身の奴隷も多数おります。この度の出兵で先陣を切らせるには良いかと。如何でしょうか」
俺とテリーが考え込んでいるのを見て、担当者がさらりと、とんでもないことを聞いてきた。
こちらの世界では当たり前のことなのかもしれないが――いや、地球でも捕虜に先陣を切らせるのはあったか。だが、さすがにそれは無理だ。俺には受け入れ難い提案だ。
それはテリーも同様らしく、表に出さないようにしているのだろうがわずかに顔をしかめている。
「すみません。せっかくのご提案ですが、そのような用途は考えてません」
「できれば、見た目の良い若い女性を頼む。今回の出兵に連れて行くが、基本は探索のパーティーの一員としたいのと身の回りの世話をさせたい」
俺の言葉に続き、テリーがきっぱりと言った。初志貫徹、ブレることなくハーレムを目指しているのが分かる。
先ほどからブレまくっている俺とは大違いだ。
「若い女性の奴隷ですか? 見た目が良くなればそれに伴って値が上りますがよろしいですか?」
「承知しています」
「問題ない」
商人の問い掛けに、俺とテリーが短い言葉で答える。
ここまでの対応から、あなどられることは無くてもランクの低い奴隷から見せられても困るので、念のため金貨の入った袋とわずかに残った未売却の魔石の入った袋をアイテムボックスから取り出して見せた。
「さようですか。パーティーでの役割は前衛でしょうか、後衛でしょうか?」
金貨と魔石を見た後でも顔色一つ変えずに対応を続ける。
「可能なら前衛を希望しますが、どちらも必要なので両方見せていただけますか?」
あれ? 高級店ではこれくらいは当たり前なのか?
少し不安になりながらも要望を伝えた。
「種族は如何致しましょう。人族以外、獣人族やドワーフ、ホビット、エルフ族など、お好み、或いは、避けたい種族があればおっしゃって下さい」
町で見かけて気になっていたが、やはりいろいろな種族があるんだな。
「種族は問いません、技能や能力優先でお願いします」
「実戦投入を最優先させたいので即戦力を頼む」
俺とテリーの要望が重なって発せられた。
「それと、フェアリーの取り扱いはあるか?」
テリーが言いにくそうに聞く。
そっちもかよ。本当にブレないやつだな。少し感心してしまった。
「もちろん、ございます。併せてご紹介させて頂きます」
そう言うと奥へと歩き出した。
「それと、多少の怪我は気にしないので怪我人も含めて見せてください」
先導する担当者に新たな条件を伝えた。




